Drivin' with The Devil

主に自作小説・ロック論・マンガ論などを”狭く深く”書いてます。 どうぞ気軽に楽しんでいってください。。。!! 

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~プロローグ~

 

 

「あなたは夢を見たことがありますか?」


 あれっ……!?
 あまりにも唐突で、それでいて当たり前の質問なので呆れていますね…!

 それでは質問をちょっと変えましょう。


 

「あなたは正夢を見たことがありますか?」


 

 どうです、これならまともな質問に感じるでしょう…!
 それでは更に質問を変えましょうね。


 

「夢と現実は表裏一体だと思いますか?」


 

 うわっ……!
 これを読んでいるあなたの顔が怒りでみるみる紅潮していくのが見えてきますよ…!
 けれども私は別段あなたをからかっているわけではないのです。
 怒らずにどうか最後まで私の話を聞いてください。


 

 もし“夢の世界”と“現実の世界”が地続きになっているとしたら如何でしょうか?
 あなたはきっと驚くに違いありません。
 もしかしたら言いようのない恐怖を感じるかもしれませんね…
 はたまた例えようもない昂揚感を覚えるかもしれません、あなたは…


 

 そんな世界を体験してみたいと思いませんか?


 

 わかりました…!


 

 私がこれからあなたを“夢と現実が地続きの世界”へご案内しましょう…!

 

 

~第1章「異世界へ…」~

 

 

「ガバッ・・・…!!」
「ハウアッ…・・・!?」
 凄まじい勢いで、そして悲鳴というよりは雄叫びに近い声を上げて一人の青年が目を覚まし、起き上がりました。


「ハァッ、ハァッ、ハァ…」
 青年はライトブルーのパジャマを着ていましたが、全体的に濃いブルーに変化しているほどの寝汗をかいています。


「ハァハァ……夢…か……」


 ようやく現実を理解した様子の青年です。
 青年の名前は実沢誠(さねさわ まこと)
 19歳。
 仙台市のとある私立大学経済学部の1年生です。
 実家は宮城県と岩手県の県境で、今は親元を離れて一人暮らしをしています。
 身長は178cm、体重は65kgのやや痩せ型。
 髪は特別長くしているわけでもないし、容姿も十人並み。
 “どこにでもいる普通の大学生”という形容がピッタリです。


 

「何て…寝覚め…悪い…んだよ…」
 誠はそう不快感を表しながら汗でベットリと濡れたTシャツをぞんざいに脱ぎました。
「………!?」
 自分にここまで恐怖感を抱かせた夢を不思議なことに、起きて間もないのに誠はどんな内容だったのかさっぱり思い出すことができませんでした。


 

「ササッ…!」
 脱いだTシャツで汗を拭うとそこには汗とは別の体液が付いています。
「ン……!?」
 それは血でした。
「な……!?」
 誠の心に夢から覚めた時以上の恐怖感が湧いてきました。


 

「ガバァッ…!」
 誠は起き上がりベッドをかき回し始めました。
 身体を傷つけるようなものが落ちていないか夢中で捜しました。
 しかし、そういったものは全く見つかりませんでした。


 

「ドドダッ…!」
 今度は上半身裸のまま慌てて洗面台へと向かいます。
 まじまじと自分の肉体を凝視する誠。


「嘘だろ…?」
 左の鎖骨から乳房の辺りまで一直線に生々しい傷が走っていました。
「アツッ……!」
 そっと傷口を指でなぞると想像以上の痛みが流れ、誠は呻き声を上げました。


 

「まいったな…」
「キュッ…バジャーッ……ボシャボシャ……」
 一向に消えてくれない恐怖感を抑えこもうと誠は水道の蛇口を捻り、一心不乱に顔を洗い始めました。

 

 

×××××××

 

「おーい、誠っ…!」


 大学のキャンパス内をどこかボンヤリとした様子で歩いている誠に声がかかりました。
 声の主は誠の高校時代からの親友である明石智雄(あかし ともお)でした。
 誠と明石は同じ経済学部の同じグループで、明石の他に誠と良く遊ぶ友人が男女2人ずついました。


 

「おう、実沢!」
「実沢君、おはよう!」
 彼らも口々に挨拶をしてきます。


 

「おぉ…おはよう…」
「何だよ、いつにも増して元気ないなぁ!」
「いやぁ、このところ何だかおかしな夢を見るんだ…」
「ホウ…それで調子が悪いってか…?どんな風におかしいんだよ?」


「それが目が覚めるとちっとも覚えてないんだ…とにかくスゲェ怖い夢だってことしかわからない…今朝なんて……」
 誠は信じてもらえないと思ったのか傷の話をせずに途中で言葉を切りました。


 

「ハハハハハハッ!…って笑い事じゃないよな…!色々あり過ぎたせいで疲れてるんじゃないか…っと……」
 今度は明石が言い過ぎたと思ったのか口を噤みました。
 誠はもちろんそれに気付いていますが明石の思いやりが伝わったので黙っています。


 

「実沢君、早くしないと概論間に合わないけどどうする…?」
 女の子が話しかけます。
「午前中は学食で茶でも飲んでるよ…やっぱ調子悪いや…」
「その方がイイかもな。代返はしといてやるから!」


 再び明石が明るい口調で話します。


「サンキュ…後でタバコ3本やるよ…!」
「安っ…!2箱じゃないと釣り合わないぜ!」
「バカヤロ…!」
「ハハハッ…!じゃ、後でな!」
「あぁ……」


 ひとしきり会話が終わると明石一行は講義棟へと、誠は学食へと別れて行きました。


 

「………」
 おぼつかない足取りもそのままに歩き出す誠です。

 

 誠は学食に着くやいなや自動販売機で紙コップのブラックコーヒーを買い、窓際のキャンパスが良く見える4人掛けのテーブルに腰掛けました。
 もうとっくに講義は始まっている上に午前中なので学食内はまばらで、誠の他に7,8人、同じくサボりの学生しかいませんでした。
 それとは対照的に厨房では来るべき昼休みに備えてパートの中年女性たちが懸命に仕込みを行っていました。


 

 

「ズルッ……」
 そんな内側の光景には目もくれず、コーヒーを飲みながらただ木漏れ日が射す外の景色をジッと眺めている誠です。
 集中しているわけではなかったのですが朝の疲れが一気に出たようでキャンパスを見ているうちに睡魔が誠を襲います。
「クッ……」
 気分を変えようと学食内に視線を移した刹那、
「………!?」


 カップルが入ってくるのが目に映りました。
 女性の方はよく見知った顔です。


 

 

 木町純子(きまち じゅんこ)といい誠とは同じ高校出身。
 そして高校2年から誠と付き合っていました。
 しかし、つい一月前に2人は別れました。


 

 

「マコは優しいけど頼りないんだよね…」
 その言葉で別れを切り出された誠は一言も返すことができませんでした。
 一月経っても誠の心の傷は癒えていませんでした。
 それにも拘らず純子は既に新しい恋を謳歌しています。
 しかも、相手の男は誠とは全く違った屈強な肉体の持ち主で、運動部の学生であることは明白、おそらくはラグビー部かレスリング部ではないかと誠は推測しました。


 

「あいつ……」
 思わず漏れた言葉には嫉妬の空気が滲んでいました。
「………」
 純子も誠に気付いた様子で一瞬表情が曇ったようですが、すぐに笑顔に戻り、。注文していたトーストセットを受け取るとランチを頼んだ彼氏と見つめ合いながら誠とはほど離れた中心部のテーブルに横並びで座り、
「キャハハハハハハッ…!」
と閑散とした学食中に響き渡る声を上げていちゃつき始めました。


 

「ケッ……」
 その様子を凝視していた誠は何ともいたたまれない気分になり、そそくさと学食を後にしました。
 学食を出る瞬間純子の方を一瞬だけ振り返りましたが、彼女は誠を一瞥することもなくスポーツマンとの会話に夢中になっていました。


 

 

(俺…何も悪いことしてないのに…)
「ああいう男がイイってのか…!?」


 

 恨み言が混じった思考をしながら学食棟を去る誠の眼前に飛び込んできたのは防犯ポスターで、そこに写っている綺麗で清楚な雰囲気を持ったモデルでした。


「………」
 誠の心の片隅に何故だかそのモデルの顔が焼きついていきました。

 

×××××××

 

「ビュイィィィーッ…!」
「ハッ……!?」


 学食での出来事からどれだけの時間が流れたのかは不明です。
 誠が気付くと今までに見たことのない景色が眼前に広がっていました。
 上を見やると空一面がアイボリー色という奇妙な状態です。
 昼なのか夜なのかもはっきりしません。
 建物は見慣れた鉄筋やモルタルといった材質ではなく、西洋の童話に出てくるような赤レンガ造りのものばかり。
 舗装されておらず、砂利道で砂埃がたちこめている道路。
 さらに驚いたことに人間はおろか動物、鳥、虫に至るまで全く生物がいない場所なのです。


 

「何で…誰も…いないんだよ……!?」
 誠の顔はみるみる蒼褪めてきます。
 涙までが出そうになる彼でしたが、そこは男、グッと堪えてここが何処であるか、そして何故自分がこのような状態にあるのかを確かめるべく周囲を探索し始めました。


 

「………」
 テクテクと一本道を歩き続ける誠。
 彼の恐怖感・不安は消えるどころか増すばかりです。
 十数分歩いた頃だったでしょうか、


「おっ……!?」
 誠は遠くの方にあるものを見つけました。


 

「………」
 それはどうやら四本足で歩行する生物のようでした。
 100m近く離れたここから目測するに体長約2mくらいの意外に大きい動物です。
 すぐに誠は牛か馬を連想しました。


 

「ダダダッ…!」
 突如走り出す誠。
 無理もありません。
 この場所で初めて出会った動物なのです。
 それが何であるかハッキリしなくともコンタクトを取り、コミュニケーションを取りたいという欲求は生物の根源ではないでしょうか?


 

「ダダダダッ…!」
 歩き通しで誠の足には鈍い痛みが走っていましたが、そんなことは全くお構いなしにスピードを上げていきます。
「ムッ……!?」
 残りの距離が10mほどになったところで誠はピタリと走るのを止めました。


 

「何…だ…!?こりゃ……!?」
 誠は動物の正体を認めました。
 いや、認めたというよりも見たことのない動物だったので立ち止まったという方が適当でしょう。
 眼前の動物は一見すると立派な二本の角を持った真っ黒い水牛っぽかったのですが、大きく違うのが横腹から大きな翼が生えていたのです。
 こんな動物は地球上のどこを探したって見つからないでしょうから誠の言葉もわかろうというものです。


 

「ゴルルルルルルルッ……!」
「ヤバッ…!」
 誠が恐れていたことが起こりました。
 羽牛が誠の存在に気が付きました。
 そしてヤツは明らかに誠に対して敵意を持っているみたいです。
 鈍く響く怪物の唸り声が誠の胸の辺りを震わせます。


 

「クッ…!」
「ダダダッ…!」
 誠は踵を返して思い切り走り出しました。
「ゴルルルルルルルゥッ…!」
 しかし、敵に後ろを見せてしまう大きな失敗に彼は気付きませんでした。


「シュッパァッ…!ボァサ、ボァサ…!」
 羽牛はその1mもあろうかという巨大な羽を器用にバタつかせて飛び立ちました。
「ギュンッ…!」
 5、6mほど浮かび上がるとその体躯からは想像もつかないスピードで空を切り裂いて進み出しました。

 


「ダッダッダッ…!」
 一心不乱に走る誠にはそのおぞましい光景を察知することはできません。
「ギュウンッ…!」
 あっという間に羽牛は誠を追い越します。
 そして、
「ギュルンッ…ドサァッ…!」
 方向転換をすると走る誠の前にデンと現れました。


 

「ゲッ…!」
 誠は慌てて止まろうとしましたが、制動が利き過ぎて前のめりに転んでしまいました。
 そこを目がけて、
「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
 羽牛が襲い掛かってきます。
「ヒィッ…!」
 恐怖に慄き冷や汗を流して仰け反る誠の前に羽牛が走ったことで巻き起こる砂煙が舞います。
「バダッ、ドバダッ、ドバダッ……ボゴォッ……!」
 羽牛は逃げることができないでいた誠に強烈な頭突きを喰らわせました。

 

「ゲブゥッ……!」
 自慢の角は温存したようで、鼻っ柱の部分で突いたのですが、それでも誠には十分過ぎるくらいの一撃だったようです。

 みぞおちにクリーンヒットしたことで息が詰まった誠は苦しみで砂煙の中をのた打ち回っています。


 

「アガ…アガァ……!」
 痛みに悶える誠の脳裏には“ここが何処で、あの動物は何か?”という人間的な知的好奇心よりも“死”という動物が抱く感情しか浮かんできませんでした。


「ゴルルルルルルルゥッ…!」
 羽牛は間合いを取って次の攻撃への体勢をとうに整えていました。
 唸り声には次の一撃が止めになるという意味合いが含まれているようです。


 

「アガァッ……!」
 激痛の渦中で誠はそんな怪物の姿を捉えました。


「ちきしょう…!」
 誠の心に怒りの感情が湧いてきました。
 名も知らぬ土地で、名も知らぬ怪物に命を奪われようとしているこの不条理に対して…


 

 その刹那、
『闘え!』
 謎の男の声が誠の脳内に飛び込んできました。
「何…!?」
 誠は声の主を懸命に捜します。


 

『無駄っ…!お前に俺の姿は見えねぇよ…!そんなことより闘わないとお前死ぬぞ…!』
「わかってるよ、そんなこと……」
『いいや、事の重大さをお前はまだ理解してないっ…!あの“ウイ牛”を倒さないとお前は本当に死んじまうんだよ…!』
「だからわかってるって……」 


 

 

 謎の人物との禅問答のようなやり取りにいささか辟易する誠でしたが、
「どうやってアイツを倒せってんだ…?」
 人間としての思考能力を取り戻したようで情報を得るべく見えない声に尋ねました。
『お前の身体能力はあんな雑魚簡単に倒せちゃうくらい凄いモノなんだよ…!起きろっ!起きて闘え…!』


 

 声が終わるか終わらないうちに、
「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
 ウイ牛が再突進してきました。
「グッ…!」
 痛みを堪えて立ち上がる誠。


 

 

 そして、
「ドバダッ、ドバダッ…!」
「ダァーッ…!!」
 気合もろともジャンプすると軽く1.5mは飛び上がり難なくウイ牛の突進をかわしました。
「………!?」
 自らの秘めた能力に驚く誠。


 

『さすがだな…!けど、防御だけでは勝てんぜ…!やってやれよ、お返しをよっ…!』
「お返し……」
「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
 そうしているうちに方向を改めたウイ牛が再々突進をかけてきます。


 

 

「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
 もう怪物に驕りの様子は見られません。
 確実に相手を仕留めんとするファイターの姿勢です。
「どう…する……!?」
 次の一手を冷静に考え始める誠。
 さっきの能力を体感したことで今度は誠の方が精神的優位に立ったことを表しています。


 

「よしっ…!」
「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
「ボモォォォォッ……!」
 ついにそれまで聞かれなかったウイ牛の咆哮です。
 ヤツはあとわずかの距離まで誠に近づいていました。


 

 

「フワリ……!」
 ゆっくりと、それでいて正確にジャンプした誠。
「タァッ…!」
 そのまま右足を前に出します。
 いわゆる跳び蹴りです。


 

「ベッギィィィィッ…!」
 誠の蹴りがウイ牛の立派にそそり立った角をへし折りました。
「ボミャァァァァァァァァァッ…!」
 角を折られたウイ牛は激しい痛みのためか、円を描くような動きで悶え苦しんでいます。


 

 

「ダッ……!」
 勝機を悟った誠。
 勢い良くウイ牛の前に踏み込むと、
「グイッ…!」
 怪物の首根っこをヘッドロックの要領で締め上げました。


 

 さらに、
「ダァッセイッ…!」
 気合もろとも首投げを繰り出しました。


「ドッザァァァッ…!」
 凄まじい音と砂煙を上げて両者が倒れます。
「ゴボギッ…!」
 その瞬間も首根っこを離さなかったことでウイ牛の首の骨が根元から折れました。


 

 

「………」
 ウイ牛はそのまま絶命したようでした。


 

「ハァハァハァハァ……勝った……」

 命拾いした誠は急に沸き起こった疲労で、

「バダッ……」

起き上がることができずに意識を失ってしまいました。

 


 謎の声の正体も掴むことができないまま…

 

 

 

×××××××

 

 

「グフッ……グゥ……」

「………実沢っ!実沢ってば…!」

 

「ン……ムゥ……!?」
「寝るのに気合入れ過ぎてどうするんだよ…!教授がこっち睨んでるぜ…」
 

 声の主は明石でした。
 誠が気付いて周囲を見渡すとそこは見慣れた511番教室だったのです。
 

 時間は午後の2時。
 誠はマクロ経済学という講義を教室の最後列で明石のグループと一緒に受けていました。
 必修科目ではありますが退屈極まりない講義だったので誠はまどろんでしまったようです。


 

「……また……変な夢……」
「相当疲れてるんだな…魘されてたぜ…けど、ここで教授の心象悪くしちゃテスト前に単位落としちまうぞ!」
 明石の叱咤が誠のぼんやりとした脳に渇を与えます。


 

 

「…悪かった…ちゃんと受けるよ…」
 そう言うと誠は突っ伏してたせいで奇妙な折り目がついてしまった教科書に集中し出しました。
 けれども、
「…………」
 これだけ自分を苦しめた夢の内容を誠は何故か少しも思い出すことができませんでした。


 

「痛ぅ……」
 みぞおちの痛みだけが鮮烈に残っているだけでした…

 

 

×××××××

 

 

 その日を境にして誠は毎日恐ろしい夢を見るようになってしまいました。


 その内容はいつも同じ。
 あのアイボリー色の空とレンガ造りの建物と砂埃の舞う道路が広がった町に彼はいるのです。


 人間は1人もいません。
 その代わり決して現実世界にはいないフリーキーな怪動物が1頭だけ鎮座していて、そしてそいつとは絶対に友好的な関係を築くことができずに最終的には闘うことになるのです。


 

 

 闘いの前にはいつも謎の男の『闘え!』という声が誠の脳内に響きます。
 誠はどうにか試行錯誤をしながらも次々と怪動物を倒します。


 

 既に彼は10頭もの動物に勝利を収めていました。
 しかしながら、どんなに激しい戦闘をしても、どんなに苦しい闘いに勝利しても誠はその内容の一端すらも思い出すことができないのです。
 それでいて、彼の身体には激闘によって負った傷や痛みが克明に刻まれています。


 

「ハッ、ハッ、ハッ……!」
 自分を取り巻く現実と夢との落差、夢を覚えていられない苛立ちがさらに誠を疲弊させます。
 日常生活にも差し障りが出るようになり、心配した明石には通院を勧められる始末でした。


 

 そんな異様な状況下でいつの日か彼は“眠る”という行為そのものに恐怖を感じるようになってしまいました。


 

(寝なければ…こんな目に遭わなくて済む…)
 そのように考えた誠は徹夜を試みることにしました。
 当然のことですが何日も起き続けるということはいけない薬でも使わない限り不可能なことですし、それとて長い期間続けられません。
 しかし、切羽詰った誠にとってはたった一日の徹夜でもあんな恐ろしい夢を見なくて済むのなら至福の時であるのです。


 

 本来であれば明石や友人などと酒を酌み交わし、夜通し語らうことで簡単に徹夜することができるのですが、体調を気遣われている明石に対して酒の席を設けることは憚られます。
 彼女がいればまた違った展開で徹夜など簡単なのですが、純子はもういません。
 連日の疲れで新しい彼女を探せるほど雄の本能も昂ぶっていません。


 

 

「ハッハッハッハッ……!」
 仕方なしに誠は夜通しランニングという奇行に及んでいました。
 家にいるとそれだけで睡魔の誘惑が口を開けて待っているからです。


 

 

 もう秋も深まりを見せているのでスウェットにウインドブレーカーを着てフードを目深に被っていてもおかしくない状態ではありますが、それでも深夜のランニングは怪しまれるでしょう。


「タッタッタッ……!」
 しかし、今の誠はそんな心配をする余裕すらありません。


 

 

 全ては悪夢を見ないようにするため。
 全ては傷を負わないようにするため。


 

 

「ハッハッハッハッ……!」
 誠は1時頃からランニングを始め実に2時間以上も停まることなく走り続けていました。
 彼は特に運動を積極的に行ってきたわけではなかったのですが、どういうわけか並外れた身体能力を有しているのです。
 普段もこの力に自覚的ではありません。
 けれどもこういう事態に陥ってみると誠は自分の身体に感謝すること然りでした。


 

(いい調子だっ…!眠くないしあと1時間は走れそうだ…その後は…歩きながら考えようか…)
 誠の思考もようやくプラス方向へ向いてきました。
 ここ1週間で彼は一番の喜びを感じていました。


 

 

 しかし“好事魔多し”とはよく言ったものです。


 

 

「タッタッタッ……!」
 信号のある交差点に誠は差し掛かりました。
 進行方向の歩行者用信号は青です。


 

 

 スピードを落とすことなく交差点内に進入したその時、
「ギュアンッ…!」 
 無灯火の原付バイクが誠の右側から交差点に入ってきたのです。
「エッ……!?」
 思いもよらない事態に誠が戦慄したのもつかの間、
「ボガァッ…!」
 原付も急ブレーキを踏んで必死に止まろうとしたのですが叶わず、バイクは誠を跳ね飛ばしてしまいました。


 

「ゴロゴロッ…ズダンッ…!」
 誠は前のめりに道路に倒れました。
 原付はバランスこそ崩しましたが、倒れずに踏み止まりました。


 

 

「やべぇっ……!」
 運転していたのはどうやら中学生の少年のようです。
 声変わりしたばかりのか細い声で少年は吐き捨てると、
「ギュインッ…!」
 誠の安否を気遣うこともなく逃走してしまいました。


 

 

「くっ……やべぇのはこっちだって……眠っちまうじゃないか……!」
 薄れ行く意識の中で誠が思ったのは事故で負った傷のことではなく、これから起こるであろう夢の世界での出来事で味わう恐怖でした。

 

×××××××

 

 

 ここは夢の世界。

 


「ムゥ……」
 現実世界で失神した誠はここでも意識を失った状態で横たわっていましたが、とうとう目を覚ましました。


 

「あ……やべっ……」
 目の前にアイボリー色の空が見えた瞬間に口をついて出た誠の言葉です。


 

『何が“やべっ”だ……!』
「……!?」
 謎の男の声が出し抜けに飛び込んできました。


 

『甘いぞ、誠…!ここから逃げることなんてできないんだよ…!』
 今日の声はどこかしら呪詛に満ちたように誠の胸に響きます。
 こうなると誠だって黙ってはいられません。


 

「うるさい…!何で僕がお前の言う通りに動かなくちゃいけないんだ…!?そもそも、ここは何処だ…?そしてお前は何者なんだよ…?」
 堰を切ったように言葉が出てきます。
 それだけこの何日間か誠は苦しんできたのでしょう。


 

『ハハハハハハッ…!』
「何がおかしい…!?」
『悪いが誠、お前の質問に今は全部答えられない…』
「チッ…!?」


 

『だが、丸きり内緒というのもあまりに可哀想だから少しだけ、正確には二つだけ答えてやろう。まず、ここは“ドゥリムランドゥ”といってお前の想像通り“夢の世界”だ。ただ一つだけお前の思っていることと違うものがあるなら“ドゥリムランドゥ”は“現実”と地続きの世界だ…!』
「へ……!?!?」
 謎の声の回答をにわかに信じることができずに困惑する誠。


 

『あと、お前が日々此処で動物と闘い続けている理由は……お前を“闘士”としてドゥリムに招聘したからだ…!』
「…………」
 誠はますます困惑の度を深めてしまったようです。


 

『今はこれ以上の説明はできない……さて……』
「ビクッ…!」
 誠が身体を硬くします。


 

『今日もあるものと闘ってもらうぞ…』
「嫌だ……」
『ン……?』


 

「こんな理由の見えない闘いなんて嫌だって言ってんだよっ…!」
「ダダダッ……!」
 そう言うと誠は真一文字に前へ走り出しました。


 

『バカめ……まぁ、気持ちはわからんでもないが……』
 誠に聞こえないようにして謎の声は一人ごちました。


 

「アァァァァァァァッ…!」
 言葉にならない絶叫と共に走り続ける誠です。
『おい、誠…!逃げたって無駄だぞ…!』
 誠にとって絶望的な言葉が空の上から聞こえてきます。


 

『ここにいる限りお前は逃げ出すことはできない。よしんばここで目を覚まして現実世界に戻ったとしてもすぐにこっちに戻すことだってできるんだ、さっきみたいにな…!』
「何……!?」
 最後の言葉は誠の走りを止めるのに十分な力を持っていたようです。


 

「……ということは……さっきの事故も…仕組まれたものだっていうのか…!?」
『ご名答…!』
 とどめの言葉が返ってきました。


 

「ギィヤァァァァァァァァァァァッ……!」 
 誠は狂わんばかりの絶叫を上げながら頭を抱え込んでその場に伏してしまいました。
『れ……!?ちぃと刺激が強過ぎたか…!?』
 言葉とは裏腹におどけた調子で謎の声が呟きました。


 

「ガアァァァァァァァァ……!」
 誠の嗚咽は続きます。
『この脆さがなけりゃ相当立派な闘士になれるんだがな……』
 泣きじゃくる誠を見つめているのでしょう、謎の声も呟き続けます。
『けど、誠のことを待ってるわけにもいかんか…』
 何かを決断したようです。


 

『おい、誠っ…!悲しみの最中に悪いがな、今日も闘ってもらうぞ…!お前が泣こうが喚こうが闘ってもらう…!』
「ウッ、ウッ…ヒック、ヒック……」
 誠の嗚咽にはしゃっくりが混ざり出しました。
 謎の声は耳に入っていないようです。


 

『しゃあねぇなぁ……エエイッ……!』
「ビシュゥッ…!」
 突然雷鳴のようなものが現れ、伏している誠の傍に落ちました。
「ヒッ……!」
 泣くのも忘れ恐怖におののく誠。


 

『あのなぁ、センチメンタルになるのも自分の運命を呪うのも結構だがな、時間の流れはお前だけのもんじゃあないんだ…!泣くなら生き延びて向こうに戻ってからたくさん泣いてくれや…!ここにいるからにはここの状況に従ってもらうぞ…!』
 謎の声の怒声が雷土のように響き渡ります。


 

「何……させようってんだ……!?」
 誠は未だに納得していない様子でしたが、とりあえず立ち上がり身構え、臨戦態勢だけは整えました。


 

 

『結構だ…今まではこの世界の猛獣を相手に闘ってもらったが、今日からがいよいよ本格的な実戦となる…』
「実戦……」
 誠の表情が強張りを見せます。

 


『そこで…』
「ギュアム……!」
 突然誠の頭上数十メートル上にチョコレート色の煙が立ち昇りました。
 アイボリー色の空とチョコ色の煙のコントラストに誠は奇妙な安心感と不安感が交錯するのを抑え切れません。


 

「スウーッ……」
 煙が立ち消えた場所に出てきたのは武器類です。
 剣、日本刀、斧、ナイフ、といった刃物から棍棒。
更に三節昆、ヌンチャク、木刀といった武具の類、果ては鞭にいたるまでありとあらゆる武器が空に浮かんでいます。
 不思議なことに銃器の類は一切見当たりませんでした。


 

『どれでもいい。一つ選べ。それが今から誠、お前がこの世界で使用する専用の武器になるのだ!』
「専用……武器……」
 何となくかっこ良い言葉の響きが誠の気持ちをやや高揚させます。


 

「あれが……剣が……剣が欲しいです…」
 何故か敬語で話す誠です。
『剣だな……よし……!』
「シュゥゥゥゥ……」
 まるで吸い寄せられるかのように誠の掌の上に剣が降りてきました。


 

「シュゥゥゥゥ……!」
誠の掌で剣はなおも光を放ち続けています。
「ビシュアァァァァァ……!」
「ぐわっ……!」
 あまりの光の強烈さに誠は顔を背けます。


 

「フゥン……!」 
 光が治まると、さっきまでシルバーだった剣がやや赤みがかった青に変化していたのです。
 刃の長さも約1・5メートルまで伸びていました。


 

「こ…れ…は……!?」
『さっきチラッと言ったがこのドゥリムで使うことができる武器はその者の専用武器のみなのだ。つまり今後お前はその剣しか使えないということだ…!そして武器はお前のパーソナリティによって色・形が変わり、真にオンリーワンの武器となるのだよ……!』


 

 謎の声の返答に、さらに誠が疑問をぶつけます。
「何で青……そして何でこんなに長いんだよ……?使い辛いよ、これじゃ……!」
『青は”冷静”、赤は”激情”を意味する。お前は普段は冷めているが、内には熱いものを秘
ていると剣は語っているな…刃が長くなったのはお前の肉体的ポテンシャルに合わさったまでのこと。使い辛いことなどないと思うが…』
「いや、でも……」


 

『さぁ、おしゃべりはここまでのようだぞ、誠……!』
 謎の声が言葉で誠を促しました。
「フッ……」
 誠は反射的に後ろを振り向くと、
「何……!?」
そこには男が立っていました。


 

「誰……!?」
「…………」


 

 誠の問いかけにも男は一切無言です。
 年齢は20代後半か30代前半に見えます。
 学生時代柔道かラグビーをやっていたかのようなゴツゴツして屈強な肉体で、身長も180?をゆうに超えています。
 その手には赤黒い斧が握られていましたが、服装がYシャツにネクタイ、スラックスとビジネスマンの格好だったので妙にアンバランスに見えました。


 

「ハッ……!?」
 ここまできてようやく誠は自分がTシャツにジーンズ、スニーカーという出で立ちであることに気づきました。


 

『良いか、諸君……!目の前にいる人間は敵だっ……!敵を倒さないと君たちは向こうの世界に戻れない、つまり死んでしまう……!死にたくなかったら、つまり生き延びたかったら正々堂々と目の前の敵を倒せっ……!なぁに、心配することはない…諸君たちは向こうの世界、つまり現実世界では絶対に出会うことはない運命にあるからだ……!さぁ、迷わずに闘えっ……!』

 

「スゥ……」
 謎の声はここまでを声高に叫ぶといなくなってしまったようです。
 それまで誠が空間に感じていた気配が消えてしまいました。

 


「おい、ちょっと待てよ……!!誰が人間と闘……」
「ブゥンッ……!!」
「うわっ……!?」
「サッ……!」


 

 誠が戦闘を拒否する姿勢を見せましたが、そんなことは男にはお構いなしでした。
 巨大な斧を一振り、一刀両断にするべく誠に迫りました。
 しかし、誠も間一髪のところで身をかわしました。


 

「ハラハラ……」
 斧は誠の髪をかすめたらしく、目の前に髪の毛が舞っているのが誠には見えました。
「ね、ねぇ……アナタ、こんな不条理な闘いに身を投じて……何の疑問も持たないんですか……!?」
「ダッダッダッダッ……!」
 距離を取って話し合おうとする誠を一切無視して男は巨大な体躯を揺らして距離を詰めにかかります。
 顔は全く似ていませんがそのアスリート然とした佇まいはどこか純子の彼氏を髣髴させました。


 

「ムンッ……!!」
「ブウウゥンッ……!!」
 気合もろともさっきより強い勢いで斧を振りかざす男。
「クゥッ……!」
「シュアッ……スタッ……!」
 誠も息を吐き、横に思い切り跳んで難を逃れます。


 

「話し合うことはできないんですかぁっ……!?」
 まだ説得を試みる誠。
 猛獣と闘った時も気分は良くなかった誠が、人間と闘えるはずもありません。
 そして何故か自分の話を聞かずに一方的に攻撃してくる男に対して悪感情を抱くことはありませんでした。


 

「カパッ……ビッシュウウゥッ……!!」
 誠のそんな思いは男には全く届いている様子はありません。
焦れた男が遂に最終手段に出ました。
 何と斧の握りの部分を外すとそれを誠めがけて投げつけてきたのです。


 

「……!!」
 これには用心深くしていた誠も対応することができませんでした。
「ボッゴォォォッ……!!」
「ブゲェッ……!!」
 握りはそれでも逃れようと横に動いた誠の側頭部にクリーンヒットしました。
 あまりの衝撃と痛みに誠は1m以上吹っ飛ばされてその場にへたり込んでしまいます。


 

「グゥゥゥ……」
「ザッザッザッザッ……!」
 痛みに悶える誠のもとへ一歩、また一歩男が近づいてきます。
 足音が大きくなる度に誠はそれがあたかも死のカウントダウンであるかのような恐怖感を強くしました。


 

「グイッ……ガキィッ……!」
 握りを拾い上げ、斧にセットし直します。
「グググッ……」
 何度も握りの感触を確かめる男。


 

「俺は貴様のような能書きは言わん……ここが夢だろうが何だろうが俺は勝つ……!!」
 ようやく男が口を開きました。
 そのくぐもった威圧感のある低い声が蹲っている誠に届いているとは思えません。

「…………」


 

「とどめっ……!」
「ブウゥゥゥゥゥゥンッ……!!」
 これまでで最高の力で男が斧を振りました。


 

「グアッキィィィィッ……!!」
「何……!?」
 しかし、また間一髪のところで今度は誠が剣で斧をブロックしたのです。


 

「貴様っ……!?」
「アナタさぁ、テレビや映画の観過ぎ……とどめを刺す時は無言の方がいいよ……でないと気付かれちまうからさ……」
「ピッキィィィンッ……!」
「ダアァァァァァッ……!」
「ぐわっ……!」


 

 誠は気合もろともありったけの力で男の斧を弾き飛ばしました。
 そしてガラ空きになった男の身体を、
「シパシパシパシパシパァッ……!」
 何度も切り刻み、
「シッパァァァッ…!!」
 とどめにポッカリと開いた口に横からの一撃を加えました。


 

「がぁっ……」
 鋭い剣で、猛烈なスピードで切り刻んだので男の身体は切り離されることなく、
「ドッサァァァァァッ……!」
「…………」
 そのままの状態で倒れ、絶命しました。


 

「こんな風にね……」
 そう言った誠の目には大粒の涙が浮かんでいました。


 

『思った通りだ…お前は今まで見た中で屈指の闘士になれるぜ……』
 再び謎の声が風に乗って聞こえてきました。
「うるせぇよ……」
 誠は涙を流して呟きました。


 

『誠、お前はまた一つ関門を突破したんだ……!このまま鍛錬を積んでいけばきっと立派な闘士になれる……そうすれば…ドゥリムは…いや、地球は……』
「………!?」
 喋り過ぎたという風な様子で謎の声は言葉を切りました。
 誠もそれには気付いたのですが、あえて触れずに涙に濡れるままにしていました。


 

『……誠……これまではお前が目覚めると、つまり向こうの世界へ戻った時にドゥリムでの記憶を消してたけどな……これからはある程度、そうだな…7、8割くらいは覚えているように仕込むことにするぞ……』
「何……で……!?!?」
『お前がもうドゥリムのことを受け止められるだけの精神力を身に付けたからだ……』
「勝手なことばかり言うなよ……」


 

「ドサッ……」
 突然急激な眠気に襲われた誠はその言葉を残して倒れ込み、気を失いました。

 

 

×××××××

 


 ここは現実世界。

 


「ウーン……」
 唸り声を上げる誠。


 

「ハッ……!?」
 誠はおこりにでも遭ったかのようにビクンと身体を波打たせて目を覚ましました。


 

「あれ…!?」
 誠が訝しがるのも無理はありません。
 誠はバイクに跳ね飛ばされて気を失ったはずなのに、彼は自分の住むワンルームマンションのベッドで目覚めたからです。


 

「アイツの……仕業か……!?」
 謎の声の存在を思い出した誠です。
「………ドゥリム………ランドゥ………」
 すると堰を切ったかのように今まで決してこちらでは思い出すことができなかった別世界の名前が口をつきました。


 

「闘士……剣……青……」
 いくつかの事象が断片的に思い出されます。
「俺は人と闘った……で、勝った……」
「ガクッ……!!」
 そこまで思い出したところで突然誠は身体中に言い知れぬ悪寒を感じました。


 

「俺は……ひ・と・ご・ろ・し・だ……!」
 ドゥリムランドにいた時と同じように誠の頬を涙が伝いました。

 

×××××××

 

 

「おう、おはよう!」
「………」


 

 あれ…!?
 何でシカトするんだよ、香津(こうづ)…?


 

 あぁ、昨日俺が企画書にダメ出ししたから怒ってるんだな…!
 そりゃあしょうがないだろうよ。


 

 あんなお粗末な企画書部長に出せるわけないじゃん。
 俺は係長としての職務を忠実に遂行しただけさ…


 

 まぁ、いいや。
 昼休みにコーヒーでもおごってやろう。


 

「あ、一森(いちのもり)部長おはようございます!」
「…………」


 

 ハァ…!?!?
 部長までシカトってどういうことですか…?


 

 自分は日々会社の為に全身全霊仕事してます!
 そのことは部長が一番おわかりじゃないですか…!


 

 けど、もしかしたらご家庭で何かあったのかもしれないな…
 後でもう一度お声がけしよう。


 

 それにしても何で今日は皆俺のことを妙な顔つきで見るんだろう…?


 

「あ、おはよう南(みなみ)君!」
「……………」  
 

 

 何だよ…!!
 何で君までシカトするんだよ!


 

 受付嬢は身内にちゃんと挨拶してこそお客様に心のこもった挨拶ができるってもんだろ!
 そんな態度取り続けるなら人事部の玉川(たまがわ)課長と不倫してるのバラすぞ…!
 

 

 こんちくしょうめ…!


 

 おっ…!


 

 愛しのマイハニー、総務部の野田優子(のだゆうこ)ちゃんじゃないか…!
 今までのことを話して癒してもらおう…!


 

「優子、おっはよう…!」
「ヒッ…!」


 

「ん…どうした……!?」
「………………」


 

「何だよ、君までダンマリかぁ…何だか今日は変だなぁ…」
「…………………」


 

「あのさぁ、優子だけじゃなくて皆今日の俺を変な目で見るんだよ…俺の顔に何か付いてるのかな…?」
「付いてるんじゃないわ……」


 

「えっ……!?」
 何だって…??


 

「貴方の顔、切れてる…」
「切れてる……?そんなバカな!アハハハハハハ…!!」


 

「ズルッ…!」
「はがっ……!? 」


 

 あっ……!?
 笑って大口を開けた瞬間俺の上唇から上がずれた…
 

 

「ギヤァーーーーーーッ…!!」
 優子が…逃げてく…
 

 

 そういえば俺誰かに切り刻まれた夢を見たっけ…
 あれは夢じゃ…なかったんだぁ…!


 

「がぱっ……」
「ボッドォォォンッ……!」


 

 俺が最後に聞いた音は自分の頭部が床に落ちた音だった。

 

 

×××××××

 

 

 それから二日後のこと。
 

 

 誠はいつものように講義を受けにキャンパスへやってきました。
 しかしながらその目は隈が出ており落ち窪んでいます。
 頬はこけ、髪の毛もどことなくパサついた感じがします。


 

 やはりドゥリムランドゥでの出来事がこちらでも反映されているのでしょう。
 傍目から見ると今の誠は病人としか言い様がありませんでした。
 それでも彼は疲れた身体にムチ打ちながら大学へと赴いています。


 

「…………」
 何故自分は休まないのか…?
 何が自分を動かしているのか…?
 そうした疑問に答えることもできずに誠はひたすら目の前の生活を消費することに全霊を傾けているようです。


 

「……誠っ……」
「やぁ、明石…おはよう…」
 恐る恐る声をかけてきたのは明石です。
 今日もいつもと同じメンバーで彼は登校していました。
 もともと内向的で友人の少ない誠にとって、そして今とんでもない状態の渦中にある誠にとって明石たちと一緒にいる時間は楽しく、そして尊いかけがえのないものとなっていたのです。
 故に彼は心身がどんなに疲弊していようとも努めて明るく元気に振舞うようにしていました。


 

「大分フラついてるように見えたけど大丈夫か…?」
 直接的な明石の言葉の裏にはストレートな友情が含まれています。
 誠は明石の気遣いに感激していました。


 

「あぁ…まだ眠れない日が続いてるんだけどさ…大丈夫だよ…」 
 誠もあえてオブラートに包んだ物言いを避け、正直なところを明石たちに伝えます。
「そっかぁ……」


 

「ねぇ、実沢君、今日のジャーナリズムで新聞使うって言ってたけど持ってきた…?」
 明石の傍らにいた女の子が気さくに声がけします。


 

「あぁ……すっかり忘れてた……」
「私もまだ買ってないんだ……生協に買いに行こうよ……!」
「うん……」
 一行は足並みを揃え生協へと向かいました。

 

 

「さてと……」
 新聞を買い終えた一行は教室に着きました。
 あと10分足らずで講義が始まります。


 

「悪ぃ…!俺、ちょっと一服してくるわ…!」
「あぁ…!」
「始業まで戻ってきてね、いってら…!」
 少しの時間もタバコを我慢することができないヘビースモーカーの明石が別な悪友と連れ立って喫煙所へ走って行きました。


 

「何か面白い記事はないかしらね……」
 女の子、八幡和美(はちまん かずみ)が新聞を熟読していた誠の脇から声をかけます。


 

「実沢君……!?」
 ここで初めて和美は誠の様子がおかしいことに気が付きました。


 

「ガクガクガクガク……」
 誠は社会面を凝視したまままるで真冬の山に放り出されたかのように歯をガチガチさせて全身を激しく震わせていました。


 

「バカ…な……こん…な…こ…とって……!?」
 誠の呟きも震えのせいで激しく揺れています。


 

「ちょっと実沢君…!どうしたのよぉっ……!?」
 和美が誰憚ることなく大声を上げました。


 

「何だ…!?」
「どうした…!?」
「ガヤガヤ……」
 教室にいた他の学生たちも異変に気付き、教室の最後列に席を取っていた誠たちのもとへと集まってきます。


 

「アァァァァァァァッ……!!」
「ガタッ…ズッダンッ……!!」


 

 叫び声を伴って誠がその場に倒れました。
 どうやら気を失ってしまったようです。


 

「実沢君…!実沢君ってば……!!」
 和美の必死の呼びかけにも全く動じることなく、誠は倒れています…
 その悲惨な光景に取り囲んでいた野次馬学生達も声を失ってしまいました。


 

 

×××××××

 

 

 ここはドゥリムランドゥ。

 


 とはいえ、この場所がドゥリムのどの辺りに存在しているかということは全く不明です。


 

「ウーム……」
 誠が目を覚ましました。


 

「クッ……何だこれは……!?」
 起きて真っ先に誠は疑問を口にしました。
 眼前に広がる光景があまりにも異質だったからです。
 あの特徴のあるアイボリー色の空ではなく、更に特徴のある、というより毒々しい紫色の空が一面を染めていたからです。


 

「グヘッ……気持ち悪っ……!」
 一面の紫色の空は今の誠にとって不快以外の何者でもありませんでした。


 

(講義が始まるってのに……何でこっちに来ちまったんだろう……?」
 現実世界で気を失う前の記憶を丹念に思い起こしていきます。


 

「ガクッ……!」
 全てを思い出した様子の誠。
「そうだった……この新聞…記事だよぉ……」
 あり得ないことですがようやく誠は自分の手に生協で買った新聞が握られていることに気付いたのです。
 力なくその場に腰を下ろすと自分だけに聞こえるような声で呟きました。


 

「キッ……スクッ……!」
 しかし、すぐに立ち上がった誠は紫色の空を睨みつけました。


 

「おいっ、いるんだろ…!お前に言いたいことがある…!……っていうかいい加減出て来て姿見せろよ……!」
 今までに見せたことのない怒りの表情と口調です。


 

「俺はこっちで人殺しをしてしまった……納得はいってないけど逸れはもう起こったことだ……けどな、向こうでまで俺にそのことを思い出させることはないじゃないか……!」
「バサッ……」
 おもむろに新聞を開いて天に突き出す誠。


 

『サラリーマン謎の怪死!全身を切り刻まれたまま出勤の悪夢!』
 新聞の社会面にはショッキングな見出しが躍っていました。


 

『昨日午前9時頃、大阪市のデイリー商事勤務の会社員、北浜勝男(きたはま かつお)さん(29)が出勤後突然死亡するという……』
 更に記事に目を向けると誠が昨日倒した男の情報がそこには綴られていました。
 新聞なので当たり前といえば当たり前なのですが、この情報は誠にとっては決して有益なものではなかったのです。


 

「この記事は何だよっ……!ここに載ってる”謎の怪奇バラバラ事件”の記事っ……!この被害者は……一昨日俺がここで殺した人じゃないかぁぁぁぁぁっ……!!」
 言葉の最後の方は絶叫になっていました。
 本来であれば現実社会で交わることのない二人が、メディアの力で偶然にも片方の知るところとなったのです。


 

「おいっ、答えろ…!どこまで俺を苦しめれば気が済むんだよっ……!?答えろってんだよぉっ……!!」
 更なる絶叫がドゥリムの片隅にこだまします。
「ビュアァァァァッ……!」
 しかし、冷たく激しい風が吹き荒ぶのみでそれ以外は何も聞こえてはきませんでした。


 

「ガアァァァッ……」
 新聞を叩きつけた誠は地団太を踏んで身悶えました。
「何でこんなことになったんだよぉっ…!」
 泣くことこそしませんでしたが、狂わんばかりの勢いでその場で暴れ続ける誠でした。


 

 しばらくの間、暴れていた誠ですが、
「クッ……」
 自分の声が届いているのか否か、反応が全くないために身体に付いた砂をパンパンとはらうと、
「タッタッタッ……」
 正面を見据えて歩き始めました。


 

(こんなことしててもどうしようもないっ……)
 その表情には今まで彼が持っていたある種の“甘え”の部分が削げ落ちたかのような精悍さが漂っていました。


 

 それは“成長”したのでしょうか…?
 はたまた“諦め”によるものなのでしょうか…?


 

 ともかく誠はこのドゥリムランドゥで生き延びる決心をし、そのためには人間と戦うこともやむなしという境地に達したようです。
「タッタッタッタッ……」
 自然と歩みにも力が入る誠。
 多少なりとも冷静さが出てくると、今まで彼の眼には見えてこなかったものが見えてきます。


 

「へぇ……!」
 誠が驚きの声を上げます。
「ワイワイ……」
「ガヤガヤ……」
 まず、ドゥリムランドゥに人間が一人もいないと思っていた誠ですが、そんなことはなかったのです。
 赤レンガの建物はドゥリムに住む人々の住居になっていて、そこでは人種を問わず様々な人々が思い思いの生活をしています。
 経済活動を行う者もいれば、自給自足の生活をしている者もいるし、所謂“遊民”の類に入る者もいました。


 

 現実世界とさして変わりはありません。
 現実世界と決定的に違う所があるとするならば、それは“皆楽しそうに暮らしている“という所と、
「それでさぁ……!」
「ふーん、そうなんだ……」
 そこで暮らす人が皆日本語を話しているという所でした。


 

「フフフッ……“夢の地”だから何でもありなんだな……」
 誠はドゥリムに召喚されるようになってから初めて笑顔を見せました。
 湧き上がった疑問もそう捉えることで解決することができたのです。


 

「タッタッタッタッ……」
 歩を進めていくと更にわかってきたことがあります。
 人間がいるのですから当然人間以外の動植物も存在します。
 それも誠が闘ったウイ牛のようなフリーキーな怪物ではなく犬や猫、薔薇や向日葵といった普通に現実社会に馴染んでいる動植物です。


 

(俺、一人じゃない……!)
 そう考えると誠の心に晴れ間が出てきました。


 しかし、その晴れ間も束の間のことでした。


 

「イヤァァァァァァァァッ……!」
 女の子のものと思しき悲鳴がけたたましくドゥリムの彼の地に響き渡りました。

 

「ハッ……!?」
 もちろん誠は悲鳴に気付きました。


 

 ところが、
「ワイワイ……」
「ガヤガヤ……」
 他の住人達は全く悲鳴に気付かずに楽しく会話などを続けているではありませんか…!


 

「バカなっ…!?今の悲鳴が聞こえなかったってか……!?」
 誠は住人に向かって怒鳴りますが、それすらも彼らの耳には入っていないようです。
「何だこりゃ…!?」
 一気に薄気味悪い気分の渦中に落とされた誠。


 

「イィィヤァァァァァァッ……!!」
 すると再び叫び声がこだましました。
 先般のよりも大きく、切羽詰った悲鳴でした。


 

「クソッ……!」
「ダダダダッ……!」
 誠は一向に悲鳴に気付かない住民へのアピールを止めて悲鳴の方向へと走り出しました。
 

 

 数百m走ったところで、誠の視界にある光景が入ってきます。
 そこには小学校高学年か中学生と思しき少女が泣きながら蹲っていました。
 少女の視線の先には2mをゆうに超す巨大な熊が今にも彼女を襲わんばかりの姿勢で、
「グゴゴゴゴゴゴゴッ……!」
と醜怪な咆哮を上げていました。


 

「うわっ……!」
 驚いたことにその熊は深い緑色をしており、前足というより手が4本もあったのです。
「ひでぇな……」
 熊のあまりの醜さにため息と共に言葉が漏れます。


 

「ウッウッウッ……」
 可哀想な少女は恐怖に怯えてひきつけを起こしたかのように泣きじゃくっています。


 

「どうする……!?どうするぅっ……!!」
 焦りと苛立ちに満ちた言葉が誠の口から出てきます。


 

「ハッ……!」
 咄嗟に誠は足元に落ちていた野球のボール大の石を拾い上げ、
「…ッセイ……!!」
 精一杯の力で投げました。
「ギュウゥゥン……!」
 石は唸りを上げ熊の方向へ飛んでいきました。


 

 そして、
「ボンゴオッ……!」
 熊の背中に見事に当たったのです。
「ギュル……ボドッ……!」
 石は熊の背中に数秒間めり込み、やがて落ちました。


 

「ギュギャァァァァァァッ……!」
 熊とは思えない甲高い咆哮と共に誠の方を向きます。
「ゴクリ……」
 唾を一飲みする誠。


 

「ギキュウゥゥゥゥ……!」
「ドスドスドス……!」
 誠の存在を認めた熊は彼を敵と認識したらしく、少女のことなど最初からいなかったというような様子で一心不乱に誠の元へ向かってきます。


 

「…………!?!?」 
 泣きじゃくっていた少女も誠に気付いた様子です。


 

「ドスドスドス……!」
「わっ……!?」
 熊が想像していた以上の猛スピードでこちらへ向かってきているので誠も驚きを隠せません。


 

「まいったな……どうしよう……?どうしよう………?」
 頬を伝う大量の汗を拭うこともなく誠は思案しました。


 

「そうだ…!剣っ……!」
 誠は自分専用の武器の存在を思い出しました。


 

「どこっ……!?どこだよっ……!?!?」
 思い出したは良いのですが、肝心の剣がどこにあるのか、この異様な世界で全く探し出すことは不可能でした。


 

 もとより、今の状況では探すことそのものが不可能です…


 

「ギキュウゥゥゥゥ……!」
「ドスドスドス……!」
 4本手の奇怪な熊が2本足走法でグングンと誠に近づいてきます。
 間合いが詰まってしまいました。


 

「やばい……!」
 誠がそう思った刹那、
「ブウゥン……!」
 熊の上右手が張り手を見舞ってきました。


 

「ハッ……!」
「ビュンッ……!」
 誠は素早い反応で後ろへと身をかわしました。


 

 それでも、
「ズビュッ……!」
 爪がわずかに誠の左足をかすめました。

 

「痛ぇっ……!」
 これまで経験したことのない激痛のせいか誠の言葉使いも乱暴なものになります。


 

「ズサァッ……!」
 バランスを失い倒れてしまいました。


 

「ギギュウウウゥゥゥゥゥゥ……!」
「ドスドスドスドス……!」
 それを確認した怪物は更なる突進を試みます。


 

「殺られる……!」
 無意識のうちに誠はそう呟いていました。


 

 しかし、一方では
(どうする…!?武器……どうやって……)
と一連の思考も続けていたのです。
 この思考を続けていたことが勝負の明暗を分けることとなりました。
(そういえばこの世界は僕が気付いた時に初めて人が現れたり、町が出来たりしていた…ここってもちろん“世界”として存在しているけれど、認識したり判断したりするには僕の心の強さ…想像力が物を言うのかもしれない……)


 

「よしっ……!」
 誠はゆっくりと目を閉じました。
そして、
「剣っ…!僕は…実沢誠はここドゥリムランドゥで使う専用の剣が欲しいっ…!青く、赤が混じった僕だけが使える剣……!出て来い……!」
と、念仏を唱えるようにブツブツと呟きました。


 

「ギギュルルルルウウウゥゥゥゥゥゥ……!」
 異常な音圧の咆哮と共に再び熊が突進してきました。
「ドドッ、ドドッ、ドドッ…!」
 確実に誠を仕留めようとしているのでしょう、足どりがより軽くなった印象で走るスピードが上がっています。


 

「クッ……ダメなのか……!?」
 剣が出てくる気配はありません。
「ドドッ、ドドッ、ドドッ…!」
 誠まで数mの距離まで熊が迫って来ました。


 

「一矢は報いたいな……」
 誠は剣を諦めた様子で身構えました。


 

「ドドッ、ドドッ、ドドッ…!」
「ヤアァァァァァァァッ…!!」
 気合もろともジャンプする誠。
「ドドッ、ドドッ、ドドッ…!」
その卓越したジャンプ力は熊の体躯を軽々と越えました。


 

「ドッセイ……!」
「ボグンッ……!」
 再び気合を入れた誠は重力の力を利用して右の踵を熊の顔面めがけて叩きつけました。


 

「アギャグワァァァァァァァッ……!」
 クリーンヒットしたようです。
 踵は熊の鼻っ柱と左目を捉えました。
 今度は熊が痛みで身悶えています。


 

「フゥ……」
 一撃を食らわせてやったことで誠の表情に安堵の色が見えました。
「…………」
 ふと周りを見渡すとあの少女も逃げたようでいなくなっています。


 

「よかった……」
 まるで良い思い出のない世界でしたが、人助けをすることができたことで自分がここに来た意義を見出すことができた誠の本音が出ました。
 もう後悔することはないようです。
「ググッ……!」
 体勢を立て直した熊を見た誠は拳に力を入れました。


 

「ガギャアァァァァァァァ……!!」
「ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ……!」
 怒った熊は4本の手をメチャクチャに振り回しながらこちらへ向かってきます。
「ハァーッ……」
 溜めていた空気を思い切り吐き出す誠。


 

 するとその時、
「お兄ちゃん、頭っ…!頭の上っ……!」
 どこからかさっきの少女の声が聞こえてきました。
「えっ……!?!?」
 誠は驚いて上を見ました。


 

「おおっ……!」
 頭上から誠専用の青い剣が降りてきました。
 奇跡に目を丸くする誠。


 

「タッ……!」
 喜びに浸っている時間はありません。
 誠はゆっくりと降ってくる剣と歩調を合わせるようにジャンプして、


 

「ガシッ……!」
 遂に専用剣をその掌に握りました。
「ガッガァァァァァァァッ……!」
 熊が虎視眈々と誠が落ちてくるのを待っています。


 

「いくぞっ…!」 
 それを確認した誠は両手で剣を持ち、落ちるスピードに加速をつけました。
「シューーーッ……!」
 風を切る音が耳に飛び込んできます。
 今の誠にはそれを楽しむ余裕すらあるのです。


 

「ガギャギャギャギャ……!!」
「ブンッ、ブンッ、ブンッ……!」
 熊は獣の本能でひたすら腕を振り回すのみです。


 

「ダァァァァァッ……!」
「シッパッ、シッパッ……!」
「ビジュッ、ビジュッ……!」
 叫びながら誠は剣を二度振りました。
 その二太刀は確実に熊の上両腕を切り裂きました。
 肉の切れた音が数秒のタイムラグで聞こえてきました。


 

「ボドンッ…」
 上両腕が落ちます。
「アギャグアギャグワァァァァァァァッ……!」
 今までに聞いたことのない絶叫を上げる熊。
 その腕の切り口からはしとどに鮮血が溢れています。
「ドッダァン…ドッダァン……!」
 のたうち回る音も地響きを伴っています。


 

「今…楽にしてやる……!」
「シュッ…シッパァ……!」
 熊の間合いに素早く入り込んだ誠は下から振り上げる要領で剣を熊の首筋めがけて切りつけました。


 

「ブッ…ギャッ……」
 間もなく、熊の叫びが止まりました。
「ボッドォォォンッ……!」
 頭部が身体から離されます。
 支えを失った熊の頭はまるで巨大なスイカのように己の身体を滑り、やがて地面に叩きつけられました。
「ズッシィィィィンッ……!」


 

 数秒後、主を失った身体が力なく倒れました。
「やっ……た……」
 強大な猛獣を倒した誠でしたが自身のダメージも半端ではありません。
「ズサッ……!」
 力なくその場に倒れ込んでしまいました。


 

 

×××××××

 

 

「ンー……ハッ……!!」
 誠が目を覚ましました。


 

「あれ……!?!?」
 驚きを隠せない様子です。


 

 なぜなら、
「戻って…ない……」
 彼はまだドゥリムランドゥにいたからです。


 

「……って……!?!?」
 ようやく誠は額の冷たさに気付きました。
 濡れたハンカチが乗っていました。


 

「これは……?」
「よかったぁ……!目を覚ましたのね……!!」
 聞き覚えのある声が飛び込んできました。


 

「君は……」
 そこには誠が助けた少女が立っていました。
 少女は腰まであろうかという美しい黒髪をストレートにしています。
 その愛くるしい表情はどことなく子猫を連想させます。
 薄いピンクのワンピースを纏った少女は誠が目を覚ますと嬉しげな表情を浮かべて軽くステップしました。


 

「ここは……?」
 誠はドゥリムの町外れにあろうかという誰もいない草原にいました。
 そこには大きなブナの木が一本だけ聳え立っていて、誠はその木陰に横になっていたのです。


 

「君が…僕を…ここまで……?」
「フフ……」
 単純な疑問を投げかけてみましたが、少女ははにかんだ笑みを浮かべるばかりです。


 

「ありがとう……助かったよ……」
 疑問を解消したかった誠ですがまずはそれを引っ込めて、素直に感謝の念を少女に示しました。
「私の方こそありがとう……お兄ちゃんがいなかったら、私…きっとアイツに食べられてたわ……」
 恐怖の場面を思い出したようで少女の表情が曇る。
「あ…いや、嫌なことは思い出さなくていいんだよ……」
「うん……!」
「とにかく君が無事でよかった……」
「フフ……」


 

 しばらくの間そのような他愛もないやり取りが続きました。
 誠はこの少女に対して尋ねたいことが山ほどありましたが、どこかミステリアスな雰囲気を持った彼女に気圧されています。
 それでも意を決して尋ねました。


 

「君は…ここの住人なの……?それとも現実の世界の……」
「私は現実の人よ…名前は宮町静架(みやまち しずか)。札幌の小学校5年生…」
 意外に簡単に静架が身元を話し始めたので誠は拍子抜けしました。


 

「静架ちゃんか…僕の名前は実沢誠。仙台の大学に通う19歳…」
 もうちょっと気の利いた自己紹介はできないものかと、誠はちょっとした自己嫌悪に陥りました。
「誠さん……大学生なんだ……!大学って楽しそう……!ねぇ、楽しい……?」
 屈託のない笑顔で静架が訊いてきます。
「あぁ…楽しいよ……けど、最近はこっちと向こうの行ったり来たりで疲れ気味だったんだ……」


 

 誠は喋りながら不思議な気分になっていました。
 今まで彼は自己の内面を他人に晒すことをひどく恐れて、嫌っていたのです。
 家族はおろか、元恋人の純子、そして数少ない親友である明石にも内面の深いところまで話したことはないのです。
 しかし、ドゥリムランドゥという特殊な環境に在るとはいえ、今出会ったばかりのしかも小学生に自分が悩んでいる部分を簡単に話せてしまったことに少なからず衝撃を覚えていました。


 

「そうなんだぁ……」
 静架はそんな誠の言葉をフワリと受け止めます。
「…………」 
 しかしながら誠は小学生を相手にして自分のペースで会話できないことにかすかな苛立ちを感じていました。
 誠が抱いている疑問点があまり解消されていないこともその思いに拍車をかけています。


 

「静架ちゃんはどうしてここに来るようになったの…?で、どうして君は僕の剣の存在を知ることができたの…?」
 うざったがられることは覚悟の上で誠は矢継ぎ早に質問をぶつけました。
「フフ……静架はいつの間にかここに来ちゃってたんだよ……剣はね…見えたんだ……!あれが誠兄ちゃんの必要な物だって何となくわかったしね……!」
 どこまでも屈託のない調子で静架は答えます。
 その内容は小学生らしいものです。


 

 誠は静架がもしかすると“謎の声”に関係のある者だという疑いを持って彼女に接していたので、その猜疑心を心から呪いました。
「そうなんだ……とにかく静架ちゃんがいなかったら僕は確実に死んでいた…本当にありがとう…!」
「お礼を言うのは静架の方だよ…!アイツから助けてくれたのは誠兄ちゃんなんだよ…!ありがとうございました…!」
 ペコリと頭を下げる静架の仕草を誠は可愛いと思いました。


 

「ねぇ、誠兄ちゃん……」
「ん…何だい……?」
「静架と誠兄ちゃん、また会えるかな…?」
「ここでってこと……?」
「ウン…!それもだけど向こうでも…会えるかな……?」


 

 誠はここでドゥリムのルール、すなわち“ドゥリムで出会った人間とは現実では会えない”ということを素直に静架に伝えるべきか迷いました。
 短い時間で考えた末、
「そうだね…向こうでももしかしたら会えるかもしれないよ……」
とオブラートに包んだ物言いで真実を濁しました。
 嘘のつけない性格の誠はそのことが静架に悟られないように全力を傾けていました。


 

「そうだよね…きっと会えるよね……!」
 ある意味誠の期待通りの応えが返ってきます。
 静架は天使のような笑みを湛えてまっすぐに座っている誠を見つめました。


 

「うん………!」
 誠はそう頷いたまま黙り込んでしまいました。
「アッ……!」
 突如静架が頓狂な声を上げました。


 

「ん、どうしたの……!?」
 これには誠も反応せずにはいられません。
「戻らなくちゃいけないみたい……」
「あぁ……」
 それは“目覚め”、つまりドゥリムから現実世界への移動を意味していました。


 

「静架、帰るね…!」
「うん……」
「誠兄ちゃん…!」
「何……!?」
「また会おうよ、今日も……!」
「そ、そうだね……」
「約束だよぉっ…!」
 そう言うと静架はスッと右手の小指を差し出しました。


 

「………?」
「ほらぁ、指切り…!」
「う、うん……!」
 子供が持つ独特の勢いに飲まれた格好で誠が照れ臭そうに右手小指を差し出します。
 彼は何故か座ったままでした。


 

「指切りげんまんっ、嘘ついたら針千本飲~ますっ、指切った……!」
 静架は子供のオーラを発散させながら一気に大声で歌いました。
「ゾクッ……!!」
 その子供らしい、少女らしい仕草の中に“女”を発見してしまった誠は鳥肌が立つのを抑えることができませんでした。


 

「ウフフフ……じゃあ、またね……!」
 そう語りかけた静架は一目散に町の方へと駆け出していきました。


 

「………」
 誠はまだ狼狽しています。
 どういうわけか純子のことを思い出していたのです。


 

(女って……)
「ブンブンッ……!」
 自分が何だかとても良くない妄想を抱いているような感覚に囚われてしまった誠は懸命に別のことを思考しようと首を激しく振りました。


 

「ハッ…!」
 その甲斐があったようで彼は何か重大な思いつきをしました。
「そういや…ここから元に戻るのって…どうすりゃいいんだ…?」
 今まで戦闘後に意識を失うことで現実へと引き戻されていた誠にとって初めて湧いてきた疑問でした。


 

「バタッ……!」
 しばらく熟考していた誠ですが、諦めた様子で木陰に横になりました。


 

「細かく考えてもしゃあないか……」
 普段は冷静で内省的で深く考える性質の誠なのですが、このような潔さも持っています。


 

「スッ……」
 やがて彼はゆっくりと目を閉じました。


 薄れ行く意識の中で彼は
(あっちで生き、こっちで闘いって……何てことになったんだろう……!)
などということを思っていました。


 

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 

 

*この物語はフィクションです。

 


 

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