Drivin' with The Devil

主に自作小説・ロック論・マンガ論などを”狭く深く”書いてます。 どうぞ気軽に楽しんでいってください。。。!! 

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~第2章「なかまたち」~

 

 

 

 その日の夜。


 

「カリカリカリカリ……」
 誠はアパートでひたすら机に向かって何かを書いていました。


 

「……さて、次のニュースです。任期満了に伴う仙台市長選挙ですが現在までに……」
「………」
 点けっぱなしにしていたテレビのニュースにすら目をくれることもなく彼はひたすら何かを書いていました。


 

「………」

 とうとう日中に誠は大学キャンパス内で意識を失ってそのままドゥリムランドゥへと旅立ったのですが、誠が現実世界に戻ってきた時何と10分足らずの時間しか経っていなかったのです。


 

 誠は自分が目覚めた時の明石や和美をはじめとする学生達、更には騒ぎを聞きつけて集まっていた大学職員達の驚きの表情を一生忘れることができないでしょう。
 明石・和美ら友人達は誠の帰還に涙を流して喜んでいました。
 周りを囲んでいた野次馬学生達の反応は喜んでいたり、拍子抜けしてたりと様々でした。
 職員達は『人騒がせな…!』という感じの冷たい表情を浮かべていました。


 

 彼は各々の感情の交差を一気に自分の中に受け止めてしまい、激しい嘔吐感に襲われてしまい、その場をのた打ち回りました。
 その結果、結局体調不良ということで彼は医務室へと運ばれ、落ち着いたところで帰されたのです。


 

 誰が良い・悪いということではありませんでした。
 ただ、あまりの勢いと短い時間で人間の喜怒哀楽を感じたので誠の意識が混乱してしまったに過ぎません。


 

 しかし、誠はこの結果を良しとはしなかったのです。
 大学内でドゥリムへ行ったことにより周りの人たちに迷惑をかけてしまったことを彼は激しく悔やんでいました。


 

 同時に誠の中で改めて『“ドゥリムランドゥ”とは何か…?』という疑問が湧き上がってきたのです。
 “湧き上がってきた”という表現は正しくないかもしれません。
 誠は今まで意識的にこの問題を避けていたからです。


 

(もし、ドゥリムランドゥなんて世界が存在しないとしたら…?それが僕の想像の産物にしか過ぎないとしたら……?僕は…僕は……終わってる……!)
 誠の偽らざる心の叫びでした。

 


「カリカリカリカリ……」
 誠が根を詰めて書いていたのは自分が今までドゥリムランドゥで体験した出来事とドゥリムへ行くきっかけになる出来事との相関図でした。
 “謎の声”の言葉にもあったようにはっきりと記憶に残っているドゥリムでの出来事は北浜との闘いです。
 この時原付に跳ね飛ばされた誠は“謎の声”のはからいで自室ベッドへと運ばれたのですがそれまでの時間はおよそ8時間でした。
 過去のドゥリムの入り口はその日の睡眠のはずでしたから時間にすると平均7時間といったところ。
 ここまでは現実世界とドゥリムでの時間的バランスは釣り合っているように思えます。


 

 ところが今日の出来事は違っていました。
 誠は少なくとも3時間はドゥリムにいたはずだと自覚しています。
 しかしながら誠が戻ってきてみると現実ではわずか10分しか経っていなかったわけです。
 この時間的バランスが崩れたことを誠が認めた瞬間に彼の心の中に、
(実は“ドゥリムランドゥ”なんて世界は存在しないのでは…?)
という考えが改めて大きくのしかかってきたのです。

 

 

(ドゥリムがなかったら…あれが全部僕の妄想だったとしたら……僕は病気だっ……!)
 この現実が誠を恐怖に叩き込みます。


 

「バキッ……!」
 あまりに力を入れたためにボールペンが嫌な音を立てて折れ崩れました。
「クソッ……!!」
 いくらこうして紙に状況を書いても答えは見えてきません。
 そのことが余計に誠の気持ちを荒んだものにしていました。


 

(こんなことしていても…無意味だ……!)
 誠は書くのを止めて気晴らしに立ち上がり、その場を何往復も歩き出します。


 

(答えは…俺の頭の中……!)
 結論はとうに出ていたようです。


 

「今夜……ハッキリさせる……!」

 

 

 

×××××××

 

 

その日の深夜。


 

「ZZZ……」
 誠はおとなしい寝息を立てて眠りに落ちていました。

 

 

 さて、彼の夢の中では一体どんなことが起こっているのでしょうか…?

 


「スタスタッ……!」
 見慣れた赤レンガ造りの建物だらけのドゥリムの町並みを歩き続ける誠。
 町並みにはちゃんと住人もいます。


 

「うんうん……!」
「そうなんだよなぁ……!」
 どんな人種であろうとも皆一様に日本語を話しています。


 

「………」
 そのこともドゥリムが現存しない世界ではないかという不安を誠の心の中にかき立てます。
「スタッ……」
 やがて誠は人通りの全くない、いつも怪物たちと戦う草原へ辿り着きました。
「スゥーッ……!」
 大きく深呼吸をした誠は一気にそれを吐き出さんが如く大声で、それでいて努めて冷静に話し出しました。


 

「今日こそは出てきてもらうぞ…!なぁ……!この世界は本当に存在するのか……!?それとも僕の脳内の産物でしかないのか……!?出てきて説明してくれ……!」
 誠はそれだけ言うとその場にドッカリと腰を下ろしました。


 

「………」
 後はひたすら黙りこくっています。
 その様子に、取り乱すことのないその態度に誠の覚悟が感じ取れるようです。
 数分間、誠はひたすら空中を凝視していました。


 

 すると、
「ゾワゾワゾワッ……!」
 風が急に妙な音を立て始めました。


 

(来たな…!)
 誠は直感しましたが、あえて無言のまま風のする方へ身体を傾けました。


 

『クックックッ……殊勝だなぁ、誠…!おとなしく待っているとは……!』
 久しぶりに耳にする“謎の声”です。
「ここではジタバタしても無駄だって教えてくれたろう……?」
 皮肉を含んだ口調で誠が返します。


 

『フッ…そうだったな……で、質問の答えだがな……』
「ゴクッ……」
 誠は唾を一飲みしてそれに備えました。
『“ドゥリムランドゥ”が実在するということだけは断言しておく…!そして、前にも言ったがお前は“闘士”としてドゥリムに招聘されている。そう遠くない未来にお前が招聘された理由がわかる日が来る……』


 

 “謎の声”の言葉は誠にとって答えになっていないような気がしました。
 まるでそのことを察知しているかのように声は続けて話しました。


 

『誠が混乱するのも無理はない…それに関しては正直申し訳ないと思っている…けれども、“真の目的”を果たすまでは俺はどんなに“お前たち”に嫌われようとも務めを遂行しなければならないのだ……そこだけは理解しておいてくれ……さて、ここが実在する世界だという証拠だが……』
「シュゥン……」
 言葉の終わりと重なるように風の音が聞こえてきました。


 

「シューッ……!」
 風は小さい竜巻となって誠めがけて向かってきます。
「な……!?」
 驚いて飛びのける誠でしたが逃れられませんでした。
「ビシュビシュビシュン……!」
 竜巻は誠の左手首にまとわりつきました。


 

「うわっ……!?」
 思わず声を上げた誠でしたが痛みは全然なく、むしろ風が手首にくっつく妙な感覚に不思議な気持ち良さを覚えました。
「ユン……!」


 

「こ…れは……!?」
 竜巻が消えた後に現れたのはブレスレットでした。
 誠専用の剣と同じ青色ベースに赤が彩られているブレスレットです。


 

『それが証拠だ…!そのブレスレットはドゥリムにしかない材質でできている。そして、それはお前がいくら外そうとしても外すことができないものだ…!』
「何……!?」
 “謎の声”の言葉に誠が身を硬くします。


 

『ハハハハハハッ…!安心しろ…!そのブレスレットには何も仕掛などしていない…!あくまでドゥリムが実在することを証明するためのものだからな……ただ、そいつを向こうで調べられるのは厄介なので外せないようにした。どうだ、これで満足か…?』
「………」
 誠はまだまだ訊き足りないことが山ほどありましたが、とりあえず自分の一番の疑問点に“謎の声”が答えてくれたので安堵感が大きく、他のことを尋ねる気持ちは今現在は薄れていました。


 

「いいや…今はない……」
『そうか…よかろう……それじゃ今日はお前もう戻れ…!』
「はぁ…!?何でだよっ……!?」
『早く向こうでそれ見て安心しろって言ってんだよ…!たまには早く返してやる…!』


 

 “謎の声”がそう言うと、
「ビッキィィィンッ…!」
 さっきとは明らかに異質な小竜巻が起こり、
「ビシュゥゥゥゥゥウッ……!」
 誠を襲いました。


 

「ゲッ……!!」
 不意を突かれた誠はあえなく竜巻の虜となり、その場に失神してしまいました。


 

『ハハハハハハハハハ……!』
 後には謎の声の高らかな笑い声だけが残りました。

 

 


「ウーン……!」
 誠の部屋にて。
 例によって魘された状態で誠が現実世界へと戻ってきました。


 

「ハッ……!」
 一瞬ブルブルッと震えを起こした後、彼は目覚めました。


 

「フゥ………」
 汗でTシャツが濡れているのももう毎度のことだったので手早く脱いで傍らに用意しておいたものに着替えます。
 その時に、
「あっ……!」
 誠は左手にしっかりと巻きついているブレスレットに気付きました。


 

「………よかった………」
 少なくともドゥリムランドゥが自分の妄想ではないことが証明されたことで誠に笑顔が戻ってきました。

 

 

 

×××××××

 

 

 次の日。


 

 誠は久しぶりに晴れ晴れとした気分で現実世界での生活を楽しみました。


 金曜日であることも手伝い、彼は明石たちと連れ立って繁華街の居酒屋へと飲みに行き、二次会まで出向きカラオケなどもしました。

 


「ワァーーーッ……♪」
 考えてみると誠がここまで我を忘れて享楽に溺れるということはついぞありませんでした。
 彼自身いつそういう風に楽しんだかということを覚えていなかったのです。
 酒の力、そしてドゥリムの謎からの解放という様々なファクターが重なったことで誠は言葉本来の意味での“馬鹿”になりきって宴に酔いしれていました。

 

 

 しかし、宴はいつしか終わるものです……

 

 

 どのようにして家に辿り着いたのかは一向に覚えていませんでしたが、確実に誠は家路に着き、そしてほどなくして眠りに入りました。

 

 

 彼は自分の意思とは無関係にまたドゥリムへと召喚されてしまったのです……

 

 

「………またかよ………」
 目覚めた誠はアイボリー色の空を見渡してそう呟きました。


 

(そういや動きがあるって言ってたっけ……?となると、準備だけはしておかないと……)
「スッ……」
 瞬時に状況を判断した誠はゆっくりと目を閉じると剣を念じました。


 

「フワンッ……!」
 前回とは違い専用剣はすぐに出現し、誠もすぐにそれに気付きました。
「ガシッ…!」
 剣を握り締めた誠はゆっくりと構えつつ、再び歩み出しました。


 

 襟付きの赤いカラーシャツに黒いスラックスという“合コン仕様”の服装に巨大な専用剣は不思議な調和を見せています。
「スッ、スッ、スッ……」
 心なしか足音も忍び足のような感じになってきました。


 

『誠っ…!』
「ワッ……!?」
 自分の後方という予期しない方向から“謎の声”が聞こえてきたので誠は驚いて振り向きました。
 同時に剣を上段に構えました。


 

『おいおい、俺を切ろうってか…!?それは賢明とは言えないぞ……!』
 そう言って声は狼狽する誠を茶化します。
「クッ……!一体何だっていうんだ……!?」
 剣を下ろすと誠はちょっと機嫌悪そうに尋ねました。


 

『お前、昨日俺が言った言葉覚えてるか…?』
「お前が何言ったか…!?まぁ、大体は……」
 声のあまりに頓狂な質問に、誠は嘘でも強がってみせます。


 

『そいつは凄い…!』
 声は本当に驚いた様子です。
『まぁ、覚えていようがいまいがそんなことはあまり関係ないんだが……誠、いいか、心して聞けよ……』


 

「………」
 これまでにない声の神妙な口調に思わず誠も襟を正します。


 

『俺は昨日お前の質問に答えた時に“お前たち”という表現を使ったんだ。覚えているか……?』
「いや……?」
 誠は当然ながら覚えていませんでした。
 しかし、思い出すことはできました。
 “たち”という言葉の違和感が今甦っています。


 

『そのことやお前と北浜を闘わせたことなどからもう察しがついていると思うが、ここドゥリムランドゥに召喚されている人間は誠一人ではない。ましてや日本人だけなんてことは決してない……』
「………!!」
 確かにおおよそ検討がついていましたが、改めて話を聞かされるとやはり驚かずにはいられない誠がいます。


 

『お前の闘う相手がいたようにお前にはこの世界で手を組んで一緒に闘う“仲間”がいるんだ……』
「仲間……!?」
 どことなく温かみを抱かせるその言葉を誠は自分の口で反芻しました。


 

『仲間は誠を入れて5人……!お前が最後のメンバーだったのだっ……!』
 謎の声の口調が興奮を帯びています。


 

『今日はその記念すべき初顔合わせだっ…!誠……!お前の仲間を紹介しよう…!左を見るんだ……!』
「左……?」
 

 

 声に促されて誠が左側を向くと、
「パッシャーッ……!」
 オレンジ色の目映い光が射しました。


 

「うわっ……!」
 眩しさに仰け反る誠でしたが、完全に目を逸らすことはなく、光の中をしっかりと見つめていました。


 

「………」
 4つの人影が見えます。


 

「シャァァァァァァァ……」
 やがて光はゆっくりと煙が消えるように消失しました。
 人影は誠との間約2メートルのところで佇んでいました。


 

「君は……!?」


 

 誠はその中に見たことがある顔を見つけて驚愕しました。

 


「また会えたね…!誠お兄ちゃん……!」
 ライトブルーのワンピースに身を包んだ宮町静架がそこにいたからです。

 


「君が……闘士……!?」
 あまりの驚きに誠はただ口をパクパクさせるばかりでした。
「ウン……!」
 天真爛漫な静架が元気に返事をします。
「…………」
 誠は黙り込んでしまいました。


 

『みんな、新しいメンバーに自己紹介してあげてくれ……』
 そんな誠の様子など無視するかのように謎の声が他のメンバーを促します。


 

「ザッ……」
 男性が一人一歩踏み出しました。
 見たところ40代後半、見方によっては50代にも見える実年世代の男性です。
 真っ黒に日焼けした顔とそれとは対照的に淡い色調でまとめられたスーツは素人には見えず、誠は瞬間的に硬くなりました。


 

「どうも…中山徹郎(なかやま てつろう)といいます。」
 中山はシンプルに姓名だけを伝えると軍隊式に近いお辞儀をしました。
 その様子を見て誠は、
(ヤーさんかと思ったけど違うな…工場勤めで主任クラスの役職かな……?)
 工場で課長職に就いている叔父を持つ誠は徹郎に叔父と同じ雰囲気を感じていたのです。


 

「ザクッ……!」
 そんな誠の思考をまるで遮らんとばかりに勢い良く別の男が一歩踏み出してきました。
 20代中盤に誠には見えました。
 見るからに節制しているのがわかる均整の取れた身体つき。
 自身に満ち溢れた表情とそれを裏付ける切れ長の鋭い眼。
 そしてタンクトップにスウェットといういでたちから彼がかなりレベルの高いスポーツマンであることは誠でなくとも容易に想像がつきました。


 

「人の話を聞く時は剣を置いたらどうだ……!」
 注意というよりも敵意剥き出しの口調でした。
「失礼……しました……」
 誠もあまりにも男が慇懃な態度を取るのでカチンときましたが、自分に非があるのも事実だと思い直し、
「ズム……!」
専用剣を地面に突き刺しました。


 

「寺岡利樹(てらおか としき)23歳だ。向こうでは陸上競技の選手をしている。」
 利樹はぶっきらぼうにそう言うと、
「スッ……」
 一歩引き下がってしまいました。


 

「………」
 困惑する誠をよそに、
「サッ……」
 次のメンバーが自己紹介するべく一歩踏み出しました。


 

「………!?」
 誠は今までとは違った驚きで目を丸くしました。
 そこに立っていたのは信じられないほど美しい女性でした。
 170cmはゆうにあろうかという長身。
 スラッとしたプロポーション。
 女豹を思わせる整った顔立ち。
 それでもクリッとした瞳には優しさが溢れている。
 エメラルド色のドレスが彼女をより華やかに彩っています。

 


「………」
 誠は今までにこんな美人を見たことがありませんでした。
 いや、正確には“一方的に見たこと”ならあります。
「あなたは……?」
 そのことを悟った誠は思わず言葉に出してしまいました。


 

「はじめまして。白鳥舞(しらとり まい)と申します。向こうの世界ではモデルをさせていただいています。これからよろしくお願いしますね…」
 丁寧な口調で挨拶する舞でした。


 

「こ…こちらこそ…よろしく……」
 舞の魅力に完全に圧倒された誠はそう返すのが精一杯でした。


 

 彼は舞が以前学食棟で見た防犯ポスターに写っていたモデルであることを認めていました。
 そして、売り出し中の若手女優としてドラマにも出始めていることもわかっていました。
 誠は少なからず舞のことを意識してテレビなどを観るようになっていたのです。


 

「………」
 目の前に憧れの女性が立っていることに誠は恍惚感を覚えていました。
「ニコッ……」
 そんな誠の想いを見透かすように舞は美しい笑顔を誠に向かって振り撒き、そして利樹がそうしたように一歩引き下がりました。


 

「………」
 誠はまだ惚けている様子です。


 

 すると、
「会うの2回目だよねーっ、誠お兄ちゃん……!」
と静架の元気の良い声が飛び込んできました。
「えっ………!」
 舞の余韻をかき消されてしまったことと、子供らしい無遠慮さが相まって誠は少し怒りを静架に対して覚えました。
 しかし、当の静架はそんなことお構いなしに、


 

「でも、改めて自己紹介しちゃう…!宮町静架、11歳…!札幌第一小学校に通ってまーす…!好きな食べ物はハンバーグにオムライス…!好きな芸能人はHey! Say! JUMPでーすっ…!」
と一気に喋りました。


 

「…」
「……」
「………」
「…………」
 これには誠のみならず他のメンバーも呆気に取られて言葉を失ってしまいました。


 

「あーっ、やっちゃったかな…!?」
 当の静架も気づきましたが、
「誠お兄ちゃん、よろしくね…!」 
 それでもテンションを下げずに挨拶し終えました。


 

「トンッ……!」
 その後間髪入れずに静架は誠の前にちょこなんと立ち、
「ヒシッ……!」
 誠の腰の辺りに抱きつきました。
「バカッ…!よせって……!」
 必死に誠は抵抗します。


 

 この様子を見た利樹は、
「ケッ……!これじゃママゴトじゃねぇか……!」
と唾棄せんばかりに吐き捨てました。
「そうかなぁ、私には微笑ましく見えるけど……」
 舞が異を唱えます。
「以前にここで会っているようだし、あの子が嬉しくて興奮するのは無理ないんじゃないか…?」
 徹郎も舞に賛成します。
「ハイハイ、そんなんで闘いが乗り切れるなら俺もそうしますよ…!」
 思い切り皮肉が篭った口調で利樹も同調してみせました。


 

『ようし、当座の顔合わせは済んだようだな…!』
 会話が切れるのを待っていた様子で“謎の声”が話し始めます。


 

「スッ……」
 するとそれまで思い切りはしゃいでいた静架がサッと誠から身を引いて声の方を向いたので、
(何だよ……!?)
困惑しつつ誠も体勢を声の方へと整えました。


 

『まぁ、いきなり“君たちはチームだ”なんて言ったところで表向きは理解したつもりでも本質的にはまだまだバラバラだと思うよ。特に誠は初めて会うメンバーばかりだから余計そうだろう…?』


 

「コクリ……」 
 誠は黙ったまま頷きました。
 “君たち”というそれまでとは違う呼称が妙に耳に残りました。
「コクッ…」
 他のメンバーも誠と同様に頷きました。


 

『しかし、それでも君たちはこれからチームとしてやっていってもらわなければならないのだ…君たちには重大な使命がある……』
「使命……?」
 努めて平静を装っていた利樹が疑問を口にします。


 

『その使命に立ち向かってもらうには早急にメンバー同士打ち解け合う必要がある…』
「サッサッ……」
 “謎の声”の説明に飽きた様子で静架が地面を蹴り出しました。


 

 しかしながら、そんな静架を咎めることなく声は説明を続けました。
『早く仲間に慣れるのにうってつけの方法があるのだっ……!』
 “謎の声”の口調が興奮で上ずっています。


 

「ハッ……!」
「どうした……?」
 突然舞が驚きの声を上げました。


 

「何か……近づいて…きます……!」
「……!?」
 男メンバーたちは舞の言葉が何を意味しているのか理解できないでいました。


 

「来るよ……怪物が……!」
「何だって……!?」
 今度はそれまで遊んでいた静架が異常に気づいて大声を上げました。


 

 誠たちが驚きを見せたのと同時に、
「……ドドドドドドドドドッ……!」
 西の方から地鳴りのような足音が聞こえてきました。


 

「一匹じゃないわ……十……いや、それ以上かも……!」
 舞の第六感は恐ろしい予想を立てています。


 

『ホウ……さすがは俺が選んで召喚した“闘士”だけのことはある…!察しの通りだっ…!今から君たちには数十頭の怪物どもと闘ってもらう……!これまで君たちが倒してきたヤツらもいれば、全く初めて闘うヤツもあるだろう…!そして、中には高度な知能を持った怪物もいるかもしれないぞ……!いずれにしても、ただ漫然と闘っていたり、スタンドプレーに走ったりしては絶対に全滅させることはできないと断言しておこう……!しかし、この闘いに君たちが勝利した時……その時はきっと強い、そして清らかなチームが誕生していることと思う……』


 

「何を……勝手なことばかり言ってるんだ……?」
 誠が堪りかねて口を挿みました。


 

『条件は細かいこと一切なし……!“敵の全滅”……これのみ……!それでは健闘を祈ってるぞ……!』
 しかし、誠の言葉を無視して“謎の声”は一方的に言いたいことだけを伝えると、完全に気配を消してしまいました。


 

「何てこった……!」
「ザグッ……!」
 怒りに震える誠は地面に刺さっていた専用剣を抜くと思い切り地面にそれを突き立てました。


 

「誠君、君の気持ちは十分わかるが今は自暴自棄になっている場合ではないぞ……!」
 そんな誠の様子を窺っていた徹郎が諌めるような調子で誠に声をかけました。
「そうだ……この空間、この戦闘はお前だけのためにあるわけじゃないことを覚えておけよ……!」
 極めて冷たい口調で利樹が続きました。


 

「……どうして…あなたたちはそんなに冷静でいられるんだ……?」
 誠が問い詰めたその時、
「静かにしてください…!敵がグングン近づいているのがわからないんですか……?」
 怒気を露わにして舞が誠の前に立ち、言いました。


 

「…………」
 すっかり黙りこくってしまった誠。


 

「………!?」
 すると、誠はシャツの裾を引っ張られる感触に気付きました。
「エへへへへ……」
 照れ笑いをした静架が引っ張っていたのです。
「何だよ……!」
 ひとしきり他のメンバーに行いを注意された後で何となくバツの悪い思いをしていた誠にとって、今こうしてなついてくる静架の存在はうざったい以外の何者でもありませんでした。


 

「誠お兄ちゃん、気にしないで……お兄ちゃんはまだ、皆に慣れていないだけ……」
「ムッ……」
 静架の子供とは思えない、いやむしろ純粋な子供だからこそできる本質を突いた鋭い指摘に誠は舌を巻きつつも不快な気分になっていました。
「わかっているよ、そんなこと……!」
 誠は極力優しく言ったつもりでしたが、険を含んだ物言いになってしまったのは自覚していました。


 

 しかし、それでも
「はぁい……!」
 闘いが近づいている状態の中にいるとは思えないほど朗らかな様子で静架は返事をして、誠の側を離れていきました。


 

「まだ現れないのか…?」
「足音は確実にこちらへ向かっていますが、ここに一陣が到着するまであと3分はかかりそうです……」
「3分か……短過ぎるな……」
 徹郎が歯噛みをしました。


 

 しかし、次の瞬間彼は目を大きく開いて、
「皆、集まってくれ…!手短だが作戦会議を行う…俺の周りで輪になってくれ…!」
と他のメンバーを促しました。


 

「サササッ……!」
 脱兎の如き速さでチームが円陣を組みます。


 

「いいか、“声”が言っていたように相手はこの世界に住む数十頭の怪物だ。そして中には未知のものや高度な知能を持っているものもいるらしい……」
「…………」
 メンバーは真剣な面持ちで徹郎の話に耳を傾けます。


 

「この事態を打破するには“敵の全滅”しかない…」
「何を当たり前のことばかり言ってるんだ…!時間がないぞ…!」
 短気な利樹が横槍を入れます。


 

「当たり前のことを当たり前にやっていくことが状況突破に繋がると言ってる……!」
 温厚そうな内面よりも強面の外面部分が出たかのように徹郎は利樹を一喝しました。
「はいよ……」 
 利樹は仕方なしに意見を引っ込めました。


 

「ここで俺が取りたい作戦はこうだ……貸してくれ……」
「あ、はい……」
 徹郎は誠から剣を取りました。
 断る理由もないと思った誠はあっさりと承諾しました。


 

「ガリッ、ガリッ……」
 徹郎は器用な手つきで剣で地面に図を書き始めました。
 それはとてつもなく早いスピードでした。


 

「皆、この図を見てほしい……舞さんの情報から読み取れるのは、敵の絶対数こそ掴んでいないが、奴らがやってくるのは一方向のみだということだ……」
 他のメンバーも食い入るように図面を見つめています。


 

「つまり、単純に言うと怪物どもは突進しているものがほとんどだということだ。これに対してこちらが一固まりで立ち向かうのは明らかに分が悪い…そこでだ……」
「ガリッ、ガリッ……」
 徹郎は新たな図を加えます。


 

「こちらは四方に分散して闘う……!そして自分の持ち場にやってくる敵を確実に倒していき、自分のところに敵がいなくなったら他のメンバーをフォローする。こんな感じで進めたいのだが他に良い方法はあるか…?」
 さっきよりも早口で徹郎は話を進めていきます。


 

「四方と言いましたが全員が散るんですか…?」
 誠の声です。
「そのつもりだが…」


 

「女性二人は危険なのでは…?誰か男とコンビを組むかもしくは女性同士で組んだ方が少しでも安全なのではと思います…」
「フム……」
 頭に手を当てて徹郎が思案します。


 

「よし、誠君の意見を取り入れよう。要の真ん中の位置には私が一人で付く。そして右手の位置には利樹君と舞さんがコンビで付き、左手の位置には誠君と静架ちゃんが付くということで良いかな……?」


「はいよ…」
「ハイッ…!」
「はい」
「わぁっ、誠お兄ちゃんと一緒に戦えるんだね…!」


 

 皆異論はありません。


 

「……ドドドドドドドドドッ……!」
 怪物たちの足音がより大きくなりました。
 同時におよそ1kmほど向こうに怪物たちの影も見えてきました。


 

「うむ……!敵も近づいてきた……!さっきの図の通りに皆散るんだっ……!」
「ハイッ……!」
 さっきはバラバラだった四人の返事が今度は見事にシンクロしました。


 

 それを聞いた徹郎は闘い前だというのに笑みを浮かべました。
(初めての顔合わせでここまでこれるか…ひょっとすると本当に死なずに済むかもな…)


 

「いくぞぉっ……!」
 徹郎の掛け声とともに
「ザザザザッ……!」
 闘士達は所定の位置に付きました。

 

 右手の位置にて。

 


「…………」
 利樹はジッと舞の横顔を見つめていました。
「私の顔に何かついてます……?」
 顔を敵方に向けたままで舞が声をかけます。
「何もついちゃいねぇよ……ただ、現役モデルってのは綺麗だなぁと思って眺めてたんだよ……」
 悪びれた素振りも見せずに緊張感のない言葉を口にする利樹です。


 

「スポーツ選手は手が早いって評判を聞きますけど貴方もその手合いですか…?」
 舞は別段緊張感のなさをなじるでもなく、さりとて完全に気を許している様子でもありません。
「試してみりゃわかるよ……」
「スッ……」
 利樹はそう言って舞の髪を撫ぜようとしましたが、舞はあっさりと身をかわしました。


 

「そろそろ敵が来ますよ…武器でも出して準備したらどうですか…」
 口調こそ穏やかでしたが利樹を睨んだ舞の瞳には“闘士”としての炎が燃え盛っていました。
「あいよ……」
 その炎を感じ取った利樹は舞を口説くのを諦めました。


 

「どうれ……フンッ……!」
 利樹がぞんざいに目を閉じて、ぞんざいに念じると宙に真紅の斧が現れました。
 今にも火が点かんばかりの鮮やかさを持った斧です。
 利樹はそれを右手一本で握り締めると前傾姿勢で敵の襲来を待ちました。


 

「…………」 
 それを見終えた舞がゆっくりと目を閉じました。
「プワンッ…!」
 宙に現れたのは紫色をした茨の付いた鞭でした。
「パシッ……!」
 サウスポーの舞は左手に鞭を持ち臨戦態勢に入りました。


 

「ヘヘへ……女王様……」
 利樹は舞に決して聞かれないほどの高さで囁きました。
「減らず口はそれくらいにしておきましょうね…」
 しかし、舞には聞こえていたようです。


 

「………」
 バツが悪そうに無言になる利樹でしたが、
(へへへへッ…いつかその鼻っ柱へし折って俺のモノにしてやる…!)
と心の奥底に欲望を滾らせていました。

 

 

 

「………」
 一方、右手の位置では誠と静架が立っていました。
 しかし、誠はどこか心ここにあらずといった状態で剣を下ろして佇んでいました。


 

「誠お兄ちゃん、もうすぐ敵が来るよっ…!」
「あぁ…」
 静架の呼びかけに生返事で返す誠。


 

(やっぱり変だよ…!どうして皆何の疑問を持たずに闘えるんだ……!?)
 かつて払拭したはずの疑問がこの土壇場にきて再び湧き上がってきたのです・
 もちろん、今が非常事態であり、命を賭けて闘わなくてはいけない状況であることは誠も十二分に理解しています。
 それでも他方でこのようにして自らに襲いかかってくる不条理な出来事に対する疑念や怒りを完全に消すことはできません。


 

(クソッタレがっ……!!)
 誠はそういう気持ちを己の精神面の弱さと考え、その感情を嫌悪しています。
 弱さが他の感情に勝ると精神のバランスが悪い方向へ傾いてしまうからです。


 

「誠お兄ちゃん……!」
「ワッ……!?」
 そんなことを頭の中で反芻していたので、自分の傍らに静架が近寄っていたことすら気がつきませんでした。


 

「お兄ちゃん、大丈夫……?凄い汗だよ……それに、顔色も真っ青……」
「だ…大丈夫だよ…!」
 誠は自分の内面を彼女に気取られているなと思いながらもある種意固地に虚勢を張りました。


 

「無理することなんて…ないんだよ……!誠お兄ちゃんがやれることをここで出し尽くせば、きっと勝てるよ……!」
「エッ……!?」
 “希望的観測”とは思えない確信に満ちた静架の言葉に誠は驚きを禁じえません。


 

「お兄ちゃんだけじゃないよ…!静架も、おじさんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、皆がここでできる精一杯のことをやって闘えば、勝てるよ…!」
「静架ちゃん……」
 こんな年端もいかない少女が死地になるかもしれない場所で健気に現状に立ち向かっている。
 その力強い言葉と静架の潤んだ大きな瞳に誠は勇気づけられました。
「ありがとう…!僕…やるよ…!精一杯…!」
「うん……!」


 

「スゥーッ……」
 誠に活気が戻ったことを確信した静架は誠の傍にいたまま目を閉じました。
「ピキュンッ……!」
 宙に現れたのはナイフの束でした。
 どのナイフも黄色です。


 

「パシッ……!」
 静架は跳び跳ねてナイフを取ると、手早く3本抜き取り臨戦態勢に入りました。


 

「ググッ……!」
 誠も無言で剣を中段の位置に構えました。

 

 

 

要の位置にて。
「フフッ……」
 徹郎は離れた位置にいましたが両側でどんな人間模様が交錯しているのかおおよそ検討がついているようでした。


 

「やはり俺が踏ん張らないと…か……」
「スゥンッ……」
 独り言を呟くと彼はすぐに目を閉じました。
「ズバンッ……!」
 妙な音と共に現れた武器は黒い日本刀でした。
 刃先が1.5mくらいはありそうな長いもので柄の部分を足すと誠の剣よりも遥かに長く見えます。


 

「ジャキッ……!」
 日本刀を手にした徹郎は気迫を湛えて身構えました。

 

 

「来たわっ……!」
 舞が全員に聞こえるように大声を上げました。
「ムッ……!」
 傍にいた利樹はその甲高い声に耳を塞ぐジェスチャーをしながら敵を見ました。


 

「エッ……!?」
「えっ……!?」
 位置的に一番敵に近い所にいた誠と静架がほぼ同時に声を発しました。


 

「バ……バカな……!!」
「ヤバイ…!」

誠は頭を抱えます。


 

「違うよっ…!敵が違うよぉっ……!」
 静架の声が絶叫に変わりました。


 

「どうしたんだっ…!?」
「何が違うってぇっ……!?」
 徹郎、利樹の順に声が上がります。


 

「敵が一匹しかいない……!しかも見たこともないヤツだぁっ……!」
「こんなの見たことないよぉっ…!」
 誠が顔を上げ絶叫すると静架も続きます。


 

「“声”は嘘をつきやがったんだ……!」
 誠の怒りが頂点に達しました。
「何……!?」
「えっ……」
「何言ってるんだ、アイツらは……!」
 残った三人がおよそ信じられないといった表情で顔を見合わせます。


 

「利樹君、舞さん、こっちへ来るんだ…!」
「何でだよ……?」
「敵が一匹しかいないならある程度固まった方が良いぞ……!」
「了解…!」
 徹郎の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで舞が走り出しました。


 

「おいおい……」
 仕方なく利樹も続きました。
「けどよ、一匹ならあそこまで落胆するこたぁないと思うんだが……」
 徹郎のもとにやって来た利樹が至極当然の疑問を口にします。
「そうですね……いくら見たこともない怪物といっても……」
 舞も同調します。


 

「うむ……」
 徹郎は頷くと視線を怪物が向かってくる方向へ移しました。
「アッ……!!」
「キャッ……!」
「何だありゃ……!」
 遂に怪物の存在を認めた三人が一様に驚きの表情を見せました。

 

 

「ドダンドダンドダンッ……!」
 集団で向かって来る足音だと思っていたのは節足の音…!
「何だよ、ありゃあ……!」
 

 

 怪物の正体は巨大な、本当に巨大なムカデでした。
 黒々とした身体に鮮やか過ぎるオレンジ色の触覚という不気味なコントラスト…!
 更に何百本もあろうという節足は気味の悪い水色をしていました。
 眼も水色をしています。


 

 およそ50mはあろうかという巨大で奇怪な化け物が、
「ドダンドダンドダンッ……!」
節足を響かせて誠と静架の方へ近づいて来ます。


 

「フシューーーッ……!」
 大きな二本の牙からは恐ろしい呼吸音が徹郎たちの所まで聞こえてきます。


 

「あれは……あんな大きいの……」
 それまで冷静だった舞も言葉を失ってしまいました。


 

「なぁ、中山さんよ…!ありゃあそのままにしておいたらガキ共危ないんじゃないか…?」
 利樹の声です。


 

「わかっている…!だが、今彼らのもとへ向かってもやられてしまうだけとは思わないのか…?」
「確かに…」
「であれば、ここは彼らに前面を任せて俺たちは別方向からヤツを攻撃する戦法を取ろう」
「了解です…!」
「あいよ…!」


 

「行くぞっ……!」
「ダダダダッ……!」
 巨大ムカデに存在を感知されないように三人は走り出しました。

 

 

「ドダンドダンドダンッ……!」
 巨大ムカデは完全に誠と静架に狙いを定めたようです。
 水色の恐ろしい眼がギラッと輝いたように誠には見えました。


 

「殺される……」
 誠の本音でした。
 額から止め処もなく汗が流れ落ちます。


 

「ブルブルブルブル……!」
 静架は一言も発することができずに震えてその場に立ち尽くしていました。
「ハッ…!?」
 その異常な様子に気づいた誠は静架の方を向き、しゃがみ、彼女の目を見て言いました。


 

「静架ちゃん、逃げるんだ…!」
「逃げ…る……?」


 

「そうだ。あの怪物には勝てない……今逃げれば君だけでも助かる……」
「イヤッ…静架、お兄ちゃんの傍を離れたくないよぉっ……!」
 極限状態であっても静架の思いは誠にあるようでした。


 

「それはわかる…でもね、ここは俺が食い止めるから君はここを離れなさい……何かあったらそのナイフを投げつけながら逃げるんだよ…いいね……?」
 穏やかで優しい口調でしたが有無を言わせない断定力がありました。
「うん……」
 静架はようやく頷きました。


 そして、踵を返しましたが、もう一度誠の方を向いて
「誠お兄ちゃん、お兄ちゃんの持てる力を全部出して闘って…!」
と泣き顔で言いました。
「あぁ……!」
 誠は優しく微笑み返します。
「タタタッ……!」
 静架が後ろの方へ引き下がっていきました。


 

「さぁて……」
「ゴクリ……」
 誠は覚悟を決めた様子です。
 飲み込んだ唾が乾いた喉を引っかかりながら通過していきます。


 

「ジャキッ……!」
 剣を上段に構える誠でした。

 

「ドダンドダンドダンッ……!」
「フシューーーッ……!」
 残り10mというところまで化け物ムカデがやって来ました。

 


「タラッ……!」
 誠の顔は汗まみれです。


 

「ドダンドダンドダンッ……!」
 残り7m…


 

「ドダンドダンドダンッ……!」
 残り5m…


 

 と、ここで誠は何故か剣を下ろしました。
 そして、
「ウオォォォォーーーッ……!」
 咆哮を上げながら誠が走り出しました。
 そこには闘う、闘わないで躊躇していた姿はありません。


 

「タッタッタッタッ……!」
「ドダンドダンドダンッ……!」
 誠と化け物の足音がシンクロします。


 

「どぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
「スチャッ…」
 誠とムカデの間合いが1mまで縮まった時、
「ブウゥゥゥゥゥゥン……!」
 気合が入った誠は走りながら剣を水平に振りました。


 

「ガッキイィィィィィッ……!」
 剣はムカデの右牙にクリーンヒットしました。


 

 しかし、
「ってぇぇぇぇぇっ……!!」
 牙は誠の剣を弾き返したのです。


 

 予想外の展開と両手に響く予想外の衝撃で誠の両手は痺れ、思わず叫び声が漏れます。
「フッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」
 ムカデは動きを止めました。
 不気味な呼吸音だけが草原に響き渡ります。


 

(まずい……!完全にロックオンされちゃったのか……!?)
 水色の怖ろしい眼がこちらを睨んでいます。


 

「フシュフシュ……」
 蛇腹が音を立てて波打っています。


 

「…………」
 誠はこの常識外の化け物をしげしげと眺めました。
 本来であれば恐怖に慄いて逃げ出すか、あまりの怖さにその場に臥してしまうのですが、現実感の乏しさが誠にかろうじて立つ力を与えています。
 そして、何よりも静架を救ったという“大きな力”が誠の身体に活力を与えているように見えました。


 

 この刹那、明らかに誠は他の雑念が一切ない状態でした。
 静架以外のメンバー、舞さえも頭に浮かんでこないほどのトランス状態でした。


 

「この化け物……一矢だけでも……いやっ、」
「ジャッキィッ……!」
 再び剣を構える誠。
「斬ってやるっ……!」
 気迫に満ちた誠の言葉でした。


 

「絶対に斬ってやるぅっ……!」
 もう一度自らを誠が鼓舞した瞬間、
「ボシュッ……!」
 誠の専用剣の赤い部分から火が出てきました。


 

「ゴッ…ゴオォォォッ……!」
 火はあっという間に炎へと変化を遂げ、剣の刃の部分を覆います。
「どぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
 誠はさっきと同じように気合一閃、剣を水平に振りました。


 

「ガシッ……!」
 刃先はまたもムカデの右牙を捉えます。
 しかし、
「ビュウゥンッ……!」
 ムカデはオレンジ色の触覚を鞭のようにして誠を襲いました。


 

「うわっ……!」
 ムカデのありえない攻撃を間一髪でかわす誠です。
「スタッ……!」
 上手く間合いを取りましたが、
「ハァッ…ハァッ……!」
 彼は疲労で息遣いも荒くなってしまいました。


 

「フッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」
 しかしながらムカデはその誠の疲労度に見合うだけのダメージを受けていません。
 恐怖の呼吸音が誠の耳をつんざきます。


 

「勝てないのか……?」
 ネガティヴな思考が頭をもたげます。


 

「こんなところで……終わりたく、死にたくない……!」
「ジャキィッ……!」
 それを振り切った誠は三度剣を構えました。


 

「その牙折ってやるっ……!」
「タタタタッ……!」
 一気に間合いを詰めた誠は、
「ビュンッ……!」
「タッ……!」
 ムカデの触覚攻撃を巧みに避けると、ジャンプして、
「おりゃあっ……!」
「ブゥンッ……!」
 その反動を利して真っ赤に燃える剣を振りました。


 

 彼は自分の剣が煌々と燃えていることを自覚していませんでした。
 そういう身近なことも気づかないほどの興奮状態に陥っていたのです。


 

「ガッキィィィィン……!」
 剣が牙にぶつかった音です。
「ブギュウゥゥゥゥッ……!」
 ムカデが今までにない呼吸音を出します。
 それは苦しんでいるように誠の目には見えました。


 

「スタッ……」
 着地した誠がムカデの様子を窺います。
「ピタッ……」
 巨大ムカデの動きが完全に止まっていたのです。


 

 更には、
「ボロッ……」
 再三攻撃を受けていた右牙も根元から折れて、
「ズッダァァァァァンッ……!」
 地面へと落ちました。


 

(……!?いけるか……!?)
 誠は驚きながらもこの怪物を倒せるかもしれないという確信のようなものを抱き始めました。


 

「フシュルルルルルルル……」
 切られた牙の痕が痛むのかムカデの呼吸音が力のないものへと変化したように思えます。


 

「グァシッ……!」
 誠は4度目の構えを見せました。


 

「ゴッ…ゴオォォォッ……!」
 刀を覆っている炎が赤から青へと変わっています。
 誠はそのことには気づいていないようです。


 

「いくぞっ……!!」
「ダダダッ……!!」
 誠は敵を倒すという心構えを初めて口にして走り出しました。

 

「ダッダッダッダッ……!」
 ムカデとの死闘でもう疲れ果てて動けない状態であるのにも拘らず誠の運動能力は衰えを感じさせません。

 


「ビュウゥンッ……!」
 右足を軸足にして誠が大きく踏み切りました。
「シュウゥゥゥゥゥゥンッ……!」
 誠が空中高く飛び上がります。


 

「うおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
 気合もろとも青白く燃える刀を上段から振りかぶりました。
「……ビィッジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!」
 刀はムカデの頭部で一旦止まり、その後頭部を切り裂き始めました。


 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
 興奮状態の誠が引力に引き寄せられながら気合を入れ続けます。
「ビジュビジュビジュビジュビジュッ……」
 ムカデの体躯が切り裂かれる度に気持ちの悪い音が響きます。


 

「ビジャビジャ……」
 切っ先から漏れる体液が誠の全身を濡らします。
 どことなく青臭い臭いがして誠はトランス状態にありながらも不快感を覚えました。


 

「ググッ……!」
 地上3m辺りで誠は剣をムカデから抜いて、
「スタッ……!」
 器用に膝から着地しました。


 

「ハァハァハァハァッ……!」
 息を思い切り乱しながらムカデの様子を窺う誠。


 

「ジュゴッ……バリバリバリバリバリ……!」
 ムカデは真っ二つになっていました。


 

「ズッダアァァァァァァン……!!」
 程なくして真っ二つになったムカデの残骸は地面に叩きつけられました。


 

「や……やったぁつ……!」
 その様子を認めた誠は喜びの言葉を上げ、
「グサッ……!」
 剣を地面に突き刺して、
「ドッサァッ……!」
 そのまま倒れこんでしまいました。


 

「ハァハァハァハァハァハァ……!」
 乱れた息はなかなか元の状態に戻りません。
「ハァハァハァハァハァハァ……!」
 必死になって呼吸を整えようとする誠です。

 


 そのまままどろんでしまいそうな状態の誠に、
「おいっ、寝るなんて良い身分じゃねぇか…!!」
という叱責の声が飛んできました。


 

「えっ……!?」
 慌てて誠が起き上がるとそこには怒りの表情をみせる利樹が立っていたのです。
「………!?」
 状況が全く飲み込むことができない誠。


 

「お前、まさか自分だけが活躍してあの化け物ムカデを倒したと勘違いしてるわけじゃないだろうな……!!」
 キョトンとした表情の誠に構うことなく、利樹は怒りを躊躇わずにぶつけてきます。
 それは今にも殴りかからんばかりの勢いでした。


 

「僕……だけ……!?」
「うわっ、ダメだコイツ……!いいか、よく聞けよ……!お前が真正面からムカデと闘っている間になぁ、俺らが後ろでムカデを攻撃してたんだよ……!」


 

「後ろで……あなたたち……が……!?」
 息も乱れた状態ということもあってなかなか状況判断ができなかった誠でしたが、今の利樹の怒鳴り声でようやく掴めてきた様子です。


 

「ザクッ……!」
「ササッ……!」
「………!?」
 聞こえてきた二つの足音。
 誠が見やると利樹の横に徹郎と舞が立っていました。


 

「中山さん……白鳥さん……ハッ……!」
 そう呟いた誠は三人の異変に気づきました。
 彼らは黒い液体を浴びたようで煤けた印象です。
 そうです、それはムカデの体液だったのです。


 

「そう、これが我々があの喧騒の中で思いついた作戦だったんだよ…」
 年長者の徹郎の言葉は穏やかです。
 それが却って誠の心を重くしました。


 

「君は静架ちゃんを逃がして一人でムカデに正面から特攻する作戦を取った。が、君はあまりの興奮状態で我々の姿はおろか、自分の剣が燃えていることにすら気づいていない
ように見えた。」
「………」


 

 次々と誠の知らなかった事実が明らかにされていきます。
 誠の様子を見ると何だか消え入りたい衝動に駆られ始めているようです。


 

「つまり、正面から我々がサポートすることは非常に危険だった……なぜなら君が誤って仲間を殺めてしまう可能性があったからだ……」
「それで私たちはムカデの長い体長を逆に利用して後ろ、尻尾ね、そこからムカデを刻んでいく作戦を立てたの……」
 実年齢より大人びた口調で舞が口を挿みます。
 その口調は徹郎同様穏やかでしたが、どこか険のようなものも含んでいるように誠には聞こえました。


 

「なぁ、これでわかったろう……!俺たち三人は後ろからあの化け物をぶった斬っていったんだよっ……!それで、ヤツの体力が弱ったからこそお前は勝てたんだよっ…!ムカデの動きが止まった瞬間くらいは覚えてるんだろうが……!?」
 利樹の語気の荒さは収まりません。


 

 誠は最後に斬りつける前にムカデの動きが止まったことを思い出していました。
 よくよく考えればあのムカデの行動はそれまでの誠の攻撃のみで導かれたものでないことは一目瞭然です。


 

「……僕は……間違ってました……ごめんなさい……!」
 誠がそう言って頭を下げようとすると、
「まだだっ……!まだ終わりじゃねぇぞっ……!!」
 利樹が遮りました。


 

「まぁ、利樹君……君の気持ちはよくわかるがそこまで乱暴に言わんでも……」
 風貌に似合わぬ優しさを見せる徹郎を制する利樹。
「いいや、コイツにはガツンと言わないと伝わらないですよ……!いいかお前……!もう一回ムカデの所へ行って、死骸をよく見て来い……!」


 

「えっ……!?」
 誠がモタモタしていると、
「早く行けよっ……!」
 利樹の怒髪が頂点に達しました。


 

「は…はいっ……!」
 慌てて走り出す誠。
 5mも走るとムカデの死骸へ辿り着きました。


 

「…………」
 青臭い臭いの充満する周辺にむせ返りながら誠は死骸を凝視しました。
「アッ………!?」
 答えはすぐに見つかりました。


 

死骸の皮膚の表面の至る所に黄色いナイフが何本も刺さっていたのです。
「静架……ちゃん……」
 静架は完全に逃れたわけではなかったのです。
 それどころかいたいけな少女は決死の覚悟で間合いを詰めて、懸命にナイフ攻撃で誠を援護していたのです。


 

「バタァッ……!」
 誠はその場に崩れるようにして突っ伏しました。


 

「ウワアァァァァァァァァァッ……!!」
 そして間もなく泣き叫びました。
 誰憚ることなく。


 

「アアアアアァァァァァァァァ……!!」
 誠の嗚咽のみが草原に響き渡ります。


 

 彼は仲間の援護に全く気づくことなく闘ってしまいました。
 “自分の力のみで勝った”と驕った考えすらムカデを倒した直後は持っていました。
 しかし、そこにメンバーの的確な援護が入っていたことに気づくことすらなかった自分の余裕のなさ、そしてそれを全メンバーに見透かされてしまった恥ずかしさをものの見事に自覚させられたことで誠は激しい自己嫌悪に陥りました。


 

「誠お兄ちゃ……」
 誠の一部始終を見ていた静架が誠を慰めようと動き出しました。
 ところが、
「ガシッ…!」
 徹郎が彼女の肩を掴んでそれを制しました。


 

「な、放してよ……!」
「今は一人にさせた方が良いんだ……」
「………」
 徹郎の的確な言葉と考えに静架も黙り込んでしまいました。


 

「これでも甘やかし過ぎのような気がするけどな……」
 利樹の声です。
「人が皆自分のような性格ばかりだと勘違いするのはよした方がいいわ……」
 舞が利樹を諌めます。
「さすが人生経験豊富な女性の言うことには重みがありますな……」
 利樹はありったけの嫌味で返しました。
「茶化さないで……」
「へいへい……」

 

 

「ガアァァァァァァァァッ……!」
 誠の嗚咽はいつまでも続いていました。


 

 

 

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 

 

*この物語はフィクションです。

 


 

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