Drivin' with The Devil

主に自作小説・ロック論・マンガ論などを”狭く深く”書いてます。 どうぞ気軽に楽しんでいってください。。。!! 

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 不定期で今まで俺が見てきたライブの観戦記(格闘技みたいだな。。。)を書いてみたいと思う。

 記念すべき第1回目は何とSMAP!

 

 そもそも何でスマップ(以下こっちで)を観に行ったのかというと、友人がたまたまネット友達からチケットを4枚ももらったことが発端だった。で、友人が

 「せっかくだからダブルデートしよう」と言うので二つ返事でOKした。

 

 1999年8月、確か21日だったかな?場所は宮城県名取市の某企業の所有する野球場で行われたちょっと雨が降っていたが傘さすほどではなく、開始前には止んだ。

 

 当時スマップはシングル”Fly”を出してその曲のコンセプトを膨らませた”BIRDMAN SMAP13”を出した直後だった。全員サングラスにスーツ姿でキメたプロモ観た人も多いのでは?このアルバムはスマップの中で最もロック色の強いアルバムで結構カッコイイ!中古CD屋で1000円しないと思うんでご一聴あれ。

 

 客層だが、一見してジャニーズの追っかけとわかる個性的な人が多かった。それ以上書けん。席に着いてみてびっくりした。メインステージがあってそこから客席に向かって3本サブステージが伸びている。そのサブステージの目の前だったのだ。更にクレーンが置いてあった確実に誰かはやってくるし、クレーンに乗る。この時点であまり関心のなかった俺も少し気分が高揚してきた。

 

 1曲目は”Fly”だったオープンカーに乗ったスマップ5人が颯爽と降りてきた。プロモと同じサングラスにスーツ姿だった。驚いたことにキチンと歌っていた。が、フルコーラスではなかったのにはもっと驚いた。以降の曲順は完全に忘れたが”BIRDMAN”からのナンバーを中心にシングルヒット曲という構成だった。新曲はちゃんと歌っていたが、昔の曲は口パ●だった。スマップに音楽的なモノを求めていなかったこともあって比較的素直に受け止めた。

 

 サブステージには木村と草なぎがやってきた。クレーンには中居が乗った。生で見たメンバーは正直みんなカッコ良かった。お世辞抜きに。中でも木村拓哉は別格だった。同じ人間とは思えなかった。イケメンのオーラを出しまくっていた。ふと横を見ると俺の彼女と友達の彼女が馬鹿みたいに口を開けて「キムタク~ゥ!」と絶叫していた。

 

 全部で約3時間のステージ。歌が半分、スマスマのエンディングトークのようなベシャリが半分だった。ライブというよりは完成されたレビューを観ているようだった。たぶん宝塚なんかこんな雰囲気なんだろうな。。。アンコールになると通路にファンが押し寄せてきた。もろ通路側の俺は邪魔だったので申し訳なかったが次々に迫ってきたねーちゃんの背中をパーでどついて追い返した。

 

 この時と次の年の”らいおんハート”辺りまでがスマップの絶頂期で以降は緩やかに下降してきていると個人的には思っている。良い時に観ることができたと思ってるし二度と観れないだろうから実に貴重な体験だった。大きなお世話だろうが今後のスマップが進む道のヒントはこの”BIRDMAN”コンセプトにあると思う。

 

 今でもたまに約2メートルの距離で見た木村のウインクを思い出す時がある。もちろんアチキ薔薇じゃないんだけどね。。。

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ブログさん...

思い出に残っている先生っている?ブログさんは優しい保健室の先生が大好きだったよ!


ちこたん先生!

 

、、、嘘。いい先生結構いたけど

 

ここには書かない。

 

訊きたけりゃ俺の家まで持参金付で

 

来なさい!

 

フハハハハハ。。。。。。

 

 本日も仕事。事務所でひと仕事を終えて、外回りへ出かけた。

 雨がそぼ降る中、国道153号を勢いよく走っていたら突然

 「ボゴンッ!」という音とともにハンドルに違和感。

 「ガリガリガリ・・・・・・」左の後ろタイヤがバーストしたらしい。みるみるうちにスピードが落ちてハンドルの違和感は次第に大きくなっていく。右車線を走っていたので止めるわけにはいかない。

 「スタンドぉっ?」仙台ならいざしらずまだまだ不慣れな愛知県。嫌な汗を流しながら必死にスタンドを探す。

 「あったぁ!!」反対車線側にスタンド発見!必死に車をつける。事なきを得た。ホイールも何とか使えるレベルだった。ただ、ローテーションが組みづらいとのことなのでもう1本の後ろタイヤも交換した。原因は5寸釘大の鉄片が刺さったためだった。

 それにしてもパンクに縁がある。実はこれでパンク10回目である。会社の人間に話したら「10回ってすごいですねぇ!」と笑われた。他人事だと思って。。。

 でも、10回はやっぱ多いな。前世でタイヤに何かしたんだろうか?帰省したらお祓いにでも行ってこよう。。。

 

ブログさん...

もし小説を書くならどんな小説にしますか?SF?恋愛?ブログさんは、きりんさんと隠れた大陸を探す冒険物語を書きたいです。


官能バイオレンス寿司職人が主役の

 

軍人将棋に命を賭ける男たちの生き様

 

を描いた小説を女になりすまして

 

是非書いてみたい!

 25年間ミュージシャンを引退していた早川義夫がカムバックした1994年、俺はバンド活動を始めて3年以上経っていた。ある程度歌唱レベルは上がっていたが、もうひとつ突き抜けられないでいた頃だった。

 既にサークルの先輩に勧められてジャックスは耳にしていた。その中心メンバーがカムバックすると音楽雑誌に載っていて俺は大急ぎで当時の新譜”この世で一番キレイなもの”を手に入れた。

 衝撃だった。

 25年経っても早川はあまりにもジャックスのままだったからだ。ジャックスの曲も昔のソロの曲も再演していたのだが、気味が悪いくらい変わってなかった。

 その後別な音楽雑誌に早川のインタビューが載っていた。そこでの発言は更にぶっ飛んでいた。

 

「僕は早くおじいさんになりたかった。当時の若者(早川と同世代)が嫌いで仕方なかった」

 

「おじいさんになった時きっと僕はまた歌が歌えるようになると本屋さんやっている間もずっと思っていた。」

 

「2,3年くらい前かな、ピアノを弾き始めた。でも、その時はまだ曲ができなかった。伝えたいことがなかったんだろうね。」

 

「僕もフォークソングのカバーをやりたかったんだけどうまくいかなくて自分で曲を作った。それが本当なんだけどね。」

 

「伝えたいことがないのに歌を歌っている人がいる。それはおかしいと思う。」

 

 言葉も出ない。こんな人が本当にいるんだ、と驚かされた。当時悩みの渦中にいた俺は彼の新譜とインタビューで目からうろこが落ちた。”バンドで自分を出していこう!”と再び努力するようになった。その意味で俺は彼に心を救ってもらったと思っている。

 

 その後も早川は自分の言葉を実践するようにピアノの弾き語りのみでMCなしという異例のライブを当たり前のように毎年こなしている。また、彼のフォロワーはプロのミュージシャンにも多く、1997年には桑田佳祐が曲提供・プロデュースを手がけた”アメンボの詩”がリリースされた。一度仙台にもライブしに来たが事情があって行けなかった。今にして思うと何があっても行っておけばよかったと後悔してる。

 

 俺が動く早川を見たのはたった一度。BSで懐かしの名曲を特集した番組に早川が出たのだ。作詞は早川ではないが(彼の友人相沢靖子という人の作詞)その時歌った俺の一番好きな早川の曲の詩を載せて〆たい。。。

 

 

 

   サルビアの花

 

 

いつもいつも思ってたサルビアの花を あなたの部屋の中に投げ入れたくて

そして君のベッドにサルビアの紅い花しきつめて

 

僕は君を死ぬまで抱きしめていようと

なのになのに どうして他の人のところへ

 

僕の愛の方がすてきなのに

泣きながら君のあとを追いかけて花ふぶき舞う道を


教会の鐘の音はなんてうそっぱちなのさ

とびらを開けて出てきた君は偽りの花嫁 ほほをこわばらせ僕をチラッと見た

泣きながら君のあとを追いかけて花ふぶき舞う道を

ころげながら ころげながら 走りつづけたのさ

 

いつもいつも思ってたサルビアの花を あなたの部屋の中に投げ入れたくて

 

 

Discography(現在CDで入手できるもののみ)

 

ジャックスの世界、 ジャックスの奇蹟、 Echoes In The Radio、 からっぽの世界~タクト・デイズ~、 ゴールデンベスト(以上 ジャックス)

 

かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう、 この世で一番キレイなもの、 花のような一瞬

恥ずかしい僕の人生、 歌は歌のないところから聴えてくる(以上 早川義夫)

 



 

 趣味が音楽なもんで家には約600枚ほどCDがある。

 けど、今現在俺は名古屋に長期出張中なのでそのCDを聴くのは不可能。何枚かピックアップしようとも思ったけど、出張が決まったのが急だったのと持ち運びがメンドくさかったので結局一枚も持ってこなかった。

 今のところ車で動くことが多いので運転中にFM聴いて音楽欠乏症をしのいでいる状態。けれども、FMの電波なんかに絶対のらない、どうしても聴きたくてしょうがないアーティストがいる。

 

 そのアーティストとはジャックスである。

 

 聴いたことないかもしれないがジャックスは日本のバンドだ。しかも大昔の。GS(*1)時代末期の1968年(昭和43年)に出てきてわずかアルバム2枚だけ出して消えていったバンドである。

 

 メンバーは早川義夫(ボーカル、ギター、ピアノ)、水橋春夫(ギター、ボーカル)、谷野ひとし(ベース)、木田高介(ドラム、フルート、ピアノ)の4人。ファーストアルバム発表後に水橋が脱退、後任につのだひろ(ドラム、ボーカル)が入る。

 

 このバンドの何がそんなに凄いかというととにかく”オリジナル”であるというところだ。まず編成がおかしい。ドラムとフルート兼任は現在の常識じゃありえない。そして聴いてもらうとわかるがハッキリ言って演奏は超ドヘタ、ボーカルも決して上手くない。

 けれど、そんな技術面を通り越して圧倒的に個性が際立っているバンドである。特に早川の個性は唯一無二だと思う。よく、「ヘタでも個性のある役者の方がなまじ上手い奴より面白い」という演劇論を聞くが、ジャックスはまさにそれの音楽版である。

 音源が今手元にないので聴いてもらえないのが残念だがサウンドはEマイナーコードを基調にしたおどろおどろしいものである。背筋を撫ぜるフルート、無駄に動くベースがおどろおどろしさに拍車をかけてる。更にジャックスは詩も際立っているのでいくつか抜粋して紹介する。

 

”俺はお前と寝たいだけ、俺は山百合。お前はひな菊。”(From:お前はひな菊)

 

”見つめる前に飛んでみようじゃないか、俺たちにできないこともできるさ。さぁ、みんなでブルースを踊ろう”(From:堕天使ロック)  

 

”どうでもいいくせに作りあげるな。嘘を知りながら操っているマスコミさ、マスコミさ。ロール・オーバー・ゆらの助。”(From:ロール・オーバー・ゆらの助)

 

”君をさらって汽車に乗せ遠いところへ連れてってしまおう。汽車は煙を吐き新しい町へ”(From:君をさらって)

 

”誰が言おうとお前の良さは俺しかわからない。恋に堕ちた、助けてほしい。お前が一人だけ”(From:いい娘だね)

 

 もの凄い直接的な歌詞のオンパレードだ。ある意味贅肉をそぎ落とした究極の歌詞だと思う。作ろうと思ってもこんな歌詞は作れない。

 そんなジャックスだが、当時にしてみればあまりにもプログレな歌詞とサウンドで人気はあまり出ず、一部に熱狂的なファンも作ったが、結局1969年に解散してしまう。

 中心メンバーの早川義夫はソロアーティストとしてデビューするが、全く売れず「おじいさんになったらまた歌うよ」と言い残し引退。その後なんと本屋さんに転職して25年を過ごす。

 そして25年後の1994年、早川は本当にカムバックしてしまう・・・   つづく

 

*1:GS…グループサウンズの略。昭和40年代初頭、ビートルズ・ストーンズ・ベンチャーズ等に刺激された日本のミュージシャンがバンドを組み始め瞬く間にブームとなる。堺正章・かまやつひろし・沢田研二などGS出身者はしぶとく芸能界をサヴァイブしている。変わったところでは力也(安岡)もシャープホークスというB級GSバンドにいた。

                               

 

ブログさん...

シリーズ映画や待ちに待った2作目、3作目の映画ってある?ブログさんは昨日も徹夜してしまったよ。


シベリア超特急!

 

 

観たことないけど

 

 

フハハハハハ。。。

 

 サークル仲間が結構やってるので今回ブログなるものに挑戦することにした。

 …はいいが、何書きゃいいんだ?みんなよくネタあるよなぁ。。。感心するわ。

 

 よし、決めた。

 ここでは俺の趣味にまつわる話をメインに書いていきたいと思う。ディープ過ぎて読んでる人がついてこれないこともあるかも知れないけどご容赦を。。。

 

 自分の趣味、、、いろいろあるけど真っ先に言えるのは音楽。聴くのはもちろん演奏もするよ。ジャンルはロック。とにかくロック!IDはビートルズの曲からのカッパライだし、ブログのタイトルは女性パンクシンガーのスージー・クアトロの曲名。ドライブつながりってことで。。。

 

 脱線しちまった。それでついこないだまでバンド組んでてボーカルを担当してた。一番長くやってた(4年弱)バンドではボーカル&リズムギターをやってて、終いにはみんなで曲も作ったりしてた。

 

 熱しやすく冷めやすい典型的なB型人間である俺が10年以上のめりこんでる音楽の魅力っていったい何だろう? と考えてみた。

 

 それは一言で言うと”快感”だと思う。

 全然弾けなかったギターが少し上達した時の快感。

 キーが高い曲を歌いこなせた時の快感。

 全員の演奏がビシッとキマった時の快感。

 曲が作れた時の快感。

 

 言葉では表し辛いが、背筋がゾクっとして頭ん中が真っ白になる。しかも、毎回そうなるわけじゃない。本当にキマった時しか得られない。むしろバンドは共同作業なんで自分の思い通りにいかず苦しい時の方が多い。

 けど、”もう一度あの快感を。。。”と思って演り続けてる。他では絶対に得られないから。

 

 もちろん他の趣味でもそういう快感は得られると思うし、実際他で体験した人もいるだろう。たまたま俺の場合が音楽だったってことで、ね。

 

 うーん何だかとりとめのない悪文になったぞ。。。〆なければ。。。

 

 そんなわけで次回は俺が影響を受けたミュージシャンを紹介していきたいと思うし、音楽以外の話もしていくつもり。

 

 生温かく見守ってください!

 

 では!

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