Drivin' with The Devil

主に自作小説・ロック論・マンガ論などを”狭く深く”書いてます。 どうぞ気軽に楽しんでいってください。。。!! 

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プロレスラーの愚乱・浪花氏が去る10月6日に心筋梗塞のため亡くなった(以下敬称略)

ソース






●愚乱・浪花デビュー戦



●愚乱・浪花入場テーマ





俺たちがみちのくプロレスを毎月のように生観戦していた1993年~1996年は今振り返るとファンとして途方もなく幸せな時代だったと思う。

東北の片田舎で産声を上げた小さな団体が急速に全国区の人気団体へと変貌する様を目の当たりにできたのだから。

ルチャ・リブレを標榜する故印象的なマスクマンが多かった団体だが、とりわけ初期の愚乱・浪花の珍妙さは凄かった。

くいだおれ人形をモチーフにしたオーバーマスク、カニをあしらった試合用マスク(爆)、それに阪神タイガースの法被にカニの爪。

どう考えてもイロモノでしかなかった浪花だが、そのレスリングセンスは抜群だった。

師匠のスペル・デルフィンやレフェリーの故テッド・タナベとのやり取り、そしてカニ歩きは下手なお笑い芸人顔負けの面白さだったし、フランケンシュタイナーやプランチャを軽々とこなすクレバーなレスリング頭脳も持ち合わせていた。

ある時浪花が自分より年下であることを知り非常に驚いた。

俺たちがみちプロを見始めたのは20歳~21歳くらいだったけど、浪花はその時弱冠16歳だった。


時は流れ俺は日本のプロレスに急速に興味を失っていき、雑誌やネットでの情報収集も怠っていた時分に浪花の訃報を知った。

享年33歳。

いくらなんでも早過ぎだろう!

腕を負傷して試合の機会に恵まれていないことは知っていたが、それでも年齢を考えるとまだまだレスラーとしてやれたはずだ。

それを思うとただ悲しい。

自分より年下の、そして何度も試合を観たレスラーの死に戸惑いを隠せないでいる。


謹んでご冥福をお祈りいたします。


合掌





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元プロレスのレフェリーであったジョー樋口氏が亡くなった。

享年81歳。

ソース


樋口氏は元レスラーである。

俺は樋口氏の現役時代を知識としてしか認識していないが、柔道をベースにキビキビとしたファイトをしていたらしい。

物心ついた時に観た樋口氏はブラウン管の中でレフェリングを行っていた。

もちろん全日本プロレスのリングで。

スキンヘッドに上下青い服というスタイルで厳格な裁きをしていた。

日本人唯一のNWA公認レフェリーの肩書きは伊達ではなかった。

樋口氏がNWAやAWA世界戦、PWFやインターヘビー戦を裁いたことで全日のリングに新日本プロレスには決してなかった風格というか気品のようなものが常に漂っていた。

人はそれをいつしか「王道」と呼んだ。

ジャイアント馬場がこだわったプロレスのスタンダードに樋口氏のレフェリングも入っていたのだ。

日本におけるプロレスが崩壊の一途を辿っている今にして感じることだ。


それとは別に樋口氏は試合中によく失神した。

興奮したレスラーに突き飛ばされたり、技を食らったりして失神した。

ガキの頃そんな樋口氏を見てどうして大事な試合で醜態を晒すのだろうと忸怩たる思いを抱いた。

しかし、それがとんでもない間違いであったことも今ならわかる。

スポーツとエンターテインメントとの間でやじろべえのようなバランスを保つプロレスという特殊な世界の中では樋口氏の失神こそなくてはならないスパイスであったのだ。


他のレフェリーと比べて遅いと揶揄されることもあったカウントの数え方も実は樋口氏こそ最も3秒に近いカウントだったことも雑誌やテレビで知って驚愕した。

長年マットを叩いた後遺症で右手が左手よりも肥大しており、さらに箸が持てないほど指がまともに動かないことを知った時は胸が熱くなった。

レフェリーという職業(実際は外国人レスラーの世話係もやっていた)に命をかけた樋口氏の心意気が彼の右手にはこめられていた。


今回訃報によって俳優の菊池隆則氏がご子息であることを知り驚いた。


しかし、一番のショックは昭和プロレスの象徴のひとつ樋口氏が亡くなったことだ。

81歳という年齢は元レスラーとしてはかなり長生きであったし大往生であったと思う。

けど、寂しい。

ただ、寂しい。


だからせめて映像では笑える部分を伝えたい。

樋口氏の魅力が伝わる部分を。

●ジョー樋口失神

謹んでご冥福をお祈りいたします。



合掌



元プロレスラー山本小鉄さん68歳で死去


小鉄氏の現役時代を残念ながら俺は知らない。

氏が現役を引退したのは1980年だったので1972年生まれの俺にとっては知る・知らないギリギリのところだったのだ。

小鉄氏は俺にとって新日本プロレスのレフェリーであり、古館伊知郎との名コンビの解説者であった。

氏のレフェリングや解説は俺の脳裏に刻まれている。

また一人昭和プロレスの生き証人が逝ってしまった。


寂しい。


謹んでご冥福をお祈りいたします。


合掌




昭和の新日本プロレス 道場風景



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ジャイアント馬場のサイン持ってる。

全日本プロレスの会場でこの本を買ったらサインしてくれた。

だから価値的にはそんなにないかもしれないけどね。。。^-^;



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これが馬場さんのサイン。

実は「王道十六文」(会場のみで販売された馬場さんの自伝)には下巻もあり、そちらも買ってサインしてもらったのだがこのサインと微妙に違っているのが面白かったなぁ。。。^-^;;;


●三沢光晴DVD-BOX~緑の方舟~ Opening



三沢光晴さんが亡くなってから一年が経った。

彼が亡くなった後の日本マット界がどうなっているのか正直わからない。

まったく日本のプロレスを観なくなって、情報も追わなくなってしまったからだ。

それは別にマット界のせいではない。

自分の中でそうなってしまうほど三沢さんの死が大きいものだったことに正直驚いている。

この映像は三沢さんのDVD-BOXのオープニングだがそのままハイライトになっている。

彼がいかに素晴らしいレスラーだったかがこの映像でもわかるからだ。

三沢さんが亡くなってから気づいたが、彼の技には”華”と同時に一種の”爽やかさ”があった。

相手の頭部を狙った危険な落とし方の技ですらそう感じさせない爽やかさが。




今宵改めて三沢光晴さんの才能に酔いしれる。。。

久しぶりにプロレスの記事を書こうか。

もうかれこれ10年見続けているプロレス団体がある。

それはこのブログにお越しの皆様ならわかると思うがWWE(ワールド・レスリング・エンターテインメント)というアメリカ発の世界最大のプロレス団体だ。

ニューヨークの一団体に過ぎなかったWWEが全米を制覇し世界中で番組が放送されるほどの規模になったのには様々な理由があるが一番の理由は所属レスラーに魅力的な人が多いことだろう。

1980年代はハルク・ホーガン、1990年代前半は”ヒットマン”ブレッド・ハート、1990年代中盤は”ハートブレイク・キッド”ショーン・マイケルズ、そして1990年代後半から2000年代前半にかけてはストーンコールド・スティーヴ・オースチン、ザ・ロックらが団体の屋台骨を支え繁栄させた。

2001年に全米統一を果たしてからは対抗勢力がなくなったが故の悩みだと思われるが絶対的なカリスマを持つスターが現れ難い状況が現在まで続いている。

一時期ブロック・レスナーやジョン・シナがいい所まで行った。

しかし、レスナーはレスラーとしての完成半ばでWWEを退団、フットボール選手を経て現在は総合格闘技のリングに上がっている。

シナは子供たちや女性には絶大な人気を誇っているが試合運びの雑さが災いしてマニア人気を得ることが出来ずベビーフェイスにも拘わらず大ブーイングを浴びる時もある。

そうした状況下で昨年の末あたりからヒールなのに大声援を受けるレスラーが現れた。

その名はランディ・オートン。

現在俺が最も注目しているレスラーだ。

カウボーイ・ボブ・オートン・ジュニアを父に持ち、祖父のボブ・オートン・シニアもレスラーというまさにレスリング界のサラブレッドである。

WWEでのデビューは2002年。

デビュー当時は爽やかなアスリート風、エヴォリューション(HHH、リック・フレアー、バティースタとのユニット)時代はヤンチャな悪ガキ風とキャラチェンジを都度行ってきたが、基本的にはヒールが多かった。

特に2007年中盤頃から押し出してきた冷血ヒール的キャラクターはあまりの無茶をするため(相手の顔面を蹴って欠場に追い込むパントキックの多用など)観客の憎悪を買うこととなった。

風向きが変わってきたのは2009年末頃。

オートンがリーダーのユニット、レガシーのメンバー(子分)であるテッド・デビアス、コーディ・ローデスとの仲がギクシャクし出してからファンがオートンに声援を送るようになったのだ。

そして今年に入って二人との抗争を経て冷血キャラのままベビーフェイスになった。

これはストーンコールドがヒールキャラのまま観客から大声援を受けた時と酷似している。

もともと甘いマスクで193cm、111kgという恵まれた身体を有しており、おまけにレスリングセンスも抜群だったオートンだが冷血キャラになったことで最近は”喋らないベビー”という全く新しいポジションを作り上げ、さらにカリスマ性も備わってきた。

プロレス界においては芸能界と同じように売り出し(プッシュ)が行われるが、そのチャンスをモノにし一流レスラーになるのはごくわずか。

そしてレスラーにも観客にも認められる超一流のレスラーになれるのはさらにその中の一握りに過ぎない。

現在30歳のオートンはまさに超一流レスラーに上りつめようとしている。

これだからプロレスは面白い。。。!


さて、映像をいくつか紹介するのでオートンの魅力の一端を味わっていただきたい。。。!






これは2002年~2009年までのオートンの入場シーンを集めたもの。

先述したキャラチェンジの様子が如実に楽しめる。

どれもカッコイイがやはり2009年の冷血キャラでの入場シーンには圧倒される。。。!


もう一つ紹介。。。!


●ランディ・オートン タイタントロン

こちらは現在オートンが入場する際に会場のタイタントロンに映し出される映像。

こういう凝った映像が当たり前のように流れ、おまけにテーマ曲まで自前で作るのだからWWEがいかに凄い団体かおわかりだと思う。

それにしてもオートン、カッコイイ。。。!!

”毒蛇”とまで呼ばれるほどの冷血な表情や動き、得意技のRKOに至るまでが偶然にもストーンコールドにカブる。




ではまた次回^^

●初代タイガーマスク デビュー戦 VSダイナマイト・キッド
(1981/4/23 蔵前国技館)





●2代目タイガーマスク デビュー戦 VSラ・フェイラ
(1984/8/26 田園コロシアム)








日本プロレス界には二人のタイガーマスクがいた。

正式にはもっと多くのタイガーマスクが存在するが、俺がガキの頃夢中になったタイガーは二人だ。

初代タイガー(佐山聡)と2代目タイガー(故・三沢光晴)。

ここに紹介するのは両者のデビュー戦。

俺はどちらもリアルタイムで観ていた。

社会現象になるくらいの大ブームを巻き起こしたのはご存知初代タイガーである。

彼がいかに卓越した素質と技量の持ち主であったかはこのデビュー戦を観てもよくわかる。

ペッタンコで不格好な虎のマスクに場内から起こる失笑。

しかし、ゴングが鳴った瞬間に失笑は感嘆の声援へと変化した。

恐ろしいスピードで繰り出されるマーシャルアーツ式の蹴り、驚愕の高さを示すローリングソバット、そしてタイガースピンにフィニッシュの高角度ジャーマンスープレックスホールド。

どれもがそれまで目にしたことのない技、動きだった。

ブームが起きるのも当然の素晴らしさだ。

対戦相手のダイナマイト・キッドも忘れちゃいけない。

持ち前の気性の激しさを前面に出し、タイガーに花は持たせんとばかりのファイトを繰り広げる。

今の視点で観ても文句なしに面白い名勝負である。


一方の2代目タイガーのデビュー戦だが、当時の評価はあまり芳しくなかった。

初代よりも動きが悪いという批判を浴びたのだ。(大型ゆえ仕方のないことなのだが)

少年ファンの野次もかなり厳しい。

しかし、それが間違いであったことはマスクを脱いだ後の三沢の功績を見れば明らかである。

実際のところ今観ても決して悪い試合ではない。

キックこそ初代に及ばないが、ノータッチトぺコンヒーロの説得力や初代よりスピードのあるタイガースープレックス'84など2代目も只者ではなかったことがわかる。

三沢の歴史、そしてプロレス界の歴史を振り返ってみても非常に重要な試合である。

「初代が戦闘機なら2代目は爆撃機」と「タイガーマスク」の生みの親梶原一騎が語ったように初代にはない重厚さ溢れる名勝負を堪能されたい。




ではまた次回^^





 プロレスを観なくなって久しい。

 

 とはいっても観なくなったのは日本のプロレスで、WWE(世界最大のプロレス団体でアメリカ拠点)は相変わらず毎週欠かさずチェックしている。

 

 日本のプロレスを観なくなってしまったのだ。

 

 決定的な出来事は昨年の三沢光晴氏の死。

 

 理由を見つけ出せないでいるが、三沢氏の死以来まったく日本のプロレスが観れなくなった。

 

 しかしながらYou Tubeやニコニコ動画などで落ちている昔の、所謂”昭和プロレス”は結構頻繁に観ている。

 

 これが無茶苦茶面白い。

 

 ノスタルジー的要因も多分にあることは否定できないが、それだけでは説明することのできない”昂揚感”が昭和プロレスには存在する。

 

 それは間違いない。

 

 前置きが長くなった。

 

 

 ”昂揚感”の一端をご覧あれ。。。!!

 

 

●全日本プロレス '83世界最強タッグ決定リーグ戦 入場式

 

 http://www.youtube.com/watch?v=l0AVPDjastk

 

 プロレスファンにとっては年末の風物詩である「世界最強タッグ決定リーグ戦」(現在も行われているがぶっちゃけ名前だけのリーグ戦)

 

 毎年豪華タッグチームにより勝敗が競われていたが、特に俺にとって印象深いのがここに挙げた1983年大会。

 

 参加チームを紹介しよう。

 (得点の多い順)

 

スタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディ組  ※優勝

ジャイアント馬場&ドリー・ファンク・ジュニア組 

ジャンボ鶴田&天龍源一郎組

タイガー・ジェット・シン&上田馬之助組 

ミル・マスカラス&ドス・カラス組

バリー・ウインダム&ロン・フラー組 
阿修羅・原&マイティ井上組
ザ・モンゴリアン&鶴見五郎組  

 

 どうだろう。。。?

 

 プロレスファンじゃなくても名前を知っているレスラーが多いと思う。

 

 上位チーム(5チーム)の豪華さは言うに及ばすで下位チームのメンツの渋さも特筆モノだ。

 

 俺がこの大会に特に思い入れがある理由は何といってもハンセン&ブロディ組の”超獣コンビ”が優勝した年だからである。

 

 最も好きなレスラー、ハンセンと2番目に好きなレスラー、ブロディのコンビは今観てもパワー、スピード、テクニックの全てにおいて満点だと思うしヴィジュアル的にも有無を言わせぬカッコ良さに溢れている。。。!

 

 その唯一無二のコンビが縦横無尽に暴れ回る開会式の様子もプロレスの醍醐味。。。!

 

 目立ちまくるハンセン&ブロディを押しのけんとするシン、マスカラス、馬場の佇まいも最高。

 

 単なる入場&乱闘シーンなのに今観ても血沸き肉躍るぞ。。。!!

 

 

 

 是非ご堪能あれ。

 

 

 ブログ引っ越ししてもプロレスの記事は書いていくからこれからもよしなに。。。^-^

 

 

 

 

 ではまた次回^^

 

 

 今日は久々にプロレスの話題。

 

 最近ニコニコ動画で「昭和プロレス必殺技名鑑 ~投げ技&固め技編~」という動画を発見し、あまりの面白さにヘヴィロテ中である。

 

 昭和の名レスラーの必殺技を収めたものなのだが、これがヤバイんだわ。

 

 俺も観たことのない貴重な映像が混じってたりするし、何よりも昭和のレスラーの技が持つ”凄み”と”説得力”がビッシビシ伝わってきてあっという間に時間が過ぎてしまう。

 

 You Tubeにも「投げ技編」(叩きつけ技とかも入っているけど)と「固め技編」に分離して落ちていたので、今回は「投げ技編」を皆様にご覧いただき、あらずもがなの解説を付け加えたい。

 

 

 試合開始。。。!!

 

 

●昭和プロレス必殺技名鑑 ~投げ技編~

 

 http://www.youtube.com/watch?v=1n-EZ19vARk

 

 ・バックドロップ

 

 まずは投げ技の花形バックドロップ。

 

 元祖ルー・テーズのノーモーションで繰り出す一撃が凄い。。。!

 

 そしてそのテーズに手ほどきを受けたジャンボ鶴田のバックドロップの説得力に涙。

 

 マサ斎藤や長州力のひねりを加えた一撃もイイ。

 

 ・ジャーマンスープレックス

 

 お次はバックドロップと並び称される技の芸術品ジャーマンスープレックス。

 

 元祖カール・ゴッチのベタ足ジャーマンの美しさ、アントニオ猪木の両足が浮いても崩れない強靭なブリッジ、初代タイガーマスクのありえない高角度、鶴田&サンダー杉山(杉山は初見!)のアマレス仕込みの究極の一撃、そして隠れた名手ヒロ斎藤の一撃など見所多し。。。!

 

 ・ドラゴンスープレックス

 

 これは藤波辰巳の独壇場。

 

 余談だけどこれは1985年宮城県スポーツセンターでの試合で、俺ここにいたんだ。。。!

 

 ・タイガースープレックス('85含む)

 

 初代(佐山聡)&2代目(三沢光晴)の華麗な投げ技。

 

 同じ技なのに投げ方が違っていて興味深い。

 

 三沢のブリッジの美しさに涙。。。

 

 ・フロントスープレックス

 

 これはジャンボに尽きるな。。。!

 

 ありえない背筋力を駆使しての至高の一撃。。。!!

 

 ・サイドスープレックス

 

 三沢憧れのレスラー、ホースト・ホフマンの渋い一撃も良いが、個人的には鶴田のタメの効いた投げに持っていかれる。。。

 

 ・ダブルアームスープレックス(亜種含む)

 

 低い体勢でクラッチを外さずに一気にフォールまで持っていくビル・ロビンソン&ローランド・ボック。

 

 反対に高く投げて空中での弧を描く美しさで魅了する鶴田&ドリー・ファンク・ジュニア。

 

 元祖投げっ放しのボブ・バックランド。

 

 三様で甲乙付け難い。。。!

 

 ・キャプチュード

 

 前田日明の得意技。

 

 1985年~1988年頃の前田が一番好き。

 

 受身の取れない危ない投げに”ブッ壊し屋”の面影を見る。

 

 ・ブレーンバスター(亜種含む)

 

 初めて見た元祖キラー・カール・コックスの一撃に感動。。。!

 

 アンドレ・ザ・ジャイアントの運動神経の良さにも驚かされた。

 

 ブルーザー・ブロディの一撃はこれまた1988年宮城県スポーツセンターでの試合からで、俺観に行ったんだよぉ。。。!!

 

 ・エアプレンスピン(亜種含む)

 

 猪木の超強引なブロックバスターホールドも良いが、俺が感動したのはアニマル浜口の一撃。

 

 自分の倍はありそうなブラックジャック・マリガンを軽々と担ぐパワーに脱帽。。。!

 

 アブドーラ・ザ・ブッチャーの山嵐投げも久々に見てやはり感動。。。!

 

 ・パワースラム(亜種含む)

 

 アーン・アンダーソンのスパインバスターのあまりの見事さにしばし見入ってしまった。。。

 

 谷津嘉章のハイアングルの一撃もカッコイイ。。。!

 

 ・ブルドッキングヘッドロック(亜種含む)

 

 懐かしい技だな。。。

 

 今じゃ見られないもんな。。。

 

 アドリアン・アドニスの左肘を首の後ろに突き立てるえげつない一撃が大好きだった。

 

 ・アトミックドロップ

 

 ”隠れた名手”ジャイアント馬場の一撃の素晴らしさよ。。。!!

 

 ・シュミット式バックブリーカー(亜種含む)

 

 ビル・ロビンソンのワンハンドバックブリーカーが好きだった。

 

 全盛期の動画が観れて感動。。。!

 

 ・パイルドライバー(亜種含む)

 

 プロレスを代表する危険技の一つ。

 

 実際に死者まで出したマッドドック・バションの一撃には冷酷さが漂っているし、ターザン・タイラーの首の骨を折ってしまい自ら禁じ手にしたアンドレの一撃も凄い。。。!(どっちも初めて見たよ。。。)

 

 そしてダイナマイト・キッド。

 

 一切のいたわりの感情もない凄まじい一撃は彼の太く短い、超攻撃的なプロレス人生をそのまま表しているような感じすらする。

 

 

 

 いやぁ、文章書いてても興奮しちゃったよ。。。^-^;

 

 何なんだろうね、この圧倒的な存在感と説得力は。

 

 昭和のプロレスに乾杯。。。!!

 

 

 

 

 ではまた次回^^

 

 

 

 

 既にご存知の方も多いと思うが、プロレスラーの三沢光晴氏が昨夜亡くなった。

 

 享年46歳という若さだ。

 

 ソース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090614-00000010-dal-fight

 

 詳しくはソースをご覧くださればと思うが、試合中にバックドロップ(後ろ反り投げ)を食らった際に頭部を強打し、意識を失い病院に搬送されたがそのまま帰らぬ人となった模様である。

 

 

 俺は昨夜飲み会から帰って来て、ネットを立ち上げ訃報を知った。

 

 あまりの出来事に深夜にも拘わらず声を上げてしまった。

 

 そして頭の中で三沢氏の死去を実感として受け止めることができないまま、You Tubeやニコニコ動画などで彼の生前の試合を観まくり、そして家にあるプロレス関連の本に載っている三沢氏の記事を読みまくった。

 

 

 そして一夜明け、今ここで追悼記事を書いているのだが、まだ気持ちが混濁してどこから書いて良いものかわからないまま何とかキーを叩いている状態だ。

 

 

 涙が止まらない。

 

 

 俺にとって三沢氏は思い出が多い、多過ぎるレスラーだ。

 

 ガキの頃、2代目タイガーマスクとしてブラウン管に現れた三沢氏。

 

 タイガー時代は初代タイガーマスク(佐山聡)の呪縛から逃れることができずに低迷したこともあったが、1990年にマスクを脱いで以来大ブレイクした。

 

 三沢氏が地力をつけてきて、名実ともにプロレス界のエースに登りつめた1990年代前半は、同時に俺が一番プロレスを生観戦していた20代前半の頃だった。

 

 185cmとレスラーとしては決して大きくない身長で2m近い故ジャンボ鶴田、スタン・ハンセン、故テリー・ゴーディら大型レスラーに卓越したレスリング技術とスピードで対等に渡り合う三沢氏に勇気づけられたことは一度や二度ではない。

 

 1990年代中盤にその完成形を見た”四天王プロレス”ではそのレスリング技術を如何なく発揮し、常に核の部分を形成していた。

 

 2000年に古巣全日本プロレスを離脱し、プロレスリング・ノアを設立した時には「三沢が動いた!」と興奮し、逐次ニュースを追っていたことを思い出す。

 

 

 ダメだ、辛い。

 

 

 今瞼を閉じると生で観た二つの試合が甦ってくる。

 

・三沢氏&川田利明VSゴーディ&スティーヴ・ウイリアムス(1991年2月26日 宮城県スポーツセンター)

 

・三沢氏&小橋健太VSジャイアント馬場&スタン・ハンセン(1994年3月5日 日本武道館)

 

 前者は三沢氏がゴーディの場外パワーボムで失神してしまった凄まじい試合。

 

 後者は三沢氏が師匠馬場から唯一のピンフォールを奪った感動的な試合。

 

 

 そしてテレビ観戦したこの試合。

 

●三沢氏&力皇猛VS小川直也&村上一成(2001年4月18日 日本武道館)

 

 http://www.youtube.com/watch?v=t92tcNjdstU&feature=related

 

 三沢氏が”暴走王”小川の前に立ちはだかり、レスリング技術で圧倒してみせた”禁断の試合”。

 

 俺この試合大好きなんだよなぁ…

 

 故橋本真也もいる…

 

 今頃再会している頃かな…

 

 

 

 

 

 三沢さん、長い間素晴しい試合でファンを楽しませてくれてありがとうございました。

 

 今頃師匠の馬場さん、尊敬するジャンボ鶴田さんと昔話に花を咲かせているのでしょうね。

 

 どうぞこれからも貴方が命を懸けてきた日本プロレス界を見守ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 合掌 

 

 


 

 

 

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