Drivin' with The Devil

主に自作小説・ロック論・マンガ論などを”狭く深く”書いてます。 どうぞ気軽に楽しんでいってください。。。!! 

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~プロローグ~

 

 

「あなたは夢を見たことがありますか?」


 あれっ……!?
 あまりにも唐突で、それでいて当たり前の質問なので呆れていますね…!

 それでは質問をちょっと変えましょう。


 

「あなたは正夢を見たことがありますか?」


 

 どうです、これならまともな質問に感じるでしょう…!
 それでは更に質問を変えましょうね。


 

「夢と現実は表裏一体だと思いますか?」


 

 うわっ……!
 これを読んでいるあなたの顔が怒りでみるみる紅潮していくのが見えてきますよ…!
 けれども私は別段あなたをからかっているわけではないのです。
 怒らずにどうか最後まで私の話を聞いてください。


 

 もし“夢の世界”と“現実の世界”が地続きになっているとしたら如何でしょうか?
 あなたはきっと驚くに違いありません。
 もしかしたら言いようのない恐怖を感じるかもしれませんね…
 はたまた例えようもない昂揚感を覚えるかもしれません、あなたは…


 

 そんな世界を体験してみたいと思いませんか?


 

 わかりました…!


 

 私がこれからあなたを“夢と現実が地続きの世界”へご案内しましょう…!

 

 

~第1章「異世界へ…」~

 

 

「ガバッ・・・…!!」
「ハウアッ…・・・!?」
 凄まじい勢いで、そして悲鳴というよりは雄叫びに近い声を上げて一人の青年が目を覚まし、起き上がりました。


「ハァッ、ハァッ、ハァ…」
 青年はライトブルーのパジャマを着ていましたが、全体的に濃いブルーに変化しているほどの寝汗をかいています。


「ハァハァ……夢…か……」


 ようやく現実を理解した様子の青年です。
 青年の名前は実沢誠(さねさわ まこと)
 19歳。
 仙台市のとある私立大学経済学部の1年生です。
 実家は宮城県と岩手県の県境で、今は親元を離れて一人暮らしをしています。
 身長は178cm、体重は65kgのやや痩せ型。
 髪は特別長くしているわけでもないし、容姿も十人並み。
 “どこにでもいる普通の大学生”という形容がピッタリです。


 

「何て…寝覚め…悪い…んだよ…」
 誠はそう不快感を表しながら汗でベットリと濡れたTシャツをぞんざいに脱ぎました。
「………!?」
 自分にここまで恐怖感を抱かせた夢を不思議なことに、起きて間もないのに誠はどんな内容だったのかさっぱり思い出すことができませんでした。


 

「ササッ…!」
 脱いだTシャツで汗を拭うとそこには汗とは別の体液が付いています。
「ン……!?」
 それは血でした。
「な……!?」
 誠の心に夢から覚めた時以上の恐怖感が湧いてきました。


 

「ガバァッ…!」
 誠は起き上がりベッドをかき回し始めました。
 身体を傷つけるようなものが落ちていないか夢中で捜しました。
 しかし、そういったものは全く見つかりませんでした。


 

「ドドダッ…!」
 今度は上半身裸のまま慌てて洗面台へと向かいます。
 まじまじと自分の肉体を凝視する誠。


「嘘だろ…?」
 左の鎖骨から乳房の辺りまで一直線に生々しい傷が走っていました。
「アツッ……!」
 そっと傷口を指でなぞると想像以上の痛みが流れ、誠は呻き声を上げました。


 

「まいったな…」
「キュッ…バジャーッ……ボシャボシャ……」
 一向に消えてくれない恐怖感を抑えこもうと誠は水道の蛇口を捻り、一心不乱に顔を洗い始めました。

 

 

×××××××

 

「おーい、誠っ…!」


 大学のキャンパス内をどこかボンヤリとした様子で歩いている誠に声がかかりました。
 声の主は誠の高校時代からの親友である明石智雄(あかし ともお)でした。
 誠と明石は同じ経済学部の同じグループで、明石の他に誠と良く遊ぶ友人が男女2人ずついました。


 

「おう、実沢!」
「実沢君、おはよう!」
 彼らも口々に挨拶をしてきます。


 

「おぉ…おはよう…」
「何だよ、いつにも増して元気ないなぁ!」
「いやぁ、このところ何だかおかしな夢を見るんだ…」
「ホウ…それで調子が悪いってか…?どんな風におかしいんだよ?」


「それが目が覚めるとちっとも覚えてないんだ…とにかくスゲェ怖い夢だってことしかわからない…今朝なんて……」
 誠は信じてもらえないと思ったのか傷の話をせずに途中で言葉を切りました。


 

「ハハハハハハッ!…って笑い事じゃないよな…!色々あり過ぎたせいで疲れてるんじゃないか…っと……」
 今度は明石が言い過ぎたと思ったのか口を噤みました。
 誠はもちろんそれに気付いていますが明石の思いやりが伝わったので黙っています。


 

「実沢君、早くしないと概論間に合わないけどどうする…?」
 女の子が話しかけます。
「午前中は学食で茶でも飲んでるよ…やっぱ調子悪いや…」
「その方がイイかもな。代返はしといてやるから!」


 再び明石が明るい口調で話します。


「サンキュ…後でタバコ3本やるよ…!」
「安っ…!2箱じゃないと釣り合わないぜ!」
「バカヤロ…!」
「ハハハッ…!じゃ、後でな!」
「あぁ……」


 ひとしきり会話が終わると明石一行は講義棟へと、誠は学食へと別れて行きました。


 

「………」
 おぼつかない足取りもそのままに歩き出す誠です。

 

 誠は学食に着くやいなや自動販売機で紙コップのブラックコーヒーを買い、窓際のキャンパスが良く見える4人掛けのテーブルに腰掛けました。
 もうとっくに講義は始まっている上に午前中なので学食内はまばらで、誠の他に7,8人、同じくサボりの学生しかいませんでした。
 それとは対照的に厨房では来るべき昼休みに備えてパートの中年女性たちが懸命に仕込みを行っていました。


 

 

「ズルッ……」
 そんな内側の光景には目もくれず、コーヒーを飲みながらただ木漏れ日が射す外の景色をジッと眺めている誠です。
 集中しているわけではなかったのですが朝の疲れが一気に出たようでキャンパスを見ているうちに睡魔が誠を襲います。
「クッ……」
 気分を変えようと学食内に視線を移した刹那、
「………!?」


 カップルが入ってくるのが目に映りました。
 女性の方はよく見知った顔です。


 

 

 木町純子(きまち じゅんこ)といい誠とは同じ高校出身。
 そして高校2年から誠と付き合っていました。
 しかし、つい一月前に2人は別れました。


 

 

「マコは優しいけど頼りないんだよね…」
 その言葉で別れを切り出された誠は一言も返すことができませんでした。
 一月経っても誠の心の傷は癒えていませんでした。
 それにも拘らず純子は既に新しい恋を謳歌しています。
 しかも、相手の男は誠とは全く違った屈強な肉体の持ち主で、運動部の学生であることは明白、おそらくはラグビー部かレスリング部ではないかと誠は推測しました。


 

「あいつ……」
 思わず漏れた言葉には嫉妬の空気が滲んでいました。
「………」
 純子も誠に気付いた様子で一瞬表情が曇ったようですが、すぐに笑顔に戻り、。注文していたトーストセットを受け取るとランチを頼んだ彼氏と見つめ合いながら誠とはほど離れた中心部のテーブルに横並びで座り、
「キャハハハハハハッ…!」
と閑散とした学食中に響き渡る声を上げていちゃつき始めました。


 

「ケッ……」
 その様子を凝視していた誠は何ともいたたまれない気分になり、そそくさと学食を後にしました。
 学食を出る瞬間純子の方を一瞬だけ振り返りましたが、彼女は誠を一瞥することもなくスポーツマンとの会話に夢中になっていました。


 

 

(俺…何も悪いことしてないのに…)
「ああいう男がイイってのか…!?」


 

 恨み言が混じった思考をしながら学食棟を去る誠の眼前に飛び込んできたのは防犯ポスターで、そこに写っている綺麗で清楚な雰囲気を持ったモデルでした。


「………」
 誠の心の片隅に何故だかそのモデルの顔が焼きついていきました。

 

×××××××

 

「ビュイィィィーッ…!」
「ハッ……!?」


 学食での出来事からどれだけの時間が流れたのかは不明です。
 誠が気付くと今までに見たことのない景色が眼前に広がっていました。
 上を見やると空一面がアイボリー色という奇妙な状態です。
 昼なのか夜なのかもはっきりしません。
 建物は見慣れた鉄筋やモルタルといった材質ではなく、西洋の童話に出てくるような赤レンガ造りのものばかり。
 舗装されておらず、砂利道で砂埃がたちこめている道路。
 さらに驚いたことに人間はおろか動物、鳥、虫に至るまで全く生物がいない場所なのです。


 

「何で…誰も…いないんだよ……!?」
 誠の顔はみるみる蒼褪めてきます。
 涙までが出そうになる彼でしたが、そこは男、グッと堪えてここが何処であるか、そして何故自分がこのような状態にあるのかを確かめるべく周囲を探索し始めました。


 

「………」
 テクテクと一本道を歩き続ける誠。
 彼の恐怖感・不安は消えるどころか増すばかりです。
 十数分歩いた頃だったでしょうか、


「おっ……!?」
 誠は遠くの方にあるものを見つけました。


 

「………」
 それはどうやら四本足で歩行する生物のようでした。
 100m近く離れたここから目測するに体長約2mくらいの意外に大きい動物です。
 すぐに誠は牛か馬を連想しました。


 

「ダダダッ…!」
 突如走り出す誠。
 無理もありません。
 この場所で初めて出会った動物なのです。
 それが何であるかハッキリしなくともコンタクトを取り、コミュニケーションを取りたいという欲求は生物の根源ではないでしょうか?


 

「ダダダダッ…!」
 歩き通しで誠の足には鈍い痛みが走っていましたが、そんなことは全くお構いなしにスピードを上げていきます。
「ムッ……!?」
 残りの距離が10mほどになったところで誠はピタリと走るのを止めました。


 

「何…だ…!?こりゃ……!?」
 誠は動物の正体を認めました。
 いや、認めたというよりも見たことのない動物だったので立ち止まったという方が適当でしょう。
 眼前の動物は一見すると立派な二本の角を持った真っ黒い水牛っぽかったのですが、大きく違うのが横腹から大きな翼が生えていたのです。
 こんな動物は地球上のどこを探したって見つからないでしょうから誠の言葉もわかろうというものです。


 

「ゴルルルルルルルッ……!」
「ヤバッ…!」
 誠が恐れていたことが起こりました。
 羽牛が誠の存在に気が付きました。
 そしてヤツは明らかに誠に対して敵意を持っているみたいです。
 鈍く響く怪物の唸り声が誠の胸の辺りを震わせます。


 

「クッ…!」
「ダダダッ…!」
 誠は踵を返して思い切り走り出しました。
「ゴルルルルルルルゥッ…!」
 しかし、敵に後ろを見せてしまう大きな失敗に彼は気付きませんでした。


「シュッパァッ…!ボァサ、ボァサ…!」
 羽牛はその1mもあろうかという巨大な羽を器用にバタつかせて飛び立ちました。
「ギュンッ…!」
 5、6mほど浮かび上がるとその体躯からは想像もつかないスピードで空を切り裂いて進み出しました。

 


「ダッダッダッ…!」
 一心不乱に走る誠にはそのおぞましい光景を察知することはできません。
「ギュウンッ…!」
 あっという間に羽牛は誠を追い越します。
 そして、
「ギュルンッ…ドサァッ…!」
 方向転換をすると走る誠の前にデンと現れました。


 

「ゲッ…!」
 誠は慌てて止まろうとしましたが、制動が利き過ぎて前のめりに転んでしまいました。
 そこを目がけて、
「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
 羽牛が襲い掛かってきます。
「ヒィッ…!」
 恐怖に慄き冷や汗を流して仰け反る誠の前に羽牛が走ったことで巻き起こる砂煙が舞います。
「バダッ、ドバダッ、ドバダッ……ボゴォッ……!」
 羽牛は逃げることができないでいた誠に強烈な頭突きを喰らわせました。

 

「ゲブゥッ……!」
 自慢の角は温存したようで、鼻っ柱の部分で突いたのですが、それでも誠には十分過ぎるくらいの一撃だったようです。

 みぞおちにクリーンヒットしたことで息が詰まった誠は苦しみで砂煙の中をのた打ち回っています。


 

「アガ…アガァ……!」
 痛みに悶える誠の脳裏には“ここが何処で、あの動物は何か?”という人間的な知的好奇心よりも“死”という動物が抱く感情しか浮かんできませんでした。


「ゴルルルルルルルゥッ…!」
 羽牛は間合いを取って次の攻撃への体勢をとうに整えていました。
 唸り声には次の一撃が止めになるという意味合いが含まれているようです。


 

「アガァッ……!」
 激痛の渦中で誠はそんな怪物の姿を捉えました。


「ちきしょう…!」
 誠の心に怒りの感情が湧いてきました。
 名も知らぬ土地で、名も知らぬ怪物に命を奪われようとしているこの不条理に対して…


 

 その刹那、
『闘え!』
 謎の男の声が誠の脳内に飛び込んできました。
「何…!?」
 誠は声の主を懸命に捜します。


 

『無駄っ…!お前に俺の姿は見えねぇよ…!そんなことより闘わないとお前死ぬぞ…!』
「わかってるよ、そんなこと……」
『いいや、事の重大さをお前はまだ理解してないっ…!あの“ウイ牛”を倒さないとお前は本当に死んじまうんだよ…!』
「だからわかってるって……」 


 

 

 謎の人物との禅問答のようなやり取りにいささか辟易する誠でしたが、
「どうやってアイツを倒せってんだ…?」
 人間としての思考能力を取り戻したようで情報を得るべく見えない声に尋ねました。
『お前の身体能力はあんな雑魚簡単に倒せちゃうくらい凄いモノなんだよ…!起きろっ!起きて闘え…!』


 

 声が終わるか終わらないうちに、
「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
 ウイ牛が再突進してきました。
「グッ…!」
 痛みを堪えて立ち上がる誠。


 

 

 そして、
「ドバダッ、ドバダッ…!」
「ダァーッ…!!」
 気合もろともジャンプすると軽く1.5mは飛び上がり難なくウイ牛の突進をかわしました。
「………!?」
 自らの秘めた能力に驚く誠。


 

『さすがだな…!けど、防御だけでは勝てんぜ…!やってやれよ、お返しをよっ…!』
「お返し……」
「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
 そうしているうちに方向を改めたウイ牛が再々突進をかけてきます。


 

 

「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
 もう怪物に驕りの様子は見られません。
 確実に相手を仕留めんとするファイターの姿勢です。
「どう…する……!?」
 次の一手を冷静に考え始める誠。
 さっきの能力を体感したことで今度は誠の方が精神的優位に立ったことを表しています。


 

「よしっ…!」
「ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ、ドバダッ…!」
「ボモォォォォッ……!」
 ついにそれまで聞かれなかったウイ牛の咆哮です。
 ヤツはあとわずかの距離まで誠に近づいていました。


 

 

「フワリ……!」
 ゆっくりと、それでいて正確にジャンプした誠。
「タァッ…!」
 そのまま右足を前に出します。
 いわゆる跳び蹴りです。


 

「ベッギィィィィッ…!」
 誠の蹴りがウイ牛の立派にそそり立った角をへし折りました。
「ボミャァァァァァァァァァッ…!」
 角を折られたウイ牛は激しい痛みのためか、円を描くような動きで悶え苦しんでいます。


 

 

「ダッ……!」
 勝機を悟った誠。
 勢い良くウイ牛の前に踏み込むと、
「グイッ…!」
 怪物の首根っこをヘッドロックの要領で締め上げました。


 

 さらに、
「ダァッセイッ…!」
 気合もろとも首投げを繰り出しました。


「ドッザァァァッ…!」
 凄まじい音と砂煙を上げて両者が倒れます。
「ゴボギッ…!」
 その瞬間も首根っこを離さなかったことでウイ牛の首の骨が根元から折れました。


 

 

「………」
 ウイ牛はそのまま絶命したようでした。


 

「ハァハァハァハァ……勝った……」

 命拾いした誠は急に沸き起こった疲労で、

「バダッ……」

起き上がることができずに意識を失ってしまいました。

 


 謎の声の正体も掴むことができないまま…

 

 

 

×××××××

 

 

「グフッ……グゥ……」

「………実沢っ!実沢ってば…!」

 

「ン……ムゥ……!?」
「寝るのに気合入れ過ぎてどうするんだよ…!教授がこっち睨んでるぜ…」
 

 声の主は明石でした。
 誠が気付いて周囲を見渡すとそこは見慣れた511番教室だったのです。
 

 時間は午後の2時。
 誠はマクロ経済学という講義を教室の最後列で明石のグループと一緒に受けていました。
 必修科目ではありますが退屈極まりない講義だったので誠はまどろんでしまったようです。


 

「……また……変な夢……」
「相当疲れてるんだな…魘されてたぜ…けど、ここで教授の心象悪くしちゃテスト前に単位落としちまうぞ!」
 明石の叱咤が誠のぼんやりとした脳に渇を与えます。


 

 

「…悪かった…ちゃんと受けるよ…」
 そう言うと誠は突っ伏してたせいで奇妙な折り目がついてしまった教科書に集中し出しました。
 けれども、
「…………」
 これだけ自分を苦しめた夢の内容を誠は何故か少しも思い出すことができませんでした。


 

「痛ぅ……」
 みぞおちの痛みだけが鮮烈に残っているだけでした…

 

 

×××××××

 

 

 その日を境にして誠は毎日恐ろしい夢を見るようになってしまいました。


 その内容はいつも同じ。
 あのアイボリー色の空とレンガ造りの建物と砂埃の舞う道路が広がった町に彼はいるのです。


 人間は1人もいません。
 その代わり決して現実世界にはいないフリーキーな怪動物が1頭だけ鎮座していて、そしてそいつとは絶対に友好的な関係を築くことができずに最終的には闘うことになるのです。


 

 

 闘いの前にはいつも謎の男の『闘え!』という声が誠の脳内に響きます。
 誠はどうにか試行錯誤をしながらも次々と怪動物を倒します。


 

 既に彼は10頭もの動物に勝利を収めていました。
 しかしながら、どんなに激しい戦闘をしても、どんなに苦しい闘いに勝利しても誠はその内容の一端すらも思い出すことができないのです。
 それでいて、彼の身体には激闘によって負った傷や痛みが克明に刻まれています。


 

「ハッ、ハッ、ハッ……!」
 自分を取り巻く現実と夢との落差、夢を覚えていられない苛立ちがさらに誠を疲弊させます。
 日常生活にも差し障りが出るようになり、心配した明石には通院を勧められる始末でした。


 

 そんな異様な状況下でいつの日か彼は“眠る”という行為そのものに恐怖を感じるようになってしまいました。


 

(寝なければ…こんな目に遭わなくて済む…)
 そのように考えた誠は徹夜を試みることにしました。
 当然のことですが何日も起き続けるということはいけない薬でも使わない限り不可能なことですし、それとて長い期間続けられません。
 しかし、切羽詰った誠にとってはたった一日の徹夜でもあんな恐ろしい夢を見なくて済むのなら至福の時であるのです。


 

 本来であれば明石や友人などと酒を酌み交わし、夜通し語らうことで簡単に徹夜することができるのですが、体調を気遣われている明石に対して酒の席を設けることは憚られます。
 彼女がいればまた違った展開で徹夜など簡単なのですが、純子はもういません。
 連日の疲れで新しい彼女を探せるほど雄の本能も昂ぶっていません。


 

 

「ハッハッハッハッ……!」
 仕方なしに誠は夜通しランニングという奇行に及んでいました。
 家にいるとそれだけで睡魔の誘惑が口を開けて待っているからです。


 

 

 もう秋も深まりを見せているのでスウェットにウインドブレーカーを着てフードを目深に被っていてもおかしくない状態ではありますが、それでも深夜のランニングは怪しまれるでしょう。


「タッタッタッ……!」
 しかし、今の誠はそんな心配をする余裕すらありません。


 

 

 全ては悪夢を見ないようにするため。
 全ては傷を負わないようにするため。


 

 

「ハッハッハッハッ……!」
 誠は1時頃からランニングを始め実に2時間以上も停まることなく走り続けていました。
 彼は特に運動を積極的に行ってきたわけではなかったのですが、どういうわけか並外れた身体能力を有しているのです。
 普段もこの力に自覚的ではありません。
 けれどもこういう事態に陥ってみると誠は自分の身体に感謝すること然りでした。


 

(いい調子だっ…!眠くないしあと1時間は走れそうだ…その後は…歩きながら考えようか…)
 誠の思考もようやくプラス方向へ向いてきました。
 ここ1週間で彼は一番の喜びを感じていました。


 

 

 しかし“好事魔多し”とはよく言ったものです。


 

 

「タッタッタッ……!」
 信号のある交差点に誠は差し掛かりました。
 進行方向の歩行者用信号は青です。


 

 

 スピードを落とすことなく交差点内に進入したその時、
「ギュアンッ…!」 
 無灯火の原付バイクが誠の右側から交差点に入ってきたのです。
「エッ……!?」
 思いもよらない事態に誠が戦慄したのもつかの間、
「ボガァッ…!」
 原付も急ブレーキを踏んで必死に止まろうとしたのですが叶わず、バイクは誠を跳ね飛ばしてしまいました。


 

「ゴロゴロッ…ズダンッ…!」
 誠は前のめりに道路に倒れました。
 原付はバランスこそ崩しましたが、倒れずに踏み止まりました。


 

 

「やべぇっ……!」
 運転していたのはどうやら中学生の少年のようです。
 声変わりしたばかりのか細い声で少年は吐き捨てると、
「ギュインッ…!」
 誠の安否を気遣うこともなく逃走してしまいました。


 

 

「くっ……やべぇのはこっちだって……眠っちまうじゃないか……!」
 薄れ行く意識の中で誠が思ったのは事故で負った傷のことではなく、これから起こるであろう夢の世界での出来事で味わう恐怖でした。

 

×××××××

 

 

 ここは夢の世界。

 


「ムゥ……」
 現実世界で失神した誠はここでも意識を失った状態で横たわっていましたが、とうとう目を覚ましました。


 

「あ……やべっ……」
 目の前にアイボリー色の空が見えた瞬間に口をついて出た誠の言葉です。


 

『何が“やべっ”だ……!』
「……!?」
 謎の男の声が出し抜けに飛び込んできました。


 

『甘いぞ、誠…!ここから逃げることなんてできないんだよ…!』
 今日の声はどこかしら呪詛に満ちたように誠の胸に響きます。
 こうなると誠だって黙ってはいられません。


 

「うるさい…!何で僕がお前の言う通りに動かなくちゃいけないんだ…!?そもそも、ここは何処だ…?そしてお前は何者なんだよ…?」
 堰を切ったように言葉が出てきます。
 それだけこの何日間か誠は苦しんできたのでしょう。


 

『ハハハハハハッ…!』
「何がおかしい…!?」
『悪いが誠、お前の質問に今は全部答えられない…』
「チッ…!?」


 

『だが、丸きり内緒というのもあまりに可哀想だから少しだけ、正確には二つだけ答えてやろう。まず、ここは“ドゥリムランドゥ”といってお前の想像通り“夢の世界”だ。ただ一つだけお前の思っていることと違うものがあるなら“ドゥリムランドゥ”は“現実”と地続きの世界だ…!』
「へ……!?!?」
 謎の声の回答をにわかに信じることができずに困惑する誠。


 

『あと、お前が日々此処で動物と闘い続けている理由は……お前を“闘士”としてドゥリムに招聘したからだ…!』
「…………」
 誠はますます困惑の度を深めてしまったようです。


 

『今はこれ以上の説明はできない……さて……』
「ビクッ…!」
 誠が身体を硬くします。


 

『今日もあるものと闘ってもらうぞ…』
「嫌だ……」
『ン……?』


 

「こんな理由の見えない闘いなんて嫌だって言ってんだよっ…!」
「ダダダッ……!」
 そう言うと誠は真一文字に前へ走り出しました。


 

『バカめ……まぁ、気持ちはわからんでもないが……』
 誠に聞こえないようにして謎の声は一人ごちました。


 

「アァァァァァァァッ…!」
 言葉にならない絶叫と共に走り続ける誠です。
『おい、誠…!逃げたって無駄だぞ…!』
 誠にとって絶望的な言葉が空の上から聞こえてきます。


 

『ここにいる限りお前は逃げ出すことはできない。よしんばここで目を覚まして現実世界に戻ったとしてもすぐにこっちに戻すことだってできるんだ、さっきみたいにな…!』
「何……!?」
 最後の言葉は誠の走りを止めるのに十分な力を持っていたようです。


 

「……ということは……さっきの事故も…仕組まれたものだっていうのか…!?」
『ご名答…!』
 とどめの言葉が返ってきました。


 

「ギィヤァァァァァァァァァァァッ……!」 
 誠は狂わんばかりの絶叫を上げながら頭を抱え込んでその場に伏してしまいました。
『れ……!?ちぃと刺激が強過ぎたか…!?』
 言葉とは裏腹におどけた調子で謎の声が呟きました。


 

「ガアァァァァァァァァ……!」
 誠の嗚咽は続きます。
『この脆さがなけりゃ相当立派な闘士になれるんだがな……』
 泣きじゃくる誠を見つめているのでしょう、謎の声も呟き続けます。
『けど、誠のことを待ってるわけにもいかんか…』
 何かを決断したようです。


 

『おい、誠っ…!悲しみの最中に悪いがな、今日も闘ってもらうぞ…!お前が泣こうが喚こうが闘ってもらう…!』
「ウッ、ウッ…ヒック、ヒック……」
 誠の嗚咽にはしゃっくりが混ざり出しました。
 謎の声は耳に入っていないようです。


 

『しゃあねぇなぁ……エエイッ……!』
「ビシュゥッ…!」
 突然雷鳴のようなものが現れ、伏している誠の傍に落ちました。
「ヒッ……!」
 泣くのも忘れ恐怖におののく誠。


 

『あのなぁ、センチメンタルになるのも自分の運命を呪うのも結構だがな、時間の流れはお前だけのもんじゃあないんだ…!泣くなら生き延びて向こうに戻ってからたくさん泣いてくれや…!ここにいるからにはここの状況に従ってもらうぞ…!』
 謎の声の怒声が雷土のように響き渡ります。


 

「何……させようってんだ……!?」
 誠は未だに納得していない様子でしたが、とりあえず立ち上がり身構え、臨戦態勢だけは整えました。


 

 

『結構だ…今まではこの世界の猛獣を相手に闘ってもらったが、今日からがいよいよ本格的な実戦となる…』
「実戦……」
 誠の表情が強張りを見せます。

 


『そこで…』
「ギュアム……!」
 突然誠の頭上数十メートル上にチョコレート色の煙が立ち昇りました。
 アイボリー色の空とチョコ色の煙のコントラストに誠は奇妙な安心感と不安感が交錯するのを抑え切れません。


 

「スウーッ……」
 煙が立ち消えた場所に出てきたのは武器類です。
 剣、日本刀、斧、ナイフ、といった刃物から棍棒。
更に三節昆、ヌンチャク、木刀といった武具の類、果ては鞭にいたるまでありとあらゆる武器が空に浮かんでいます。
 不思議なことに銃器の類は一切見当たりませんでした。


 

『どれでもいい。一つ選べ。それが今から誠、お前がこの世界で使用する専用の武器になるのだ!』
「専用……武器……」
 何となくかっこ良い言葉の響きが誠の気持ちをやや高揚させます。


 

「あれが……剣が……剣が欲しいです…」
 何故か敬語で話す誠です。
『剣だな……よし……!』
「シュゥゥゥゥ……」
 まるで吸い寄せられるかのように誠の掌の上に剣が降りてきました。


 

「シュゥゥゥゥ……!」
誠の掌で剣はなおも光を放ち続けています。
「ビシュアァァァァァ……!」
「ぐわっ……!」
 あまりの光の強烈さに誠は顔を背けます。


 

「フゥン……!」 
 光が治まると、さっきまでシルバーだった剣がやや赤みがかった青に変化していたのです。
 刃の長さも約1・5メートルまで伸びていました。


 

「こ…れ…は……!?」
『さっきチラッと言ったがこのドゥリムで使うことができる武器はその者の専用武器のみなのだ。つまり今後お前はその剣しか使えないということだ…!そして武器はお前のパーソナリティによって色・形が変わり、真にオンリーワンの武器となるのだよ……!』


 

 謎の声の返答に、さらに誠が疑問をぶつけます。
「何で青……そして何でこんなに長いんだよ……?使い辛いよ、これじゃ……!」
『青は”冷静”、赤は”激情”を意味する。お前は普段は冷めているが、内には熱いものを秘
ていると剣は語っているな…刃が長くなったのはお前の肉体的ポテンシャルに合わさったまでのこと。使い辛いことなどないと思うが…』
「いや、でも……」


 

『さぁ、おしゃべりはここまでのようだぞ、誠……!』
 謎の声が言葉で誠を促しました。
「フッ……」
 誠は反射的に後ろを振り向くと、
「何……!?」
そこには男が立っていました。


 

「誰……!?」
「…………」


 

 誠の問いかけにも男は一切無言です。
 年齢は20代後半か30代前半に見えます。
 学生時代柔道かラグビーをやっていたかのようなゴツゴツして屈強な肉体で、身長も180?をゆうに超えています。
 その手には赤黒い斧が握られていましたが、服装がYシャツにネクタイ、スラックスとビジネスマンの格好だったので妙にアンバランスに見えました。


 

「ハッ……!?」
 ここまできてようやく誠は自分がTシャツにジーンズ、スニーカーという出で立ちであることに気づきました。


 

『良いか、諸君……!目の前にいる人間は敵だっ……!敵を倒さないと君たちは向こうの世界に戻れない、つまり死んでしまう……!死にたくなかったら、つまり生き延びたかったら正々堂々と目の前の敵を倒せっ……!なぁに、心配することはない…諸君たちは向こうの世界、つまり現実世界では絶対に出会うことはない運命にあるからだ……!さぁ、迷わずに闘えっ……!』

 

「スゥ……」
 謎の声はここまでを声高に叫ぶといなくなってしまったようです。
 それまで誠が空間に感じていた気配が消えてしまいました。

 


「おい、ちょっと待てよ……!!誰が人間と闘……」
「ブゥンッ……!!」
「うわっ……!?」
「サッ……!」


 

 誠が戦闘を拒否する姿勢を見せましたが、そんなことは男にはお構いなしでした。
 巨大な斧を一振り、一刀両断にするべく誠に迫りました。
 しかし、誠も間一髪のところで身をかわしました。


 

「ハラハラ……」
 斧は誠の髪をかすめたらしく、目の前に髪の毛が舞っているのが誠には見えました。
「ね、ねぇ……アナタ、こんな不条理な闘いに身を投じて……何の疑問も持たないんですか……!?」
「ダッダッダッダッ……!」
 距離を取って話し合おうとする誠を一切無視して男は巨大な体躯を揺らして距離を詰めにかかります。
 顔は全く似ていませんがそのアスリート然とした佇まいはどこか純子の彼氏を髣髴させました。


 

「ムンッ……!!」
「ブウウゥンッ……!!」
 気合もろともさっきより強い勢いで斧を振りかざす男。
「クゥッ……!」
「シュアッ……スタッ……!」
 誠も息を吐き、横に思い切り跳んで難を逃れます。


 

「話し合うことはできないんですかぁっ……!?」
 まだ説得を試みる誠。
 猛獣と闘った時も気分は良くなかった誠が、人間と闘えるはずもありません。
 そして何故か自分の話を聞かずに一方的に攻撃してくる男に対して悪感情を抱くことはありませんでした。


 

「カパッ……ビッシュウウゥッ……!!」
 誠のそんな思いは男には全く届いている様子はありません。
焦れた男が遂に最終手段に出ました。
 何と斧の握りの部分を外すとそれを誠めがけて投げつけてきたのです。


 

「……!!」
 これには用心深くしていた誠も対応することができませんでした。
「ボッゴォォォッ……!!」
「ブゲェッ……!!」
 握りはそれでも逃れようと横に動いた誠の側頭部にクリーンヒットしました。
 あまりの衝撃と痛みに誠は1m以上吹っ飛ばされてその場にへたり込んでしまいます。


 

「グゥゥゥ……」
「ザッザッザッザッ……!」
 痛みに悶える誠のもとへ一歩、また一歩男が近づいてきます。
 足音が大きくなる度に誠はそれがあたかも死のカウントダウンであるかのような恐怖感を強くしました。


 

「グイッ……ガキィッ……!」
 握りを拾い上げ、斧にセットし直します。
「グググッ……」
 何度も握りの感触を確かめる男。


 

「俺は貴様のような能書きは言わん……ここが夢だろうが何だろうが俺は勝つ……!!」
 ようやく男が口を開きました。
 そのくぐもった威圧感のある低い声が蹲っている誠に届いているとは思えません。

「…………」


 

「とどめっ……!」
「ブウゥゥゥゥゥゥンッ……!!」
 これまでで最高の力で男が斧を振りました。


 

「グアッキィィィィッ……!!」
「何……!?」
 しかし、また間一髪のところで今度は誠が剣で斧をブロックしたのです。


 

「貴様っ……!?」
「アナタさぁ、テレビや映画の観過ぎ……とどめを刺す時は無言の方がいいよ……でないと気付かれちまうからさ……」
「ピッキィィィンッ……!」
「ダアァァァァァッ……!」
「ぐわっ……!」


 

 誠は気合もろともありったけの力で男の斧を弾き飛ばしました。
 そしてガラ空きになった男の身体を、
「シパシパシパシパシパァッ……!」
 何度も切り刻み、
「シッパァァァッ…!!」
 とどめにポッカリと開いた口に横からの一撃を加えました。


 

「がぁっ……」
 鋭い剣で、猛烈なスピードで切り刻んだので男の身体は切り離されることなく、
「ドッサァァァァァッ……!」
「…………」
 そのままの状態で倒れ、絶命しました。


 

「こんな風にね……」
 そう言った誠の目には大粒の涙が浮かんでいました。


 

『思った通りだ…お前は今まで見た中で屈指の闘士になれるぜ……』
 再び謎の声が風に乗って聞こえてきました。
「うるせぇよ……」
 誠は涙を流して呟きました。


 

『誠、お前はまた一つ関門を突破したんだ……!このまま鍛錬を積んでいけばきっと立派な闘士になれる……そうすれば…ドゥリムは…いや、地球は……』
「………!?」
 喋り過ぎたという風な様子で謎の声は言葉を切りました。
 誠もそれには気付いたのですが、あえて触れずに涙に濡れるままにしていました。


 

『……誠……これまではお前が目覚めると、つまり向こうの世界へ戻った時にドゥリムでの記憶を消してたけどな……これからはある程度、そうだな…7、8割くらいは覚えているように仕込むことにするぞ……』
「何……で……!?!?」
『お前がもうドゥリムのことを受け止められるだけの精神力を身に付けたからだ……』
「勝手なことばかり言うなよ……」


 

「ドサッ……」
 突然急激な眠気に襲われた誠はその言葉を残して倒れ込み、気を失いました。

 

 

×××××××

 


 ここは現実世界。

 


「ウーン……」
 唸り声を上げる誠。


 

「ハッ……!?」
 誠はおこりにでも遭ったかのようにビクンと身体を波打たせて目を覚ましました。


 

「あれ…!?」
 誠が訝しがるのも無理はありません。
 誠はバイクに跳ね飛ばされて気を失ったはずなのに、彼は自分の住むワンルームマンションのベッドで目覚めたからです。


 

「アイツの……仕業か……!?」
 謎の声の存在を思い出した誠です。
「………ドゥリム………ランドゥ………」
 すると堰を切ったかのように今まで決してこちらでは思い出すことができなかった別世界の名前が口をつきました。


 

「闘士……剣……青……」
 いくつかの事象が断片的に思い出されます。
「俺は人と闘った……で、勝った……」
「ガクッ……!!」
 そこまで思い出したところで突然誠は身体中に言い知れぬ悪寒を感じました。


 

「俺は……ひ・と・ご・ろ・し・だ……!」
 ドゥリムランドにいた時と同じように誠の頬を涙が伝いました。

 

×××××××

 

 

「おう、おはよう!」
「………」


 

 あれ…!?
 何でシカトするんだよ、香津(こうづ)…?


 

 あぁ、昨日俺が企画書にダメ出ししたから怒ってるんだな…!
 そりゃあしょうがないだろうよ。


 

 あんなお粗末な企画書部長に出せるわけないじゃん。
 俺は係長としての職務を忠実に遂行しただけさ…


 

 まぁ、いいや。
 昼休みにコーヒーでもおごってやろう。


 

「あ、一森(いちのもり)部長おはようございます!」
「…………」


 

 ハァ…!?!?
 部長までシカトってどういうことですか…?


 

 自分は日々会社の為に全身全霊仕事してます!
 そのことは部長が一番おわかりじゃないですか…!


 

 けど、もしかしたらご家庭で何かあったのかもしれないな…
 後でもう一度お声がけしよう。


 

 それにしても何で今日は皆俺のことを妙な顔つきで見るんだろう…?


 

「あ、おはよう南(みなみ)君!」
「……………」  
 

 

 何だよ…!!
 何で君までシカトするんだよ!


 

 受付嬢は身内にちゃんと挨拶してこそお客様に心のこもった挨拶ができるってもんだろ!
 そんな態度取り続けるなら人事部の玉川(たまがわ)課長と不倫してるのバラすぞ…!
 

 

 こんちくしょうめ…!


 

 おっ…!


 

 愛しのマイハニー、総務部の野田優子(のだゆうこ)ちゃんじゃないか…!
 今までのことを話して癒してもらおう…!


 

「優子、おっはよう…!」
「ヒッ…!」


 

「ん…どうした……!?」
「………………」


 

「何だよ、君までダンマリかぁ…何だか今日は変だなぁ…」
「…………………」


 

「あのさぁ、優子だけじゃなくて皆今日の俺を変な目で見るんだよ…俺の顔に何か付いてるのかな…?」
「付いてるんじゃないわ……」


 

「えっ……!?」
 何だって…??


 

「貴方の顔、切れてる…」
「切れてる……?そんなバカな!アハハハハハハ…!!」


 

「ズルッ…!」
「はがっ……!? 」


 

 あっ……!?
 笑って大口を開けた瞬間俺の上唇から上がずれた…
 

 

「ギヤァーーーーーーッ…!!」
 優子が…逃げてく…
 

 

 そういえば俺誰かに切り刻まれた夢を見たっけ…
 あれは夢じゃ…なかったんだぁ…!


 

「がぱっ……」
「ボッドォォォンッ……!」


 

 俺が最後に聞いた音は自分の頭部が床に落ちた音だった。

 

 

×××××××

 

 

 それから二日後のこと。
 

 

 誠はいつものように講義を受けにキャンパスへやってきました。
 しかしながらその目は隈が出ており落ち窪んでいます。
 頬はこけ、髪の毛もどことなくパサついた感じがします。


 

 やはりドゥリムランドゥでの出来事がこちらでも反映されているのでしょう。
 傍目から見ると今の誠は病人としか言い様がありませんでした。
 それでも彼は疲れた身体にムチ打ちながら大学へと赴いています。


 

「…………」
 何故自分は休まないのか…?
 何が自分を動かしているのか…?
 そうした疑問に答えることもできずに誠はひたすら目の前の生活を消費することに全霊を傾けているようです。


 

「……誠っ……」
「やぁ、明石…おはよう…」
 恐る恐る声をかけてきたのは明石です。
 今日もいつもと同じメンバーで彼は登校していました。
 もともと内向的で友人の少ない誠にとって、そして今とんでもない状態の渦中にある誠にとって明石たちと一緒にいる時間は楽しく、そして尊いかけがえのないものとなっていたのです。
 故に彼は心身がどんなに疲弊していようとも努めて明るく元気に振舞うようにしていました。


 

「大分フラついてるように見えたけど大丈夫か…?」
 直接的な明石の言葉の裏にはストレートな友情が含まれています。
 誠は明石の気遣いに感激していました。


 

「あぁ…まだ眠れない日が続いてるんだけどさ…大丈夫だよ…」 
 誠もあえてオブラートに包んだ物言いを避け、正直なところを明石たちに伝えます。
「そっかぁ……」


 

「ねぇ、実沢君、今日のジャーナリズムで新聞使うって言ってたけど持ってきた…?」
 明石の傍らにいた女の子が気さくに声がけします。


 

「あぁ……すっかり忘れてた……」
「私もまだ買ってないんだ……生協に買いに行こうよ……!」
「うん……」
 一行は足並みを揃え生協へと向かいました。

 

 

「さてと……」
 新聞を買い終えた一行は教室に着きました。
 あと10分足らずで講義が始まります。


 

「悪ぃ…!俺、ちょっと一服してくるわ…!」
「あぁ…!」
「始業まで戻ってきてね、いってら…!」
 少しの時間もタバコを我慢することができないヘビースモーカーの明石が別な悪友と連れ立って喫煙所へ走って行きました。


 

「何か面白い記事はないかしらね……」
 女の子、八幡和美(はちまん かずみ)が新聞を熟読していた誠の脇から声をかけます。


 

「実沢君……!?」
 ここで初めて和美は誠の様子がおかしいことに気が付きました。


 

「ガクガクガクガク……」
 誠は社会面を凝視したまままるで真冬の山に放り出されたかのように歯をガチガチさせて全身を激しく震わせていました。


 

「バカ…な……こん…な…こ…とって……!?」
 誠の呟きも震えのせいで激しく揺れています。


 

「ちょっと実沢君…!どうしたのよぉっ……!?」
 和美が誰憚ることなく大声を上げました。


 

「何だ…!?」
「どうした…!?」
「ガヤガヤ……」
 教室にいた他の学生たちも異変に気付き、教室の最後列に席を取っていた誠たちのもとへと集まってきます。


 

「アァァァァァァァッ……!!」
「ガタッ…ズッダンッ……!!」


 

 叫び声を伴って誠がその場に倒れました。
 どうやら気を失ってしまったようです。


 

「実沢君…!実沢君ってば……!!」
 和美の必死の呼びかけにも全く動じることなく、誠は倒れています…
 その悲惨な光景に取り囲んでいた野次馬学生達も声を失ってしまいました。


 

 

×××××××

 

 

 ここはドゥリムランドゥ。

 


 とはいえ、この場所がドゥリムのどの辺りに存在しているかということは全く不明です。


 

「ウーム……」
 誠が目を覚ましました。


 

「クッ……何だこれは……!?」
 起きて真っ先に誠は疑問を口にしました。
 眼前に広がる光景があまりにも異質だったからです。
 あの特徴のあるアイボリー色の空ではなく、更に特徴のある、というより毒々しい紫色の空が一面を染めていたからです。


 

「グヘッ……気持ち悪っ……!」
 一面の紫色の空は今の誠にとって不快以外の何者でもありませんでした。


 

(講義が始まるってのに……何でこっちに来ちまったんだろう……?」
 現実世界で気を失う前の記憶を丹念に思い起こしていきます。


 

「ガクッ……!」
 全てを思い出した様子の誠。
「そうだった……この新聞…記事だよぉ……」
 あり得ないことですがようやく誠は自分の手に生協で買った新聞が握られていることに気付いたのです。
 力なくその場に腰を下ろすと自分だけに聞こえるような声で呟きました。


 

「キッ……スクッ……!」
 しかし、すぐに立ち上がった誠は紫色の空を睨みつけました。


 

「おいっ、いるんだろ…!お前に言いたいことがある…!……っていうかいい加減出て来て姿見せろよ……!」
 今までに見せたことのない怒りの表情と口調です。


 

「俺はこっちで人殺しをしてしまった……納得はいってないけど逸れはもう起こったことだ……けどな、向こうでまで俺にそのことを思い出させることはないじゃないか……!」
「バサッ……」
 おもむろに新聞を開いて天に突き出す誠。


 

『サラリーマン謎の怪死!全身を切り刻まれたまま出勤の悪夢!』
 新聞の社会面にはショッキングな見出しが躍っていました。


 

『昨日午前9時頃、大阪市のデイリー商事勤務の会社員、北浜勝男(きたはま かつお)さん(29)が出勤後突然死亡するという……』
 更に記事に目を向けると誠が昨日倒した男の情報がそこには綴られていました。
 新聞なので当たり前といえば当たり前なのですが、この情報は誠にとっては決して有益なものではなかったのです。


 

「この記事は何だよっ……!ここに載ってる”謎の怪奇バラバラ事件”の記事っ……!この被害者は……一昨日俺がここで殺した人じゃないかぁぁぁぁぁっ……!!」
 言葉の最後の方は絶叫になっていました。
 本来であれば現実社会で交わることのない二人が、メディアの力で偶然にも片方の知るところとなったのです。


 

「おいっ、答えろ…!どこまで俺を苦しめれば気が済むんだよっ……!?答えろってんだよぉっ……!!」
 更なる絶叫がドゥリムの片隅にこだまします。
「ビュアァァァァッ……!」
 しかし、冷たく激しい風が吹き荒ぶのみでそれ以外は何も聞こえてはきませんでした。


 

「ガアァァァッ……」
 新聞を叩きつけた誠は地団太を踏んで身悶えました。
「何でこんなことになったんだよぉっ…!」
 泣くことこそしませんでしたが、狂わんばかりの勢いでその場で暴れ続ける誠でした。


 

 しばらくの間、暴れていた誠ですが、
「クッ……」
 自分の声が届いているのか否か、反応が全くないために身体に付いた砂をパンパンとはらうと、
「タッタッタッ……」
 正面を見据えて歩き始めました。


 

(こんなことしててもどうしようもないっ……)
 その表情には今まで彼が持っていたある種の“甘え”の部分が削げ落ちたかのような精悍さが漂っていました。


 

 それは“成長”したのでしょうか…?
 はたまた“諦め”によるものなのでしょうか…?


 

 ともかく誠はこのドゥリムランドゥで生き延びる決心をし、そのためには人間と戦うこともやむなしという境地に達したようです。
「タッタッタッタッ……」
 自然と歩みにも力が入る誠。
 多少なりとも冷静さが出てくると、今まで彼の眼には見えてこなかったものが見えてきます。


 

「へぇ……!」
 誠が驚きの声を上げます。
「ワイワイ……」
「ガヤガヤ……」
 まず、ドゥリムランドゥに人間が一人もいないと思っていた誠ですが、そんなことはなかったのです。
 赤レンガの建物はドゥリムに住む人々の住居になっていて、そこでは人種を問わず様々な人々が思い思いの生活をしています。
 経済活動を行う者もいれば、自給自足の生活をしている者もいるし、所謂“遊民”の類に入る者もいました。


 

 現実世界とさして変わりはありません。
 現実世界と決定的に違う所があるとするならば、それは“皆楽しそうに暮らしている“という所と、
「それでさぁ……!」
「ふーん、そうなんだ……」
 そこで暮らす人が皆日本語を話しているという所でした。


 

「フフフッ……“夢の地”だから何でもありなんだな……」
 誠はドゥリムに召喚されるようになってから初めて笑顔を見せました。
 湧き上がった疑問もそう捉えることで解決することができたのです。


 

「タッタッタッタッ……」
 歩を進めていくと更にわかってきたことがあります。
 人間がいるのですから当然人間以外の動植物も存在します。
 それも誠が闘ったウイ牛のようなフリーキーな怪物ではなく犬や猫、薔薇や向日葵といった普通に現実社会に馴染んでいる動植物です。


 

(俺、一人じゃない……!)
 そう考えると誠の心に晴れ間が出てきました。


 しかし、その晴れ間も束の間のことでした。


 

「イヤァァァァァァァァッ……!」
 女の子のものと思しき悲鳴がけたたましくドゥリムの彼の地に響き渡りました。

 

「ハッ……!?」
 もちろん誠は悲鳴に気付きました。


 

 ところが、
「ワイワイ……」
「ガヤガヤ……」
 他の住人達は全く悲鳴に気付かずに楽しく会話などを続けているではありませんか…!


 

「バカなっ…!?今の悲鳴が聞こえなかったってか……!?」
 誠は住人に向かって怒鳴りますが、それすらも彼らの耳には入っていないようです。
「何だこりゃ…!?」
 一気に薄気味悪い気分の渦中に落とされた誠。


 

「イィィヤァァァァァァッ……!!」
 すると再び叫び声がこだましました。
 先般のよりも大きく、切羽詰った悲鳴でした。


 

「クソッ……!」
「ダダダダッ……!」
 誠は一向に悲鳴に気付かない住民へのアピールを止めて悲鳴の方向へと走り出しました。
 

 

 数百m走ったところで、誠の視界にある光景が入ってきます。
 そこには小学校高学年か中学生と思しき少女が泣きながら蹲っていました。
 少女の視線の先には2mをゆうに超す巨大な熊が今にも彼女を襲わんばかりの姿勢で、
「グゴゴゴゴゴゴゴッ……!」
と醜怪な咆哮を上げていました。


 

「うわっ……!」
 驚いたことにその熊は深い緑色をしており、前足というより手が4本もあったのです。
「ひでぇな……」
 熊のあまりの醜さにため息と共に言葉が漏れます。


 

「ウッウッウッ……」
 可哀想な少女は恐怖に怯えてひきつけを起こしたかのように泣きじゃくっています。


 

「どうする……!?どうするぅっ……!!」
 焦りと苛立ちに満ちた言葉が誠の口から出てきます。


 

「ハッ……!」
 咄嗟に誠は足元に落ちていた野球のボール大の石を拾い上げ、
「…ッセイ……!!」
 精一杯の力で投げました。
「ギュウゥゥン……!」
 石は唸りを上げ熊の方向へ飛んでいきました。


 

 そして、
「ボンゴオッ……!」
 熊の背中に見事に当たったのです。
「ギュル……ボドッ……!」
 石は熊の背中に数秒間めり込み、やがて落ちました。


 

「ギュギャァァァァァァッ……!」
 熊とは思えない甲高い咆哮と共に誠の方を向きます。
「ゴクリ……」
 唾を一飲みする誠。


 

「ギキュウゥゥゥゥ……!」
「ドスドスドス……!」
 誠の存在を認めた熊は彼を敵と認識したらしく、少女のことなど最初からいなかったというような様子で一心不乱に誠の元へ向かってきます。


 

「…………!?!?」 
 泣きじゃくっていた少女も誠に気付いた様子です。


 

「ドスドスドス……!」
「わっ……!?」
 熊が想像していた以上の猛スピードでこちらへ向かってきているので誠も驚きを隠せません。


 

「まいったな……どうしよう……?どうしよう………?」
 頬を伝う大量の汗を拭うこともなく誠は思案しました。


 

「そうだ…!剣っ……!」
 誠は自分専用の武器の存在を思い出しました。


 

「どこっ……!?どこだよっ……!?!?」
 思い出したは良いのですが、肝心の剣がどこにあるのか、この異様な世界で全く探し出すことは不可能でした。


 

 もとより、今の状況では探すことそのものが不可能です…


 

「ギキュウゥゥゥゥ……!」
「ドスドスドス……!」
 4本手の奇怪な熊が2本足走法でグングンと誠に近づいてきます。
 間合いが詰まってしまいました。


 

「やばい……!」
 誠がそう思った刹那、
「ブウゥン……!」
 熊の上右手が張り手を見舞ってきました。


 

「ハッ……!」
「ビュンッ……!」
 誠は素早い反応で後ろへと身をかわしました。


 

 それでも、
「ズビュッ……!」
 爪がわずかに誠の左足をかすめました。

 

「痛ぇっ……!」
 これまで経験したことのない激痛のせいか誠の言葉使いも乱暴なものになります。


 

「ズサァッ……!」
 バランスを失い倒れてしまいました。


 

「ギギュウウウゥゥゥゥゥゥ……!」
「ドスドスドスドス……!」
 それを確認した怪物は更なる突進を試みます。


 

「殺られる……!」
 無意識のうちに誠はそう呟いていました。


 

 しかし、一方では
(どうする…!?武器……どうやって……)
と一連の思考も続けていたのです。
 この思考を続けていたことが勝負の明暗を分けることとなりました。
(そういえばこの世界は僕が気付いた時に初めて人が現れたり、町が出来たりしていた…ここってもちろん“世界”として存在しているけれど、認識したり判断したりするには僕の心の強さ…想像力が物を言うのかもしれない……)


 

「よしっ……!」
 誠はゆっくりと目を閉じました。
そして、
「剣っ…!僕は…実沢誠はここドゥリムランドゥで使う専用の剣が欲しいっ…!青く、赤が混じった僕だけが使える剣……!出て来い……!」
と、念仏を唱えるようにブツブツと呟きました。


 

「ギギュルルルルウウウゥゥゥゥゥゥ……!」
 異常な音圧の咆哮と共に再び熊が突進してきました。
「ドドッ、ドドッ、ドドッ…!」
 確実に誠を仕留めようとしているのでしょう、足どりがより軽くなった印象で走るスピードが上がっています。


 

「クッ……ダメなのか……!?」
 剣が出てくる気配はありません。
「ドドッ、ドドッ、ドドッ…!」
 誠まで数mの距離まで熊が迫って来ました。


 

「一矢は報いたいな……」
 誠は剣を諦めた様子で身構えました。


 

「ドドッ、ドドッ、ドドッ…!」
「ヤアァァァァァァァッ…!!」
 気合もろともジャンプする誠。
「ドドッ、ドドッ、ドドッ…!」
その卓越したジャンプ力は熊の体躯を軽々と越えました。


 

「ドッセイ……!」
「ボグンッ……!」
 再び気合を入れた誠は重力の力を利用して右の踵を熊の顔面めがけて叩きつけました。


 

「アギャグワァァァァァァァッ……!」
 クリーンヒットしたようです。
 踵は熊の鼻っ柱と左目を捉えました。
 今度は熊が痛みで身悶えています。


 

「フゥ……」
 一撃を食らわせてやったことで誠の表情に安堵の色が見えました。
「…………」
 ふと周りを見渡すとあの少女も逃げたようでいなくなっています。


 

「よかった……」
 まるで良い思い出のない世界でしたが、人助けをすることができたことで自分がここに来た意義を見出すことができた誠の本音が出ました。
 もう後悔することはないようです。
「ググッ……!」
 体勢を立て直した熊を見た誠は拳に力を入れました。


 

「ガギャアァァァァァァァ……!!」
「ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ……!」
 怒った熊は4本の手をメチャクチャに振り回しながらこちらへ向かってきます。
「ハァーッ……」
 溜めていた空気を思い切り吐き出す誠。


 

 するとその時、
「お兄ちゃん、頭っ…!頭の上っ……!」
 どこからかさっきの少女の声が聞こえてきました。
「えっ……!?!?」
 誠は驚いて上を見ました。


 

「おおっ……!」
 頭上から誠専用の青い剣が降りてきました。
 奇跡に目を丸くする誠。


 

「タッ……!」
 喜びに浸っている時間はありません。
 誠はゆっくりと降ってくる剣と歩調を合わせるようにジャンプして、


 

「ガシッ……!」
 遂に専用剣をその掌に握りました。
「ガッガァァァァァァァッ……!」
 熊が虎視眈々と誠が落ちてくるのを待っています。


 

「いくぞっ…!」 
 それを確認した誠は両手で剣を持ち、落ちるスピードに加速をつけました。
「シューーーッ……!」
 風を切る音が耳に飛び込んできます。
 今の誠にはそれを楽しむ余裕すらあるのです。


 

「ガギャギャギャギャ……!!」
「ブンッ、ブンッ、ブンッ……!」
 熊は獣の本能でひたすら腕を振り回すのみです。


 

「ダァァァァァッ……!」
「シッパッ、シッパッ……!」
「ビジュッ、ビジュッ……!」
 叫びながら誠は剣を二度振りました。
 その二太刀は確実に熊の上両腕を切り裂きました。
 肉の切れた音が数秒のタイムラグで聞こえてきました。


 

「ボドンッ…」
 上両腕が落ちます。
「アギャグアギャグワァァァァァァァッ……!」
 今までに聞いたことのない絶叫を上げる熊。
 その腕の切り口からはしとどに鮮血が溢れています。
「ドッダァン…ドッダァン……!」
 のたうち回る音も地響きを伴っています。


 

「今…楽にしてやる……!」
「シュッ…シッパァ……!」
 熊の間合いに素早く入り込んだ誠は下から振り上げる要領で剣を熊の首筋めがけて切りつけました。


 

「ブッ…ギャッ……」
 間もなく、熊の叫びが止まりました。
「ボッドォォォンッ……!」
 頭部が身体から離されます。
 支えを失った熊の頭はまるで巨大なスイカのように己の身体を滑り、やがて地面に叩きつけられました。
「ズッシィィィィンッ……!」


 

 数秒後、主を失った身体が力なく倒れました。
「やっ……た……」
 強大な猛獣を倒した誠でしたが自身のダメージも半端ではありません。
「ズサッ……!」
 力なくその場に倒れ込んでしまいました。


 

 

×××××××

 

 

「ンー……ハッ……!!」
 誠が目を覚ましました。


 

「あれ……!?!?」
 驚きを隠せない様子です。


 

 なぜなら、
「戻って…ない……」
 彼はまだドゥリムランドゥにいたからです。


 

「……って……!?!?」
 ようやく誠は額の冷たさに気付きました。
 濡れたハンカチが乗っていました。


 

「これは……?」
「よかったぁ……!目を覚ましたのね……!!」
 聞き覚えのある声が飛び込んできました。


 

「君は……」
 そこには誠が助けた少女が立っていました。
 少女は腰まであろうかという美しい黒髪をストレートにしています。
 その愛くるしい表情はどことなく子猫を連想させます。
 薄いピンクのワンピースを纏った少女は誠が目を覚ますと嬉しげな表情を浮かべて軽くステップしました。


 

「ここは……?」
 誠はドゥリムの町外れにあろうかという誰もいない草原にいました。
 そこには大きなブナの木が一本だけ聳え立っていて、誠はその木陰に横になっていたのです。


 

「君が…僕を…ここまで……?」
「フフ……」
 単純な疑問を投げかけてみましたが、少女ははにかんだ笑みを浮かべるばかりです。


 

「ありがとう……助かったよ……」
 疑問を解消したかった誠ですがまずはそれを引っ込めて、素直に感謝の念を少女に示しました。
「私の方こそありがとう……お兄ちゃんがいなかったら、私…きっとアイツに食べられてたわ……」
 恐怖の場面を思い出したようで少女の表情が曇る。
「あ…いや、嫌なことは思い出さなくていいんだよ……」
「うん……!」
「とにかく君が無事でよかった……」
「フフ……」


 

 しばらくの間そのような他愛もないやり取りが続きました。
 誠はこの少女に対して尋ねたいことが山ほどありましたが、どこかミステリアスな雰囲気を持った彼女に気圧されています。
 それでも意を決して尋ねました。


 

「君は…ここの住人なの……?それとも現実の世界の……」
「私は現実の人よ…名前は宮町静架(みやまち しずか)。札幌の小学校5年生…」
 意外に簡単に静架が身元を話し始めたので誠は拍子抜けしました。


 

「静架ちゃんか…僕の名前は実沢誠。仙台の大学に通う19歳…」
 もうちょっと気の利いた自己紹介はできないものかと、誠はちょっとした自己嫌悪に陥りました。
「誠さん……大学生なんだ……!大学って楽しそう……!ねぇ、楽しい……?」
 屈託のない笑顔で静架が訊いてきます。
「あぁ…楽しいよ……けど、最近はこっちと向こうの行ったり来たりで疲れ気味だったんだ……」


 

 誠は喋りながら不思議な気分になっていました。
 今まで彼は自己の内面を他人に晒すことをひどく恐れて、嫌っていたのです。
 家族はおろか、元恋人の純子、そして数少ない親友である明石にも内面の深いところまで話したことはないのです。
 しかし、ドゥリムランドゥという特殊な環境に在るとはいえ、今出会ったばかりのしかも小学生に自分が悩んでいる部分を簡単に話せてしまったことに少なからず衝撃を覚えていました。


 

「そうなんだぁ……」
 静架はそんな誠の言葉をフワリと受け止めます。
「…………」 
 しかしながら誠は小学生を相手にして自分のペースで会話できないことにかすかな苛立ちを感じていました。
 誠が抱いている疑問点があまり解消されていないこともその思いに拍車をかけています。


 

「静架ちゃんはどうしてここに来るようになったの…?で、どうして君は僕の剣の存在を知ることができたの…?」
 うざったがられることは覚悟の上で誠は矢継ぎ早に質問をぶつけました。
「フフ……静架はいつの間にかここに来ちゃってたんだよ……剣はね…見えたんだ……!あれが誠兄ちゃんの必要な物だって何となくわかったしね……!」
 どこまでも屈託のない調子で静架は答えます。
 その内容は小学生らしいものです。


 

 誠は静架がもしかすると“謎の声”に関係のある者だという疑いを持って彼女に接していたので、その猜疑心を心から呪いました。
「そうなんだ……とにかく静架ちゃんがいなかったら僕は確実に死んでいた…本当にありがとう…!」
「お礼を言うのは静架の方だよ…!アイツから助けてくれたのは誠兄ちゃんなんだよ…!ありがとうございました…!」
 ペコリと頭を下げる静架の仕草を誠は可愛いと思いました。


 

「ねぇ、誠兄ちゃん……」
「ん…何だい……?」
「静架と誠兄ちゃん、また会えるかな…?」
「ここでってこと……?」
「ウン…!それもだけど向こうでも…会えるかな……?」


 

 誠はここでドゥリムのルール、すなわち“ドゥリムで出会った人間とは現実では会えない”ということを素直に静架に伝えるべきか迷いました。
 短い時間で考えた末、
「そうだね…向こうでももしかしたら会えるかもしれないよ……」
とオブラートに包んだ物言いで真実を濁しました。
 嘘のつけない性格の誠はそのことが静架に悟られないように全力を傾けていました。


 

「そうだよね…きっと会えるよね……!」
 ある意味誠の期待通りの応えが返ってきます。
 静架は天使のような笑みを湛えてまっすぐに座っている誠を見つめました。


 

「うん………!」
 誠はそう頷いたまま黙り込んでしまいました。
「アッ……!」
 突如静架が頓狂な声を上げました。


 

「ん、どうしたの……!?」
 これには誠も反応せずにはいられません。
「戻らなくちゃいけないみたい……」
「あぁ……」
 それは“目覚め”、つまりドゥリムから現実世界への移動を意味していました。


 

「静架、帰るね…!」
「うん……」
「誠兄ちゃん…!」
「何……!?」
「また会おうよ、今日も……!」
「そ、そうだね……」
「約束だよぉっ…!」
 そう言うと静架はスッと右手の小指を差し出しました。


 

「………?」
「ほらぁ、指切り…!」
「う、うん……!」
 子供が持つ独特の勢いに飲まれた格好で誠が照れ臭そうに右手小指を差し出します。
 彼は何故か座ったままでした。


 

「指切りげんまんっ、嘘ついたら針千本飲~ますっ、指切った……!」
 静架は子供のオーラを発散させながら一気に大声で歌いました。
「ゾクッ……!!」
 その子供らしい、少女らしい仕草の中に“女”を発見してしまった誠は鳥肌が立つのを抑えることができませんでした。


 

「ウフフフ……じゃあ、またね……!」
 そう語りかけた静架は一目散に町の方へと駆け出していきました。


 

「………」
 誠はまだ狼狽しています。
 どういうわけか純子のことを思い出していたのです。


 

(女って……)
「ブンブンッ……!」
 自分が何だかとても良くない妄想を抱いているような感覚に囚われてしまった誠は懸命に別のことを思考しようと首を激しく振りました。


 

「ハッ…!」
 その甲斐があったようで彼は何か重大な思いつきをしました。
「そういや…ここから元に戻るのって…どうすりゃいいんだ…?」
 今まで戦闘後に意識を失うことで現実へと引き戻されていた誠にとって初めて湧いてきた疑問でした。


 

「バタッ……!」
 しばらく熟考していた誠ですが、諦めた様子で木陰に横になりました。


 

「細かく考えてもしゃあないか……」
 普段は冷静で内省的で深く考える性質の誠なのですが、このような潔さも持っています。


 

「スッ……」
 やがて彼はゆっくりと目を閉じました。


 薄れ行く意識の中で彼は
(あっちで生き、こっちで闘いって……何てことになったんだろう……!)
などということを思っていました。


 

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 

 

*この物語はフィクションです。

 


 

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~第2章「なかまたち」~

 

 

 

 その日の夜。


 

「カリカリカリカリ……」
 誠はアパートでひたすら机に向かって何かを書いていました。


 

「……さて、次のニュースです。任期満了に伴う仙台市長選挙ですが現在までに……」
「………」
 点けっぱなしにしていたテレビのニュースにすら目をくれることもなく彼はひたすら何かを書いていました。


 

「………」

 とうとう日中に誠は大学キャンパス内で意識を失ってそのままドゥリムランドゥへと旅立ったのですが、誠が現実世界に戻ってきた時何と10分足らずの時間しか経っていなかったのです。


 

 誠は自分が目覚めた時の明石や和美をはじめとする学生達、更には騒ぎを聞きつけて集まっていた大学職員達の驚きの表情を一生忘れることができないでしょう。
 明石・和美ら友人達は誠の帰還に涙を流して喜んでいました。
 周りを囲んでいた野次馬学生達の反応は喜んでいたり、拍子抜けしてたりと様々でした。
 職員達は『人騒がせな…!』という感じの冷たい表情を浮かべていました。


 

 彼は各々の感情の交差を一気に自分の中に受け止めてしまい、激しい嘔吐感に襲われてしまい、その場をのた打ち回りました。
 その結果、結局体調不良ということで彼は医務室へと運ばれ、落ち着いたところで帰されたのです。


 

 誰が良い・悪いということではありませんでした。
 ただ、あまりの勢いと短い時間で人間の喜怒哀楽を感じたので誠の意識が混乱してしまったに過ぎません。


 

 しかし、誠はこの結果を良しとはしなかったのです。
 大学内でドゥリムへ行ったことにより周りの人たちに迷惑をかけてしまったことを彼は激しく悔やんでいました。


 

 同時に誠の中で改めて『“ドゥリムランドゥ”とは何か…?』という疑問が湧き上がってきたのです。
 “湧き上がってきた”という表現は正しくないかもしれません。
 誠は今まで意識的にこの問題を避けていたからです。


 

(もし、ドゥリムランドゥなんて世界が存在しないとしたら…?それが僕の想像の産物にしか過ぎないとしたら……?僕は…僕は……終わってる……!)
 誠の偽らざる心の叫びでした。

 


「カリカリカリカリ……」
 誠が根を詰めて書いていたのは自分が今までドゥリムランドゥで体験した出来事とドゥリムへ行くきっかけになる出来事との相関図でした。
 “謎の声”の言葉にもあったようにはっきりと記憶に残っているドゥリムでの出来事は北浜との闘いです。
 この時原付に跳ね飛ばされた誠は“謎の声”のはからいで自室ベッドへと運ばれたのですがそれまでの時間はおよそ8時間でした。
 過去のドゥリムの入り口はその日の睡眠のはずでしたから時間にすると平均7時間といったところ。
 ここまでは現実世界とドゥリムでの時間的バランスは釣り合っているように思えます。


 

 ところが今日の出来事は違っていました。
 誠は少なくとも3時間はドゥリムにいたはずだと自覚しています。
 しかしながら誠が戻ってきてみると現実ではわずか10分しか経っていなかったわけです。
 この時間的バランスが崩れたことを誠が認めた瞬間に彼の心の中に、
(実は“ドゥリムランドゥ”なんて世界は存在しないのでは…?)
という考えが改めて大きくのしかかってきたのです。

 

 

(ドゥリムがなかったら…あれが全部僕の妄想だったとしたら……僕は病気だっ……!)
 この現実が誠を恐怖に叩き込みます。


 

「バキッ……!」
 あまりに力を入れたためにボールペンが嫌な音を立てて折れ崩れました。
「クソッ……!!」
 いくらこうして紙に状況を書いても答えは見えてきません。
 そのことが余計に誠の気持ちを荒んだものにしていました。


 

(こんなことしていても…無意味だ……!)
 誠は書くのを止めて気晴らしに立ち上がり、その場を何往復も歩き出します。


 

(答えは…俺の頭の中……!)
 結論はとうに出ていたようです。


 

「今夜……ハッキリさせる……!」

 

 

 

×××××××

 

 

その日の深夜。


 

「ZZZ……」
 誠はおとなしい寝息を立てて眠りに落ちていました。

 

 

 さて、彼の夢の中では一体どんなことが起こっているのでしょうか…?

 


「スタスタッ……!」
 見慣れた赤レンガ造りの建物だらけのドゥリムの町並みを歩き続ける誠。
 町並みにはちゃんと住人もいます。


 

「うんうん……!」
「そうなんだよなぁ……!」
 どんな人種であろうとも皆一様に日本語を話しています。


 

「………」
 そのこともドゥリムが現存しない世界ではないかという不安を誠の心の中にかき立てます。
「スタッ……」
 やがて誠は人通りの全くない、いつも怪物たちと戦う草原へ辿り着きました。
「スゥーッ……!」
 大きく深呼吸をした誠は一気にそれを吐き出さんが如く大声で、それでいて努めて冷静に話し出しました。


 

「今日こそは出てきてもらうぞ…!なぁ……!この世界は本当に存在するのか……!?それとも僕の脳内の産物でしかないのか……!?出てきて説明してくれ……!」
 誠はそれだけ言うとその場にドッカリと腰を下ろしました。


 

「………」
 後はひたすら黙りこくっています。
 その様子に、取り乱すことのないその態度に誠の覚悟が感じ取れるようです。
 数分間、誠はひたすら空中を凝視していました。


 

 すると、
「ゾワゾワゾワッ……!」
 風が急に妙な音を立て始めました。


 

(来たな…!)
 誠は直感しましたが、あえて無言のまま風のする方へ身体を傾けました。


 

『クックックッ……殊勝だなぁ、誠…!おとなしく待っているとは……!』
 久しぶりに耳にする“謎の声”です。
「ここではジタバタしても無駄だって教えてくれたろう……?」
 皮肉を含んだ口調で誠が返します。


 

『フッ…そうだったな……で、質問の答えだがな……』
「ゴクッ……」
 誠は唾を一飲みしてそれに備えました。
『“ドゥリムランドゥ”が実在するということだけは断言しておく…!そして、前にも言ったがお前は“闘士”としてドゥリムに招聘されている。そう遠くない未来にお前が招聘された理由がわかる日が来る……』


 

 “謎の声”の言葉は誠にとって答えになっていないような気がしました。
 まるでそのことを察知しているかのように声は続けて話しました。


 

『誠が混乱するのも無理はない…それに関しては正直申し訳ないと思っている…けれども、“真の目的”を果たすまでは俺はどんなに“お前たち”に嫌われようとも務めを遂行しなければならないのだ……そこだけは理解しておいてくれ……さて、ここが実在する世界だという証拠だが……』
「シュゥン……」
 言葉の終わりと重なるように風の音が聞こえてきました。


 

「シューッ……!」
 風は小さい竜巻となって誠めがけて向かってきます。
「な……!?」
 驚いて飛びのける誠でしたが逃れられませんでした。
「ビシュビシュビシュン……!」
 竜巻は誠の左手首にまとわりつきました。


 

「うわっ……!?」
 思わず声を上げた誠でしたが痛みは全然なく、むしろ風が手首にくっつく妙な感覚に不思議な気持ち良さを覚えました。
「ユン……!」


 

「こ…れは……!?」
 竜巻が消えた後に現れたのはブレスレットでした。
 誠専用の剣と同じ青色ベースに赤が彩られているブレスレットです。


 

『それが証拠だ…!そのブレスレットはドゥリムにしかない材質でできている。そして、それはお前がいくら外そうとしても外すことができないものだ…!』
「何……!?」
 “謎の声”の言葉に誠が身を硬くします。


 

『ハハハハハハッ…!安心しろ…!そのブレスレットには何も仕掛などしていない…!あくまでドゥリムが実在することを証明するためのものだからな……ただ、そいつを向こうで調べられるのは厄介なので外せないようにした。どうだ、これで満足か…?』
「………」
 誠はまだまだ訊き足りないことが山ほどありましたが、とりあえず自分の一番の疑問点に“謎の声”が答えてくれたので安堵感が大きく、他のことを尋ねる気持ちは今現在は薄れていました。


 

「いいや…今はない……」
『そうか…よかろう……それじゃ今日はお前もう戻れ…!』
「はぁ…!?何でだよっ……!?」
『早く向こうでそれ見て安心しろって言ってんだよ…!たまには早く返してやる…!』


 

 “謎の声”がそう言うと、
「ビッキィィィンッ…!」
 さっきとは明らかに異質な小竜巻が起こり、
「ビシュゥゥゥゥゥウッ……!」
 誠を襲いました。


 

「ゲッ……!!」
 不意を突かれた誠はあえなく竜巻の虜となり、その場に失神してしまいました。


 

『ハハハハハハハハハ……!』
 後には謎の声の高らかな笑い声だけが残りました。

 

 


「ウーン……!」
 誠の部屋にて。
 例によって魘された状態で誠が現実世界へと戻ってきました。


 

「ハッ……!」
 一瞬ブルブルッと震えを起こした後、彼は目覚めました。


 

「フゥ………」
 汗でTシャツが濡れているのももう毎度のことだったので手早く脱いで傍らに用意しておいたものに着替えます。
 その時に、
「あっ……!」
 誠は左手にしっかりと巻きついているブレスレットに気付きました。


 

「………よかった………」
 少なくともドゥリムランドゥが自分の妄想ではないことが証明されたことで誠に笑顔が戻ってきました。

 

 

 

×××××××

 

 

 次の日。


 

 誠は久しぶりに晴れ晴れとした気分で現実世界での生活を楽しみました。


 金曜日であることも手伝い、彼は明石たちと連れ立って繁華街の居酒屋へと飲みに行き、二次会まで出向きカラオケなどもしました。

 


「ワァーーーッ……♪」
 考えてみると誠がここまで我を忘れて享楽に溺れるということはついぞありませんでした。
 彼自身いつそういう風に楽しんだかということを覚えていなかったのです。
 酒の力、そしてドゥリムの謎からの解放という様々なファクターが重なったことで誠は言葉本来の意味での“馬鹿”になりきって宴に酔いしれていました。

 

 

 しかし、宴はいつしか終わるものです……

 

 

 どのようにして家に辿り着いたのかは一向に覚えていませんでしたが、確実に誠は家路に着き、そしてほどなくして眠りに入りました。

 

 

 彼は自分の意思とは無関係にまたドゥリムへと召喚されてしまったのです……

 

 

「………またかよ………」
 目覚めた誠はアイボリー色の空を見渡してそう呟きました。


 

(そういや動きがあるって言ってたっけ……?となると、準備だけはしておかないと……)
「スッ……」
 瞬時に状況を判断した誠はゆっくりと目を閉じると剣を念じました。


 

「フワンッ……!」
 前回とは違い専用剣はすぐに出現し、誠もすぐにそれに気付きました。
「ガシッ…!」
 剣を握り締めた誠はゆっくりと構えつつ、再び歩み出しました。


 

 襟付きの赤いカラーシャツに黒いスラックスという“合コン仕様”の服装に巨大な専用剣は不思議な調和を見せています。
「スッ、スッ、スッ……」
 心なしか足音も忍び足のような感じになってきました。


 

『誠っ…!』
「ワッ……!?」
 自分の後方という予期しない方向から“謎の声”が聞こえてきたので誠は驚いて振り向きました。
 同時に剣を上段に構えました。


 

『おいおい、俺を切ろうってか…!?それは賢明とは言えないぞ……!』
 そう言って声は狼狽する誠を茶化します。
「クッ……!一体何だっていうんだ……!?」
 剣を下ろすと誠はちょっと機嫌悪そうに尋ねました。


 

『お前、昨日俺が言った言葉覚えてるか…?』
「お前が何言ったか…!?まぁ、大体は……」
 声のあまりに頓狂な質問に、誠は嘘でも強がってみせます。


 

『そいつは凄い…!』
 声は本当に驚いた様子です。
『まぁ、覚えていようがいまいがそんなことはあまり関係ないんだが……誠、いいか、心して聞けよ……』


 

「………」
 これまでにない声の神妙な口調に思わず誠も襟を正します。


 

『俺は昨日お前の質問に答えた時に“お前たち”という表現を使ったんだ。覚えているか……?』
「いや……?」
 誠は当然ながら覚えていませんでした。
 しかし、思い出すことはできました。
 “たち”という言葉の違和感が今甦っています。


 

『そのことやお前と北浜を闘わせたことなどからもう察しがついていると思うが、ここドゥリムランドゥに召喚されている人間は誠一人ではない。ましてや日本人だけなんてことは決してない……』
「………!!」
 確かにおおよそ検討がついていましたが、改めて話を聞かされるとやはり驚かずにはいられない誠がいます。


 

『お前の闘う相手がいたようにお前にはこの世界で手を組んで一緒に闘う“仲間”がいるんだ……』
「仲間……!?」
 どことなく温かみを抱かせるその言葉を誠は自分の口で反芻しました。


 

『仲間は誠を入れて5人……!お前が最後のメンバーだったのだっ……!』
 謎の声の口調が興奮を帯びています。


 

『今日はその記念すべき初顔合わせだっ…!誠……!お前の仲間を紹介しよう…!左を見るんだ……!』
「左……?」
 

 

 声に促されて誠が左側を向くと、
「パッシャーッ……!」
 オレンジ色の目映い光が射しました。


 

「うわっ……!」
 眩しさに仰け反る誠でしたが、完全に目を逸らすことはなく、光の中をしっかりと見つめていました。


 

「………」
 4つの人影が見えます。


 

「シャァァァァァァァ……」
 やがて光はゆっくりと煙が消えるように消失しました。
 人影は誠との間約2メートルのところで佇んでいました。


 

「君は……!?」


 

 誠はその中に見たことがある顔を見つけて驚愕しました。

 


「また会えたね…!誠お兄ちゃん……!」
 ライトブルーのワンピースに身を包んだ宮町静架がそこにいたからです。

 


「君が……闘士……!?」
 あまりの驚きに誠はただ口をパクパクさせるばかりでした。
「ウン……!」
 天真爛漫な静架が元気に返事をします。
「…………」
 誠は黙り込んでしまいました。


 

『みんな、新しいメンバーに自己紹介してあげてくれ……』
 そんな誠の様子など無視するかのように謎の声が他のメンバーを促します。


 

「ザッ……」
 男性が一人一歩踏み出しました。
 見たところ40代後半、見方によっては50代にも見える実年世代の男性です。
 真っ黒に日焼けした顔とそれとは対照的に淡い色調でまとめられたスーツは素人には見えず、誠は瞬間的に硬くなりました。


 

「どうも…中山徹郎(なかやま てつろう)といいます。」
 中山はシンプルに姓名だけを伝えると軍隊式に近いお辞儀をしました。
 その様子を見て誠は、
(ヤーさんかと思ったけど違うな…工場勤めで主任クラスの役職かな……?)
 工場で課長職に就いている叔父を持つ誠は徹郎に叔父と同じ雰囲気を感じていたのです。


 

「ザクッ……!」
 そんな誠の思考をまるで遮らんとばかりに勢い良く別の男が一歩踏み出してきました。
 20代中盤に誠には見えました。
 見るからに節制しているのがわかる均整の取れた身体つき。
 自身に満ち溢れた表情とそれを裏付ける切れ長の鋭い眼。
 そしてタンクトップにスウェットといういでたちから彼がかなりレベルの高いスポーツマンであることは誠でなくとも容易に想像がつきました。


 

「人の話を聞く時は剣を置いたらどうだ……!」
 注意というよりも敵意剥き出しの口調でした。
「失礼……しました……」
 誠もあまりにも男が慇懃な態度を取るのでカチンときましたが、自分に非があるのも事実だと思い直し、
「ズム……!」
専用剣を地面に突き刺しました。


 

「寺岡利樹(てらおか としき)23歳だ。向こうでは陸上競技の選手をしている。」
 利樹はぶっきらぼうにそう言うと、
「スッ……」
 一歩引き下がってしまいました。


 

「………」
 困惑する誠をよそに、
「サッ……」
 次のメンバーが自己紹介するべく一歩踏み出しました。


 

「………!?」
 誠は今までとは違った驚きで目を丸くしました。
 そこに立っていたのは信じられないほど美しい女性でした。
 170cmはゆうにあろうかという長身。
 スラッとしたプロポーション。
 女豹を思わせる整った顔立ち。
 それでもクリッとした瞳には優しさが溢れている。
 エメラルド色のドレスが彼女をより華やかに彩っています。

 


「………」
 誠は今までにこんな美人を見たことがありませんでした。
 いや、正確には“一方的に見たこと”ならあります。
「あなたは……?」
 そのことを悟った誠は思わず言葉に出してしまいました。


 

「はじめまして。白鳥舞(しらとり まい)と申します。向こうの世界ではモデルをさせていただいています。これからよろしくお願いしますね…」
 丁寧な口調で挨拶する舞でした。


 

「こ…こちらこそ…よろしく……」
 舞の魅力に完全に圧倒された誠はそう返すのが精一杯でした。


 

 彼は舞が以前学食棟で見た防犯ポスターに写っていたモデルであることを認めていました。
 そして、売り出し中の若手女優としてドラマにも出始めていることもわかっていました。
 誠は少なからず舞のことを意識してテレビなどを観るようになっていたのです。


 

「………」
 目の前に憧れの女性が立っていることに誠は恍惚感を覚えていました。
「ニコッ……」
 そんな誠の想いを見透かすように舞は美しい笑顔を誠に向かって振り撒き、そして利樹がそうしたように一歩引き下がりました。


 

「………」
 誠はまだ惚けている様子です。


 

 すると、
「会うの2回目だよねーっ、誠お兄ちゃん……!」
と静架の元気の良い声が飛び込んできました。
「えっ………!」
 舞の余韻をかき消されてしまったことと、子供らしい無遠慮さが相まって誠は少し怒りを静架に対して覚えました。
 しかし、当の静架はそんなことお構いなしに、


 

「でも、改めて自己紹介しちゃう…!宮町静架、11歳…!札幌第一小学校に通ってまーす…!好きな食べ物はハンバーグにオムライス…!好きな芸能人はHey! Say! JUMPでーすっ…!」
と一気に喋りました。


 

「…」
「……」
「………」
「…………」
 これには誠のみならず他のメンバーも呆気に取られて言葉を失ってしまいました。


 

「あーっ、やっちゃったかな…!?」
 当の静架も気づきましたが、
「誠お兄ちゃん、よろしくね…!」 
 それでもテンションを下げずに挨拶し終えました。


 

「トンッ……!」
 その後間髪入れずに静架は誠の前にちょこなんと立ち、
「ヒシッ……!」
 誠の腰の辺りに抱きつきました。
「バカッ…!よせって……!」
 必死に誠は抵抗します。


 

 この様子を見た利樹は、
「ケッ……!これじゃママゴトじゃねぇか……!」
と唾棄せんばかりに吐き捨てました。
「そうかなぁ、私には微笑ましく見えるけど……」
 舞が異を唱えます。
「以前にここで会っているようだし、あの子が嬉しくて興奮するのは無理ないんじゃないか…?」
 徹郎も舞に賛成します。
「ハイハイ、そんなんで闘いが乗り切れるなら俺もそうしますよ…!」
 思い切り皮肉が篭った口調で利樹も同調してみせました。


 

『ようし、当座の顔合わせは済んだようだな…!』
 会話が切れるのを待っていた様子で“謎の声”が話し始めます。


 

「スッ……」
 するとそれまで思い切りはしゃいでいた静架がサッと誠から身を引いて声の方を向いたので、
(何だよ……!?)
困惑しつつ誠も体勢を声の方へと整えました。


 

『まぁ、いきなり“君たちはチームだ”なんて言ったところで表向きは理解したつもりでも本質的にはまだまだバラバラだと思うよ。特に誠は初めて会うメンバーばかりだから余計そうだろう…?』


 

「コクリ……」 
 誠は黙ったまま頷きました。
 “君たち”というそれまでとは違う呼称が妙に耳に残りました。
「コクッ…」
 他のメンバーも誠と同様に頷きました。


 

『しかし、それでも君たちはこれからチームとしてやっていってもらわなければならないのだ…君たちには重大な使命がある……』
「使命……?」
 努めて平静を装っていた利樹が疑問を口にします。


 

『その使命に立ち向かってもらうには早急にメンバー同士打ち解け合う必要がある…』
「サッサッ……」
 “謎の声”の説明に飽きた様子で静架が地面を蹴り出しました。


 

 しかしながら、そんな静架を咎めることなく声は説明を続けました。
『早く仲間に慣れるのにうってつけの方法があるのだっ……!』
 “謎の声”の口調が興奮で上ずっています。


 

「ハッ……!」
「どうした……?」
 突然舞が驚きの声を上げました。


 

「何か……近づいて…きます……!」
「……!?」
 男メンバーたちは舞の言葉が何を意味しているのか理解できないでいました。


 

「来るよ……怪物が……!」
「何だって……!?」
 今度はそれまで遊んでいた静架が異常に気づいて大声を上げました。


 

 誠たちが驚きを見せたのと同時に、
「……ドドドドドドドドドッ……!」
 西の方から地鳴りのような足音が聞こえてきました。


 

「一匹じゃないわ……十……いや、それ以上かも……!」
 舞の第六感は恐ろしい予想を立てています。


 

『ホウ……さすがは俺が選んで召喚した“闘士”だけのことはある…!察しの通りだっ…!今から君たちには数十頭の怪物どもと闘ってもらう……!これまで君たちが倒してきたヤツらもいれば、全く初めて闘うヤツもあるだろう…!そして、中には高度な知能を持った怪物もいるかもしれないぞ……!いずれにしても、ただ漫然と闘っていたり、スタンドプレーに走ったりしては絶対に全滅させることはできないと断言しておこう……!しかし、この闘いに君たちが勝利した時……その時はきっと強い、そして清らかなチームが誕生していることと思う……』


 

「何を……勝手なことばかり言ってるんだ……?」
 誠が堪りかねて口を挿みました。


 

『条件は細かいこと一切なし……!“敵の全滅”……これのみ……!それでは健闘を祈ってるぞ……!』
 しかし、誠の言葉を無視して“謎の声”は一方的に言いたいことだけを伝えると、完全に気配を消してしまいました。


 

「何てこった……!」
「ザグッ……!」
 怒りに震える誠は地面に刺さっていた専用剣を抜くと思い切り地面にそれを突き立てました。


 

「誠君、君の気持ちは十分わかるが今は自暴自棄になっている場合ではないぞ……!」
 そんな誠の様子を窺っていた徹郎が諌めるような調子で誠に声をかけました。
「そうだ……この空間、この戦闘はお前だけのためにあるわけじゃないことを覚えておけよ……!」
 極めて冷たい口調で利樹が続きました。


 

「……どうして…あなたたちはそんなに冷静でいられるんだ……?」
 誠が問い詰めたその時、
「静かにしてください…!敵がグングン近づいているのがわからないんですか……?」
 怒気を露わにして舞が誠の前に立ち、言いました。


 

「…………」
 すっかり黙りこくってしまった誠。


 

「………!?」
 すると、誠はシャツの裾を引っ張られる感触に気付きました。
「エへへへへ……」
 照れ笑いをした静架が引っ張っていたのです。
「何だよ……!」
 ひとしきり他のメンバーに行いを注意された後で何となくバツの悪い思いをしていた誠にとって、今こうしてなついてくる静架の存在はうざったい以外の何者でもありませんでした。


 

「誠お兄ちゃん、気にしないで……お兄ちゃんはまだ、皆に慣れていないだけ……」
「ムッ……」
 静架の子供とは思えない、いやむしろ純粋な子供だからこそできる本質を突いた鋭い指摘に誠は舌を巻きつつも不快な気分になっていました。
「わかっているよ、そんなこと……!」
 誠は極力優しく言ったつもりでしたが、険を含んだ物言いになってしまったのは自覚していました。


 

 しかし、それでも
「はぁい……!」
 闘いが近づいている状態の中にいるとは思えないほど朗らかな様子で静架は返事をして、誠の側を離れていきました。


 

「まだ現れないのか…?」
「足音は確実にこちらへ向かっていますが、ここに一陣が到着するまであと3分はかかりそうです……」
「3分か……短過ぎるな……」
 徹郎が歯噛みをしました。


 

 しかし、次の瞬間彼は目を大きく開いて、
「皆、集まってくれ…!手短だが作戦会議を行う…俺の周りで輪になってくれ…!」
と他のメンバーを促しました。


 

「サササッ……!」
 脱兎の如き速さでチームが円陣を組みます。


 

「いいか、“声”が言っていたように相手はこの世界に住む数十頭の怪物だ。そして中には未知のものや高度な知能を持っているものもいるらしい……」
「…………」
 メンバーは真剣な面持ちで徹郎の話に耳を傾けます。


 

「この事態を打破するには“敵の全滅”しかない…」
「何を当たり前のことばかり言ってるんだ…!時間がないぞ…!」
 短気な利樹が横槍を入れます。


 

「当たり前のことを当たり前にやっていくことが状況突破に繋がると言ってる……!」
 温厚そうな内面よりも強面の外面部分が出たかのように徹郎は利樹を一喝しました。
「はいよ……」 
 利樹は仕方なしに意見を引っ込めました。


 

「ここで俺が取りたい作戦はこうだ……貸してくれ……」
「あ、はい……」
 徹郎は誠から剣を取りました。
 断る理由もないと思った誠はあっさりと承諾しました。


 

「ガリッ、ガリッ……」
 徹郎は器用な手つきで剣で地面に図を書き始めました。
 それはとてつもなく早いスピードでした。


 

「皆、この図を見てほしい……舞さんの情報から読み取れるのは、敵の絶対数こそ掴んでいないが、奴らがやってくるのは一方向のみだということだ……」
 他のメンバーも食い入るように図面を見つめています。


 

「つまり、単純に言うと怪物どもは突進しているものがほとんどだということだ。これに対してこちらが一固まりで立ち向かうのは明らかに分が悪い…そこでだ……」
「ガリッ、ガリッ……」
 徹郎は新たな図を加えます。


 

「こちらは四方に分散して闘う……!そして自分の持ち場にやってくる敵を確実に倒していき、自分のところに敵がいなくなったら他のメンバーをフォローする。こんな感じで進めたいのだが他に良い方法はあるか…?」
 さっきよりも早口で徹郎は話を進めていきます。


 

「四方と言いましたが全員が散るんですか…?」
 誠の声です。
「そのつもりだが…」


 

「女性二人は危険なのでは…?誰か男とコンビを組むかもしくは女性同士で組んだ方が少しでも安全なのではと思います…」
「フム……」
 頭に手を当てて徹郎が思案します。


 

「よし、誠君の意見を取り入れよう。要の真ん中の位置には私が一人で付く。そして右手の位置には利樹君と舞さんがコンビで付き、左手の位置には誠君と静架ちゃんが付くということで良いかな……?」


「はいよ…」
「ハイッ…!」
「はい」
「わぁっ、誠お兄ちゃんと一緒に戦えるんだね…!」


 

 皆異論はありません。


 

「……ドドドドドドドドドッ……!」
 怪物たちの足音がより大きくなりました。
 同時におよそ1kmほど向こうに怪物たちの影も見えてきました。


 

「うむ……!敵も近づいてきた……!さっきの図の通りに皆散るんだっ……!」
「ハイッ……!」
 さっきはバラバラだった四人の返事が今度は見事にシンクロしました。


 

 それを聞いた徹郎は闘い前だというのに笑みを浮かべました。
(初めての顔合わせでここまでこれるか…ひょっとすると本当に死なずに済むかもな…)


 

「いくぞぉっ……!」
 徹郎の掛け声とともに
「ザザザザッ……!」
 闘士達は所定の位置に付きました。

 

 右手の位置にて。

 


「…………」
 利樹はジッと舞の横顔を見つめていました。
「私の顔に何かついてます……?」
 顔を敵方に向けたままで舞が声をかけます。
「何もついちゃいねぇよ……ただ、現役モデルってのは綺麗だなぁと思って眺めてたんだよ……」
 悪びれた素振りも見せずに緊張感のない言葉を口にする利樹です。


 

「スポーツ選手は手が早いって評判を聞きますけど貴方もその手合いですか…?」
 舞は別段緊張感のなさをなじるでもなく、さりとて完全に気を許している様子でもありません。
「試してみりゃわかるよ……」
「スッ……」
 利樹はそう言って舞の髪を撫ぜようとしましたが、舞はあっさりと身をかわしました。


 

「そろそろ敵が来ますよ…武器でも出して準備したらどうですか…」
 口調こそ穏やかでしたが利樹を睨んだ舞の瞳には“闘士”としての炎が燃え盛っていました。
「あいよ……」
 その炎を感じ取った利樹は舞を口説くのを諦めました。


 

「どうれ……フンッ……!」
 利樹がぞんざいに目を閉じて、ぞんざいに念じると宙に真紅の斧が現れました。
 今にも火が点かんばかりの鮮やかさを持った斧です。
 利樹はそれを右手一本で握り締めると前傾姿勢で敵の襲来を待ちました。


 

「…………」 
 それを見終えた舞がゆっくりと目を閉じました。
「プワンッ…!」
 宙に現れたのは紫色をした茨の付いた鞭でした。
「パシッ……!」
 サウスポーの舞は左手に鞭を持ち臨戦態勢に入りました。


 

「ヘヘへ……女王様……」
 利樹は舞に決して聞かれないほどの高さで囁きました。
「減らず口はそれくらいにしておきましょうね…」
 しかし、舞には聞こえていたようです。


 

「………」
 バツが悪そうに無言になる利樹でしたが、
(へへへへッ…いつかその鼻っ柱へし折って俺のモノにしてやる…!)
と心の奥底に欲望を滾らせていました。

 

 

 

「………」
 一方、右手の位置では誠と静架が立っていました。
 しかし、誠はどこか心ここにあらずといった状態で剣を下ろして佇んでいました。


 

「誠お兄ちゃん、もうすぐ敵が来るよっ…!」
「あぁ…」
 静架の呼びかけに生返事で返す誠。


 

(やっぱり変だよ…!どうして皆何の疑問を持たずに闘えるんだ……!?)
 かつて払拭したはずの疑問がこの土壇場にきて再び湧き上がってきたのです・
 もちろん、今が非常事態であり、命を賭けて闘わなくてはいけない状況であることは誠も十二分に理解しています。
 それでも他方でこのようにして自らに襲いかかってくる不条理な出来事に対する疑念や怒りを完全に消すことはできません。


 

(クソッタレがっ……!!)
 誠はそういう気持ちを己の精神面の弱さと考え、その感情を嫌悪しています。
 弱さが他の感情に勝ると精神のバランスが悪い方向へ傾いてしまうからです。


 

「誠お兄ちゃん……!」
「ワッ……!?」
 そんなことを頭の中で反芻していたので、自分の傍らに静架が近寄っていたことすら気がつきませんでした。


 

「お兄ちゃん、大丈夫……?凄い汗だよ……それに、顔色も真っ青……」
「だ…大丈夫だよ…!」
 誠は自分の内面を彼女に気取られているなと思いながらもある種意固地に虚勢を張りました。


 

「無理することなんて…ないんだよ……!誠お兄ちゃんがやれることをここで出し尽くせば、きっと勝てるよ……!」
「エッ……!?」
 “希望的観測”とは思えない確信に満ちた静架の言葉に誠は驚きを禁じえません。


 

「お兄ちゃんだけじゃないよ…!静架も、おじさんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、皆がここでできる精一杯のことをやって闘えば、勝てるよ…!」
「静架ちゃん……」
 こんな年端もいかない少女が死地になるかもしれない場所で健気に現状に立ち向かっている。
 その力強い言葉と静架の潤んだ大きな瞳に誠は勇気づけられました。
「ありがとう…!僕…やるよ…!精一杯…!」
「うん……!」


 

「スゥーッ……」
 誠に活気が戻ったことを確信した静架は誠の傍にいたまま目を閉じました。
「ピキュンッ……!」
 宙に現れたのはナイフの束でした。
 どのナイフも黄色です。


 

「パシッ……!」
 静架は跳び跳ねてナイフを取ると、手早く3本抜き取り臨戦態勢に入りました。


 

「ググッ……!」
 誠も無言で剣を中段の位置に構えました。

 

 

 

要の位置にて。
「フフッ……」
 徹郎は離れた位置にいましたが両側でどんな人間模様が交錯しているのかおおよそ検討がついているようでした。


 

「やはり俺が踏ん張らないと…か……」
「スゥンッ……」
 独り言を呟くと彼はすぐに目を閉じました。
「ズバンッ……!」
 妙な音と共に現れた武器は黒い日本刀でした。
 刃先が1.5mくらいはありそうな長いもので柄の部分を足すと誠の剣よりも遥かに長く見えます。


 

「ジャキッ……!」
 日本刀を手にした徹郎は気迫を湛えて身構えました。

 

 

「来たわっ……!」
 舞が全員に聞こえるように大声を上げました。
「ムッ……!」
 傍にいた利樹はその甲高い声に耳を塞ぐジェスチャーをしながら敵を見ました。


 

「エッ……!?」
「えっ……!?」
 位置的に一番敵に近い所にいた誠と静架がほぼ同時に声を発しました。


 

「バ……バカな……!!」
「ヤバイ…!」

誠は頭を抱えます。


 

「違うよっ…!敵が違うよぉっ……!」
 静架の声が絶叫に変わりました。


 

「どうしたんだっ…!?」
「何が違うってぇっ……!?」
 徹郎、利樹の順に声が上がります。


 

「敵が一匹しかいない……!しかも見たこともないヤツだぁっ……!」
「こんなの見たことないよぉっ…!」
 誠が顔を上げ絶叫すると静架も続きます。


 

「“声”は嘘をつきやがったんだ……!」
 誠の怒りが頂点に達しました。
「何……!?」
「えっ……」
「何言ってるんだ、アイツらは……!」
 残った三人がおよそ信じられないといった表情で顔を見合わせます。


 

「利樹君、舞さん、こっちへ来るんだ…!」
「何でだよ……?」
「敵が一匹しかいないならある程度固まった方が良いぞ……!」
「了解…!」
 徹郎の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで舞が走り出しました。


 

「おいおい……」
 仕方なく利樹も続きました。
「けどよ、一匹ならあそこまで落胆するこたぁないと思うんだが……」
 徹郎のもとにやって来た利樹が至極当然の疑問を口にします。
「そうですね……いくら見たこともない怪物といっても……」
 舞も同調します。


 

「うむ……」
 徹郎は頷くと視線を怪物が向かってくる方向へ移しました。
「アッ……!!」
「キャッ……!」
「何だありゃ……!」
 遂に怪物の存在を認めた三人が一様に驚きの表情を見せました。

 

 

「ドダンドダンドダンッ……!」
 集団で向かって来る足音だと思っていたのは節足の音…!
「何だよ、ありゃあ……!」
 

 

 怪物の正体は巨大な、本当に巨大なムカデでした。
 黒々とした身体に鮮やか過ぎるオレンジ色の触覚という不気味なコントラスト…!
 更に何百本もあろうという節足は気味の悪い水色をしていました。
 眼も水色をしています。


 

 およそ50mはあろうかという巨大で奇怪な化け物が、
「ドダンドダンドダンッ……!」
節足を響かせて誠と静架の方へ近づいて来ます。


 

「フシューーーッ……!」
 大きな二本の牙からは恐ろしい呼吸音が徹郎たちの所まで聞こえてきます。


 

「あれは……あんな大きいの……」
 それまで冷静だった舞も言葉を失ってしまいました。


 

「なぁ、中山さんよ…!ありゃあそのままにしておいたらガキ共危ないんじゃないか…?」
 利樹の声です。


 

「わかっている…!だが、今彼らのもとへ向かってもやられてしまうだけとは思わないのか…?」
「確かに…」
「であれば、ここは彼らに前面を任せて俺たちは別方向からヤツを攻撃する戦法を取ろう」
「了解です…!」
「あいよ…!」


 

「行くぞっ……!」
「ダダダダッ……!」
 巨大ムカデに存在を感知されないように三人は走り出しました。

 

 

「ドダンドダンドダンッ……!」
 巨大ムカデは完全に誠と静架に狙いを定めたようです。
 水色の恐ろしい眼がギラッと輝いたように誠には見えました。


 

「殺される……」
 誠の本音でした。
 額から止め処もなく汗が流れ落ちます。


 

「ブルブルブルブル……!」
 静架は一言も発することができずに震えてその場に立ち尽くしていました。
「ハッ…!?」
 その異常な様子に気づいた誠は静架の方を向き、しゃがみ、彼女の目を見て言いました。


 

「静架ちゃん、逃げるんだ…!」
「逃げ…る……?」


 

「そうだ。あの怪物には勝てない……今逃げれば君だけでも助かる……」
「イヤッ…静架、お兄ちゃんの傍を離れたくないよぉっ……!」
 極限状態であっても静架の思いは誠にあるようでした。


 

「それはわかる…でもね、ここは俺が食い止めるから君はここを離れなさい……何かあったらそのナイフを投げつけながら逃げるんだよ…いいね……?」
 穏やかで優しい口調でしたが有無を言わせない断定力がありました。
「うん……」
 静架はようやく頷きました。


 そして、踵を返しましたが、もう一度誠の方を向いて
「誠お兄ちゃん、お兄ちゃんの持てる力を全部出して闘って…!」
と泣き顔で言いました。
「あぁ……!」
 誠は優しく微笑み返します。
「タタタッ……!」
 静架が後ろの方へ引き下がっていきました。


 

「さぁて……」
「ゴクリ……」
 誠は覚悟を決めた様子です。
 飲み込んだ唾が乾いた喉を引っかかりながら通過していきます。


 

「ジャキッ……!」
 剣を上段に構える誠でした。

 

「ドダンドダンドダンッ……!」
「フシューーーッ……!」
 残り10mというところまで化け物ムカデがやって来ました。

 


「タラッ……!」
 誠の顔は汗まみれです。


 

「ドダンドダンドダンッ……!」
 残り7m…


 

「ドダンドダンドダンッ……!」
 残り5m…


 

 と、ここで誠は何故か剣を下ろしました。
 そして、
「ウオォォォォーーーッ……!」
 咆哮を上げながら誠が走り出しました。
 そこには闘う、闘わないで躊躇していた姿はありません。


 

「タッタッタッタッ……!」
「ドダンドダンドダンッ……!」
 誠と化け物の足音がシンクロします。


 

「どぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
「スチャッ…」
 誠とムカデの間合いが1mまで縮まった時、
「ブウゥゥゥゥゥゥン……!」
 気合が入った誠は走りながら剣を水平に振りました。


 

「ガッキイィィィィィッ……!」
 剣はムカデの右牙にクリーンヒットしました。


 

 しかし、
「ってぇぇぇぇぇっ……!!」
 牙は誠の剣を弾き返したのです。


 

 予想外の展開と両手に響く予想外の衝撃で誠の両手は痺れ、思わず叫び声が漏れます。
「フッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」
 ムカデは動きを止めました。
 不気味な呼吸音だけが草原に響き渡ります。


 

(まずい……!完全にロックオンされちゃったのか……!?)
 水色の怖ろしい眼がこちらを睨んでいます。


 

「フシュフシュ……」
 蛇腹が音を立てて波打っています。


 

「…………」
 誠はこの常識外の化け物をしげしげと眺めました。
 本来であれば恐怖に慄いて逃げ出すか、あまりの怖さにその場に臥してしまうのですが、現実感の乏しさが誠にかろうじて立つ力を与えています。
 そして、何よりも静架を救ったという“大きな力”が誠の身体に活力を与えているように見えました。


 

 この刹那、明らかに誠は他の雑念が一切ない状態でした。
 静架以外のメンバー、舞さえも頭に浮かんでこないほどのトランス状態でした。


 

「この化け物……一矢だけでも……いやっ、」
「ジャッキィッ……!」
 再び剣を構える誠。
「斬ってやるっ……!」
 気迫に満ちた誠の言葉でした。


 

「絶対に斬ってやるぅっ……!」
 もう一度自らを誠が鼓舞した瞬間、
「ボシュッ……!」
 誠の専用剣の赤い部分から火が出てきました。


 

「ゴッ…ゴオォォォッ……!」
 火はあっという間に炎へと変化を遂げ、剣の刃の部分を覆います。
「どぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
 誠はさっきと同じように気合一閃、剣を水平に振りました。


 

「ガシッ……!」
 刃先はまたもムカデの右牙を捉えます。
 しかし、
「ビュウゥンッ……!」
 ムカデはオレンジ色の触覚を鞭のようにして誠を襲いました。


 

「うわっ……!」
 ムカデのありえない攻撃を間一髪でかわす誠です。
「スタッ……!」
 上手く間合いを取りましたが、
「ハァッ…ハァッ……!」
 彼は疲労で息遣いも荒くなってしまいました。


 

「フッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」
 しかしながらムカデはその誠の疲労度に見合うだけのダメージを受けていません。
 恐怖の呼吸音が誠の耳をつんざきます。


 

「勝てないのか……?」
 ネガティヴな思考が頭をもたげます。


 

「こんなところで……終わりたく、死にたくない……!」
「ジャキィッ……!」
 それを振り切った誠は三度剣を構えました。


 

「その牙折ってやるっ……!」
「タタタタッ……!」
 一気に間合いを詰めた誠は、
「ビュンッ……!」
「タッ……!」
 ムカデの触覚攻撃を巧みに避けると、ジャンプして、
「おりゃあっ……!」
「ブゥンッ……!」
 その反動を利して真っ赤に燃える剣を振りました。


 

 彼は自分の剣が煌々と燃えていることを自覚していませんでした。
 そういう身近なことも気づかないほどの興奮状態に陥っていたのです。


 

「ガッキィィィィン……!」
 剣が牙にぶつかった音です。
「ブギュウゥゥゥゥッ……!」
 ムカデが今までにない呼吸音を出します。
 それは苦しんでいるように誠の目には見えました。


 

「スタッ……」
 着地した誠がムカデの様子を窺います。
「ピタッ……」
 巨大ムカデの動きが完全に止まっていたのです。


 

 更には、
「ボロッ……」
 再三攻撃を受けていた右牙も根元から折れて、
「ズッダァァァァァンッ……!」
 地面へと落ちました。


 

(……!?いけるか……!?)
 誠は驚きながらもこの怪物を倒せるかもしれないという確信のようなものを抱き始めました。


 

「フシュルルルルルルル……」
 切られた牙の痕が痛むのかムカデの呼吸音が力のないものへと変化したように思えます。


 

「グァシッ……!」
 誠は4度目の構えを見せました。


 

「ゴッ…ゴオォォォッ……!」
 刀を覆っている炎が赤から青へと変わっています。
 誠はそのことには気づいていないようです。


 

「いくぞっ……!!」
「ダダダッ……!!」
 誠は敵を倒すという心構えを初めて口にして走り出しました。

 

「ダッダッダッダッ……!」
 ムカデとの死闘でもう疲れ果てて動けない状態であるのにも拘らず誠の運動能力は衰えを感じさせません。

 


「ビュウゥンッ……!」
 右足を軸足にして誠が大きく踏み切りました。
「シュウゥゥゥゥゥゥンッ……!」
 誠が空中高く飛び上がります。


 

「うおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
 気合もろとも青白く燃える刀を上段から振りかぶりました。
「……ビィッジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!」
 刀はムカデの頭部で一旦止まり、その後頭部を切り裂き始めました。


 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
 興奮状態の誠が引力に引き寄せられながら気合を入れ続けます。
「ビジュビジュビジュビジュビジュッ……」
 ムカデの体躯が切り裂かれる度に気持ちの悪い音が響きます。


 

「ビジャビジャ……」
 切っ先から漏れる体液が誠の全身を濡らします。
 どことなく青臭い臭いがして誠はトランス状態にありながらも不快感を覚えました。


 

「ググッ……!」
 地上3m辺りで誠は剣をムカデから抜いて、
「スタッ……!」
 器用に膝から着地しました。


 

「ハァハァハァハァッ……!」
 息を思い切り乱しながらムカデの様子を窺う誠。


 

「ジュゴッ……バリバリバリバリバリ……!」
 ムカデは真っ二つになっていました。


 

「ズッダアァァァァァァン……!!」
 程なくして真っ二つになったムカデの残骸は地面に叩きつけられました。


 

「や……やったぁつ……!」
 その様子を認めた誠は喜びの言葉を上げ、
「グサッ……!」
 剣を地面に突き刺して、
「ドッサァッ……!」
 そのまま倒れこんでしまいました。


 

「ハァハァハァハァハァハァ……!」
 乱れた息はなかなか元の状態に戻りません。
「ハァハァハァハァハァハァ……!」
 必死になって呼吸を整えようとする誠です。

 


 そのまままどろんでしまいそうな状態の誠に、
「おいっ、寝るなんて良い身分じゃねぇか…!!」
という叱責の声が飛んできました。


 

「えっ……!?」
 慌てて誠が起き上がるとそこには怒りの表情をみせる利樹が立っていたのです。
「………!?」
 状況が全く飲み込むことができない誠。


 

「お前、まさか自分だけが活躍してあの化け物ムカデを倒したと勘違いしてるわけじゃないだろうな……!!」
 キョトンとした表情の誠に構うことなく、利樹は怒りを躊躇わずにぶつけてきます。
 それは今にも殴りかからんばかりの勢いでした。


 

「僕……だけ……!?」
「うわっ、ダメだコイツ……!いいか、よく聞けよ……!お前が真正面からムカデと闘っている間になぁ、俺らが後ろでムカデを攻撃してたんだよ……!」


 

「後ろで……あなたたち……が……!?」
 息も乱れた状態ということもあってなかなか状況判断ができなかった誠でしたが、今の利樹の怒鳴り声でようやく掴めてきた様子です。


 

「ザクッ……!」
「ササッ……!」
「………!?」
 聞こえてきた二つの足音。
 誠が見やると利樹の横に徹郎と舞が立っていました。


 

「中山さん……白鳥さん……ハッ……!」
 そう呟いた誠は三人の異変に気づきました。
 彼らは黒い液体を浴びたようで煤けた印象です。
 そうです、それはムカデの体液だったのです。


 

「そう、これが我々があの喧騒の中で思いついた作戦だったんだよ…」
 年長者の徹郎の言葉は穏やかです。
 それが却って誠の心を重くしました。


 

「君は静架ちゃんを逃がして一人でムカデに正面から特攻する作戦を取った。が、君はあまりの興奮状態で我々の姿はおろか、自分の剣が燃えていることにすら気づいていない
ように見えた。」
「………」


 

 次々と誠の知らなかった事実が明らかにされていきます。
 誠の様子を見ると何だか消え入りたい衝動に駆られ始めているようです。


 

「つまり、正面から我々がサポートすることは非常に危険だった……なぜなら君が誤って仲間を殺めてしまう可能性があったからだ……」
「それで私たちはムカデの長い体長を逆に利用して後ろ、尻尾ね、そこからムカデを刻んでいく作戦を立てたの……」
 実年齢より大人びた口調で舞が口を挿みます。
 その口調は徹郎同様穏やかでしたが、どこか険のようなものも含んでいるように誠には聞こえました。


 

「なぁ、これでわかったろう……!俺たち三人は後ろからあの化け物をぶった斬っていったんだよっ……!それで、ヤツの体力が弱ったからこそお前は勝てたんだよっ…!ムカデの動きが止まった瞬間くらいは覚えてるんだろうが……!?」
 利樹の語気の荒さは収まりません。


 

 誠は最後に斬りつける前にムカデの動きが止まったことを思い出していました。
 よくよく考えればあのムカデの行動はそれまでの誠の攻撃のみで導かれたものでないことは一目瞭然です。


 

「……僕は……間違ってました……ごめんなさい……!」
 誠がそう言って頭を下げようとすると、
「まだだっ……!まだ終わりじゃねぇぞっ……!!」
 利樹が遮りました。


 

「まぁ、利樹君……君の気持ちはよくわかるがそこまで乱暴に言わんでも……」
 風貌に似合わぬ優しさを見せる徹郎を制する利樹。
「いいや、コイツにはガツンと言わないと伝わらないですよ……!いいかお前……!もう一回ムカデの所へ行って、死骸をよく見て来い……!」


 

「えっ……!?」
 誠がモタモタしていると、
「早く行けよっ……!」
 利樹の怒髪が頂点に達しました。


 

「は…はいっ……!」
 慌てて走り出す誠。
 5mも走るとムカデの死骸へ辿り着きました。


 

「…………」
 青臭い臭いの充満する周辺にむせ返りながら誠は死骸を凝視しました。
「アッ………!?」
 答えはすぐに見つかりました。


 

死骸の皮膚の表面の至る所に黄色いナイフが何本も刺さっていたのです。
「静架……ちゃん……」
 静架は完全に逃れたわけではなかったのです。
 それどころかいたいけな少女は決死の覚悟で間合いを詰めて、懸命にナイフ攻撃で誠を援護していたのです。


 

「バタァッ……!」
 誠はその場に崩れるようにして突っ伏しました。


 

「ウワアァァァァァァァァァッ……!!」
 そして間もなく泣き叫びました。
 誰憚ることなく。


 

「アアアアアァァァァァァァァ……!!」
 誠の嗚咽のみが草原に響き渡ります。


 

 彼は仲間の援護に全く気づくことなく闘ってしまいました。
 “自分の力のみで勝った”と驕った考えすらムカデを倒した直後は持っていました。
 しかし、そこにメンバーの的確な援護が入っていたことに気づくことすらなかった自分の余裕のなさ、そしてそれを全メンバーに見透かされてしまった恥ずかしさをものの見事に自覚させられたことで誠は激しい自己嫌悪に陥りました。


 

「誠お兄ちゃ……」
 誠の一部始終を見ていた静架が誠を慰めようと動き出しました。
 ところが、
「ガシッ…!」
 徹郎が彼女の肩を掴んでそれを制しました。


 

「な、放してよ……!」
「今は一人にさせた方が良いんだ……」
「………」
 徹郎の的確な言葉と考えに静架も黙り込んでしまいました。


 

「これでも甘やかし過ぎのような気がするけどな……」
 利樹の声です。
「人が皆自分のような性格ばかりだと勘違いするのはよした方がいいわ……」
 舞が利樹を諌めます。
「さすが人生経験豊富な女性の言うことには重みがありますな……」
 利樹はありったけの嫌味で返しました。
「茶化さないで……」
「へいへい……」

 

 

「ガアァァァァァァァァッ……!」
 誠の嗚咽はいつまでも続いていました。


 

 

 

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 

 

*この物語はフィクションです。

 


 

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~第3章「闘士のめざめ」~

 

 

「ハッ……!?」
 目が覚めた誠。
 彼は自室のベッドで寝ていました。

 


「ハァハァハァハァッ……!」
 ドゥリムにいた時と同じような息遣いの荒さです。

 


「ハァハァッ……!」
 辺りが真っ暗だったので誠は枕元にいつも置いてある携帯を手に取って時間を確認しました。


 

「えっ……!?」
 思わず驚きの声を上げる誠です。
 それもそのはず時計は誠が明石たちとの飲み会が終わった時間からおよそ2時間くらいしか経っていなかったからです。


 

 移動の時間を考慮に入れたとしても1時間半。
 誠はドゥリムで過ごした時間はおおよそ5時間くらいだと記憶しています。
 この時間の整合性のなさは何を意味するのでしょう?


 

「何だよ…これ……!?」
 誠はドゥリムで味わった屈辱的な気分と同時にドゥリムに対する消せない疑念を感じてしました。

 

 

×××××××

 

 

 次の日、誠は大学を自主休講、つまりズル休みしました。

 


 明石が心配してメールをよこしてくれたのですが、誠は

『ちょっと二日酔いと風邪が重なっちゃったみたいだ…2,3日休むだけだから心配しないでくれ…ありがとう』

というメールを返信した後、携帯の電源を切ってしまいました。

 

 

「ダダンダダンッ……ダダンダダンッ……!」
 誠は仙台市内を走る地下鉄南北線に乗っていました。


 

「………」
 赤い襟付きシャツにブラックジーンズといういでたちで彼は7人がけ椅子の真ん中に陣取ってずっと虚空を見つめていました。


 

「ダダンダダンッ……ダダンダダンッ……!」
 地下鉄特有のエコーのかかった振動音が誠のささくれ立った現在の心境にひどくマッチしているようで時折目を瞑ったりしています。


 

 時刻は11時になろうとしています。
 一番乗客の少ない時間帯であるので誠は真ん中でだらしない格好をして佇むことができています。


 

「カァーッ……!」
 寝入ってしまいそうになると誠は猫の威嚇の鳴き声のような声を上げて防止に努めました。


 

「………」
 その様子を他の乗客は、特に主婦層が多いですが、怪訝な表情で眺めています。
 普段なら見られることをあまり好まない誠なのですが、今日は誰の視線も気にしていないようです。


 

「あれ……??」
 不意に自分の身体を眺めてみた誠はいつの間にか自分の左手首からブレスレットが無くなっていたことに気付きました、

 

 

「次は終点、泉中央…泉中央……!」
「…………」
 終点を告げるアナウンスが聞こえてきても誠は呆けたままでした。


 

「プシューッ……!」
 すぐに地下鉄は終点駅に到着しました。


 

「ガヤガヤ……!」
 続々と乗客が降りていく中で誠だけは大股を広げ、ジーンズのポケットに手を突っ込んだ姿勢でいました。


 

「…………」
 誠がボーッとしていると、
「お客様……!」
と声がしました。
 見ると車掌でした。


 

「お客様、終点でございます…この電車は回送電車となりますのでお降りくださいませ…」
 車掌は事務的ながらも非常に丁寧な物腰で誠を促しました。


 

「ガタッ……!」
 誠は特に気分を害したわけでもないのですが、無言のまま地下鉄を後にしました。

 

 

「クゥーッ……!」
 しばらくぶりに、とはいっても30分弱の時間でしかありませんが、外に出た誠は太陽の眩しさに目を細めながら大きく伸びをしました。


 

 そして手近なベンチに腰を下ろすと、地下鉄の中と同じ状態、大股開きでポケットに手を突っ込んだ風情でまた虚空を見つめ始めました。

 

 

(ちきしょう…ちきしょう……!)
 呆けた状態の中で誠は“ちきしょう”の一語のみを唱え続けていました。
 その他の言葉を吐き出そうとするとドゥリムで味わってきた屈辱を一気に思い出して正常な状態ではいられなかったからです。


 

 誠の頭の中ではおよそ考え得る限りのネガティヴな要素が渦を巻いていました。
 その中でも一番大きな要素は“後悔”でした。


 

 誠は仲間の援護に気づかなかった自分に後悔していました。
 その中でも特に誠は静架が自分をサポートしてくれたことに気づかなかった自分に後悔していました。
 一人の力で巨大ムカデを退治したと驕った気持ちになった自分に後悔していました。
 そして何よりも誠はそんな自分の気持ち・行動を他のメンバーに見透かされてしまったことをひどく後悔していました。


 

「………」
 とてもこんな気持ちのまま学校に行くことはできなかったのです。
 さりとて今の誠は傷を癒す術を知りません。


 

(ちきしょう……!)
 そのこともあっての“ちきしょう”でした。


 

 誠は完全に“思考の袋小路”にはまってしまいました。
 どんなプラス思考をしてみても結局はマイナスで打ち消されてしまう状態です。
 気の置ける人間に相談することすらできないでいます。


 

(ちきしょう………!)
 出口を見つけることができないもどかしさに誠は身悶えしています。


 

「…………」
 考えれば考えるほど身動きが取れなくなってしまうようです。


 

「ブンブンッ……!」
 “このままではいけない”と誠は大きく首を振りました。


 

「スクッ…スタスタ……」
 そしてありったけの力を込めて立ち上がるとフラついた調子で当てもなく歩き出しました。


 

「スタッ…スタッ……」
「ハッ……!!」
 5分ほど歩いた頃でした。
 歩いているうちに何かを思い立ったのでしょう。
 誠の表情に急に光が射したように見えました。


 

「ガサッ……」
 彼はジーンズの後ろポケットに常に入れている財布を取り出して、
「ガサガサ……!」
 キャッシュカードの明細票を確認しました。


 

「………」
 しばらくの間明細票とにらめっこしていた誠でしたが、
「よしっ…!」 
と踵を返すと、
「タッタッタッ……!」
 先程とは雲泥の差である確かな足取りで泉中央駅へと向かいました。

 

 

 

×××××××

 

 

 数時間後。

 


 誠は東京駅にいました。
 彼はあの後急いで仙台駅へと向かい、新幹線の切符を購入して東京へとやってきたのです。


 

「ガヤガヤガヤガヤ……!!」
 仙台駅とは比較にならないくらいの人混み、それに伴う人々の声の多さにむせ返りながらも誠は山手線乗り場へと歩を進めました。

 

 

「ダダンダダンッ……ダダンダダンッ……!」
 数分後山手線内回り電車の中に誠は立っていました。


 

「………」
 これといってすることがない誠はひたすら他の乗客を眺める、所謂“ピープルウォッチング”を行っています。


 

「………」
 決して注意深い方ではない誠ですが、だから余計に人間観察に精を出しているように見えます。

 

 

 改めて見渡すと電車の中は実に奇妙な世界に映っています。


 

 カップルにも拘らず別々にiPodを聴いている高校生たち。
 

 平気で地べたに腰を下ろしている若者たち。


 誠が立っている側の7人掛けシートでは座っている人たちが全員携帯電話でメールに勤しんでいます。


 

 また、車内に響き渡らんばかりの大声で話し続けている中年女性もいれば、野卑な視線でミニスカート姿の女子高生を舐め回している中年男もいます。


 

(ゲェッ……)
 誠は心の中でゑづいていました。
 急に人々を観る行為に嫌悪感を感じ、
「スッ……」
 立ったまま目を閉じ、自分と社会とを遮断しました。

 

 

 それからしばらくして山手線は新宿へと着きました。


 

「タタタッ……!」
 誠の目的地もここだったようで足早にホームを後にして、脱兎のような速さで東口へと向かいます。


 

「フゥ……」
 新宿にあるスタジオアルタの前に来たところで誠はようやく立ち止まり呼吸を整えました。
 普段は昼のバラエティ番組のスタジオとして有名なスタジオですが、誠が来た目的はまったく別でした。


 

(やっぱり……!)
 今日の夕方6時からアルタで今売り出し中の若手モデルのトークイベントが開催されるのです。
 誠は仙台にいる間に携帯サイトでその情報を仕入れていました。


 

 目的はもちろんたった一つ。
 このイベントのメイン出演者である白鳥舞に会うことでした。


 

「タタッ……!」
 誠は手早くチケットを当日券売り場で入手してしばらく出入り口付近に佇んでいました。
 まだ開演には時間がありましたが、土地勘のない場所で闇雲に動くことは彼の良しとすることではありません。


 

 既に熱心なファンが誠と同じように入り口辺りで列を成しています。
 誠はいかにも“オタク”といった風情の連中と自分が同じだと第三者に見られることは嫌でしたが、舞に会うためにはそれもやむなしと割り切っています。


 

「………」
 誠は自分が今ルールを破ろうとしていることに言い様のない罪悪感を抱いていました。
 しかし、それにも増して実際に舞と現実世界で会える喜びの方が大きくなっているのです。
 “規則破り”というスリルが心の奥底にあることも決して否定できません。


 

「フゥーッ……!」
 とにかくこれから数時間後に起こるであろう出会いを前に昂ぶる感情を必死になって押さえつけている自分がいました。


 

(舞さんに会ったら何を話そうか……?ドゥリムのこと……!?いや、あんな殺伐とした世界の話をしたってちっとも楽しくなんかない……!ストレートに『貴女のファンです!』と伝えて、そこから話を展開させよう……!)


 

 頭の中で様々なシミュレーションを行いつつ時間が経つのを待ちわびる誠でした。


 

 

 時計の針がもうじき午後5時を指そうとしていたその時、
「ヤアァァァァァァァッ……!!」
 突然女性の悲鳴が飛び込んできました。

 


「な……!?」
 誠が驚くのと同時に周囲の人々もざわめき出しました。

 


「タタタタッ……!」
 誠は悲鳴が聞こえた方角へ走り出しました。


 

 これまでの引っ込み思案で内向的な性格の誠ならこのような緊迫した場面に遭遇した時、我関せずの態度を取って身を潜めていたことでしょう。
 しかし、誠本人が思うところの“殺伐とした楽しくない世界”での経験が現実世界での彼の成長に繋がっているのです。
 まだ、その部分に完全に自覚的ではありませんが、既に頭で考えるよりも先に行動にを展開している誠がそこにいます。


 

 実沢誠は確実に人間的に成長しているのです。

 

 

「ハッ……!?」
 野次馬が形成する人垣の中を縫って中心部に来た誠の目に飛び込んできたのは若い女性の惨たらしい姿でした。


 

 どこかのOLなのでしょう。
 淡いピンク色の制服が似合うチャーミングな女性です。
 しかしながら、今彼女はその制服の心臓に位置する部分を真っ赤に染めて息も絶え絶えの状態になっています。


 

「大丈夫ですか…!?しっかりしてください…!今救急車を呼びますからね……!」
 誠は大量出血しているOLの身体に触れずに大きな声で生きているかどうか確認しました。
「………」
 女性からの返事はありません。
 完全に意識を失っています。


 

「サッ……」
 誠は女性の右手首を取って脈を確認しました。
「………!!」
 途切れ途切れではありますが脈は確認できました。


 

「救急車は……!?」
 続いて誠は野次馬に呼びかけました。
「呼んだよぉっ……!」
 ちょっと遠くの方から男の声で返事がありました。


 

「ありがとうございました……!」
 誠が感謝の意を口にしたその瞬間、
「ウギャアァァァァァァァァッ……!!」
 今度は男の悲鳴が彼方から飛びこんできたのです。


 

「何っ……!?」
「ガヤガヤガヤ……!」
 再び驚く誠とざわめく群集たち。


 

「タタタッ……」
 断末魔であることは明白の叫び声の方向へ誠が向かいます。


 

「ウワッ……!?」
 しかし、誠は男のもとへ辿り着くことができませんでした。
「フヘへへへへへへ……!」
 誠の進む方向、ちょうどどこかの雑居ビルの踊り場付近に大きなダイバーナイフを持った男が立っていたのです。


 

「キャーッ……!」
「ウワーッ……!」
 群集たちが老若男女問わず逃げ惑います。


 

「フヘへへへへへへ……!」
 男は不気味に笑い続けます。
 薄汚れた青いトレーナーとやはり汚れでどす黒いジーンズに汚れたスニーカーという服装の男は一見して普通ではないことがわかるような雰囲気をしています。
 脂ぎった髪の毛はボサボサで、縁の大きいメガネや、清潔感のかけらもない無精髭。
 身長170cmくらい、体重100kgはあろうかという体躯。
 そのどれもが普通に見えません。


 

「フヘへへヘヘヘヘ……」
 血曇りが付いたダイバーナイフを危なげに弄びながら男は笑い続けています。
(コイツ………)
 誠は自分が男にロックオンされてしまったことを悟っていました。


 

(どうする……!?あのナイフさえ奪えれば……)
「ジリ…ジリリ……」
 誠が相手に気取られないほどの動きで徐々に間合いを詰めていきます。
 気がつけば辺りには人っ子一人おらず、誠と賊が向かい合っている状態です。
 自分の遥か後ろの方で人垣が出来上がっているのを彼は気配で感じていました。


 

「………!?」
 賊が立っている場所から少し奥まった所でスーツ姿の男性が倒れているのを誠は認めました。
(まだ生きてるのか……!?)
 男性の安否を気遣う誠。


 

「シュッ……!」
 しかしながら、賊がダイバーナイフで威嚇するため容易に近づくことができません。
 更には奥に誰もいない様子で男性は放り出された状態なのです。


 

(クソッ……!)
 誠が焦れ出しました。
 すると、
「ヒャヒャヒャッ……!」
 男の体躯からは考えられない甲高く、不気味な笑い声を上げながら賊は男性の下へ行きました。


 

「えっ……!?」
 誠がチャンスとばかりに一気に間合いを詰めようとしたその瞬間、
「ゴガボギィッ……!」
 異様な音が聞こえてきました。


 

 賊はダイバーナイフと自分の腕力を使ってあろうことか男性の左腕を捥いだのです。
 異常な蛮行は目にも止まらぬ速さで行われてしまいました。


 

「ゲッ……!?」
 その行動を察知した誠は一瞬躊躇し、動きを止めてしまいました。
 それは人間として当然の行動のように思えます。


 

 誠は左腕を捥がれた男性が声一つ上げなかったことと、近づいてみて初めてわかった廊下をつたう夥しい量の血を見て男性が死亡していることを理解せざるを得ませんでした。

 

 

(こいつ……!!)
 人外の行いをし続ける賊に対して沸き起こる憤怒を誠は抑えることができないでいます。
 その状況が賊に付け入る隙を与えてしまったのかもしれません。

 


「ヒャハッ……!」
「ブウゥインッ……!!」
 男は捥いだ手を誠めがけて投げつけました。


 

「アッ……!?」
 あまりにも一瞬のことだったので誠は避けられませんでした。
「バゴッ……!」
 腕はブーメランのように回転して誠の左頬に当たりました。


 

「ブゲッ……!」
 カウンターパンチを食らったのと同じ衝撃が誠の顔面に走ります。
「グラッ……ズダッ……!」
 倒れそうになったのを必死に踏ん張って立っていることに成功した誠。


 

 しかし、喜びもつかの間、
「わっ………!?」
「ギュウンッ……!!」
 何と賊はわずかな時間でもう片方の腕も捥いでしまっていたのです。
 そして賊はその腕を棍棒代わりにして誠に襲いかかってきました。


 

「ササッ……!」
 攻撃をかわすべく右によける誠でしたが、
「ヒャヤヤ……!」
 賊は器用について来ました。


 

(マジかよ……!?)
 思わず心の中も乱暴な言葉使いになります。
「バゴオォッ……!」
 振り上げた捥ぎ腕が今度は誠の腹部を捉えました。
「グブゥッ……」
 腹中に響く鈍い痛みと苦しさで誠が呻きます。
「ブウゥゥゥンッ……!」
 賊は尚も捥ぎ腕を振りかざしてきます。


 

「サッ……!」
 呻きながらも誠はすんでのところで腕をかわすことができました。
「ゴボギゴボゴゴボギ……!」
 勢いがついた捥ぎ腕は不快な折れ音を立ててビルの壁に当たり、崩れました。
「ヒャッ……!壊れたっ……!ヒャッ……!」
 怪男が初めて言葉らしきものを発しました。


 

「ブチィッ……!」
 その“壊れた”というセンテンスが誠の心の中の箍を外したことに賊が気づくはずもありません。
「グゥッ……!」
「スタッ……!」
 誠は痛む腹部を押さえながら、呻きながらも立ち上がりました。


 

「………立ったっ………!」
 完全に弛緩した表情で怪男が甲高い声を上げました。
「ダダダッ……!」
 無言で走り出す誠。


 

「ヒャッ……!?」
「“ヒャッ”じゃねぇよっ……!!」
「ビュンッ……!」
「ボッゴオオオオォッ……!」
「ひゃぶっ……!」
「バダゴォンッ……!」
 走り出した誠はそのままのスピードを維持して跳び蹴りを賊に見舞いました。
 これまで口にしたことのない乱暴な口調で…
 蹴りは怪男の横っ面を正確に捉えました。
 屠殺場の豚のような悲鳴を上げた賊は倒れ、さっきの捥ぎ腕と同じように壁に叩きつけられたのです。


 

「ブギャッ……!ブギャアッ……!」
 口の中が切れたらしく止め処もなく溢れる血に咽ながら男はもがいています。
「人を二人も傷つけて…そのうち一人は殺しておいて……!その割には痛がるし、人並みに血も流すんだなぁ……!」
 鬼のような目をした誠が鬼のような言葉を口にしながら男の眼前に立ちました。
 誠の勝利はもはや明白でした。


 

「ブブッ……!?」
「うるせぇっ…!その口閉じやがれっ……!」
 誠は蹲っている賊に向かって下段回し蹴りの要領で蹴りを出しました。


 

「ボッゴオッ……!」
 骨が折れた時のみに聞かれる鈍い音が振動と共に誠の足に伝わりました。
「ギャハッ……!ギャバパッ……!」
 怪男は顎の骨が砕けて外れてしまったようです。
 ダランとだらしなく下顎が垂れています。


 

「お前なんか生きてる価値ねぇよ……!俺があっちで殺してしまった彼……北浜さんの方が……ちきしょう……!」
 それまで心の中に溜め込んでいたマイナスの事柄が一気に放出されてしまいました。


 

「ウオォォォォーッ……!」
 誠の叫び声は飢えた狼さながらです。
「ヅゴッ…!バッゴォッ……!」
 苦しみにもがく怪男に誠は無慈悲な追い打ちを浴びせます。


 

「ッゲゲゲッ……ガギャァッ……!」
 賊の悲鳴は断末魔に変わりつつあります。
「ガシィッ…!」


 

「もうよせっ……!君まで殺人犯になってしまうぞっ……!」
 第三者の言葉と誠の暴行を止める力が出てきました。
 それは事件を聞きつけ駆けつけた警官隊でした。


 

「放せよっ…!放せって言ってんだろうっ……!」
 誠は絶叫しながら抵抗します。
 その目には涙が溢れていました。

 

 

×××××××

 

 

「………」
 数時間後、誠は新宿駅東口付近を当てもなく彷徨っていました。
 彼は猟奇的通り魔を逮捕する力になったことで警察から感謝の言葉を貰いましたが、他方で賊を取り押さえる際の行き過ぎた暴力を咎められ、厳重注意を受けてから開放されたのです。


 

「ピタッ……」
 もうすっかり暗くなり、人工的な照明が華やかな空間を作り上げている街の鏡張りになっているアパレルショップの前で誠は立ち止まりました。


 

「うわぁ……!」
 着ていた赤いシャツが血でどす黒く染まっていました。
 誠自身も身体に返り血を浴びており、およそまともな人間に見えない風体でした。


 

(警察も顔くらい拭いてくれりゃイイのに……)
「ゴシゴシ……」
 誠はシャツで乱暴に顔を拭くと、その過程で腕時計を見ました。
 時刻は間もなく21:00になろうとしています。
 新幹線の最終にギリギリ間に合うくらいの時間です。


 

「帰ろう…!」
「タタタタッ……!」
 誠は駅を目指して狂ったように走り出しました。


 

(そういや舞さんに……会えなかった……な……)

 

 

「スッ……」
 誠が去った後を見送りながら小さい人影が踵を返して同じく去って行ったのを誠は知る由もありません。


 

 

×××××××

 

 

 誠は帰りの新幹線の中で泥のように寝入っていました。


 

「スゥ………」
 寝息すら小さく消え入りそうな状態です。
 それはドゥリムへの誘いでもあります……

 

 

「スタッ……」
 やはりいつものように気が付いたら誠はドゥリムの草原にいました。


 

「バタッ……!」
 夕方の出来事をこちらでも引きずっているのは明らかで、歩くことを早々に打ち切った誠はその場にへたり込むようにして座っていました。
 このような時は普段心の中に押し込めていた疑問が湧き上がってくる時でもあります。
 そして、大概その疑問は大きく、本質的なもので解決が困難なものであるのです。


 

(考えてみりゃ俺……まともに身体を休めていないよな……!?こっちで闘い、あっちで生活して……俺はいつ休んでいるんだよ……!?)
 熟考するのが怖い誠。


 

(そして……やっぱりこの世界は本当に存在するんだろうか……!?)
 より熟考するのが怖い疑問へとブチ当たります。


 

(考えてみれば……この世界はおかしいことだらけだ……!例えば初めて僕がここに来た時は町はおろか人っ子一人、動物や虫すらいなかったのにいつの間にかそれが全部存在している……で、不思議なことに皆日本語を話すし……それにここに住んでいる人たちは普段何をやっている人たちなんだ……!?)


 

 一度疑問が噴出するとそれは止め処もない広がりを見せて、誠をひどく不安な状態に陥らせます。


 

(ブレスレットだって無くなっちまった……)
 “止め処もない広がり”はある決定的な結論を導き出すに至ります。
 それは“ドゥリムランドゥ”という世界の実在の根幹を揺るがすものでした。


 

(あぁ……!!僕はとんでもないことに気がついてしまったぞ……!!僕が寝入ったのと同じ時間に僕と闘った北浜さん、そして僕のチームのメンバーがどうして一緒にいれるんだ……!?人それぞれ寝入る時間は違うじゃないかっ……!!何てこった……)


 

 ここまで熟考して誠が出した結論は、
(ここは僕の脳内世界なんだ……僕は何かしらの病気になってしまったんだな……)
 そして彼は一つの行動を起こす決意をしました。


 

(僕の世界ならこんな世界いらない……!壊してやる、全部……!)


 

「スゥーッ……」
 誠は瞳を閉じゆっくりと念を入れました。
「ブワンッ……!」
 彼の専用剣が現れました。


 

 カッと目を見開いた誠は、
「ガシィッ……!」
 勢いよく宙に浮かんだ剣を握ると、
「ウオリャアァァァァァァァッ……!」
「ヅダダダダッ……!」
 けたたましい叫び声を上げ、剣を乱暴に振りながら走り出しました。


 

 その表情に彼の本質である優しさはどこにも見ることができません。
 憎しみだけを宿したその瞳には赤黒い炎が盛っているようにも見えました。


 

「ダダダダダダッ……!」
 今、誠の心の中には具体的に何かをやろうという緻密な気持ちはありません。
 あるのはただ“ドゥリムランドゥの破壊”のみ。
 それを完遂するためなら誠は町だって壊すし、動物も殺すし、住民も平気で殺すことでしょう。
 瞳の奥の赤黒い炎はそのことの証明でもあります。


 

「………!!」
 視界に町並みが入ってきました。


 

「ジャキィッ……!」
 剣の動きを止めて構えながら走っていたその瞬間、
「ビュンッ……!」
「ブッサァッ……!!」
 誠の足元の方で音がしました。


 

「………!?」
 驚いた誠が急停止すると、足元からわずか数cmの所に黄色いナイフが数本突き立てられていました。
「これは……!?」
 誠が困惑するのと同時でした。


 

「誠お兄ちゃん、バカなことしないでよぉっ……!」
 誠から見て左前の方角に静架が立っていました。
 顔を涙でクシャクシャにして…


 

「静架ちゃん……」
「ドゥリムを滅ぼそうなんてバカなことしたら……お兄ちゃん死んじゃうよぉっ…・・・!」
「………」
 少女の切なる叫びに誠の邪念は一気に冷めていきます。


 

「そうだっ…!いつまで同じ所で堂々巡りしてやがるんだっ……!」
 今度は右前の方角から声がしました。
 射るような口調で語ってきたのは利樹でした。


 

「堂々巡り……!?」
「そうだっ!お前がしていることは堂々巡りに過ぎないんだよっ…!しかも、自己完結していやがるから性質が悪いんだっ……!」
 利樹は次々と厳しい言葉を強い調子で誠に浴びせていきます。


 

「誠君、ここは君の世界であることは確かだ。けど、“君だけの世界”では決してないんだよ……」
「中山さん……」
 利樹の後ろから徹郎が現れました。


 

「何にも変わらないんだ、あっちの世界とね……」
「…………」
 誠はガックリと膝をつきます。


 

「今の実沢さんはあの通り魔と全く同じ……」
「エッ……!?」
 膝をついた視線の真正面先に舞がいました。


 

「アイツと僕が……同じ……!?」
 愕然とした様子で誠が呟きます。
 舞の一言はショッキングでしたが、それ以上に舞があの場で誠の存在を認めていたのだろうかと思うと誠はとても恥ずかしい心持ちになっていました。


 

「僕を……見たんですか……?」
「私、ルール破りはしない…騒ぎは知ってたけど貴方が通り魔を撃退したって話はここで聞いたの……」
「ここで……!?」


 

 誠は何が何だかわけがわからなくなってきました。
 頭の中は淀んだ極彩色に包まれており、何か細かい思考をしようと思っても極彩色がもやとなって考えを妨げるのです。


 

「……………」
 理性的な考え、道徳的な考えができなくなってきていることを自覚する誠。
 それはとても彼をひどく不安にさせ、早く元の優しく誠実な人柄に戻りたいともがきます。
 “自らの心の安定のためなら何をしても構わない”という極めてシンプルで短絡的な思考が彼の中で完成されていきます。


 

「……………」
 今、こういう状態で苦痛を味わい続けるのなら目の前の物を全て破壊してやりたいとさえ思うのです。
 仲間さえも消してしまいたいという感情が湧きあがってくるのです…


 

(本当だ……俺もあのケダモノと何ら変わりないどうしようもない人間なんだな……)


 

「クッ………」
 誠の口から心からの呻きが漏れます。
 それはまるで短絡的な思考が自分の内なる部分へと向いたスイッチのようでした。

 

「グイッ……!」
 誠は不意に地面に刺していた剣を取り出しました。

 


「アッ…!!」
「えっ…!!」
「バカめっ…!!」
「誠お兄ちゃんっ…!!」
 4人の仲間達が誠の動作を見て一様に驚き、狼狽しました。
 誠は自害するべく剣を自らの首、右の頚動脈付近に突き立てたのです。


 

(これで……いいんだ……)
 誠は涙顔でしたが笑顔も戻っていました。
(さよう……な……ら……)
 何故か彼の脳裏には純子の姿が浮かんでいました。


 

「スッ……」
 誠が刀を引こうとした瞬間、
「ビガアァァァッ……!!」
 とてつもないスピードで黒雲が現れ、それ以上のスピードで雷鳴が轟きました。


 

「ビッシュウゥゥゥゥッ……!!」
 稲妻は剣のみを正確に捉えて、弾き飛ばすことに成功しました。
「な……!?!?」
 安堵の表情を浮かべる4人とは裏腹に誠は狼狽しています。


 

『誠よ……!俺がお前をドゥリムへ召喚したのは死んでもらうためなんかじゃないんだぞ、どこまで勘違いすれば気が済むんだ…!』
 “謎の声”の仕業だったのです。


 

「だって……僕が生きてたら皆が……迷惑するし……僕は嫌われてしまったろうし……」
『それが“自分勝手”だって言うんだよっ…!』
「僕に言わせれば勝手にこの世界に連れてきたお前の方が…お前の方が……よっぽど自分勝手だよぉっ…!」
 誠は初めて自分の“内なる叫び”をドゥリムランドゥでぶつけたような気がしました。
 いや、ドゥリムだけではありません。
 彼は実に久しぶりに自分の思うところを包み隠さず、正直に、自分の言葉で叫んだような感覚を抱きました。
 もしかしたら無邪気な子供時代以来のことだったかもしれません。


 

『ふむ……』
 “謎の声”もどこか神妙な感じで誠の声に耳を傾けます。


 

「僕は強くなりたいっ…!僕はもっと自分を出したいっ…!僕はもっと他人に認められたいっ…!けど、けど…怖いんだ……自分を表現して……どんな反応が返ってくるか…嫌われたりしないかとか……いつもそんなことばかり思っていて…本当に…怖いんだ……」
 いつの間にか誠の独白は誠がドゥリムに対して抱いていた疑問からズレているように見受けられます。
 しかし、“謎の声”も4人の仲間も神妙な面持ちで誠の叫びを聞いています。


 

「別にドゥリムが嫌いなわけじゃない……怪物たちと闘うのはそりゃ怖いけど、問題はそういうことじゃないんだ……北浜さんと闘った時、あれはとても怖かった……まるで僕の頭の中を見透かすような態度で迫ってきた北浜さんが、本当に怖かった……」
 涙声になる誠。
 既に泣いていた静架が、更に止め処もなく涙を流しています。


 

「現実世界もそう…特に僕に敵意を剥き出しにしてくる人なんて誰もいないのに……“いつか誰かが僕を責める”っていう感覚が抜けない……けど、こんなこと誰にも、誰にも言うことなんてできやしないから、今までずっとずっと“表に出さないように”って押し込めてきたんだ……僕が自分を嫌いで、他人も嫌いだってことをね……」
 誠は時々嗚咽を交えながらも、自分の心の声を周りに聞いて欲しくて、必死で訴え続けました。


 

「僕は……もっと…自分に素直に生きたい……自分を愛して……人を愛したいんだ…」
 そう言い終えると誠は地面に臥して、
「ワアァァァァァァァァッ……!」
 と泣き崩れました。


 

「…………」
 誰も皆無言でした。
 “謎の声”ですら口を挿みません。

 そうして十数分という時間が流れていったのです…

 

 

「ウック、ウック、ウック……」
 誠はまだ泣いていました。


 

「サッ……」
 震える誠の肩に誰かが手を置きました。
「ハッ……!?」
 誠はその感触に気づきましたが、すぐに顔を上げることはできませんでした。


 

「サッ……」
「サッ……」
 更に2人が後に続き、3人が誠の肩に手を差し伸べていました。
「フッ……」
 誠が起き上がると周りに徹郎と舞、そして静架がいました。
 彼の肩に手を置いていたのは仲間3人だったのです。


 

「中山さん……白鳥さんに……静架ちゃん……」
「全部吐き出した……?」
 舞が声をかけてきました。
 敬語でないところに誠は軽く驚いた様子でした。


 

「は…はい……」
 バツが悪そうに涙を拭きながら答える誠です。


 

「今の気分はどうだい…?」
 徹郎が今度は語りかけてきます。
 強面の顔なのですが笑顔はとても人なつこいのです。


 

「何だか……胸に痞えてたのが晴れたような気がします……」
「そうか……この世界のことは……?」
「それも……未だ釈然としないところは正直ありますよ……でも、ここが僕一人の世界じゃないってことは理解できましたし、納得もしました……」
「うん……誠君、この世界に来た順番からいくと君が一番浅い。だからこの世界でまだ出会って間もない俺たちとチームを組んでいくことにまだ慣れていないだろうことは十分理解できる……けれどもこれだけはわかっていてほしい……」
「はい……!?」


 

「俺たちは偶然出会ったわけでも、偶然ドゥリムランドゥにいるわけでもないってことだよ…全ては“必然”なんだ……」
「必然……!?」
「そうだ、“必然”だ…そしてドゥリムでの“必然”は現実社会の“必然”でもあるんだよ。」
「現実でも……?」
「前に“声”から聞いているはずだよ…君は両方の世界に身を委ねつつ自分の足で動けば良いんだ……!それだけだ…!」
 徹郎はそこまで言うと誠の肩に乗せていた手にゆっくりと力を込めました。


 

「共に生きるぞ…!」
「ハイッ…!」
 徹郎の凛々しさに誠も返事に覇気を込めます。


 

「スッ……」
 徹郎は嬉しそうな表情を浮かべ、手を放すと利樹の方へと歩いて行きました。

「さっきはひどいこと言ってごめんなさいね……」
 今度は舞が声をかけてきます。


 

「いや……僕が悪かったんです……」
「私にはわかる……ううん、あなたの周りにいる人は皆わかっていると思うわ、貴方がとんでもないパワーを持った人だってことを……」
「パワー……!?僕が……!?」
「そうよ…貴方の能力(ちから)が多くの人を救うほどの……」


 

「大げさですよ、そんな……!」
「人は誰でもそういう能力を持っているの……ただ、それに気づかない人や気づいていても磨かない人が多いだけ……」
「…………」
 舞の醸し出す健康的だけど、どこか妖しさを秘めた言葉と色気に誠は圧倒されています。


 

「頑張りましょ……」
「ハイ……」
 舞も哲郎同様、手を放し利樹の方へ、正確に言うと徹郎の隣へ向かいました。

 

 

「誠お兄ちゃん……」
 静架でした。
 彼女はまだ目に涙を浮かべており、笑顔は見られません。


 

「静架ちゃん、ごめんね……僕は弱い男なんだよ……!」
「違うよっ…!」
「ん……!?」
「静架は悲しくて泣いているんじゃないよ…!さっきまではそうだったけどね…」
「えっ……!?」


 

「今は嬉しくて泣いているんだよっ……!やっと誠お兄ちゃんが本当の気持ちを言ってくれたから……!」
「本当の気持ち……?」
「うんっ…!」
 静架が泣き笑いながら応えます。
 その笑顔はあまりに無垢で、舞とは違う女性のパワーにやはり圧倒される誠でした。


 

「静架ちゃん、ありがとうね……!」
「うんっ……あっ、誠お兄ちゃんは弱くなんかないよ……!ドゥリム一、世界一強いお兄ちゃんだよっ…!」
 そこまで言うと静架はお転婆娘の本領を発揮し、ピョンピョン跳ねながら徹郎の下へと向かいました。

 

 

「スクッ……」
 とうに泣き止んだ誠は、ある確実な意志を持って立ち上がりました。


「スウーッ……!」
 そして大きく深呼吸を一つすると目を閉じてドゥリムの世界を味わいました。


 

 空気の味を。
 風の味を。
 踏みしめた大地の感触を。

 

 

 心の中を支配していた極彩色のもやが晴れていく感覚を誠は確かに感じていました。
 誠にドゥリムランドゥで生きていく“闘士”としての自我が目覚めた瞬間です。

 

 

「スタスタッ……」
 すると目を開けて、真っ直ぐに仲間たちが待つ場所へと歩み出しました。
 それまではどこか目を逸らしがちで仲間と接していた誠でしたが、今はキッと相手の目を見ることができます。

 


「………」
 一人だけ傍に寄って来なかった利樹の刺すような視線も見据えることができます。


 

「面倒くさい野郎だな、お前って……」
 誠が利樹の前にピタリと止まった瞬間に利樹は厳しい言葉をぶつけてきます。
「そうですね……」
 誠は反省した様子で、さりとて決して自己を卑下するわけでもなく冷静に受け答えしました。


 

「俺はお前みたいな野郎が大嫌いだっ……!」
 直接的な言葉をビュンビュンぶつけてきます。
 その様子を見た静架が利樹に何か言おうとしましたが、徹郎がそれを制しました。


 

「どしてよっ……!?」
「男同士のことだからだ……」
「フンだっ……!」
 静架はむくれてしまいました。


 

「俺もさっきでは自分が嫌いでしたよ…今でもいくらかはそうですね……」
「ケッ……何が言いたい……!?」
「それでも僕は僕でしかないってことですよ…!」
「ハッ、哲学だねぇ…!」


 

「僕もあなたのような人間は大嫌いです」
「何だとっ……!」
 思わぬ誠の一言に利樹が身構えます。


 

「シュッ……!」
「パッチィッ……!」
 利樹は怒りに任せて右のジャブを繰り出しました。
 無論本気ではありませんでしたが、当たればそこそこ痛みを感じる程度の力は込めていました。
 しかしながら誠は対角線上に開いた右手を差し出し、いとも簡単に利樹の拳を受け止めました。


 

「な……てめぇ……!」
「パンチ一つにも性格が出ますね……」
「は…放せよ……!」

 


「こんなことしないと約束してくれれば……」
「ギリギリギリ……」
 そう言いつつ誠は掴んだ利樹の右拳に力を加えます。


 

「ガッ……!」
 その力は決して利樹の骨を砕こうというものではありませんが、ある程度のダメージを与えるには十分なものです。
「パッ……!」
 頃合いを見て誠が手を放しました。


 

「クソッ……!」
 バランスを崩して転びそうになった利樹が吐き捨てます。


 

「あなたは僕と違ってここでの目的、チームの意味を知っているんでしょう…?だったらつまらないいがみ合いは止めましょう……」
「フンッ……」
 利樹は無言で誠と距離を取りました。


 

「もしかしたら僕らは仲良くなれるかもしれませんよ……」
 利樹に聞こえるかどうかの小声で誠は呟きました。

 

 

『結構だ…!どうやら本格的にチームとして始動できそうだな……!』
 “謎の声”が再び口を開きました。


 

(知りたいよ、ここで僕が何をするべきなのかを……!)
 精神的に一回り大きくなった、闘士としての自我を見せ始めた誠は声の言葉に聞き入りました。

 

 

『今から君たちに“ドゥリムランドゥとは何か?”、“君たちを召喚した理由”、“君たちがドゥリムで何をするのか?”を簡潔にわかりやすく説明する……!一度しか話さない、だからしっかり自分の中で反芻してほしい……』


 

「中山さんも真の目的は知らなかったんですか…?」
 小声で誠が尋ねます。


 

「そうだな……こっちに来てから無我夢中に動いていたからな……」
 誠は軽く驚きました。


 

 他のメンバーも誠同様、何も知らずにドゥリムで過ごしてきたのでしょう。
 静架のような無邪気な娘が順応していくのは何となくわかっても、大人であるほかのメンバーがここまで何も知らない状態で平然とドゥリムにいたことはやはり誠にとっては考えられないことです。


 

 若いのにどこか達観したような落ち着きを見せる舞。
 自己顕示欲の塊のような利樹。
 そして人生経験が豊富な徹郎。
 仲間はそれぞれの人間的特性を活かして異世界を生き抜いてきたのです。
 今更ながら自分がどれだけ自分勝手な人間だったかを反省する誠でした。

 

 

『誠、おしゃべりはそのくらいにしとくんだ……』
「はい……」


 

『まず、ドゥリムランドゥのことを話する前に私のことを話しておくべきだな……私はドゥリムの中で生きている存在でもあり、君たちの言うところの現実社会で生きている存在でもある……』


 

「はぁ……!?何わけのわかんねぇこと言ってるんだ……!?」
 さっきの件で機嫌の悪い利樹が憎々しげな様子で応えます。


 

『………私は“世界の一部”なんだよ……いや、“地球の一部”と言った方がわかりやすいかもしれないな………』
「地球の一部……」
「神様か何かだぁっ……!」
 誠に続いて、いつの間にか彼の隣にチョコンと佇んでいた静架が声を上げました。
 誠は静架の考えをシンプル過ぎると思いながらも、どこか説得力を思っていました。


 

『“地球の一部”としか説明の仕様がないことをお詫びしながら話を先に進めたい…“ドゥリムランドゥ”についてだ……名前が示す通り“ドゥリムランドゥ”は“夢の世界”だ…』
「やっぱりそうなのね…!」


 

 突然舞が大声を上げたので他のメンバーは驚きました。
 誠はこの時舞のことを初めて自分と同年代の“女の子”という意識を持ったのです。
 人気モデルでも、達観した闘士でもなく一人の女の子として…

 

 

『ただ、“夢”といっても君たちの思うところの“夢”の概念とは少々違うんだ…・・・かと言って天国や地獄という完全別世界の話でもない……』
 “謎の声”が暗に“天国と地獄”の存在を認める発言をしたことにチームの誰もが驚きで声を失いました。


 

『君たちが普段見る“夢”というのはあくまで君たち各々のものに過ぎない。だからそれは“世界”とはいえない……あえて無理をして言うなら“空間”だな……』
「ギリギリ……」
 難しい、観念的な話が続いているので利樹が焦れています。


 

「静かに……」
 舞が彼を諌めます。
 すると利樹はおとなしくなるのです。


 

「………」
 その光景を見ていた誠は何だか利樹のことが羨ましく思っていることに気づきました…
「………」
 しかし、その誠の様子を不機嫌そうに見ている静架には気づくことはありませんでした。

 

『実は人間には、いや生きとし生けるもの全てには所謂現実社会とは別に共有する世界があるんだ……それがドゥリムだ……!寝ている時にしか共有できない世界なので“ドゥリムランド”と呼ばれている……』

 


「ちょっと質問していいですか…?」
『一度だけだぞ……!』


 

「はい……そのドゥリムランドゥですが、どうして僕達は本来なら寝る時間も生活もバラバラなのに、今こうして一緒にいられるのですか…?そして寝ている時間とここで過ごす時間が同じでないのは何故……?そしてここの住民は一体何者ですか……?そして誰もが皆日本語を話すのは何故……?」
『おいおい、一度にいくつも質問し過ぎだっ……!そんなに沢山一度に答えられないぞ!』


 

「すいません……」
『まぁ、不安は全部消えていないってことだな……それもやむなしだろう……』
 “謎の声”の態度は上から目線ではありますが、以前のような高圧的なものではなくなってきているようです…


 

『悪いけど全部には答えられないぞ……!一つ二つの秘密があった方が人生を生きていくスパイスになるものなんだ……』
「クスッ……!」
 声の言葉に舞が笑いました。

 

 

『睡眠時間と活動時間の話だがな、もともと関連性なんかないんだ……それは誠、お前が関連性があると勝手に思い込んでいるだけの話なんだ……』
「は……!?」
 誠は呆気に取られてしまいました。


 

『ドゥリムの入り時間についてだって同じだ。誰がいつ、どこで、どんな時に寝ようがここで時間を共有するタイミングは全く一緒なんだ。そこに関連性はないんだよ……』
「…ということはここでの共有時間だけがドゥリムにとっては大事なこと…?」


 

『その通り……だからつまらないことにいつまでも頭を使うんじゃない……』
「ハハハッ……」
 誠は何だかとてもおかしくなって笑い声を上げてしまいました。


 

『話が逸れたな……戻そう……“ドゥリムランドゥ”は寝ている時しか来れない世界だが、現実社会と地続きなんだ……だから、ここで負ったダメージはそのまま向こうに持ち越されるし、ここで死ねば向こうでも死ぬ……』


 

「ゴクリ……」
 誠は自分が負った傷や、ここで殺めてしまった北浜のことを思い出して、唾を飲み込みました。
 

 

 どんなに必然的な運命だったとはいえ、人を殺してしまったことに変わりはありません。
 そのことは楔となって誠の胸に刺さったままです。
 一生取れることはないでしょう。


 

『地続きってことはつまるところ“同じ世界”ってことなんだよ…!まぁ、これはこれからここで生きていくことでおいおいわかっていくと思うぞ…!ただ、誠が再三気にしていたような“脳内世界”ではないんだ……こんなところで良いか……?』
「コクッ……!」
 皆、“声”が先般言った通り言葉を反芻しながら頷きました。

 

 

『うんうん……次にこの世界の住民のことだが、この世界の住民はあくまでこの世界の住民なんだ……抽象的でわかり辛いだろうがな……かつて現実社会にいたとか、こっちの住民が現実世界へ行くといったことは一切ない。そういうことだ……』
 確かに抽象的な“謎の声”の説明でしたが、誠はじめ他のメンバーも彼の言葉を受け入れることで疑問を解消しているように見られます。


 

『ここでは“言葉”は一切関係ない。君たちは全員日本人だから当然日本語を話しているだろうが、俺や住民、それに他の国の人々はそれを日本語とは認識していないんだ…わかるかい……?』
「その国の言葉として聞こえてるんだね……!」
 快活な口調で静架が応えました。


 

『うん、そういうことだ……!この世界そのものに君たちが言うところの“翻訳システム”が存在するんだ。俺はどの国語にも属さない言葉を話すのだが、それが君たちには日本語として届いている……』

 少しずつですが、ドゥリムのことが明らかになってきたことでチームの面々の表情に強張りがなくなっていくのがわかります。
 それを知ってか知らずか“声”は淡々と続けます。

 

 

『さて、次へ移ろう……君たちを召喚した理由だ……!何といっても一番大きな理由は君たちの肉体的ポテンシャルの高さにある……!』


「ポテンシャルねぇ……」
 とてもシニカルな調子で利樹が口を挿みました。
 社会人スプリンターとして活躍する彼は自分の肉体に絶対的自信を持っていました。


 

『そう……更にその肉体を支える精神力の強さ……そこに俺は目を付けて召喚したのだ。君たちの主観的な意見は一切いらない…!俺が君たちを客観的に判断して召喚した、そういうことだ……!』


「………」
 舞は自身の精神力を高く評価されたことは素直に喜びましたが、自分の肉体にどんな能力があるのかはまだ自覚できないでいました。
 けれども、自分とは逆の身体能力が高く、精神力が弱く見えた誠があれだけ短期間で成長した事実を目の当たりにすると、自分の能力がどこまで上昇するかとてもワクワクした気持ちになっているのです。

 

 

『そして肝心の話にいこう……!君たちにここドゥリムランドゥでやっていただくことを話そう……!』


 

 いよいよ話は核心へ入っていきます。
 チームのメンバーの表情も緊張でキリリと引き締まりました。

 

『君たちの任務は“敵からドゥリムランドゥを守る”ことだ……!』
 “声”は一際大きな声で言い放ちました。

 


「敵から……守るだって……?」
「もしかしてその“敵”と俺たちはもう闘っているんじゃないか……!?」
 哲郎が極めて冷静な分析をします。


 

「ウイ牛……」
「こないだのムカデ……」
 メンバーも徹郎の言葉が何を意味するのか悟ったようで口々に自分が闘ってきた怪物の名を挙げていきます。


 

『さすが徹郎……君の言う通り……あのような化け物じみた生物はドゥリムには存在しないんだよ……!』
「じゃあ、一体誰が送り込んだんだ……?」
 誠の言葉です。


 

『うむ……ここから話すことはあまりにも現実離れしていることだから、笑わずに真剣に聞いてほしい…いいな……?』
 “声”の神妙な調子にメンバーも襟を正します。


 

『さっき俺は“地球の一部”と言ったことを覚えているよな…?…ということは俺は常に地球の内側と外側を見つめているんだ。それが俺の役割なんだ……』
「フゥーッ……」
 緊張で誠がため息をつきます。


 

『俺も具体的な場所がどこかまではわからないのだが、地球以外の天体から地球へ向けて侵略を試みている連中がいる……』
「エッ……!?」
「………!?」
「宇宙人だぁっ……!」
 驚きで声もままならない4人をよそに静架が嬉しそうに声を上げました。


 

『地球外生命体ってやつだな……もちろん奴らとは会話などできないし、目的なんかも一切不明だ……しかし、奴らが地球に対して何らかの圧力をかけてきていることだけは確実なことなんだよ……!』
「…………」
 およそ荒唐無稽な話は予想できましたが、これはあまりにも荒唐無稽過ぎます。
 “宇宙人”というのは映画や漫画の世界の話です。
 しかし、その荒唐無稽な生命体が実在して、地球にやって来ているということにチームメンバーは戦慄を覚えました。


 

『生命体が圧力をかける場所に選んだのがドゥリムランドゥなんだよ……俺は“地球の番人”としてみすみすドゥリムが蹂躙されるのを黙って見ているわけにはいかない……さりとてドゥリムの住民だけで闘うのにはあまりにも荷が重い……だから君たちをはじめとする精鋭を召喚したのだ……』
「なるほど……すると俺たちだけが集められたわけじゃないんだな……?」
 利樹が初めて疑問をぶつけました。


 

『そうだ……君たちの他に5人1組のチームを9つ編成している……』
「50人……」
「他のチームも私たちと同じような方法で召喚したんですね……?」
 舞も疑問をぶつけ始めました。


 

「うむ……各々召喚して人間同士で対決させ、勝った方を闘士として採用したのだ…」
「グフッ……」
 “声”の非常なる采配に誠が咳き込みました。


 

「君たちに同じ人間と闘ってもらい、結果的に殺させたことはお詫びしてもし足りない気持ちでいっぱいだ……けれども私は“番人”として非情にならざるを得なかった……」
「………」


 

 誠はここで初めて“声”の苦悩を知りました。
 自分が“人殺し”という贖罪を背負ったことは悲しく、苦しいことでしたが地球を掌る存在であろう“声”が自らの財産である人間を意識的に闘わせたことの苦しさを知ったことで少し救われた気分になりました。

 

 

『君たちチームの仲間同士はもちろんのこと、他のチーム、そしてドゥリムの住民達と連携を取って、地球外生命体の脅威からドゥリムランドゥを守ってほしいのだ……!是非お願いしたい……』
「ヒューッ……!」


 

 “謎の声”の説明が一通り終了しました。
 皆黙りこくったままです。
 吹き荒ぶ風の音だけが響き渡ります。


 

「………僕はやります………!」
 一番最初に口を開いたのは誠でした。


 

「おぉっ……さっきの出来事で昂揚してるから現実直視できてないんじゃねぇかぁ…?」
 利樹が誠を茶化します。
「何とでも言ってください……そういうあなたはどうなんですか……?」
 誠は挑発に乗らずに落ち着いた口調で返しました。


 

「そうだぞ…!他人のことを揶揄するよりも今は自分がどうするかだ……」
「私もやるぅっ……!」
「やります……」
 徹郎が利樹を諌めたのと同じタイミングで静架と舞が意思表示をしました。


 

「さぁ、利樹君はどうする……?」
「や……やるよ……俺がいなけりゃこのチームは機能しないからよ、フヘへへヘ……」
 プライドを保つために皮肉屋の調子で利樹が意思表明をします。


 

「俺ももちろんやる……!」
 最後に気合の入った様子で徹郎が表明しました。

『みんな……ありがとう……!』
 “声”がシンプルだけど心からの謝辞を述べます。


 

『今、この瞬間君たちは本当にチームになったんだ…!それを祝って俺から皆につまらないけど贈り物をあげるとしよう…』
 “謎の声”がそう言うと、
「スゥワンッ……!」
 突如アイボリー色の空が七色に輝き始めました。


 

「ワッ……!?」
「何……!?」
 驚くメンバーを尻目に空の輝きは増し続けます。


 

「グッ……!!」
 あまりの眩しさに皆目を開けられないで閉じてしまいました。
「スゥワンッ……!」
 チームのメンバーは気づきませんが空は元のアイボリー色に戻りました。


 

『もういいぞ……!皆、目を開けてこちらを見るんだ……』
 “声”の語りでメンバーは一同に顔を上げました。

 

「これは……!?」
「おっ……!」
「へぇ……」
「ふむ……」
「カッコイイ……!」

 


 メンバーは皆良いリアクションをしています。
 “声”のプレゼントの正体は戦闘用の服でした。


 

『ハハハッ…喜んでもらえて嬉しいぞ……!これからの闘いを向こうの世界の服で乗り切るのは不可能だし、何よりも君たちは自分の身を守らなくてはいけない…!だからささやかではあるが俺からこれらの服を贈ろう……!』


 

 メンバーはそれぞれの眼前に浮かんでいる服をまじまじと凝視しました。
 上下の戦闘服です。
 服の材質はよくわかりませんが持った感じは非常に軽く、それでいて丈夫な印象を受けます。


 

 徹郎の服は彼の武器である日本刀と同じ黒。
 利樹は同じく真紅。
 舞は同じく紫。
 静架は黄色。
 誠は青というそれぞれのカラーに彩られた戦闘服です。
 それを基調に、金のラメが施されています。


 

「ありがとうございます…!」
 メンバーを代表して徹郎が礼を述べました。
『まだ早いよ…まず着てみろよ……』
 “声”も喜んでいるようでした。


 

「さ、静架ちゃん、私たちはあっちで着替えましょう…」
「うん……!」
 舞が静架を促そうとすると、


 

「そんな水臭いこと言わないでここで一緒に着替えようぜ…!」
 利樹がふざけて言いました。
「バーカ……!」
 舞はそう言って舌を出し、静架と共に消えていきました。


 

「フフッ……!」
 誠も思わず笑っていました。
 その様子を見て徹郎は、
(良い雰囲気になってきたな…!)
 と心の中で呟いていました。

 

 

「スゴイなぁ、サイズぴったりだよ…」
 戦闘服に身を包んだ誠がどこか嬉しそうに呟いています。


 

「ね……静架のこれ、似合う……?」
 着替えを終えた静架が凄い勢いで誠のもとへやって来ました。
 武器のナイフ同様の黄色です。
 女性の下はスカートタイプになっていました。


 

「に……似合う、可愛いよ……!」
「やったぁっ……!」
 気圧された誠の受け答えに静架は素直に喜びました。


 

「あ………」
 静架の後ろをゆっくりと歩いてきた舞の姿に誠は釘付けになりました。
 薄紫色の戦闘服が舞のモデル体型にピッタリと付いていて、彼女のプロポーションを際立てています。
 紫という色が彼女の持つ妖しい魅力を更に増幅させているように誠は感じました。


 

「ヒュゥッ……!色っぽいな……!これなら宇宙人とかもイチコロじゃねぇの……!?」
 乱暴な言い回しで利樹が話しかけてきましたが、それは自分の興奮を抑えるべく言ったものなのだと思われます。
「ありがとう……」
「ピシッ…!」
 軽く会釈した舞は手に持っていた鞭を軽く鳴らしました。
「おっと……」
 利樹は圧倒され口を閉じます。


 

「ハハハハッ……さて、みんなちょっとここに丸くなって座ってくれ……」
 徹郎がメンバーを促しました。
 そのタイミングの良さ、そして言葉の一つ一つに規律と温かみが同居している徹郎の人柄に誠は尊敬の念を抱き始めていました。


 

「ザッ……」
 メンバー全員が無言で腰を下ろします。

 

 

「さて……さっき“声”が言っていた敵のことなんだが……」
 徹郎の切り出しにメンバーは緊張した面持ちになりました。
 今まで戦闘服を着て嬉々としていたのはこれから待っている過酷な未来を少しでも紛らわしたいという思いからだったのでしょう。


 

「正直彼の話は非常に抽象的だ…わかっているのは地球外生命体ということだけで、それがどんな形態をしているのかすらわかっていない状態だ……」
「確かにそう……」
 意志のある眼を持った舞が頷きます。


 

「そして、俺たち以外にもチームがいると言ったがそれすらもわからない状態…」
 利樹も皮肉屋の一面を引っ込めてミーティングに参加しています。
「そう……その“何もかもわからない状態”の中で俺たちは敵と闘わなくてはならないということだけがハッキリしていることだ……」
「そして……“仲間”は今いるこの5人だけ……」
 誠も続きます。


 

「うむ……だからこそ俺たちは今以上に、とは言っても今はないに等しいんだが……チームワークや戦術をしっかりと作っていかなければならない……」
「それができるのは……ここにいる間だけ……つまり今……!」
 誠の声です。


 

「その通りだ……!そこまでみんながわかっているのならストレートに言おう。今から特訓を行う……!」
「特訓……!?!?」
 その前時代的な響きに静架が何故か嬉しそうに反応しました。


 

「各自が武器を使い込むのも良いだろうし、模擬戦でも良いだろう。とにかく訓練を積まないことにはどうにもならん……!」
「面倒だけどしゃあないかぁっ……!」
 意外にも徹郎の提案に真っ先に反応したのは利樹でした。


 

 彼は気だるそうに立ち上がるも、
「ガシッ……!」
 真紅の斧を手に取ると身構え、
「ムンッ…!」
「ブウゥンッ…!!」
 気合もろとも素振りを始めました。


 

「………」
 その様子を呆然と見つめるほかのメンバーたちを見て、
「よし、みんな利樹君に続くぞ…!」 
 徹郎が声がけをしました。


 

「ハイッ……!」
 徹郎の言葉と利樹の気合に導かれて3人が勢い良く飛び出しました。


 

「ムン……!」
 専用剣を上段で構える誠。


 

「ヤアァァァァッ……!」
「ビュウンッ、ビュウンッ……!」
 そのまま彼は一心不乱に素振りを始めました。


 

 何度も何度も…


 

 

 

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 

 

*この物語はフィクションです。

 


 

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~第4章「危難」~

 

 

 数日後。
 ここは現実世界です。


 

「カツカツカツカツ……」
 誠がいつもより大きめのバッグに教科書やルーズリーフなどを詰め込んで、一人で歩いて登校しています。


 

 現実とドゥリムランドゥとの狭間で激しく揺れ動き、深刻なアイデンティティ崩壊を起こしかけていたここ何週間かの誠でしたが、“自己の声を聞いた”ことで、それを思い切り外に出したことで彼の心境に大きな変化が表れていました。


 

 それは誠自身も実感していたことですが、彼の言葉や行動の端々に“熱気”のようなものが感じられるようになっていたのです。
 これまで“クール”と思われ、あまり積極的に自分から動くことを見せなかった彼が少しずつ能動的になっていたのです。


 

 そのような誠の変化に真っ先に気づいたのはもちろん親友の明石であり、和美たち仲間でした。
 そして、あの人も気づいていました……

 

 

「マコ、おはようっ…!」
(マコって……!?)
 しばらく聞いていなかった、どこか懐かしい声が歩く誠の後ろから聞こえてきました。


 

「えっ……?」
 立ち止まり、振り向くとそこには純子が笑顔で立っていたのです。
「や……やぁ……!」
 予期しなかった元恋人の出現に誠は驚きを隠せずにいます。


 

「久しぶり…!」
 屈託のない笑顔で純子はグングンと誠の内部へと入ってきます。
 その遠慮のなさを見て誠は何故か静架のことを思い出していました。


 

「あぁ……」
 なかなか自分のペースを取ることができずにうろたえる誠。


 

「今さ、時間大丈夫……?」
「1限目が概論なんだ……必ず出ないと……」
 誠の口調はどこか純子を寄せ付けない雰囲気を漂わせていました。


 

「概論の出席取るのって一番最後でしょ…!最後に間に合うようにするからちょっとお茶でもしない…?」
「えっ……?」
 突然の純子の提案に誠は目を丸くしました。

 

 

「なぁ、こんな所に来て大丈夫なのか…?」
 誠と純子は大学に程近いファーストフードショップにいました。


 

 場所柄か、店内は学生で賑わっています。
 グループもカップルもいれば、一人で黙々とレポートを書いている学生も、ひたすらメールをしている学生もいます。
 まさに“もう一つのキャンパス”的空間がそこにはありました。


 

「“大丈夫”って当たり前じゃないの……ただお茶をしているだけよ……」
 シレっとした様子で純子が答えます。
 二人は店内の一番奥にある喫煙席に席を取っていました。
 誠はタバコを吸いませんが、純子がチェーンスモーカーなのです。


 

「俺はなぁ、あの彼氏に悪い気が……」
「あぁ……別に気にしなくてもイイよ……付き合ってはいるけど婚約者でも何でもないんだし……」
「カシュッ……」
 そう早口で言うと純子は細長いメンソールタバコに火を点けました。


 

「スゥーッ……」
 手馴れた動きでタバコを操り、紫煙を口から気持ち良さそうに吐き出す純子。
 その様子を見て誠は懐かしさを覚えましたが、同時に例えようもない嫌悪感も湧いてきました。


 

「純子、あの彼氏の前ではタバコ吸わないんだな……」
「ウン、スポーツマンはうるさいのよ…自分だって吸うくせにね……」
「グホッ……」
 誠はタバコの煙にむせ返りました。


 

「あ、ゴメンね……ところでさ、マコ。」
「ん…何……?」
「アナタここの所凄くカッコ良くなってきたよね……」
「ハァ……!?」
 予期していない純子の台詞でした。


 

「上手く表現できないけど……どこか逞しくなったというか……前の優柔不断な所がなくなったよね……」
(そんなものなのかな……?)
 誠はこの言葉を口に出さずに心の中に書き出しました。


 

 かつて振られた恋人から評価されるということ自体は非常に嬉しいことでしたが、今の誠の心に現在進行形で純子が入ってくることはありませんでした。
 それどころか彼女の言葉から受ける蓮っ葉な印象がこびり付きそれがさっき抱いた嫌悪感に拍車をかけてさえいるのです。


 

「純子……俺そろそろ講義に行かないと……話がそれだけならもう行くよ……」
 その言葉が優しさを塗した精一杯の拒絶の意思表示でした。
「そう……わかったわ……また時間がある時に今度は食事でもしましょう……」
 純子はあっさり引き下がりましたが、言葉の中に険が含まれていることを敏感に察知する誠です。


 

「ごちそうさま……」
 誠はそう言うと純子を見ずにショップを後にしました。
「フンッ……」
 純子は憤懣やるかたない様子で紫煙を吸ったり吐いたりしています。


 

「タタッ……!」
 一方の誠もとても気まずい、そして気分が悪い様子です。
 そんな思いを振り切るかのように彼はキャンパスへの歩を速めました。

 

 

×××××××

 

 

「珍しいよな…お前から飲もうだなんて…」
「そうか……!?」


 

「うん、珍しいよ、うん……」
 そう言うと明石は目の前のジョッキに注がれたビールを、
「ンゴッ、ンゴクッ……」
と一気に飲み干して、
「おかわり…!」
と店員に告げました。

 

 

 ここは仙台市の歓楽街にある居酒屋チェーン店。
 誠は明石を誘って男二人だけで飲みに来ていたのです。
 とはいっても誠はまだ未成年なので正確には違法なのですが、これは“おはなし”なので目くじらを立てずに読んでください。
 明石の方は一浪しており飲酒者としての条件はクリアしています。

 

 

「しかし純子ちゃんもよくわからない娘だよなぁ……」
 2杯目のビールをグイグイあおりながら明石が言います。
「確かにな……」
 誠は2杯目を水割りにチェンジして、ゆっくりと飲みながら呟きました。


 

「で、どうなんだ…?純子ちゃんとよりを戻す気は……?」
 忙しそうに前に出された串焼きをつまみながら話に没頭する明石。
「うーん…少し前なら戻したかもな……今はもうぶっちゃけそんな気ないんだ……」

 


「他に好きな娘でもできたか…?」
「な…何言い出すんだよ……!?」
「アハハハハハハッ…!誠は色恋事からきしダメだなぁ……!お前そんな答えじゃ“できた”って言ってるようなもんだぜ……!」
「あ……」
 誠は言葉に詰まってしまいました。


 

「ようし、純子ちゃんの話はもうやめだっ……!誠、教えろよお前の新しく好きになった娘を……!同じキャンパスの娘か……!?」
「………」


 

 改めてそう問い詰められると黙ってしまうしか誠にはありません。
 彼の頭の中には舞の凛々しくも美しい姿が浮かんでいましたが、まさかドゥリムでの出来事や先日の東京での事件を明石に話すわけにはいきません。
 話したところで“夢想者”と笑われるのがオチなのです。


 

「なぁ、明石…僕に好きな娘ができたのは事実だけども……ちょっと話し辛いんだよ…」
「ホウ……」
 明石は既に良い気分になっていますが、誠の真剣な口調に襟を正します。


 

「時期が来たら必ず話すからさ……今日のところはこれ以上訊かないでほしいんだ……」
「わかったよ…!」
「ありがとう…!」
「よし、今日はぶっ壊れるまで飲むぞぉっ……!」

 

 

×××××××

 

 

 誠と明石がその後どのくらいの量酒を飲んだのかは定かではありません。
 また、どのくらいの時間二人がぶっ壊れていたのかも定かではありません。
 ただ、何軒目かの飲み屋で二人は酔い潰れてそのまま寝入ってしまいました。

 

 

「………」
 誠は例によってドゥリムランドゥに辿り着いていました。
「くぅ……」
 ドゥリムに来た時には現実世界での状態を引き継いでいないとはいえ、軽いだるさを彼は感じており、それは酒のせいではないのかと思っています。


 

「スッ……」
 そのだるさを断ち切るべく誠はその場で冥想に入りました。
「ピカッ……!」
 すると誠の身体から青白い光が放たれました。
 青白の光に包まれた誠はひたすら冥想の世界に入り込んでいます。


 

「カッ……!」
 眼を開くと、そこには青い戦闘服に身を包んだ誠がいました。
 剣も同時に出現しており、左の腰にある鞘にきちんと収められていました。


 

「フゥーッ……」
 口をすぼめ、溜めていた息を一気に吐く誠。
「ジャキィッ……!」
 同時に収まっていた剣を抜きました。


 

「ピタァッ……!」
 青い光を放つ刃からは紅い炎も見え隠れしています。
「おりゃあぁぁぁぁぁっ……!」
 気合もろとも剣を上段から振る誠。


 

「タアァァァァァァッ……!」
 次は剣を右手だけに持ち替え、横から振り抜きます。
「ダアァァァァァァッ……!」
 更には再び両手に持ち、袈裟切りの要領で何度も上段の素振りを打ち込みます。


 

「ハァッ、ハァッ……!」
 約5分間全く止まることもなく、動き続けると誠の息も自然と荒くなってきます。
 そして額には玉のような汗が無数に浮かんできます。


 

「ビシュンッ、ビシュンッ……!」
 まさに周りのものが視界に入らない程のトランス状態の中で誠は自己修練に励んでいます。
 誠の生真面目な性格が彼の闘士としての資質を日増しに開花させているような印象さえ感じられるのです。


 

「ビシュンッ……!ビシュッ……!」
 誠が素振りのヴァリエーションを変えようと思ったその刹那に、
「ご精が出ますねぇっ……!」
 聞きなれない男の声が飛び込んできました。


 

「ハッ……!?」
 誠は慌てて素振りを止め、声の方を見ました。
「こんにちは……!」
 そこにはドゥリムの住人と思しき初老の白人男性が笑って立っていました。


 

 見たところ60代中盤のように見受けられます。
 薄い頭ながらも短く刈り込まれた白髪は清潔感に溢れ、黒ずくめの上下とバランスが取られています。
まさに“好々爺”といった風情の男性でした。


 

白人が流暢な日本語を話すことにやや違和感を感じる誠でしたが、
「こんにちは……!貴方は……?」
 笑顔を見せて応えます。


 

「私はご覧の通りこの世界の住人でございますよ……」
「そうですか、失礼しました……けど、何故突然僕に声を……?」
 流れ落ちる汗を用意してきたハンカチで拭いながら誠は努めて優しい口調で話しています。


 

「あちらの世界の闘士様だと噂で聞いたもので、どのような猛者なのかと見学に来たのですよ……」
 そう言いながら男性は距離を詰めてきました。
「そうだったんですね……それで僕を見た印象はどうですか……?」
 誠は不動のままです。


 

「……!?」
 距離を縮めてくる男性の姿を見て誠はある変化に驚きました。
 しかし、それを言葉にすることはありませんでした。


 

「貴方はとても強いですね……それでいて闘士としては未完成です……ということは更なる上積みをすることが貴方にはできるということ……」
「そうですか、照れますね……」


 

「私は世辞は言わんのですよ……」
 男性が間合いを突き破らんと更に距離を縮めてきます。


 

「好評価は大変嬉しいのですが……」

「ダダダッ……!」
 誠の言葉を遮って突如男性が飛び出しました。
 およそ60代の人間とは思えない素早さでした。


 

「サッ……!」
 しかし、誠は男性の行動を予見していたかのように身を翻しました。

 


「ジュッ……!」
 男性は右の拳を振り、フックの要領でパンチを繰り出してきました。
 が、それはあえなく誠にかわされてしまいました。


 

「ゲッ……!?」
 驚いた男性の口からそれまでの彼とは違う野卑な声が漏れました。


 

「甘いっ……!」
 誠はその瞬間を見逃しませんでした。


 

「ブゥンッ……!」
 目にも留まらぬ速さで剣を振り抜き、
「ブジャアァァッ……!」
 空を切り、だらしなく遊んでいた男性の右拳を一刀両断したのです。


 

「ゲガアァァァァァァァッ……!」
 腕を切られた痛みにのたうつ男性。
 その切り口からは黄色い液体がシューシューと滝のように溢れ流れています。
 おそらくは血なのでしょう。


 

「ゲガガガッ……!何で……俺が人間じゃないと悟ったのだぁっ……!?」
 獣のような声のトーンです。
 心なしか穏やかだった表情もどこか怪物じみたフリーキーなものへと変貌しています。


 

「影くらい付けた方が良いと思いますよ、化け物さん……いや、宇宙人さんと呼んだ方が良いですかね……!」
「ジャキッ……!」
 誠が剣を中段の位置で構えて、臨戦態勢を整えています。


 

「問答無用でいかせてもらいますよ、発展途上なもので……」
「ザザッ……!」
 摺り足で一気に距離を縮めた誠がとどめを刺すべく剣を振りかぶったその瞬間、


 

「ゲギャッ……!」
 男性、いや宇宙人と思しき化け物が誠を見据えます。


 

「………!?」
「シューシュー……!」
 宇宙人は切り口から噴水のように飛んでいる黄色い血を誠に向けて振りかけたのです。


 

「うわっ……!」
 怪物の予想だにしない攻撃を誠はかわすことができず、顔に黄色い血を浴びてしまいました。
「ガッ……」
 血液そのものには毒や刺激といった攻撃力は備わっていない様子でしたが、誠の視界を奪うのには十分な効果を発揮しています。


 

「グッ……ガァッ……」
 目に入った血液の異物感と視界を奪われた恐怖で今度は誠がのたうっています。
「ゲゲゲッ……甘いのはてめぇの方だったようだなぁっ……ウゲゲ……」
 怪物がとどめを刺さんとゆっくり近づいてきます。


 

「大分血を失っちまったからなぁ……お前の不味い血ででも補填しとくとするかぁ…ウゲゲゲ……」
 ペロリと舌なめずりをしたその舌先は鋭利な錐のように先端が尖っていました。
「とどめぇっ……!」
「ギジュッ……!」
 その怪しい舌を誠めがけて投げつけます。


 

「シュッ……!」
 誠が声の方に向けて剣を横に振りました。
「ジュッブゥゥゥッ……」
 青白く燃え盛る剣は怪物のどてっ腹を確実に切り裂きました。


 

「グワガギャアァァァァァァァァァッ……!」
 聞くに堪えない下品な叫び声は明らかに宇宙人の断末魔です。


 

「クソッ……何で……何でぇっ……!?」
「喋り過ぎなんだよ……」
 ハンカチで血を拭った誠。
 ようやく視界を確保できたようです。


 

「ブエッ、ブエッ……!」
 腹を切り裂かれても、断末魔の叫びを上げてもなお怪物は生き延びようと荒い呼吸をしています。
「うわぁ……」
 地球の常識では考えられない生命力に誠は戦慄せずにはいられませんでした。


 

「スクッ……」
 彼は意を決して立ち上がると、
「ビシュウッ……」
 袈裟切りで宇宙人の首を跳ね飛ばしました。


 

「ボタァッ……!」
 バランスを失って落下したスイカの如く、宇宙人の切り離された首は地面に落ちました。
「ドタアァッ……!」
 時間差で胴体も倒れ込みます。


 

「やった……ハァハァ……」 
 時間にしてみるとわずか5分弱の戦闘でしたが、それ以上の疲労感を覚える誠です。
「ズサッ……」
 そのまま尻餅をついて、地面に座り込んでしまいました。


 

 困憊状態の中で誠は、
(今のが本当に宇宙人なのだろうか……?)
という疑問を浮かべていたのです。


 

「クウゥ………」
 取れない疲労感に誠の呻き声も自然と大きなものになります。

 

 

「実沢さん……?」
 今度は聞き覚えのある女性の声です。
「ま…いさん……!?」
 誠の言葉の通りいつの間にか傍らに舞が立っていました。


 

「貴方も無事……だったのね……」
「ズサァッ……」
 それだけ呟くと舞もまた倒れこんでしまいました。


 

「舞さんっ……!?」
 誠は自分の疲れも忘れて飛び起きました。

 

 

×××××××

 

 

「……ハッ……!?」
「良かった……やっと気がついたようですね……」
 ここはドゥリムランドゥの草原にある大木の下。
 そう、以前誠が静架に介抱してもらった場所です。

 


「実沢さん……」
 おそらく誠と同等の、あるいはそれ以上の激闘をしてきたと思われ、疲労のために失神した舞を誠はこの場所まで運んできたのです。
 そして近くを流れる小川でハンカチを水に浸して舞の額にあてがい、彼女が目覚めるまで介抱していました。


 

「ごめんなさいね……私…何かとんでもない状態を見せちゃって……」
 起き上がった舞は赤面の様子で誠に謝罪しますが、
「気にしないでください……仲間が困っていたら助けるのは当然のこと。舞さんが謝る必要はどこにもありませんよ……」
 誠は水に浸したハンカチを絞りながら応えました。
 舞に対して抱いている気後れも今は薄らいでいるような感じがします。


 

「ハイ、これ……」
 ハンカチを差し出す誠。
「え……!?」
「少し左の膝が腫れているように見えます。もう少し冷やした方が良いですよ…」
「あ……ありがとう……」
 舞は誠の洞察力に驚いて、それでも感謝の言葉を忘れることはありませんでした。


 

「………」
「………」
 アイボリー色の空が澄み渡るドゥリムの草原は風がないせいもあって音一つ聞こえてきません。
 沈黙の時間だけがしばらく流れていました。
 しかし、それは二人、特に誠にとって決して気まずい類の時間ではなく、むしろ心地良く流れていくものでありました。


 

「ねぇ………」
 そんな中、先に口を開いたのは舞です。
「はい………」
「私に敬語なんか使わなくたっていいのよ……」
「……すいません、舞さんを目の前にすると何だか緊張しちゃって……」
「さん付けもいらないわ……うん、その気遣いがこっちには重く感じちゃうのよね……」
 誠に気後れが戻ってきてしまいました。
 心地良い空間に緊張が走るのを誠は敏感に感じました。
 しかし、その緊張感が実は自分から放出されていることを誠は気づいていません。


 

「……ホントすいません……けど、貴女は僕よりも年上だし、それに……」
「それに……!?」
「………」
「わかるわ…私がモデルだからでしょ……!?」
「ヘッ……!?いや、そのぉ………」
「ウフフフフ……隠し事ができない性格なのね…それでは答えを言っているのと一緒よ」
「すいません……」


 

 “すいません”ばかり言ってるなと誠は自嘲していました。
 舞の言ったことは図星で彼はトップモデルに登りつめようとしている彼女のオーラに完全に圧倒されていました。
 端から自分など対等に向き合えないと、自分を貶めた誠の取った最善策が謙って話すことだったのです。
 それすらも舞に悟られていたことでますます自分を貶める誠でした。


 

「ねぇ、実沢さん……あっ、この呼び方も他人行儀ね……これから“誠君”って呼ぶわ…」
「はい………」
「まずこれだけは知っておいて…私はモデルである前に女、そして人間…心から気を許して話すことができる友達だって沢山欲しいの…でもね、悲しいかな私のいる世界はそういう環境にないの…」
「………」
 思わぬ舞の自分語りに無言で驚く誠。


 

「好きで入った世界だし、私は世界一のモデルになることが夢だからどんなに辛いことがあっても耐えられる。それでもね…“蹴落としてやる!”って感情を剥き出しにして近付いてくるライバルの娘や思いつく限りの美麗字句を並べて近寄ってくる男の人たちにウンザリする時もあるわ……」
「………」


 

「私は私、白鳥舞がこの世に存在する意味を掴む為にモデルになった。けど、フッと油断するとその存在意味が日々の喧騒に埋もれちゃう時があるんだ……あ、もちろん向こうの世界にだって友達や大切な人はいるわよ、沢山…!」
「舞さん……」


 

「そんな時、私はどういう理由かここに召喚された。未だにどんな能力が私にあって召喚されたのか理由の一端すらわからない……」
 “自分と同じなんだな”と舞の告白を聞いて誠は感じていました。
「でも、でもね、私この世界で闘うことが言い方は変だけど何か楽しいの…!“あぁ、自分は必要とされてるんだな”って心の底から思うのよ……!そして何よりもここには私のいる世界のようなギスギスした人間関係がないし……!」
 舞は自分が何故ここまで雄弁に心の中にしまっていた感情を誠に吐露しているのかわからずに、しかしながら話さずにはいられないといった調子で話し続けています。


 

「だから、ここでは誠君や他のメンバーたちにも余計な気など遣ってほしくないのよ…!モデルとかタレントだとかそういう表の部分じゃなくて素の“白鳥舞”として接してほしいの…!ね、敬語が邪魔だって言った意味がわかったでしょう…?」
「うん……」
 舞の気持ちを察した誠は意識的に返事を変えました。


 

「同じだよ…僕と舞さんは……」
「誠君……!?」
「僕は華やかな世界で生きている舞さんに憧れの感情を持っているのと同時にそれ以上の“嫉妬心”を持っていたんだと思う……舞さんは綺麗で、何物にも負けることなく自分の道を進んでいる素敵な人だなって……でも、それ以上に“その為には随分色んなことをしてきたんだろう”って偏見というか、侮蔑の気持ちというか……」
 誠も舞が思ったのと同じく何で自分がここまで普段なら絶対に話さないであろうことを雄弁に語っているのか不思議で仕様がありませんでした。
 そして、以前静架と話した時にもこういう感情になったことを思い出しています。


 

「“好き勝手してきたんだな”なんて思ったんだよ……けど、今舞さんの話を聞いて、貴女が信念のある人だってことはわかったけど、僕と同じで弱さを持った人なんだってこともわかった……」
「ウン……」
「何か“自分一人だけじゃない”ってね……思ったんだよ……僕はまだフラフラした大学生でこれといった目標もなく暮らしている……でも心の奥深いところではずっとやってみたいと思っていることがあって……」
「聞かせてよ、聞きたい……!」


 

「小さい頃から映画を観るのが大好きで、ただ観るんじゃなくて“あ、僕ならこのシーンはこう撮るな”とか“あ、この話なら僕はこの役者を使うな”っていう観方をずっとしてたんだ……自分にそんな才能があるかどうかなんてわからないけど、なれるのなら映画監督になりたいなぁなんて……」
 多少恥ずかしさが入り混じったせいでしょうか、誠の声がだんだんか細くなっていきます。
 舞はそんな誠の様子を見て、その幼さに母性本能をくすぐられていました。
「本当に…全然勉強もしてないし、大学でもそういう活動してないし……無理かなぁって思うんだけど……うん、なれるならなりたいんだ……!」


 

「なれるよ……!」
「エッ……!?」
「誠君が“映画監督になりたい”って思った気持ちを外に向かって出していけばなれるよ、今私に話したみたいにね……」
「………」
「ただし、思っているだけじゃダメ…行動に移すことが大切…そして貴方はもうその行動を起こしてる……」
「………!?」
 誠は舞が何を言っているのかさっぱりわからずに困惑しています。


 

「私に話してくれたじゃない…!今まで誰にも話したことなかったんでしょう…?」
「う、うん……」
「大きな第一歩じゃない……!後は少しずつでも良いから歩むのを止めないこと…そうすればきっとあなたは立派な監督になれる……!」
「ホント……かなぁ……」
「あら、私の千里眼を疑うのね……!」
「い、いや…そうじゃなくて……ハハハハッ……!」
 突然誠が笑い出したので舞はキョトンとしました。


 

「何よ……急にどうしたの……!?」
「舞さん、“千里眼”なんて言葉っ……!いつの時代の生まれだよぉ……!ハハハハッ……!」
「まぁ……!そんなところで笑わなくてもいいじゃないの……!」
「ハハハハッ……!」
「ウフフフフ……!」
「舞さん、ありがとう…」
「こちらこそありがとう…」
 二人が完全に打ち解けた瞬間でした。


 

 その後舞の膝の腫れが落ち着くまで二人は様々な話を交わしました。
 それは舞にとっても楽しいひとときでしたが、誠にとっては至福の時と言っても良い素晴らしい時間でした。


 

 舞の子供時代、男の子と一緒に遊んで泣かしてしまうほどヤンチャだったという話や、イタズラで学校のガラスを割って先生にもの凄く怒られた話。
 そして高校時代の悲恋に終わった恋の話など。
 そのどれもが面白く、舞という女性の魅力の礎となっており興味深いものでした。
 誠も当然自分の身の上を話しましたが、別段ドラマティックな人生を送っているわけでもない年下の男の話を舞は飽きる様子も見せずに真剣に聞いてくれたのです。


 

 この時点で誠は完全に白鳥舞の虜になっていました。

 

 

「あっ………」
 誠が何かを思い出したようです。
「どうしたの……?」


 

「いや、話に夢中ですっかり忘れてしまっていたけども今日は他のメンバーはどうしたんだろう……?」
「そういえば……私たち二人だけってことはないわよね……?」
「もしかして僕たちと同じように宇宙人と…闘っているかも……!」
「それじゃあ…!?」


 

「捜そう……!」
「うん……!」
 二人は立ち上がり木陰を後にしました。

 

 

×××××××

 

 

「クソッ……!」
 ぞんざいに捨て台詞を吐いたのは利樹でした。
「ハァハァハァハァ……!」
 その息遣いはまるでフルマラソンを走り切ったランナーのように荒いものです。

 


「………」
 利樹の足元には胴体を真っ二つにされたもの言わぬ死体が転がっていました。
 ドゥリムの住人と思しき雰囲気の若い女性です。
 切り口からは黄色い液体がまだ溢れ出しています。
 利樹も誠たちと離れた場所にて宇宙人との戦闘を余儀なくされてたのです。


 

「クソッタレがぁっ……!」
 勝利を収めのたにも拘らず利樹の表情は冴えません。
 それどころか呪詛に満ちた言葉を天に向かって吐き続けています。


 

「寺岡さーんっ……!」
「利樹君っ……!」
「………!?」
 自分の名前を呼ぶ聞き慣れたメンバーの声に利樹は振り向きます。
 しかし、それが一人ではなく二人、もっと言うと舞と誠の声であるところに利樹はモヤモヤした感情を覚えました。


 

(何であの二人が一緒なんだ……!?)
 表情が強張るのを利樹は肌で感じています。


 

「タタタタッ……!」
「やっぱり……寺岡さんも宇宙人に襲われていたんですね…!」
「倒したのね……よかったわ、無事で……」
 舞と誠は利樹が無傷で宇宙人を退治したことで喜んでいました。


 

「宇宙人……!?こいつがか……!?」
 しかし、利樹は面白くない感情でいっぱいです。
 二人のそれまでとは違う、どこか親密な雰囲気にドス黒い嫉妬を抱き始めていました。


 

「お前たちも宇宙人に襲われたってか……?」
 荒々しい口調で事柄を確認していく利樹。


 

「そうよ……最初に遭遇したのは誠君のようだけどね……」
「僕を襲った奴は中年の男に化けていました……」
「私もそうだったわ……利樹君の相手は女性に化けていたのね……最初は色仕掛けに乗りそうだったんじゃ……?」
 利樹の顔から血の気がサーッと引きました。


 

「見てきたようなこと言ってんじゃねぇぞ、このアマっ……!」
 言葉とは裏腹に自分の痛いところをズバリ突かれてしまったバツの悪さで激高する利樹です。
「何よ……!アナタの憎まれ口を真似てみただけじゃないの……!」
 このくらいの冗談は受け流させるだろうと語った舞でしたが、予想外の反応に身を硬くして反撃に転じます。


 

「舞さんも寺岡さんもよしてください…!」
 慌てて舞と利樹の間に割って入る誠。
 彼は舞を背にして利樹の眼前に立ちました。
 その行動、仕草のひとつひとつが利樹には面白くありませんでした。


 

「引っ込んでろよ、優等生……!」
 利樹の荒ぶる口調は止まるとこを知りません。


 

「大体、お前ら俺を見つけるのがやけに遅かったじゃないか…!?大方二人で協力して敵を倒した後に川のほとりで乳繰り合ってたんじゃねぇのか……!?」
「ちょっ……アナタこそ想像で何言ってるのよ……!私たちは各々別な敵を倒して……それで怪我をした私を誠君が……」
 この舞の素直過ぎる反応も利樹にとっては面白くありませんでした。


 

「“誠君”かぁ……逢瀬を重ねた間柄になると違うねぇっ……!」
 野卑そのものの表情と言葉で舞を罵倒します。
「………」
 舞は言葉を失い、その場に立ち尽くしてしまいました。


 

「ザッ……!」
 そこに再び誠が立ちはだかりました。


 

「何だ……!?お前には用がないんだがな……」
「アナタは舞さんの彼氏でも何でもないのにどうしてそう余計な詮索をするんだ…!?」
 誠の目に怒りの炎が宿っています。
 そのことも利樹には当然面白くないものです。


 

「未来の花嫁の心配をして何が悪いんだい……?」
 いけしゃあしゃあとした態度の利樹。
「舞さんを侮辱した発言を取り消せ…!」
 誠も負けてはいません。
 彼には珍しい直情さで利樹に詰め寄ります。
 これにはさすがの利樹も少し躊躇いを覚えましたが、彼は持ち前の皮肉さと人生経験で誠に応えます。


 

「お前さぁ、みっともないんだよ…!」
「何がだっ…!?」
「ちょっと舞と親しくなったからって恋人面するなって言ってんだよ、このチェリーボーイ君……!」
「何だと……!」

 

 

「ブウンッ……!」
「ボゴォッ……!」
 完全に利樹の不意打ちでした。
 彼は勢いのある左ストレートを誠の顔面に打ちました。
 サウスポーではない利樹の思わぬ一撃を誠はかわすことができません。


 

 右の頬骨の辺りを的確に捉えたパンチを浴びた誠は、
「ぐふぅ……」
倒れることこそしませんでしたが、その場に悶絶しています。


 

「誠君……!アナタ、何てことを……!?」
 誠の側に舞が駆け寄ります。
「くだらねぇメロドラマなんか俺の目の前で見せるんじゃねぇよ…!なぁに、殺しはしないさ……コイツが貴重な戦力だってことくらい重々承知してらぁな……!でもな、力関係はハッキリさせておかないとな……!」


 

「利樹君……アナタって人は……」
 そう言って彼に詰め寄ろうとする舞を、
「ガシッ……!」
誠が制しました。


 

「誠君……!?」
「舞さん、いいんだ……僕と寺岡さんはいつかこうなると思っていたんだ……これからのことを考えたら僕らは一度徹底的にやり合うべき……」


 

 さっきのパンチで口の中を切ったのでしょう、唇の端から一筋の鮮血を垂らしながら誠が決意を表しました。

 

「誠君……」
「大丈夫……僕も利樹さんもね……黙って見ていてください……」

 


「それでこそ潰し甲斐があるってもんだっ……!」
「ダダダッ……!」
 舞が誠から離れたのを認めた利樹が再び一撃を繰り出さんと距離を詰めてきました。


 

「お前はあの静架とかいうガキと遊んでいるのがお似合いさっ…!」
 一撃を決めた余裕からか利樹の言葉はよりグサリと突き刺さるような内容になっています。


 

「ブウゥンッ……!」
 今度は利樹のフィニッシュブローである右ストレートでした。
 そこに時間をかけずに一撃で相手を沈めようという利樹の戦術・性格が見て取れます。


 

「ハッ……!」
 そのスピードに誠は驚きました。
 更に利樹のパンチは驚異的な伸びを見せてきます。
 これでは避けても避け切れずにパンチをもらってしまいます。
 既に一撃を喰らっている誠にとってもう一回ストレートを喰うことは負けを意味していました。


 

(どうする……!?)
 誠は一瞬の時間の中で考えました。
「フゥッ……!」
 答えが出たようで、短い気合もろとも誠は右足を思い切り上げます。


 

「ビシュウッ……!」
「何っ……!?」
 誠の右足が風を切った音に利樹が驚きの声を上げました。


 

「ガゴォッ……!」
 誠の右足、正確には内側部が利樹懇親の右ストレートを弾き飛ばしました。
「グワァッ……!」
 蹴飛ばされた勢いでもんどり打つ利樹。


 

「ドサァッ……!」
バランスを失って利樹が腰から崩れ落ちます。
(バカな……!俺のパンチをあんな蹴りで……?)
 自身も防御で頭等を打つことはありませんでしたが、あまりの誠の反撃に次の一手を打ち出せずにいました。


 

 そこへ、
「ダダダッ……!」
今度は誠が距離を縮めてきました。
「ビュンッ……!」
 誠は尻を付いて呆然と座っている俊樹に向かって短いモーションで袈裟切りのチョップを繰り出しました。


 

「ガスッ……!」
「ガアッ……!!」
 手刀は利樹の左鎖骨の辺りにクリーンヒットして、利樹を寝転がせました。


 

「ハッ……!?」
「ズサァッ……!」
 利樹が気づいた時には、彼は誠によってマウントポジションを取られていました。


 

「チェックメイト……」
 組み伏せた誠が笑顔で囁きました。
「クソッタレ……がぁ……!」
 負けを認めざるを得ない状況にあっても精神的優位に立たんと憎まれ愚痴を叩く利樹です。


 

「勝負ありだわ……」
 冷静さを取り戻した舞が二人のもとへ歩み寄ってきました。


 

「クソッタレめ…俺が……アスリートの俺が……エキスパートの俺が……こんなクソガキに負けるなんて……こんな才能だけの奴に……」
 目に涙を浮かべて利樹が語り続けています。
 溜まった涙はすぐに溢れて、彼の目尻から地面へとポタポタ落ちました。


 

「才能……!?」
 誠が当惑します。
「てめぇの才能だよぉっ…!!前に“声”も言ってたんじゃねぇのか……!?お前の身体能力はとんでもないんだよ、アスリートの俺から見てもな……!」


 

「アスリート……」
「利樹君は社会人スプリンターなの……」
「あぁ……」
 舞の一言で誠は利樹の自己紹介の時を思い出していました。
 このプライドの高さと自分に対する自身は一流運動選手のそれだなと今更ながら痛感する誠です。


 

「俺はな、ガキの頃から陸上一本でここまで来たんだ……!他のものになんか一切目もくれなかった…!ゲームだって、合コンだってまともにやったことねぇんだよ…!俺は…“練習し続けないと負けちまう”ってそんな気持ちでずっとやってきたんだ…!お前らには想像すらできないだろうがよ…!」
「………」
 号泣しながらの利樹の独白に誠は声を失ってしまいました。
(こないだの僕もこうだったのだろうか……?)


 

 誠は闘士として目覚めた時点で、好き嫌いは別にして利樹の技量、そして何事にも動じることのない冷静さに尊敬の念を抱いていました。
 だから、今この場面で冷静さをかなぐり捨てて思いのたけを告白し続ける利樹の姿は彼のイメージとはおよそかけ離れたものとして誠の瞳に映りました。
 しかし、それでも誠は利樹のことをかっこ悪い・弱い人間だとは思いませんでした。
 むしろ自分と同じ負の部分を持ち、懸命にそれと向かい合い、乗り越えようとしている姿に方法論こそ違えど、親近感・仲間意識のようなものを感じずにはいられなかった誠です。


 

「俺は誰にも負けたくないんだよぉ……負けたらおしまいなんだよぉ……ウッ、ウッ…」
 嗚咽を交えて泣き話す利樹の姿はまさに自分が通ってきた道であると胸を突かれる思いの誠。
「スゥーッ……」
「舞さん……」


 

「ピタッ……!」
 泣き崩れる利樹の右手を舞が握り締めました。
「サッ……ピタッ……」
 それに呼応して誠も二人の手の上に自分の掌を重ねます。


 

「ここでは負けることを考えなくていいの……」
「そうです…大切なのは“勝って守る”ことです……」
 自分の中から不思議な感情が澱みなく溢れてくるのを誠は感じています。
 利樹と舞の手の温もりを感じながら…


 

「アナタは今のままの皮肉屋でいいのよ…無理して自分を変える必要なんてない……」
「その代わり僕たちを、そして自分を信じて進んでいきましょう……!」
「アァァァァァァァッ……!」
 声にならない嗚咽と共に起き上がった利樹が身を委ねるようにして誠と舞に抱きついてきました。


 

「ガシッ…」
「ヒシッ…」
 その動きをしっかりと受け止める誠と舞。

 

 

 また一つ邂逅の瞬間を迎えました。

 

×××××××

 

 

 その少し後。

 

 

「ブジュウゥゥゥゥゥッ……」
 徹郎も他のメンバーと同様、ドゥリム住人に化けた宇宙人と死闘を繰り広げていました。
 彼の黒く光る日本刀が10代後半の青年の姿をした宇宙人のみぞおちの辺りにめり込んでいきました。


 

「ゲバアァァァァッ……!」
「ガシッ……!!」
 およそ人間とは思えない物凄い唸り声を上げながら宇宙人が必死の抵抗を見せます。
 自身の肉体にめり込んだ剣を引っこ抜かんと素手なのに刃を掴んでいるのです。


 

(しまった……!人間とは急所が違うのか……!?)
 みぞおちを貫いたのにも拘らず絶命しない化け物を見て徹郎は己の戦術の誤りに気付いたのです。


 

「クアッ……!」
「ブジュウルゥッ……!」
 前に力を入れている化け物に逆らいつつ、流れに乗った形で徹郎は日本刀を抜き、切っ先が宇宙人の身体から出てきたその瞬間に刀を上に振り上げました。
 刀を握っていた宇宙人の両手指はあえなく切り離されました。


 

「もらったぁっ……!」
「ビシュウンッ……!」
 徹郎の掛け声と共に刀が唸りを上げて振り下ろされました。


 

「ブジュウヂュウ……!」
 脳天唐竹割りが見事に決まりました。
 肉を切り裂く音。
 そして宇宙人の身体は脳天から真っ二つに裂かれていきます。


 

「ギギャワァァァァァァァァッ……!!」
 狂ったような咆哮は化け物の死に行く叫び声。
「ボタンッ……!」
 二つとなった骸はほぼ同時に地面へ倒れました。


 

「シャッ…シャッ…スチャッ…!」
 手早く刀に付いた黄色い血を振り払った徹郎は、更に手早く刀を鞘へと収めました。
「こいつらは一刀両断にしないと死なないのか……さっきは流れで唐竹割りにしたが、首を刎ねた方が早いかもな……」
 冷静かつ緻密な分析を骸を確認しながら行っています。


 

「ハッ……!?」
 突然背後に気配を感じた鉄郎が振り返ると、
「やぁ……!」
そこには誠、俊樹、舞の三人が笑顔で立っていました。


 

「お見事っ…!」
「凄い技を見せてもらいました…!」
「徹郎さん、強いですね……」
 それぞれ利樹、誠、舞の言葉です。


 

「いつから見てたんだね……?」
 三人が気配を消して自分の闘いを見ていたことに徹郎は驚きを隠せませんでしたが、別段そのことを恥じる様子もなく素直に問いただします。
「いや、僕らは来たばかりでした…闘いがもうクライマックスに入っていましたし、中山さんの勝ちが見えていましたから……」
「邪魔しちゃ悪いなって思ったんだよ…!」


 

(おやっ……!?)
 ここまでの三人の言葉を聞いてようやく徹郎は彼らの心情の変化に気付きました。
「君たちは……今日一日で何かあったのかい……?」
 疑問を素直にぶつけるのが徹郎の気性のようです。


 

「何かって……!?」
 舞がおどけた口調で返します。
「とりあえずはわかり合えたってことじゃないのかな……」
「そうですね……」
 利樹と誠も笑顔を崩さずに舞に続きます。


 

「これは嬉しいな……!」
「えっ……!?」
「いや、俺はこのチームがドゥリムを守る核になるんじゃないかってずっと思っていたんだ……しかし、場合によってはすぐに空中分解する可能性もあると思っててね……」
「へぇ……」
 徹郎の思わぬ告白に三人が目を丸くして驚きました。


 

「分解するような原因は二つあった。一つは誠君と利樹君の軋轢、そしてもう一つは君たちの間の三角関係だ…!」
「ブッ…!!」
「エッ…!?」
「まぁ……」
 三人は一層の驚きで一様に声を上げました。


 

「君たちは、特に誠君は意識していなかったようだけども、誠君と利樹君は舞君に好意を持っている…それが恋愛感情かどうかは別にしてね…」
「………」
 今度は皆黙って徹郎の話に耳を傾けています。


 

「俺もこれまでの人生でな恋愛模様を見てきたが、同じ場所での三角関係くらい厄介なものはないんだ。どんなに上手くいっている集団でもそこからヒビが入って、下手をすると崩壊してしまう危険すら孕んでいるんだよ……だから君たちの関係も内心冷や冷やしながら見ていたんだが、今はとてもフラットな感じに見えるんだよ……」


「まだ、ケリはついていないですけどね…!」
 珍しく誠がおどけます。
「俺の未来のカミさんを奪うってか……!?」
 誠の冗談もそうですが、利樹の皮肉から完全に険が取れていることも徹郎には驚きでした。
「私にだって選ぶ権利くらいあるわ……フフフ……」
 舞の言葉からもそれまで端々にあった女王様然とした雰囲気が薄らいでいました。


 

(これは……本当に最強チームになるかもな……)
 先般宇宙人を倒したこと以上に嬉しい気持ちが徹郎の心の中にふつと湧き上がっています。

 

 

「ところで徹郎さん……」
 誠の声です。


 

「何だ……?」
「僕たちから貴方にお願いがあります。」


 

「ん……!?」
「このチームのリーダーになってください……」
「おいおい、いきなり何を言い出すんだ……!?このチームにリーダーはいらないって俺は考えていたんだけれどな……チームワークさえあれば大丈夫だと……」


 

「そんなにシンプルな話じゃないっしょ…!リーダーがいるのといないのとじゃ大違いだって…!」
 利樹が徹郎のやんわりとした断りを制します。
「利樹君の言う通りです……このチームにリーダーは絶対に必要ですわ……年齢、経験、戦闘能力、技術、どれを取っても必要な条件を満たしているのは徹郎さん、貴方しかいません……」
 舞の言葉も自然と力が入っていました。


 

「うーむ………」
 腕組みをしてしばらく熟考した徹郎が出した答えは、
「よし、わかった…!俺がリーダーになろう……!」
「ありがとうございます……!」


 

「ただし、条件がある。俺は自分の考えを一方的メンバーに押し付けるやり方が好きじゃないんだ……だから、このチームの動きは基本的には皆の自主性に任せたい、というかそうじゃないとダメだ……どうしても究極的に俺が決定しなければいけない状態以外は若い君たちが中心になって動くんだ、いいな……!」
「了解…!」
「はいよ…!」
「わかりました…!」
 三人がそれぞれの個性を持った言葉で返事をしました。


 

「あとな、俺のことを“リーダー”と呼ばないこといいな……!」
「アハハハハハハハッ……!」
 一斉に笑い出した三人。
 それは明らかに“了解”の合図でした。
「よし……!」
 それを見た徹郎は強面の顔を嬉しそうに笑ってリーダー就任を承認したのです。


 

「徹郎さん……」
 誠が再び口を開きました。


 

「ん……?」
「静架ちゃんもきっと召喚されているはずです……姿を見ませんでしたか……?」
「いや……召喚されて皆を捜そうと歩き始めた時に奴が現れたから見てない……」
「すると召喚されているならば確実に敵と出会っているはずね……」
「こうしちゃいられないぞ…!急ごうぜ……!」


 

 かくて四人は静架を捜さんと走り出しました。

 

 

×××××××

 

 

 ここはドゥリムランドゥの外れも外れにある洞窟。


 

「ダダダダダッ……」
 誠たち四人は静架を捜しに今まで来たことのなかったこの洞窟までやって来ました。
 洞窟を発見して立ち止まるメンバー。


 

「おい……ここ怪しくないか……?」
「そうだな……探索する必要はあるだろう……」
「全員で突入する……?」
「いや、見張りを一人置いた方が良いと思う…」
 誠の提案に皆賛成のようで深く頷きました。


 

「私が残るわ……」
 舞が見張りを志願しました。
「大丈夫かよ……?」
「大丈夫、何かあったら私も後を追うから……」


 

「よし、舞君が見張りだ……何か危険なことがあったら無理せず中に入って俺たちを呼んでくれ……!」
「はいっ…!」
 徹郎が判断を下したことで布陣が決まりました。


 

「よし、行くぞ…!」
「気をつけてね……」
「おうっ……!」
「舞さんも…!」
「ザクザクザク……」
 こうしてチームは二手に分かれて行動することになりました。

 

 

「おーい、ここからは暗過ぎて明かりがないと進めないぞ……!」
 洞窟の中を500mほど進んだ所で利樹が大声を上げました。
「大丈夫だよ……」
 誠が応えます。


 

「へ……!?」
「ムンッ……」
 暗くて様子はわかりませんでしたがどうやら誠は専用剣を構えて瞑想しているようです。


 

「ボワァッ……!」
 誠の剣から青白い炎が噴き出してきました。
「なるほどね……」
「利樹君だってその斧を松明代わりにしても良いんだぞ…」
 そう提案したのは徹郎です。


 

「い、いやぁ…今のところは一本でこと足りるんじゃね……?」
 徹郎の提案を何故か勢い良く断る利樹。
「中山さん、今はいいですよ…真紅の斧には後で沢山活躍してもらいますから…!
「そうだな……」
「チェッ……」
 利樹はどこか居心地が悪そうな感じです。


 

「さぁ、先を急ぐぞ……!」
 三人は更に歩を進めていきます。

 

 そこから300m程進んだ辺りで、
「アッ……!?」
 明かりを持っていた誠が何かを発見したようで驚きの声を上げました。

 

 

 そこから300m程進んだ辺りで、
「アッ……!?」
 明かりを持っていた誠が何かを発見したようで驚きの声を上げました。

 


「何だ……?」
「どうした……?」
 先を確認できなかった徹郎と利樹が誠の側へ寄ってきます。


 

「あそこに誰か…倒れている……!」
 そう言って誠が指差した先、およそ50mの地点には確かに人が倒れていました。


 

「静架ちゃん……!」
「ダダダッ……!」
 深夜並みの暗さの中を誠は一人走り出して倒れている人のもとへ向かいました。


 

「危ねぇって…!まだ静架だって決まったわけじゃないだろうが……!」
「まぁ、察してやろう……それより俺たちは誠君の援護だ……」
「へいへい……」
 明かりのない二人は先の誠の後姿を頼りに歩き出しました。


 

「タッタッタッ……」
 誠は人影に近づいていきます。
 人影はうつ伏せに倒れており、顔は見えませんが大人の人間にしては小さいように誠には感じました。


 

「静架ちゃん……!」
 人影に辿り着いた誠。
「ズサッ…!」
 適当な距離で剣を地面に刺すと、
「グッ……!」
うつ伏せになった身体を抱きかかえました。


 

「………!」
 表情を確認する誠。
「静架ちゃん……!」
 倒れていたのはやはり静架でした。


 

「静架ちゃん…大丈夫か…!?しっかりするんだ……!静架ちゃん……!」
 動かないので生きているのか死んでいるのか判断のつかない静架の意識を確認するべく身体を揺らす誠。
「揺らすなっ…!危ないぞっ…!!」
「ハッ……!?」
 それを制したのは徹郎でした。


 

「静架ちゃんがどういう状況なのかわからないのに揺らすのは危険だと言ってるっ……!まず脈を確かめろ……!」
「た、確かに……」
 誠は倒れた静架を目の前にして自分が取り乱していることを忘れてしまっていたのです。


 

「ゴクリ……」
 懸命に気を落ち着かせています。
「サッ……」
 そしてゆっくりと静架の右手首を取り脈を確認しました。
「トクッ……トクッ……」
 やや途切れがちではありましたがはっきりと脈を打っています。
「脈は…あります……!生きています」
 既に誠のすぐ後ろに控えていた二人に伝えます。


 

「そうか、ではここを出るぞ……!」
「えっ……!?」
「こんな暗い所では何もできやせん…!それに酸欠になる可能性だってある。誠君、静架ちゃんをおぶるんだ…ここを出るぞ……!」


 

 徹郎の迫力のある言葉に誠も利樹も従うしかありませんでした。
 二人はリーダーの経験値の高さに改めて敬服していました。

 

 

×××××××

 

 

「アッ……!?」
 無事に洞窟を脱出した三人が一様に驚きの声を上げました。

 


「舞さんっ……!」
 舞が静架と同じようにうつ伏せの状態で倒れていたからです。
 慌てて駆け寄る三人。


 

「おいっ……!?舞っ……!?」
 徹郎のアドバイス通りに身体を揺さぶらずに利樹が舞の様子を確認します。
「ウーン………」
 舞は目を閉じたまま身体をくねらせ、身悶えています。


 

「良かった……!大丈夫そうだぞ……!」
「ホッ……」
 安堵する誠と利樹。


 

「いや、安心するのはまだ早い……!」
 そこに徹郎が釘を刺します。
「えっ……!?」
「目先の情報に一喜一憂していては身が持たないぞ…!舞さんが何故倒れていたのかその原因を探るんだ…!」
「………」
 徹郎の言葉から導きされる事柄はチームにとって空恐ろしいものでした。


 

「舞を襲った奴がいるってことだな……」
「そして…そいつは静架ちゃんも……」
「そうだ…!そいつを倒さないことには俺たちは現実世界へ戻れん……!」
「ジャキッ……!」
 黒日本刀を構えて徹郎が周囲を窺っています。


 

「ハッ……!?」
 そのやり取りの間に舞が目を覚ましました。
「舞っ、大丈夫か……!?」
「……寺岡さん……実沢さんも……」
「………!?」
 誠は嬉しさの中に困惑の混じった表情を見せます。


 

「俺たちは何ともねぇっ…!とにかく無事でよかった……けどな舞、ちょっ今状況が悪いんだよ……」
「状況……!?」
「舞さん…どうして気を失っていたか知りたいんです…怪物に襲われたんですか……?」
 抑揚のない事務的な口調で誠が尋ねます。
 その誠の様子の変化に興奮している利樹は気付いていません。


 

「わから……ないの……後ろからいきなり殴られるかして……気付いたら皆が……」
「ふむ……」

「徹郎さん……」
「うん……?」


 

「この場に留まっているのは危険だと思います……敵の正体や数が掴めないのは厄介ですが、少しでも人通りのある所へ移動した方が勝算があるんじゃないかって……静架ちゃんの容態だって誰かに診てもらわないと……」
「……そうだな……よし、町へ行こう。誠君はそのまま静架ちゃんを守って、利樹君は舞さんのサポートを頼む。」
「はい…!」
「はいよ……!」
「ザッ……!」


 

 そして五人が一歩を踏み出そうとしたその刹那、
「ビュワァァァァァァンッ……!!」
 空を切り裂く轟音が鳴り、
「ボゴワッ……!ボゴワッ……!ボゴワッ……!ボゴワッ……!」
 四人を襲いました。


 

「………!?」
「………!?」
「………!?」
「………!?」

 

 

 四人は何に襲われたのか全く確認することもできないまま気を失ってしまいました。

 

 

×××××××

 

 

「………ムゥ………」
 後頭部に感じる激しい痛みで誠が身体を捩じらせています。

 


「バッ………!!」
 自分の身が無事であることは悟りましたが、状況がどうなっているかを確認するべく慌てて起きる誠。


 

「痛いっ……!」
 その勢いが後頭部の痛みに拍車をかけてしまったようです。
「れ………!?」
 状況が全くわからず困惑する誠。

 何故ならここは洞窟前ではなかったからです。
 それどころかドゥリムランドゥでもありませんでした。

 

 

「どうなってるんだ……!?」
 誠が目覚めた場所は自分の部屋で、それもベッドから外れてベッドとテーブルの間で寝ていたようなのです。
 外は薄っすらと陽が射しており、早朝だなとすぐに誠は感じました。


 

「何で……戻ってこれた……!?」
 困惑で独りごちながら痛みで疼く後頭部に無意識に手を当てます。
「ワッ……!」
 右手に伝わってきたのはドロリとした液体の感覚。
 見るとドス黒い血がもうじき凝固する状態になっていました。


 

「クゥ………」
 ドゥリムで何者かに襲われたのは事実のようです。
 意識が明瞭になってくると後頭部以外にも身体のあちこちに鈍痛を感じるようになってきました。
 苛立ちを覚えた誠が視線を移すと、
「ウワッ……!!」
 ベッドの上に静架が横たわっていました。


 

「静架ちゃん、静架ちゃんっ……!!」
 身体を大きく揺すらずに大声で彼女の意識に語りかける誠。
 しかし、静架は一向に目覚める気配すら見せませんでした。


 

「ガタッ……」
 誠は自分の怪我の手当ても忘れて慌てて身支度を始めました。


 

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 

 

*この物語はフィクションです。

 


 

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~第5章「真実を求めて」~

 

 

「フーム……」
 白衣姿の若者が聴診器を静架の身体に当てています。
 わずかに膨らんだ乳房が辛うじて彼女に生命力が宿っていることを表しているような感じです。
 側では顔をあさっての方向へ向けた誠と明石が座って成り行きを心配そうに見守っています。


 
 誠は静架を病院へ連れて行こうとしましたが、彼女が札幌の人間で、ドゥリムで出会っているのですから当然健康保険証など携帯していないことに気付きました。
 実費で医者に連れて行くことも考えましたが、静架の身元を尋ねられた時にドゥリムで交わした会話以外の情報を提供することができません。
 とするとあらぬ疑いをかけられることも想像に難くないです。
 熟考した末に誠が出した結論は親友の明石を通して医学部の学生を紹介してもらうことだったのです。

 

 

「明石、頼む…!何も訊かないで医学部の人を紹介してくれ…!絶対に秘密を守ってくれる、できれば女性が良いんだけど……とにかく後でお礼は何でもするから俺と静架ちゃんを助けてくれ…!!」
 このあまりの誠の真剣な嘆願に明石はただならぬものを感じて二つ返事で申し出を承知しました。
 そうして彼は連れて来たのが今静架を診ている学生です。


 

「明石……本当にありがとう……」
「いや、そんなことはいいんだよ…それよりも静架ちゃんだっけ……親戚に連絡しなくて大丈夫なのか……?」
 誠は静架のことを札幌に住む従妹だと嘘をついて紹介しました。


 

「うん……何しろ大変な喧嘩をして家出してきたようだからさ……でも、ここにいることは知っているし早いうちに連絡するよ……」
「それがいいよ……」
「ところで明石……」
「何だ……?」


 

「彼は……荒巻(あらまき)君は信頼できる人…?このことを喋らないような……」
「そのことなら心配ない…俺は奴の弱みを握ってるんだ…」
「弱み……?」
「あいつはモルヒネや麻酔薬の類を勝手に持ち出して外に売ってる売人なんだよ…」
「………!?」
「そのことを俺がバラせばあいつは速攻退学……だからバカな真似はしないよ……」
「ふぇ………」
 誠は明石の人脈の広さと情報網に感嘆の感情を持つと同時に、自分が世の中のことを表も裏も含めて何一つ知らない子供なんだと痛感させられました。

 

 

「取り込み中すまんが……」
「ワッ…!」
 不意に荒巻がこちらに来て声をかけてきたので二人、特に誠は驚いた様子で彼を見上げました。


 

「バカ野郎……!診察終わったなら終わったって言いやがれ……!」
 明石が声を荒げます。
 それは誠が見たことのない荒っぽい明石でした。


 

「………その結果だがな………」
「もったいぶらずに早く言え…!」
 誠よりも明石の方が静架の容態が気になって仕方ないように見えます。


 

「……結論から言うと彼女が何で意識不明なのかさっぱりわからない……目立った外傷は見受けられないし、かといって内出血の類も全く当たらない……」
「それじゃ……」
 誠は静架が外傷を負っていないことにひとまず安堵しましたが、荒巻の言葉に覇気がないことから難しい状態なのだと悟り、余計暗い気持ちになりました。


 

「うん……どこか大きい病院へ入院してMRIでも受けた方が良いだろうな…俺ではこれ以上もう何もできない……」
「何だよこのヤブ医者めっ……!」
「明石、よせよ……!荒巻さん、今日は本当にありがとうございました……静架は今日明日にでも札幌の親元に返して入院させるよう言います。いずれ改めて意学部の方へお礼しに行きますので今日のところは……」
「了解……」
 荒巻は表情一つ変えずに道具をテキパキと片付け帰り支度を整えました。


 

「誠、今日は講義……」
「うん、悪いけど休むわ……先生達に病欠の申請を出して欲しいんだけど……」
「お安い御用だ……!お前は責任を持って静架ちゃんを送るんだぞ……!」
「あぁ、ありがとう……」
「じゃあな…!」
 明石と荒巻が帰ろうとドアへ向かったその時、荒巻がポツリと言い残していきました。


 

「あぁ……その子……心臓が右にあるぞ……」

 

 

×××××××

 

 

「………」
 誠はベッドに横たわっている静架の顔を彼女の左手を両手でしっかりと握り締めながらじっと何十分も見つめていました。

 


「静架ちゃん………僕は君を何としても助けなくちゃいけない………」
 誠は巨大ムカデとの戦闘を思い出していました。
 あの時、まだ未熟な闘士だったので自覚はなかったのですが、彼の知らぬところで静架はしっかりと誠を援護していたのです。
 その彼女の思いを考えると誠は胸が締め付けられます。
 そして、同時に彼女の思いに報いなくてはと思います。


 

「ギュッ……!」
 いつの間にか誠は握った手に必要以上の力を込めてしまいました。
「あっ……ゴメン……」
 誠は思わず謝罪を口にしますが、
「スゥーッ………」
 静架の口からは寝息が漏れるのみです。


 

「静架ちゃん………」
 状況は深刻であるといえます。
 しかし、誠の瞳には不安の色こそあれ、狼狽は全くありませんでした。
 彼はある意志を心に秘めていたからです。

 

 

(次の召喚で全てにケリをつけてやる…!いや、つけないと僕らは……全員やられてしまう……!)

 “死”という概念がダイレクトに誠の心に飛び込んできます。
 けれども、誠の意志は揺るぎないものでした。

 

 

「サッ……!」
「カタカタカタカタ……」
 誠は静架から手を離すと机に向かい、パソコンを立ち上げてインターネットを開いたかと思えば、次はワードを開きひたすら何かを打ち込み始めました。
 何かを懸命に調べているのかといえば決してそうではありません。
 一心不乱に何かをせずにはいられない状態だったのです。


 

(僕は……僕の考えは……恐らく当たっている……それは“論理”や“理屈”では絶対に“No!”と言われるもの……それでも僕の直感がそれらを否定して一つの結論を導き出している……証拠なんて呼べるものは何一つないのに……整合性だって全くないのに……けど…けど…どうしても消すことができない“何か”が僕を突き動かすんだ…!)


 

「カタッ……!」
 誠は壊れんばかりに叩いていたキーボードを打つ手を止めました。
「マジで次……ケリをつけよう……!」
「カタカタカタカタ……」
 それだけを呟くと再びタイピングへと没頭し出しました。
 

 

 そうして数時間の時が過ぎ去っていきました。

 

 

 

×××××××

 

 

「タッタッタッタッタッ……!」
 ここは大阪のとある企業が所有しているグラウンド。
 そのトラックを軽やかに走る人影があります。


 

 利樹です。
 彼は企業が抱えるスプリンターなのです。
 一応総務部に在籍こそしていますがデスクワークはほとんどせず、このグラウンド、そして各大会の場こそが彼の“職場”であるのです。


 

「タッタッタッ……!」
 今夕刻に差しかかろうとしている時刻、太陽が西へと傾いていくのを背に利樹は整理運動として軽めのジョギングを行っていました。
「大分調子が上がってきたんと違う…?こないだまでは大会出場さえ危うかったっちゅうのによぉ……」
 サングラスをかけた監督が目の前を通り過ぎて行った利樹に声がけします。


 

 すると、
「ピタッ……タッタッタッ……!」
 利樹は一度止まり、そのまま後ろ向きで監督のもとへと走ってきました。
「ちょ……おい!バカな真似したらアカンって……!」
「ピタッ……!」
 監督の慌てぶりを察知した利樹は振り向いてニコリと笑みを見せました。


 

「俺ぁ天才やからな……!大会見とけ……!」
 ドゥリムランドゥでは絶対に話さない関西弁で大見得を切ります。


 

「ほな、明日な……!」
「ダッダッダッダッ……!」
 呆気に取られる監督をよそに、利樹は引き上げて行きました。

 

 

「ジャァァァァァーッ……!」
 練習を終えた利樹はシャワーを浴びています。
 流れ出て皮膚を濡らしていた汗をやや熱めのお湯で洗い流していきます。
 この時間こそある意味利樹にとって至極のひとときなのです。


 

「フゥーーッ……!」
 シャワーの音に負けないくらい、気持ち良さそうに溜めていた息を吐き切る利樹。
 まさにカモシカのような脚。
 程よく鍛えられた上腕部と胸部。
 割れた腹筋。
 運動選手のみが持ち得るその身体を湯気で上気させながら、シャワーを浴び続けています。


 

「シャーーーーーッ……!」
 利樹は水の勢いを少し緩めると、身体を洗うのを止め、滝に打たれるかのようにひたすらお湯を浴び続けました。


 

(舞は俺のものだ……!)
 もはや誠に対して悪感情を抱いているわけではありませんし、仲間として彼を認めている利樹でしたが、舞のことになると別問題のようです。


 

「舞……」
 おびただしい湯粒に打たれながら利樹は何度も舞の名前を呟き続けました。

 

 

×××××××

 

 

「お疲れッス……!」
「おう、気をつけて帰れよ……!」
 最後の若職人が元気に挨拶をして現場事務所を後にしました。

 


「さてと……」
 それを笑顔で見送った徹郎は今日の進捗状況を報告するためにパソコンに向かいました。


 

 ここは福岡のとある新築マンションの建築現場。
 徹郎は現場の総監督としての業務を行っています。


 

「カタカタ…カタカタ……」
 昔気質の職人上がりで監督になった徹郎にとってパソコンをはじめとする様々な新システムの波は厄介なことこの上ないものでしたが、元来負けず嫌いの性格と好奇心の強さが幸いして最初こそ戸惑いましたが、今ではそれらのシステムを完全に自分のツールとして使いこなしていました。


 

「カタカタ……」
 報告書を作成しながら徹郎はドゥリムのことを考えていました。
 作業中は決して考えないようにしているドゥリムのことはこうした事務仕事を開始すると途端に頭を擡げてくるのです。


 

(どうして俺たちは無事に……怪我こそしたが生きて戻ってこれたのだろう……?宇宙人にとってあの瞬間こそ俺たちを倒す最高のタイミングだったはずなのに……)
 誠が抱いたのと同じ疑問を徹郎も持ち続けていました。


 

「カタ……カタッ……」
 その疑問にタイピングの速度も落ちます。


 

(次が正念場かもな……)
 それは数々の現場を経験し、時には危険な目にも遭ってきた職人の直感でした。


 

 彼がパソコンを使う傍らには妻、息子、娘の家族四人で写っている写真が飾ってありました。

 

 

×××××××

 

 

 ここは東京。
 とあるマンションの一室。


 

「ハァ………」
 溜め息をついているのは舞。
 彼女はバスローブ姿でワインを飲みながら、退屈そうにテレビのバラエティ番組を観ていました。

 


「ガヤガヤガヤガヤ……!」
 スピーカーからはお笑い芸人やタレントの騒々しい声が流れています。
 舞はそれに全くと言って良いほど耳を傾けていないので単なる喧騒にしか思えない状態でした。


 

「コクッコクッ……」
 “飲む”というよりは“流し込む”勢いでワインを空にする舞。


 

「ピンポーンッ……!」
 すると突然インターフォンが鳴りました。
「ケッ……!」
 面倒くさそうに舌打ちをした舞が受話器を取ります。
「………」
 しかし、彼女は無言でした。


 

「ねぇ、舞っ……!そろそろ仕事復帰してくれてもいいんじゃないかな……?」
 30代前半と思しきスーツ姿の男が画面に映りました。
 外に立っていたのはマネージャーだったのです。


 

 舞はドゥリムから戻って来た次の日、つまり今この日仕事を全てキャンセルして自室に閉じ篭っていました。
 マネージャーは原因不明のサボタージュを起こした舞と話をするべく部屋にやって来ました。


 

「………」
「ガチャッ…!」
 舞は無言のまま受話器を置いてしまいました。


 

「ドンドンドンドンドンッ……!!」
 こうなるとマネージャーもさすがに態度を変えるしかありません。
 彼は乱暴にドアを叩きながら、
「舞っ…!出てきなさい……!話し合おう……!!」
必死の口調で叫んでいました。


 

「ガタッ……!」
 舞はぞんざいに立ち上がってドアへと向かいました。


 

「ギギィッ……!」
 そしてマネージャー以上に乱暴にドアを開けると、
「シュッ……!」
「バゴォッ……!」
「グエッ……!」
 掌打の要領で掌を振りました。
 それはマネージャーの顎にクリーンヒットし、哀れ彼はその場に失神してしまいました。


 

「次は殺すよっ……」
「バダンッ……!」
 聞こえているはずもないマネージャーに向かって乱暴に言い捨てた舞は壊れんばかりの勢いでドアを閉めました。

 

 

×××××××

 

 

 再び誠の家。


「カチャッ……」
 誠は自炊して夕食を済ませました。
 とはいえご飯を炊いただけで後は出来合いのおかずを買ってきただけに過ぎないのですが、普段はご飯を炊くことすらせずに外食かコンビニ弁当で済ませてしまう誠にとってはこれでも立派な“自炊”だったのです。


 

 彼は普段は気にすることすらしない白いご飯の味を何度も何度も噛み締めていました。
 噛み締めるうちにご飯は甘さを増してきます。
 この何気ない味を誠は噛み締めています。
 まるでこれが最後の食事であるかのように……

 

 

「カタッ……」
 食事を終えて入浴を終えた誠は襟の付いた白いシャツにブルージーンズという服装に着替えて、静架の横に座りました。


 

「………」
 静架は昏々と眠っています。


 

「静架ちゃん……君を助ける……そしてドゥリムも……僕たちも……」
 もの言わぬ静架にそう語りかけた誠は座ったまま眠りにつきました。


 

 彼はこれが最後のドゥリム召喚と心に決めて眠りにつきました。

 

 

×××××××

 

 

 ここはドゥリムランドゥ。
 草原の大木の下。

 


 二つの人影がありました。
 影の主は利樹と舞です。

 


 二人は他のメンバーよりも先にドゥリムへ召喚されたようです。
 木陰に座っている二人はとても親密な様子で何事かを話していました。

 


「マジかよっ…!ウソじゃないよなぁ……?」
 喜びの歓声を上げたのは利樹です。
 座っているにも拘らず彼は身体を弾ませています。

 


「ええ……この闘いが終わったら……あっちでも逢って二人で暮らしましょう……」
 憂いを帯びた瞳で舞が利樹を見つめます。
 その視線が更に利樹を興奮させました。


 

「ホントにホントだな……!?」
「本当よ………」
「なら証拠を見せろよ……!」
 利樹の目がギラリと輝きました。


 

「証拠……!?」
 舞がクリクリした瞳を丸くします。
「ここで抱かせろ……!」
 獣の、雄の本能を剥き出しにした利樹が舞に迫ります。


 

「ダメよ……ここじゃダメ……闘いが終わってから……あっちで……ね……?」
「ガバッ…!」
 やんわりと拒否した舞の身体を利樹は強引に押し倒しました。


 

「いや……寺岡さん……もう……」
 利樹は慣れた手つきで舞の身体を激しく愛撫しています。
「一度でイイんだ……ここで……なっ……!」
 利樹の興奮はもはや抑え切れないところまで来ているようです。


 

「わかっ……たわ……」
 遂に舞も観念して身体の力を抜き、利樹に身を委ねました。
「舞…舞……!」
 うわ言のように彼は舞の名を呼び続けました。


 
「危ないっ……!」
 すると突然聞き慣れた声が二人の耳元に飛び込んできました。

 


「………!?」
「ハッ……!実沢さん……」
 舞の台詞の通り、二人の背後5mという所に誠が立っていました。
 その表情は誰かを心配しているかのようなものでした。


 

「誠っ……!」 
 逢瀬を邪魔された利樹は仲間であるはずの誠に厳しい視線を投げかけています。


 

「お前、見てたのか……?」
「いや、今ここに着いたところだ……」
「せっかくのお楽しみに割って入るんじゃねぇよ……!お前には出歯亀の趣味でもあんのかっ……!?」
 利樹の怒りは頂点に達しているようで、以前のように口汚く誠を罵ります。


 

「俺は君を助けに来たんだよ……」
 誠の口調はあくまで冷静です。


 

「あぁ…!?舞をか……?」
「違うっ……利樹、君をだ……」
「はぁっ……!?」


 

「その舞さんは偽者だからだっ……!」 
 誠の口から衝撃的な言葉が出てきました。


 

「………」
 その言葉を耳にしても舞は先程とは豹変して無言を貫いています。


 

「ヘッ……!?何言ってんだお前……!?」
 代わりに利樹が怒りを露にします。


 

「……明確な証拠はないけど……その舞さんは……宇宙人が化けている……」
「だから何を世迷言ぬかしてやがるんだよぉっ……!」


 

「ダダッダダッ……!」
 利樹が遂にキレて誠の眼前に立ちました。


 

「なぁ、ホントのこと言えよ…!誠は俺と舞がバッチリの関係になったのを見て、悔しくてだまくらかそうとしてるんだろ……?なぁっ……!!」
「利樹……君も気づいているんじゃないか……?彼女が偽者だって……」


 

「ガアァァァァァッ……!」
「シュウッ……!」
「ボガッ……!!」
「クッ……」
 逆上した利樹は右フックを打ちました。
 本来なら避けられるはずなのに誠はあえてそれを受けました。
 利樹のパワーのあるパンチに倒れこそしませんでしたが、悶絶する誠です。


 

「証拠見せろよおっ……!」
 利樹の絶叫が草原にこだましました。

 

「さっきも言ったけど明確な証拠はない……けど、僕が彼女を疑い始めたのは僕たちの呼び方だ……」
「呼び方……」
 利樹もハッとして身を固くします。
 思い当たる節がありそうです。


 

「“寺岡君”、“実沢君”って苗字で呼んでいる……あれだけこの世界で呼び方にこだわった舞さんが……そして……」
「そして……!?」


 

「僕たちは前の召喚の最後に敵に背後から襲われた。あの瞬間にどうして奴らはとどめを刺さなかったのだろう……?」
「………」


 

「宇宙人がどんな人格を持っているかなど地球人には到底理解できないだろうけど、奴らは僕たちのことを多少なりとも理解、というか調査しているようだ……奴らは僕たちを精神的に嬲って殺すつもりだったんだ……」
「ど……どういうことだ……!?」


 

「このドゥリムで一番僕たちが精神的にダメージを受けるのはメンバーに裏切られることだから……」
「ま……俺にはさっぱり何が何だか……」
「利樹が悪いわけでも何でもないんだよ……これも僕の推測に過ぎないが舞さんはもう既に宇宙人に殺されていると思う……」
「………!?」
 更に衝撃的な誠の言葉でした。
 さすがの利樹も完全に言葉を失ってしまいました。


 

「あの洞窟の見張りをしている時にね……僕がそう思った理由も極めて整合性のない曖昧な憶測なんだけども……洞窟の中で静架ちゃんが意識不明に陥っていて未だに回復していないのにどうして舞さんは気絶だけで済んだんだろうって思ったのが僕の疑惑の最初…」
「あ………」
「一つ疑問が湧き上がってくるとさっきのようなそれまでの舞さんと違う部分が浮き彫りになってくる……それらも小さいものだけど積もると大きい疑惑になっていった……」


 

「フッ……!」
「シュウゥゥンッ……!」
 そう語りながら誠は瞑想に入り、専用剣を取り出しました。


 

「ツカツカツカ……」
 そして剣を構えてゆっくりと舞の方へ向かいます。
「お、おいっ……誠、どうするんだ……!?」
「彼女が本物かどうか確かめる……」
「……ってもしお前の推理が違っていたらどうするんだよぉっ……!?タダでは済まさないぞ……!」
「その時はどんなペナルティも受けるよ……僕は覚悟を決めて今日召喚された……!」
「覚悟……!?」
「今日でケリをつけるってことだっ……!」

「ジャキッ……!」
 自分の間合いに入った誠が剣に力を込めます。


 

「ボウワッ……!」
 剣は青白く燃え盛り始めました。
「ダアァァァァッ……!」
 誠は上段から思い切り剣を振り下ろしました。


 

「スゥッ……」
 無言のまま舞は攻撃をかわします。
「かかったな……!」
「ビュウゥゥンッ……!」
 誠は槍投げの要領で剣を投げました。


 

「ブサアッ……!」
 剣は舞が動いた方向に刺さります。
「………!」
「ズダンッ……!」
 スピードを落とすことができなかった舞はそれに足を引っ掛け倒れてしまいました。


 

「グゥ………」
「舞……嘘だ……!」
 倒れた舞が起き上がった際に口から漏れてきたのは獣のような唸り声。
 更に口元からは黄色い液体が雫となってポタポタ落ちています。
 その様子を見た利樹は明らかに取り乱しています。


 

「正体を見せたな、化け物……!」
 誠は攻撃の手を緩めません。
「ムンッ……」
 両手を組み合わせて瞑想に入る誠。
「フワッ……シューンッ……」
 すると突き刺さっていた剣が浮き上がり、
「ガシッ……!」
飛行して誠の手元へと戻ってきました。
「あいつ…いつの間にあんな能力……を……!?」
 これには利樹も驚くばかりです。


 

「ガギャアァァァァッ……!」
「ドドッ、ドドッ……!」
 舞の姿をした宇宙人が突進してきます。
「ハアッ………!」
 誠が右手一本で円を描くように剣を振り下ろしました。


 

「化け物め、舞さんの顔になりすますのはやめろっ……!」
 誠の叫びが響き渡ります。


 

「ピッシイィィィィッ……!」
 凄まじいスピードで振られた剣は怪物の眉間の辺りを捉え、
「ビジュウゥゥゥゥゥッ……!」
 そこを起点として怪物を真っ二つに切断しました。
「グギャワオウゥゥゥゥゥゥッ……!」
 断末魔と共に美しい舞の顔が割れ、二個の骸になっていきます。


 

「グゥッ……!」
 利樹はその惨状を目の当たりにすることができずに目を背けました。
 その表情は涙こそ流していませんが泣いていました。


 

「……………」
 宇宙人を倒した誠は対照的に表情こそ冷静でしたが、滝のような涙を流していました。

 

 

×××××××

 

 

「………」
 利樹は木陰に座ったまま無言でずっと佇んでいます。

 


「スッ……」
 目の前に手が差し出されました。
 手の主は誠です。

 


「誠……」
「君にはすまないことをした……もう少し、せめてあと5分早かったらこんなに悲しまずに済んだろうに……」
「ケッ……!」
 利樹はわざとキザっぽく誠の手を借りて立ち上がりました。

 


「優し過ぎんだよ、お前はよ……!」
 ようやく利樹に笑顔が戻ってきました。
「お前だって俺以上に舞のことを……」
「サッ……!」
 その言葉を誠は遮りました。

 


「考えると悲しくなるだけだよ……今は……」
「そうだな……」
「ケリをつけてからゆっくり話そう…」
「俺もそう思ってたところだ」
「行こう…!」
「おうよ…!」


 

×××××××

 

 

 ドゥリムの町の入り口。
「………」
 そこに一人無言で立っていたのは徹郎でした。

 


「ザッザッザッ……」
「ン……!」
 足音に振り向くとそこには誠と利樹が立っていました。


 

「来たか……」
「徹郎さん……」
 誠はこれまでのいきさつを徹郎に話しました。

「そうか……舞さんがな……これから花開く女性だったのに……」
 徹郎はそう言うと悲しげに目を閉じました。


 

「静架ちゃんはどうした……?」
「現実世界の僕の部屋にいます。意識不明のままです……」
「うむ……」


 

「徹郎さん、利樹も聞いてほしいんだけど…」
「ン……?」
「何だ……?」
「僕と静架ちゃんは現実でも一緒にいる…彼女の意識があろうがなかろうがそんなことは関係なく一緒にいるんだ……」
「ふむ……」


 

「これっておかしくないですか…?ドゥリムで会った人間は現実では会うことのない、会ってはいけないというのが世界のルールでしたよね…?」
「確かにな……」
「けれど実際に僕と静架ちゃんは一緒にいて、そのことで何ら罰を受けることもない…これが舞さんのことも含めて僕が再びこの世界に疑問を持つきっかけになったんです…」


 

「疑問だって…!?」
「そう……とはいっても前に僕が抱いた“脳内世界”って意味じゃない……“ドゥリムランドゥ”は確かに存在する……けど、それは“ここじゃない”って疑問さ……」
「えっ……!?」
「誠……!?」
 誠の仮説に驚愕の声を上げる二人。


 

「この世界そのものが宇宙人が作り出した“偽のドゥリム”じゃないかって僕は思っている……!」
「………!?」
「………!?」
 誠が語り出した大胆な結論に二人も声を失います。


 

「そう思ったの理由は……前に逆戻りするけど、ここで決闘させられたことだ…いくら地球に迫る有事とはいえ、別世界の主がそんな闘う者の人格を無視するようなことをするだろうかってずっと考えていた……」
 無言で誠の仮説に聞き入る徹郎と利樹。


 

「そしてそれよりも大きな理由…それはあいつ、“声”がチームが動き出してから全く姿を見せなくなったことだ…!」
「……!!」
「……!!」


 

「あいつは言った。僕たちと同じように50人が召喚されて同じようにチームになって10チームで宇宙人と闘うと……!けど、その欠片すらも僕たちは見受けることができないで現実とここを行ったり来たりしている……!」
 誠の瞳に青白い炎が宿りました。


 

「あいつは僕たちを騙したんだ……!」
「けど、それならこんなまどろっこしいことせずに一思いに俺たちを倒せば済む話なのでは……?」
 徹郎が疑問をぶつけます。


 

「それは正直僕にもわかりません……けれども、舞さんの偽者のことからわかるように奴らは僕たちの精神を弄んで、嬲り殺しにしたがっているように感じるんです…!」
「ケッ……!」
 思い出したくない惨劇がフラッシュバックした利樹が唾棄しました。

 

 

「スクッ……!」
 車座になって座っていた誠が突然立ち上がり、天空をキッと睨みつけます。
「おいっ…!隠れてないで出て来いよ……!僕たちはお前と決着をつけるため、そのために来たんだ…!出て来いっ……!」


 

「サアァーッ……」
 誠がそう叫んでも返ってくるのは風の音だけです。


 

 しかし突然、
「サアァーッ、アァァァァァァァッ……!」
風の音が唸り声に変わりました。


 

 その声は確かに“謎の声”のものでした。


 

「やっと来たか……」
『アァァァァァァァッ……!実沢誠よ、よく気付いたなぁぁぁぁぁぁぁっ……!』
 久しぶりに聞くその声は邪気に満ち満ちていました。

 


「ちきしょう……よくも俺らを騙して……舞を殺して……!」
「ギリギリギリギリ……」
 怒りで歯軋りをしながら呟く利樹。
 怒りのあまり噛んだ唇が切れて真っ赤な血の雫が流れ落ちています。


 

「ジュウンッ……!」
 瞑想した利樹が真紅の斧を手にしました。
「ウオリャァァァァァッ……!!」
 全ての怒りをぶつけるべく斧を声のする方へ投げつけました。

 


「スゥン……」
 しかし、斧は空しく空を切るばかりでした。
「ちきしょう…出てきやがれ……!!出てきて闘えっ……!」
 ブーメランのように戻ってきた斧を闇雲に振り回して絶叫する利樹。

 

 

「もう出てきているのかも知れんな……」
 黒日本刀を構えた徹郎の声です。
「エッ……!?」
 今度は誠が驚いています。


 

「この世界全体が宇宙人の一部なんじゃないのか……?」
 それは当たっているとすればあまりにも恐ろしい仮説でした。


 

「そんな……!?」
『ギャハハハハハッ……!さすが一番人生経験積んだだけのことはあるなぁ……!』
 “声”が下劣な口調で応えます。


 

『その通りだよ…!ご名答だよ…!ここは偽のドゥリムランドゥ…!そして俺の一部、すなわち貴様らは俺の体内にいるんだよぉっ……!』


 

「やはりな……」
「何てこった……」
「…………」
 失意の様子の三人。
 そこに“声”、いや宇宙人が追い討ちをかけてきます。


 

『体内にいるからよぉ…お前らは俺の意のまま……!そしてこの世界も俺の意のままってこったぁ……!ギャハハハハハハハッ……!』


 

「ズザッ……」
「ザザザッ……」
「ザッザッザッ……」
 宇宙人の笑い声が合図になったのか、町にいた住民たちがゾンビのようにゆっくりとした動きで誠たち目指して進んできます。


 

「ドドドドドドドドッ……!」
 彼方からは地鳴りのような音が聞こえてきました。
 それがウイ牛や巨大ムカデをはじめとする怪物であることは明白でした。


 

「グッ……!」
 各々自分の武器を握り締め、構える三人。
 全員、まだ諦めていない様子です。

 

 

「どうするよ…?」
「どうするって闘うしかないよ……!」
「そうだな、どうせ死ぬのなら黙って殺されるんじゃなく、最後まで抵抗して果てたいものだ……」
「ケッ……カッコイイこと言っちゃって……俺だって同じだからな……」


 

「よし、それなら三方に散るぞっ…!」
「はい…!」
「おうよ…!」


 

「みんな、またどこかで会おう…!」
「天国で…!」
「俺は地獄行きなんでね…!」
「ダダダダッ……!」
 誠は真正面、徹郎は右、利樹は左へと走り出しました。
 三人が向かう方向には住民に化けた怪物が歩いています。

 

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
「シュウンッ……!」
「ビジュッ…!」
「………」
 誠は袈裟切りを封印してひたすら水平切りを繰り出して、ゾンビと化した住民の首を刎ねていきます。

 

 

「…っせぇぇぇぇぇぇぇい……!」
「ブウンッ……!」
「ブヂャアッ……!」
「ギャギャァァァァァァッ……!」
 利樹はとにかく力任せで斧を振りかざし、まるで肉を削らんばかりの勢いでゾンビを仕留めていきます。

 

 

「フンッ……!」
「バサッ……!」
「シッパァ……!」
「………」
 徹郎も誠同様、体力を消耗する縦の動きは避け、水平切りで的確に首を落としています。

 

 

『ヒャヒャヒャッ……!頑張るねぇ、人間ふぜいが……!しかし、いつまでもつかな…?ギャハハハハハッ……!』
 宇宙人の下卑た笑いが偽の空間にこだまします。

 

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
「シュウンッ……!」
「ビジュッ…!」


 

「………」

「…っせぇぇぇぇぇぇぇい……!」
「ブウンッ……!」


 

「ブヂャアッ……!」
「ギャギャァァァァァァッ……!」

「フンッ……!」


 

「バサッ……!」
「シッパァ……!」
「………」

 三人がどんなにゾンビを倒そうとも次から次へと敵は涌いて出てくるのです。

 

 

「ハァハァハァハァ……」
「クッ…ちきしょう……!」
「フゥフゥフゥ……」
 怪物を各々10匹も倒したところで3人とも息が荒くなり出しました。


 

 そして終わることのない戦闘地獄に精神面での疲労も極限まで達していました。

 

 

「ハァハァハァハァ……まだっ……まだまだぁっ……!」
「シュウンッ……!」
 誠が気合を入れ直し、ゾンビの首を切り裂いていきます。

 


「よ、よし……!」
「ムンッ……!」
 その行動に触発された利樹と徹郎も続いて気合を入れ直します。

 

 

『ヒャハハハハ…!すげぇすげぇ……!それじゃ、これならどうだっ……!!』
 宇宙人がそう言うと、
「ゴガァァァァァァァァンッ……!」
 突如アイボリー色の空に雷鳴が轟きました。


 

「ピカァァァァッ……!!」
「シュゥゥゥゥゥゥゥゥン…!」
「シュゥゥゥゥゥゥゥゥン…!」
「シュゥゥゥゥゥゥゥゥン…!」


 

 雷鳴は三つの雷となって、
「ガチャアンッ!」
「ガチャアンッ!」
「ガチャアンッ!」
 3人の武器めがけ落ちて行き、武器を焼き払ってしまいました。

 

 

「これは……!?」
「ゲッ……!?」
「しまった……!」
 


『そうよ…!その武器も元は俺の創りしもの……!今まではハンデだと思って持たせていたがそれにももう飽きたわ……!』

 

 

「バダンッ……」
 唯一の頼みの綱であった武器を失った3人は力なくその場にへたり込んでしまいました。
 皆一様に放心状態です。


 

「ブエェェェェェェェ……」
 その隙をついて大量のゾンビが3人を取り囲みました。

 

 

『ギャハハハハハハハ…!お遊びは終わり…!ままごとはジ・エンド…!!そして、お前らの命もここで尽きるのだっ……!』

 

 

「ドドドドッ……」
 ウイ牛や巨大ムカデといった怪物もあと数mの所までやってきました。

 もはや“絶体絶命”としか言い様がありませんでした。

 

 

「あ………」
 誠は全てを失い、黄色い血塗れになってゾンビに蹂躙され始めていました。
 利樹と徹郎の方を見ましたが、どちらも大量のゾンビに埋もれて全く見えません。


 

 最期にもう一度仲間の顔を見たいなと切に思います。
 脳裏には舞と静架の笑顔も浮かんできました。

 

 

(精一杯僕は闘った……悔いはないよ……)
 頬を涙が伝います。


 

(でも……もっと生きたかったな……このテンションのままでさ……)
 観念したのか誠は動くのを止め、ゾンビにされるがままになっています。


 

(おかあ……さ……ん……)
 遠く離れた世界にいる母のことを断末魔が訪れようとしているその瞬間に思いました。


 

『ギギャグワバァァァァァァァァァァァァァッ……!!」
 すると突然、宇宙人の汚い絶叫が聞こえてきました。

 


「ハッ……!?」
 あまりの声の大きさに全てを投げ出した誠も目を開けました。


 

「な……何……!?」
 声のする方を見上げると、想像を絶する光景がそこにはあったのです。


 

「ブッジュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!」
 巨大な手が貫き手の要領で宇宙人の身体を貫いていました。


 

「ボドボドボドボドボドボド……」
 貫かれた傷口からは滝のような黄色い出血が迸っています。


 

「サアァァァァァァァッ……!」
 巨大な手の隙間から光が射し込みます。


 

「ウッガアァァァァァァァッ……!」
 その光を浴びたゾンビたちがたちどころに溶けていくではありませんか。


 

「サラァァァァァァァァ……!」
 更には偽りのドゥリムの町もぐんぐん溶けて気化していきます。

 

 

「……………」
 誠は呆気に取られて、恐怖すら感じながらその光景を眺めていました。
 徹郎と利樹も同様でした。

 

 

『この地球に迫りし侵略者どもよっ……!此処は貴様らの好き勝手にはさせんっ……!』
 威厳のある女性の声でした。


 

(この声……!?)
 誠にとってとても懐かしい響きを持った声です。


 

『誠……誠……!』
「は、はい……!」
 女性の呼びかけに誠は立ち上がりました。


 

『この者へのとどめは貴方がなさい……!徹郎と利樹も……』
「スクッ……!」
 3人は呼吸を合わせたかのように同時に立ち上がりました。

 

 

『これを受け取って……』
「フウゥゥンッ……!」 
 そう言うと女性は青い剣、真紅の斧、黒日本刀を出現させました。
 ゆっくりと主の下へと降りていく武器。


 

「ガシィッ…!」
 3人ともしっかりと武器を受け取りました。


 

『さぁっ……!!』

 

 

「ビュンッ…!!」
 3人は同時にジャンプします。
 宇宙人の傷口めがけて…

 

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
「シュウンッ……!」

「…っせぇぇぇぇぇぇぇい……!」


 

「ブウンッ……!」

「フンッ……!」
「バサッ……!」

 

 

「ブッジャアァァァァァァァァァァァァッ……!」
 誠の剣、利樹の斧、徹郎の刀が巨大宇宙人の身体を切り裂いていきます。


 

『ウギャッ、ウギャグワガアァァァァァァァァァァッ……!!』
 凄まじい断末魔の絶叫を上げる巨大宇宙人。

 

 

「シャッパアァァァァァァァァァァァァッ……!!」
 目映いばかりの閃光が辺り一面を包み込みます。


 

「あっ……!」
 誠は薄れ行く意識の中で驚愕の声を上げていました。


 

「君……は……!?」
 誠たちを助けたのは宇宙人に負けないくらい巨大な女性でした。

 

 

 解脱したような穏やかな微笑を湛えているその顔は……
 誠の部屋で意識を失っている少女……
 

 

 宮町静架だったのです……!


 

 

~エピローグ~

 

 

「ここは何処なんだろう……?」
「どこでもイイじゃねぇか…!こうして生きて戻ってこれたんだからよ…!」
「そうだ……現実社会にいる限り俺たちは何処へだって行けるし、家にも帰れるんだ……」

 

 

「そうですね……ところで……二人ともこれからどうするんですか……?」
「どうするって……町へ降りてここが何処か確かめて家に帰るさ……」
「俺もだ…明日仕事だからな……」


 

「うわっ、徹郎さんその怪我で仕事行こうっての……?」
「ホントですよ…一日くらい休んだ方が……」
「俺がいないと現場がまとまらないんだよ……」
「いない方がまとまるんじゃない…?ヒハハハ……!」
「この野郎…!」
「わっ、ゴメン…冗談、冗談だってば……」


 

「僕はもう少し此処にいます……何だか気に入っちゃって……」
「学生は気楽だな…」
「ええ、利樹さんも戻ってみたらどう……?」
「てめぇっ……!」
「ハハハハッ、冗談ですよ……」

 


「……ったく……あ、そういえば……」
「えっ……?」
「誠の家にいる静架ちゃんはどうなったんだろう……?」
「俺も気になっていた」
「それなら……あの娘はきっと助かっていると思いますよ……!」
「何だ…?また根拠がないのに自信がある言葉を……!」
「いや、本当にそう思うんです……どちらにしても僕は彼女を札幌へ送るまで看病します」
「それがいいな……」


 

「そうだな……さて、そろそろ俺は行くぞ…陽も昇ってきたようだし……」
「俺も行くわ…黄色い血がベタベタして気持ち悪いからよ…」


 

「徹郎さん、利樹さん、お元気で……」
「誠君も……」
「勉強頑張れよ、誠……」
「はい……」


 

「ありがとう…!」
「ありがとな……」
「僕の方こそありがとうございました…!」


 

「今度会ったら酒でも飲もうぜ…!」
「一度博多まで遊びに来るといい…」
「はいっ…!」


 

「じゃあな…!」
「また会おう…!」
「それでは……!」

 

 

 昇ってきたばかりの朝日を背にして、誠と利樹と徹郎の三人は別れを告げ、それぞれの道へと去って行きました。

 

 

「フゥ………!」
 息を吐いてその場に腰を下ろす誠。


 

 ここは日本のどこかであることは間違いないのですが、誠たちの知らない山の頂です。
 死闘の末、宇宙人を倒した誠たちは現実世界へと戻ってきたのです。

 

 

「………」
 誠は今ドゥリムランドゥでの出来事を思い出しています。
 結局あの場はドゥリムではなく、侵略者である巨大宇宙人の体内でした。
 巨大宇宙人が何故あのような邪悪な侵略法を用い、何故誠たちを召喚したのか、他に召喚された人はいたのか、謎は謎として残りました。

 

 

 けれども誠はその謎を解き明かそうとは考えませんでした。
 偽とはいえドゥリムランドゥが存在し、仲間と共に生き、共に闘い、成長した現実があれば十分だと思ったからです。


 

 白鳥舞の死も今は悲しい出来事ではありましたが、誠の中で彼女のことはやがて美しい思い出としていつまでも残ることでしょう。

 

 

 そして…
「もう出てきていいよ……!」
 誠は誰かに話しかけました。


 

「パタパタパタ……!」
 誠の血ですっかり黄色くなったシャツの胸ポケットから何かが飛び出してきました。


 

「誠お兄ちゃん……!」
 身の丈15cmあるかどうかの羽の生えた人間でした。
 服は着ていません。


 

「裸で寒くないの……?」
「ちょっとね……」
 その顔は宮町静架でした。


 

「家に着いたら服を作ってあげるから…それまではこれで我慢して…」
「ビリビリ…」
 誠はそう言うと自分のシャツの左袖を器用に引きちぎり、形を整えて静架に巻いてあげました。


 

「ありがとう…!やっぱり誠お兄ちゃんは優しいな…!」
「それにしても君が妖精だったなんて…」


 

「私は現実世界の人間が偽ドゥリムに召喚されたのを助けるために本当のドゥリムから送り込まれたのよ……だから現実世界でもずっとお兄ちゃんたちを見つめていた……」
「そうだったのか……ところでドゥリムランドゥに帰らなくて大丈夫なの…?」


 

「うん……ニンフは私だけじゃないから……それにドゥリムは宇宙人の侵入を防ぐために入り口が閉ざされちゃったんだ……だから、当分帰れないから誠お兄ちゃんの所にいてもいいかなぁ…?」
「いいさ…!」
「本当…?ありがとう…!」
 そう言うと妖精、静架は誠の頬にキスをしてそのまま抱きつきました。


 

「さぁ、僕たちも帰ろう…!」
「うんっ……!」
 


 真っ赤に燃える朝日が二人を優しく包んでいました……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドゥリム闘話」

 

 

~完~

 

 

 

 

*この物語はフィクションです。

 


 

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 ブログに載せる自作長編小説としては第3弾となる「ドゥリム闘話」が昨日完結した。

 

 この作品自体はとある小説コンテスト用に2007年に書いたもので、〆切に無事間に合って応募した。

 

 結果が落選だったのでここに公開することにしたのだ。

 

 物語そのものはほぼ応募した状態のままで、表現や言い回しが変だなと思ったものについては手直しをいくつか行った。

 

 

 さて、1年間連載しておいて何だが、この「ドゥリム闘話」個人的には”大失敗作”だと思っている。

 

 ファンタジーを書いてみたいという欲求がずっとあって、形にしてみたのがこの作品だったのだが、俺の欠点である”練り込みの足りなさ”がモロに出てしまった。

 

 夢の中でしか行くことのできない”ドゥリムランドゥ”という世界をもう少し緻密に構成できたら、それでいて荒唐無稽さがあればこの作品はもっと説得力を持ったのにと感じている。

 

 その証拠にドゥリムでの話よりも現実世界での話の方が圧倒的に出来が良い。

 

 世界観にインパクトがないなら魅力的なキャラクターを配置すれば、それで物語を引っ張るという方法も取れたのだが、主人公の実沢誠をあのようなキャラに設定してしまったがために全く物語が弾まなくなってしまった。

 

 それでも誠の成長譚としてどうにか収束できたのは良かったというべきだろうか。

 

 

 この作品を書いた2007年は俺にとって最悪の年だった。

 

 もう過去のことなので、いつかここにも”どう最悪だった”のか書こうと思っているが、俺の精神的なバランスの悪さがそっくりそのまま出てしまった作品なのかもしれない。

 

 ドゥリムで自己の存在を見出せずに泣き叫ぶ誠の姿は現実の俺の内面だったのだろう。

 

 だから忌むべき作品になったのだろうか。

 

 今も読み返すと傷が疼くような感覚に陥る。

 

 

 もう1回今の状態で書いたらどうなるだろうか?

 

 そんなリベンジ精神が湧いてくる作品だ。

 

 機会があったら書き直してみたい。

 

 

 ともあれ1年間お付き合いくださってありがとうございました!

 

 

 まとめ直して再掲載しますので読んだ方もそうでない方もご一読ください。

 

 

 

 

 

From:drivemycar

 

 

 

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