Drivin' with The Devil

主に自作小説・ロック論・マンガ論などを”狭く深く”書いてます。 どうぞ気軽に楽しんでいってください。。。!! 

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 もし発端を突き詰めていったらそれは”自分たちより上の存在はない”という驕った考えだったのかもしれない。

 

   ×××××××

 

 人はいつも物事が起こってしまってから後悔する生き物である…

 

 ここはM県の最北部に位置するW町。

 6月のある日の深夜、1台のRV車が町道を走り抜けていた。乗っているのは役所勤め風の若い男だ。残業帰りらしく表情には苛立ちが見える。

「カシュッ…」

 男はタバコに火を点け、いつものように車の窓を半開きにした。

 すると、明らかにいつもとは違うまるで刺すような風が中に入ってきた。

「ゴウアーーーーッ!」

 軽快に鳴っていたカーラジオの音楽もかき消すほどの勢いだった。

「……!!」

 男は驚いて車を路肩に停めた。

 ちょうど左手に山がそびえ立っており、ハイキング用の山道が何ヶ所かある。風は山に何人たりとも立ち入らせないかの如く吹きすさんでいた。

(何だ…?さっきまではこんな風…)

「ビューーーーーンッ!!」

 風はなおも轟音を立てる。

 男はちょっとした恐怖を感じた。が、家路を急ぐことなど忘れてしまったらしい。山を探検してみようという妙な好奇心が恐怖心を勝ってしまったからだ。男はタバコを足でもみ消すとトランクから懐中電灯を取り出して山道へ入って行った。

 同時に山の周りを旋回していたカラスともコウモリとも判断のつかない鳥の群れがけたたましく鳴いた。

「ギャーァ…!」

 男は鳴き声など耳に入らない様子で懐中電灯で辺りを照らしながら早足でズンズン奥へと進んで行く。

「ザッザッザッ…」

 山道はやがてけものみちへと変化を遂げた。少しずつ草木で進入し辛くなってきた。それでも男は奥へと進んで行った。

「…?」

 突然立ち止まる男。藪の中が全くの無風であることに気付いたからだ。

(おかしい…やっぱり何かあるぞ…)

 山に入ったことをやや後悔し始めていたが好奇心を払拭するまでではなかった。

 更に5分ほど歩を進めた辺りで男の遥か正面に薄明かりが見えてきた。男は慌てて懐中電灯を消すと、それまでにはない慎重さで前進した。

「ジリ、ジリ、ジリッ…」

 ぼんやりとしていた明かりが少しずつ明るさを増してくる。男は近くの大木に身を隠し、明かりの先を凝視した。

「ヒィッ!!」 

 悲鳴ともつかぬ男の驚いた声。

 そこには…

 まず男の目に飛び込んできたものは大きな焚き火。

 そして、時折焚き火を覆う影…

 影の正体は見たこともない得体の知れない生物だった。身の丈3?はあるだろうか、毛むくじゃらの全身!異様につり上がった眼!頭には闘牛を思わせるような大きな二本の角!そんな怪物が30(人?匹?)ほど群れを成して宴を繰り広げていたのだった。

「ワッハッハーーーッ!」

 酒なのだろうか?何かを飲みながら豪快に笑う者。

「ガツガツガツガツ……!」

 肉なのだろうか?焚き火で焼かれたと思しき何かを一心不乱に喰らう者。巨大な牙が何本も見え隠れしている。

「アウアウアウアーーーーーッ♪」

 大声で全く理解不能な歌を歌う者。

 まさに人間社会、あるいは文明社会と隔絶された特殊な空間がそこにあった。そんな信じられない光景を目の当たりにして男は全身を震わせていた。

「ガチガチガチガチ…」

 歯が鳴るのを止められないでいる。止めようとして奥歯を食いしばっても湧き上がってくる恐怖を具現化するように歯茎の奥から震えが起こっていた。

(や、やばいっ!)

 恐怖からハッと我に返った男は振り向いて来た方向を今まで以上の慎重さで走り出した。

「ドスッ!」

 正面から何かにぶつかった男。後ろに倒れてしまう。障害物はなかったはずだ。

「?」

 男が立ち上がりぶつかったモノを確認しようとした瞬間、

「ブウゥゥゥンッ!」

と物凄い速さで何かが飛んできた。

「ドゴォッ…ドゴッ!」

 ”何か”は男にぶつかり、5?以上弾き飛ばした。飛ばされた男は杉らしき大木に当たってうずくまっていた。

「がはっ…」

 立ち上がることもできずにその場で蠢いている男。意識は失っていなかった。が、肋骨が折れたのであろう、口から血を流して胸を押さえている。

「あぐ、あぁ…」

「ズンッ、ズンッ…」

 飛ばされてきた彼方から地鳴りのような足音が聞こえてくる。それは本当に地を揺らしており、揺れる度に男の全身に痛みが走った。

「ウゥ…」

 足音のする方をボンヤリと見つめる男、すると聞き取るのが困難な程の重低音の声が流れてきた。

「ホゥ、まだくたばらないとはな!案外丈夫と見えるっ!」

 それはさっきの怪物であった。つり上がった眼が不気味な光を宿していた。

 男は衝撃が怪物に殴られたものだと悟った。

 騒ぎを聞きつけて怪物たちが宴を中断してゾロゾロとやって来たのが見える。

「何だ何だ?」

「いったいどうしたっていうんだ?」

「人間じゃないか!何故ここに人間がまぎれてる?」

 杉の木を背もたれにしてうずくまっていた男を怪物たちが取り囲む。失禁していたがズボンの不快感よりもアバラの痛みがひどかったし、何よりも怪物の存在に驚かずにはいられなかった。

「お…前ら…な、何…者だ…?」

 男の問いに男を殴った怪物は露骨に機嫌を損ねたようで男の前にしゃがみ込み、男の胸倉を掴み激しく揺さぶった。

「その台詞そっくり返してやるわ!何故貴様がこの場所にいるのだ?風の結界に気づかなかったとでも言うのかぁ!」

「ゴ、ブッ!」

 揺さぶられ口から一層血をゴボゴボ流す男。

 怪物はその様子に野卑な笑みを湛えて語りだした。

「まぁよい、貴様のつまらん質問に答えるとしよう。よいか、我等は鬼だ!!」

「お、に…?」

 更に驚いた様子の男を尻目に鬼と名乗る怪物は続けた。

「貴様らのくだらん物語に出てくる鬼とはわけが違うのだっ!我等は造物主によって創られた精霊の一派なのだ!我等は貴様らがノコノコ現れるずっと以前から自然と共にこの日本で暮らしておったのだ!」

 男のことなど忘れてしまったかのように語り続ける。

「しかぁっし、貴様らは我等の存在が見えないのをいいことに我が物顔でのさばりやがってぇっ!!」

 男が口を挟んだ。

「そ、んなこと、言われたって…」

 鬼は横槍に腹を立てて男を平手で張り飛ばした。

「ベシィィィッ!」

 平手とはいえ3?の怪物が繰り出す一撃だ。男の口から更に大量の血が溢れた。

「ゴブゥッ…」

「知ったことかぁっ!貴様らがいなければ我等はもっと良い暮らしができるのだ!貴様らさえぇぇぇーーーーっ!」

 鬼は憤怒を抑えられずに男の首根っこを掴んで激しく激しく揺さぶった。反撃する力など男にはもうない。四肢をただブラブラさせるだけのマリオネットと化していた。口からは止めどなく血が流れ続け鬼の毛むくじゃらの体毛を濡らした。

「よせ!そのままでは死んでしまうぞ!」

 突然別の鬼が割って入った。暴力を振るっていた鬼より1?程高く、一見して長の風格を漂わせていた。

「申し訳ございません、覇(は)様!」

 暴力鬼は覇と呼ばれた鬼に頭を垂れた。

 覇は鬼を退けて男の眼前に現れた。

「冥土の土産に教えてやろう。我等はさる方の意思でもって日本人を根絶やしにすることになったのだ!さる方にとってはできそこないの駆除、我等にとっては報復なのだ!自然と共生できん貴様らなど生きていたって無意味なゴミだからなっ!」

 覇の口調も怒気を帯びてきた。

「もう始まっているんだよ!表向きは見えんだろう?そうだろうなぁ。貴様らは自分で自分の首を絞めながら滅び去っていくんだよぉっ!」

「……?」

「ハハハハハハハハハァァァァァーーッ!」

 男の意識はもう失われつつあった。それを逃さんとばかりに覇は男を思い切り頭上に放り投げた。

「ビューーーーッ」

「宴の続きじゃあっ!」

 木偶のように宙を舞う男を受け止めるべく覇はジャンプした。

「ガシッ!」

 男を受け止め降りてきた覇。

「ク……」

 わずかではあるが男はまだ意識があった。

 覇は牙を剥き出しにして笑みを浮かべた。

「よかった、まだ死なれては困るぅ!苦しんでくれんとな!」

 そう言うと男の首根っこを左手一本で掴んだ覇。

「肉がなくなりかけて座がシラケかけてたところよ!」

 覇は右手で男の口をこじ開け、下唇を掴むと一気に引き下ろした。

「ベベリ、ベリベリベリーーーッ!」

「ブギャアァァァァァァァーーーッ!」

 下唇からスーツごと男の皮が剥がされた。剥き出しになった筋肉の繊維から血が滝のように噴出していた。男は断末魔の叫びを上げながら絶命したようだが、残った上唇が酸素を欲しがる金魚の如くパクパクさせている。

「ウオォォォォーーーーーーッ!」

 雄叫びを上げながら男の亡骸を焚き火に向かって投げる覇。

「ドス…バチバチバチバチ……」

 煙と共に肉が焦げる臭いが充満する。 

 覇、焼きあがった男の肉を取り上げ、貪り食い出した。

「モシャモシャ…賽は投げられたぞ!皆の者、日本人を皆殺しにしてかの方に認められ鬼の楽園を築くぞぉっ!」

 覇のアジテーションに呼応し、鬼たちが雄叫びを上げた。

「オォーーーーッ!」

 再び宴が始まった。

 風の結界は相も変わらず吹きすさんでいた。

 

 すると山の上を旋回していた一匹のコウモリが突然山を離れた。コウモリではありえないスピードで飛んでいる。

「シャーーーーー…」

「フワン…!」

 コウモリは速度が増すとともに巨大化し、やがて人間と同じ位の体長になっていた。その姿は黒衣に身を包んだ、触角、羽のある女であった。

「やべぇ、やべぇよぉ…!」

 そうつぶやきながら羽の生えた女は何処へと消えていった。

 男が行方不明になった事件はすぐさま警察の知るところとなり、車が乗り捨ててあった山を中心に懸命の捜索が行われた。にも関わらず、車以外の遺留品は全く見つからず、また山の中も人が進入した(ましてや鬼が宴を催した)痕跡すらなくこのご時勢によくある失踪事件として早くも処理されてしまっていた。

 

 ×××××××

 

 数日後のある湿気の多い夜のこと。

 ここはM県の中心部S市内にある港、湿気がある夜にも関わらず雲は無く満月が異様な雰囲気でギラギラと輝いていた。

 港の中には不景気を反映してかいくつもの廃倉庫があるのだが奇妙なことにたった一ヶ所だけ明かりが付いていた。廃工場の薄明かりはギラギラした月と相まってどこか冷たさを感じさせるものだった。

 工場の中には高校生と思しき制服姿の少女が仰向けになって倒れていた。暴行を受けたらしく着衣は乱れ、顔の右半分は痛々しく腫れ上がり、口から流れてた血が凝固していた。可哀想なその両の瞳からは涙が止め処なく流れ落ちていた。

(あんなに泣いたのに、涙って枯れない…)

 放心状態の少女はぼんやりとしながらも様々なことを考えていた。

(こうなるんだったらさ…)

 ボーイフレンドの顔が浮かんできて悲しかった。

「パパが迎えに行くまで待ってなさい。」

 母親の言葉が幻聴になって聞こえた。

(そうよ、ママの言うこと聞いて待ってれば…)

 今度は両親の顔が浮かんできてなお悲しさが募った。

 ふと、少女が横を見やるとそこには無造作に投げ捨てられたカバン、壊された携帯電話、そして部活動で使っていただろうテニスラケットが転がっていた。

 不意に少女は起き上がった。同時に全身に痛みが走った。

「痛うっ!」

 視線の先には倉庫の屋根へと続く非常階段があった。少女は立ち上がると服を直すこともせずにふらふらと、しかし確実な目的を持って歩き始めた。

「タンタンタンタン…」

 塗装が剥げて錆の目立つ階段を彼女は夢遊病者のようにふらふらした足取りで上り続けた。屋根へと出るドアの前に辿り着いた。内鍵なので簡単にドアは開いてしまった。屋根の上へと出た少女は自分の家がある方角をしばらく眺めていた。

「……」

 何事も起こっていない、いやむしろ事件から目を背けているかの様に街明かりが人工的に煌いていた。

 少女は丸型の屋根の端の方まで来ていた。下を覗いて見る。かなりの高さであった。

「こ、れなら…大丈夫…」

 少女は無意識に両手を広げ身体をゆっくりと前へ倒した。

 少女はその時、さっき精神(こころ)の中に忍び込んで来たあの怪物のことを考えていた。

 が、それもつかの間のこと、少女の視界は漆黒の闇に包まれてしまった。

「ドサアァッ…」

 

×××××××

 

 時間軸は少し戻る。忌まわしい行為の最中のこと。

 ここは少女の精神(こころ)の中、一面黒いもやのかかっている空間を彷徨っている制服姿の少女がいた。不安そうな表情で手を前に出しながら障害物が無いかを一歩一歩確かめながら歩いていた。

「………」

 突然少女の遥か前方で何か動いたような物音がした。

「ガサッ…」

「!!」

 同時に感じた何者かの気配に少女の心臓は早鐘を打つ。

「だ、れ…?誰なの…?私の中にいるのは…?」

 しかし、返事はなかった。意を決した少女は音がした方向へ恐る恐る歩を進めた。

 どこまでも晴れることの無いもやの中の静寂が突然破られた。

「ウガワァァァァァァッ…!」

 けたたましい咆哮を上げて巨大な怪物が立ちはだかった。そう、それはまさにW町で残虐な宴を繰り広げていた鬼であった。

「ヒッ!」

 少女はあまりの恐怖に声も出せずにへたり込んでしまった。

「貴様失礼だなぁ、呼んだから出てきてやったと言うのにっ!」

 猛獣が話せたらおそらくこんな感じなのだろう、地の底から湧き上がる怒声は少女を戦慄させた。が、やっとのことで声を振り絞る。

「あ、なた、誰…?」

「我の名は刺(し)。この地に根付く精霊、鬼だっ!」

「鬼…?」

 少女は何が何だか判らずにいた。奇妙な静寂が流れた。が、少しずつ気を持ち直した少女が尋ね出した。

「あなたは今私に乱暴している人たちと何か関係があるの?それに…鬼が何故私の精神(こころ)の中にいるの?」

「むぅ、なかなか勘の鋭い嬢ちゃんのようだな。だが、質問は一つずつにしてもらいたいものだ!」

 刺はそう言うと座り込んだ少女の周りを闊歩し始めた。

「まぁ良いわ。お前の想像通り我は今お前を蹂躙している集団の長に憑いている。我が憑くことによって人間が本来持っているマイナス的な本能、お前らの言葉で言うところの”悪”の部分が増大しているのだ!故により凶暴に、凶悪な存在となっているのだっ!」

「どうして…そんなことを?」

「さる方のご意思だ。」

「?」

「日本人を無に返せ、というご意思だ。あとは我らの日本人に対する復讐の意味合いもある。」

「復…讐…?」

「そうだ。我らの住む場所を踏みにじってきた貴様らへの復讐だ!しかし、我らは直接手を下さん!我らは人間に憑くのみ!その先は貴様らの勝手だ!見よ、世間で起きている残虐な事件の数々を!あれのほとんどは我らが憑いた末の出来事なのだぁ!」

 このやり取りでそれまで恐怖に怯えていた少女の中に怒りの感情が湧いてきた。

「卑怯者…」

「ん…?」

「復讐なら自分たちでやりなよ!私たちの弱みにつけこむなんて精霊のやること?」

 刺は歩みを止めると少女を見下ろした。

「ふぅむ…。しごく最もな意見だな。我らは卑怯者だな、ウン、卑怯者…」

 刺は巨大な上牙を舌でぺロリと舐めた。

「ウンウン…確かに我らも憑いているだけでは面白くもなんともない。そこで、貴様のもう一つの問いの答えになるわけだが…」

「どういうこと…?」

「つまりだなぁ、貴様の精神(こころ)を壊しに来たのだぁっ!」

 刺のつり上がった凶悪そうな目がギラリと光った。

「ダダッ!」 

 少女は刺の目的を知り、逃げ出した。逃げながら叫んだ。

「そんなことさせやしない!」

 脇目も振らず必死に走り続ける少女。鬼が自分の精神(こころ)に入り込んでいる!逃げ切れるはずもない。儚い望みであったが最後の1%に賭けているように見えた。それは人間の動物としての本能といえるのだろう。

 少女は走り続けた。

 が、やはり悲劇は起こった。

「ズムッ!」

 少女の眼前に刺が腕組みをして立ちはだかっていた。

「クッ!」

 尚も諦めずに反対方向へ逃げようとする少女。しかし刺に腕を取られ捕まってしまった。

「ガシィッ!」

「ウッ!」

「逃げても無駄だと何故悟れんっ!」

 刺は少女の両腕を左手一本で束ね、自分の目線へと持ち上げた。

「離してよ!鬼なんかに(精神(こころ)はやれないわっ!」

 足をバタつかせて抵抗する少女。

「ガスッ、ガスッ…」

 バタつかせた足が刺の身体に当たるが全く意に介していない様子。

「嬢ちゃん、遊びは終わりだっ!」

 刺の目が暗く、妖しく光った。刺がカッと口を開くと巨大な八本の牙が表れた。

「ガアァァァァ……!」

 刺は少女の右胸の辺りに噛み付いた。

「ブジュ…ベベリィッ!」

「シュー…」

 衣服ごと乳房がもぎ取られた少女の身体から血が噴き出す。

「ギャアアァーーーーッ!」

「ジャグッ、ジャグッ…」

 吹き出した血で身体が濡れるのも構わず刺は少女の肉を美味そうに喰らっている。今度は左の胸元に噛み付いた。

「アァ、ギャアアアァーーーーッ!」
「良い声だっ!」

「ジャグッ、ジャグッ…」

 少女の身体を喰らい続ける刺。

「美味い、美味いぞっ!病み付きになるわい!」

 一心不乱に喰らいまくる刺。あまりの痛み、惨事に少女の意識は消し飛んだ。

「ジャグッ、ジャグッ…」

 内臓まで喰われついには顔だけを残し、後は骨だけになった亡骸がそこにあった。

「フン、ザマをみろ!一丁あがりだっ!」

 刺は少女の亡骸をポイと放り出して何処へと消えてしまった。

「フッ…」

 少女の亡骸に黒いもやが覆い被さる。

 やがてもやが晴れた。

 そこには元通りに衣服を着た少女が意識を失って倒れていた。

 鬼は肉体的苦痛を与える芝居を見せてその実少女の精神をまんまと破壊したのだった。

 

 この一連の鬼による精神攻撃で精神(こころ)をズタズタにされてしまった少女は自ら身を投げ、命を散らした。

 

×××××××

 

 少女が命を絶ったのとほぼ同時刻のこと。

「シャーーーッ…」

 あの日、W町の山を旋回していた黒衣に羽の生えた女が何かに急き立てられているかのようにS市内を飛び回っていた。

「……」

 急いでいるばかりではなく、何かを探している様子であった。

 折りしも満月。人間が彼女を見えるはずもないのだが、月明かりが艶めかしく彼女を照らしていた。

 「ファサファサファサ……」 
 身体がピッタリとしたボディースーツのような黒衣に身を包んだ女は背中から生えた巨大な羽を羽ばたかせて飛んでいた。一心不乱に何かを探しているようだった。

「全く人使いの荒い!見つかるわけないだろうがぁっ!」

 怒気を含んだ独り言をいつの間にか呟いていた。S市内をあちこち飛び回っている間に港の上空に辿り着いていた。

「アァッ!もう今日はヤメッ!!」

 女は羽ばたきを止めた。すると身体がフワフワと宙に浮かんだ。女は夜の港の風景をまるで怒りを鎮めようとしているかのように眺めていた。

「つまんねぇ…」

 そう言いつつ彼女は身を宙に横たえた。上空1000メートルの高さに羽が生えた女が寝そべっている光景は何だか不気味であったが、それ以上に世の中にはこのように人間が一生知ることのない世界が存在するのである。

 横になりながら海を見つめる女。港の岸には空き缶やスナック菓子の空き袋等のゴミが打ち寄せられている。

「んなことばっかやってるから…」

 ため息をつきながら呟く。

「滅ぼされようとしてるんだよ…」

 女は髪をかき上げた。ややセミロング風の黒髪にはウェーブがかかっていて、そこから2本の触覚がニョッキリとのぞいていた。よく見ると尻尾がある。顔は人間の歳でいうと18、9歳位だろうか、愛くるしさの中にどこか邪悪さが感じられる。

「ん…?」

 突然女の表情が変わった。女の視線の先には廃倉庫があった。人口の明かりとは別に薄らぼやぁっとした青い光が立ち上っていた。

「誰か死んだのか?」

 疑問を口にする女。光とは死人の魂である。更に光を見つめ続ける。

(…?おかしい…あのままだと土着しちまう…)

 土着とは別世界へと行くのを拒む(成仏できない)魂が死んだ場所に居ついてしまうことである。本来魂はすぐに別世界へ旅立つのであるが倉庫近くの光は一向に上昇する気配を見せなかった。

「ヘヘッ、面白そうだ!」

 廃倉庫の辺りはただならぬ雰囲気に満ちていて女の好奇心を大いに刺激したようだった。

「バッ!」

 女は踊るように跳ね起きた。

「シャーーー…!」

 羽を羽ばたかせるのではなく、グライダーの要領で女は青い光へと向かって行った。

 青い光は円柱のように10数メートル立ち上っていた。円柱の中にはあの命を絶った少女が体育座りをして俯いていた。

「何だ、まだガキじゃんかよ…」

 黒衣女は露骨にガッカリした表情をした。

「ま、でも暇つぶしにはなるな。」

 円柱型の光のてっぺんに着いた黒衣女は躊躇することなく少女の下へと降り立った。

「ストッ…」

 まるで身じろぎもしない少女。黒衣女の気配には全く気付いてないようだった。

「ありゃ、これは重症かもな。」

「………」

 黒衣女が声を出しても全く返事はない。

「おい、おーい!」

「………」

 話しかけても同様だった。

「しゃあねぇ…」

 方法を変えてみた。

「おい、お前は何で死んだ?ここに土着してると次へ進めないぞ!」

 少女の肩を揺さぶりながら問い正す黒衣女。

「グスッ…ウワァァーーーッ!」

 すると突然少女は顔を見せずに嗚咽し、やがて泣き叫び出した。

「…!?まさか…?」

 黒衣女の中にある仮説が浮かんだ。

「おいっ、お前まさか鬼に精神(こころ)を?そうなんだな!おいったら!!」

「!!」

 鬼という言葉に少女は反応を見せた。顔を上げ黒衣女を見上げた。泣き顔は青白く何より生気がない。どこか呆けたような表情であった。

「やっぱりか…」

 黒衣女が吐き捨てた。

「お、鬼…ゆ、る…さな…い…」

 焦点の定まらない表情の少女はやっと声を振り絞った。

「た…す…けて、アナタ…あ、くまで、しょ…?」

「!!」

 黒衣女は驚きの表情を見せた。

「鬼をやっつけてほしいと?」

「コクッ…」

 少女はただ頷いた。

「そうすれば気が晴れるのか?」

「ウン…」

「悪魔はタダでは動かないぞ。」

「地、獄で、も…どこでも…行くわ…。わた、しを、こんな目に合わせた鬼さえ…やっつ、けて、くれたら…」

「本当か?」

「約束…するわ…」

「おもしれぇ!その話乗るぜ!」

 女悪魔は満面の笑みを浮かべた。

(こりゃあ、思いがけない所から突破口が開けそうだぜ!)
 深夜、人気のないトンネルにて。

「ダッダッダッダッ…」

 柄物のシャツとズボンをぞんざいに着こなした若いチンピラ風の男が走っていた。どうやら追われているようだ。そして、そのやや後ろから

「タッタッタッタッ…」
と、スーツ姿の若い男が追ってきていた。互いの服装から察するに刑事が犯人を追いかけているような場面だ。
「待てっつってんだろっ!ハァハァ…」

 スーツの男が焦れて叫ぶ。

 不思議なことにそのトンネルには出口がなかった。当然チンピラ男の歩が止まった。観念したかのように立ち尽していた。
「フハッ、もう逃げられやしないぞ!」

「ザッ!」
 チンピラが振り向いた。暗がりなので表情がまるで見えない。気のせいが瞳だけが鈍い光を宿しているように感じた。
「………?」

「ピキューッ!」

 スーツの男が疑問に思うか否かの刹那にチンピラの目が黒い、それでいてハッキリとした光を放った。

「ガァーーーッ!」
 雄叫びを上げるチンピラの口には八本の牙が!
「ゲッ…!?」

「メキメキメキ・・・!」
 そして開いた口からチンピラの顔がまるで服が破れるかのように裂け、醜悪な鬼の顔が姿を出した。
「ガオワッァアアーーーーッ!」
 両手を天に突き上げ、ゆっくりと男の方へ歩を進める鬼。

「ひっ、ひゃあぁっ…!」
 男はとっさに懐からナンブ式拳銃を取り出し、鬼めがけて撃ち込んだ。
「バオォン、バオォン、……」
 1発、2発、3発…弾は全弾命中するが、全く鬼には効かないようだ。
「カチッ、カチッ」
 弾切れだ。撃鉄の音が空しく響く。
「チィッ!」
 男は逃げ出した。銃が効かない相手と戦っても不毛だと思ったからだ。

「ガウワァァァァァァーッ!」

 しかし、鬼は信じられないスピードで涎を垂らしながら追ってくる。
「冗談じゃないぜ、今度は俺が追われてら!」
 恐怖を冗談めいた台詞で消そうとする男。だが、そうしているうちに距離が手の届くところまで縮まった。鬼、走っている男の足を右手で乱暴に払う。

「ガジッ、ズザァァァァァッ!」
 倒れる男。右足にダメージを負ったらしく押さえている。
「ってぇ…」
 鬼はもう男の眼前に。鬼を見上げる男。

「!?」

「ググググググ…」

 どこから連れて来たのだろう?いつの間にか鬼は二人の人間を吊るすようにして持っていた。右手には中年の男、左手には中年の女だった。気を失っているらしく無言だった。鬼のくぐもった笑い声だけがトンネル内に響いた。

「お、やじ…、おふ、く…ろ…?」

 鬼が持っていた男女は男の両親だった。

「何…しやがるっ!」

「ググググググ…!」

 男の問いに答えるかのように鬼はハンマー投げの要領で二人を乱暴に放り投げた。

「ブチャアァッ!!」

「ズサッ…」

 二人は何も言わずトンネルの壁に激突してそのまま地面に落ちた。激突音だけが不快なものとして男の脳に焼きついた。 
「てめぇっ!」

 男は怒りで全身を震わせて立ち上がり、敢然と鬼へ向かっていった

「グブブッ…」

 鬼は唸り声を上げて男の動きに呼応する。八本の牙が涎で濡れ、光沢が出ていた。
「う、うおぉぉぉーーーっ!」

「ガァァァァァ!!」

 ありえないほど巨大に開く鬼の口!男の視界には鬼の口の中しか映らなくなっていた。

「ワァァァァァァッ……」

 それは男の断末魔だったのであろうか?

 

×××××××

 

「!!」
 ハッと男が目を覚ました。

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 まだ事態が飲み込めていないようだった。辺りをゆっくりと見まわす男。テレビ、テーブル、オーディオ、本棚、どこを見ても見慣れた自分の部屋だ。男は黒いTシャツに黒のスウェットというくつろいだ服装でソファーに座っていて、ヘッドフォンを付けていた。音楽を聴きながら寝入ってしまったらしい。明かりも点いたままだった。
「…………夢だったのか…?」
 胸に手をやる男。ひどい汗だ。男は不意に立ち上がり時計を見た。夜の10時を指していた。

(ちょっとしか寝てねぇんだ…)
 Tシャツを脱ぎ上半身裸になった男。

「ピピピピピッ、ピピピピピッ!」

 するとテーブルにあった携帯がけたたましい音を立てた。男はうざったいようなどこか諦めの様子で電話に出た。

「はい、桐生(きりゅう)です。」

「……!女子高生が自殺!?了解です。すぐに向かいます。」

 男は電話を切ると恐ろしい勢いで身支度を始めた。

 

 桐生 昂(きりゅう ごう)。この物語の主人公である。


 

×××××××

 

 再びS港の廃倉庫前。先程の荒涼さは一変し、何台ものパトカーが倉庫周りを取り囲み、騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬のヤンキーたちも現れ現場は騒然とした雰囲気になっていた。

 現場の渦中では現場検証が行われており、40代と思しきスーツ姿の間(あいだ)刑事が遺体に被せてあるシーツをめくり、しげしげと眺めていた。
「ひでぇな…身体中青アザだらけじゃねえか…」

 言葉とは裏腹に眉ひとつ動かさずに間刑事は呟いた。刑事という職業柄成せる業なのだろう。

 そこへ隣にピッタリと寄り添うように30代前半と思しき山田(やまだ)刑事が歩み寄り、遺留品の生徒手帳を見ながら報告を始めた。
「ガイシャは川東チヒロ(かわひがし)十六歳、T女子学園の一年生です。何者かによってこの倉庫内に連れ込まれたものとみられますが…」
 タイミングを見計らって遺体のそばにいた鑑識官が口を挟む。
「死亡推定時刻は今から約2時間から3時間前、つまり20:00から21:00の間です。死因はおそらく飛び降りによる頭蓋骨骨折でしょう。それと…」

 シートを被せた間刑事が立ち上がり、鑑識官を見る。
「うん?」
「解剖しないとハッキリしたことは言えませんが、暴行された痕跡があります。」
 うつむく間刑事。
「そうか…家族へは連絡したのか?」

 山田刑事が答える。
「はい、まもなく来ると思いますが…」
「馬鹿野郎!現場で面通しさせんじゃねぇよ!病院へ行くように手配しろ!」
「ハ、ハイッ…」

 山田は慌てて携帯を取り出し、隅の方へ移動した。
 そこへ昂が走ってやって来た。
「遅れて申し訳ありませんでした!」
「おぉ、桐生警部補!お休み中の所、ご足労いただいて恐縮です。」
 間の言葉には明らかに棘があった。若い上司の存在が面白くないようだ。
「仕方ないですよ。桐生警部補はこの先に出世を控えた大事な身体ですから…」

 手配を終えた山田刑事も悪意のこもった口調で昂を出迎えた。
「……で、ガイシャは?」

 全く平然と受け流す昂。これには二人も拍子抜けした様子で刑事の顔に戻った。
「はい、ガイシャは………」

「…」
 説明を聞きながら昂はシートをめくり遺体を確認する。無言だが悲痛な面持ちになった。
 間刑事がそこに横槍を入れる。
「警部補の見解はいかがなものでしょう?」
 昂は相手を完全に無視して独り言のように呟いた。
「強姦を苦にしての自殺…」
「お見事ですなぁ!」

 山田刑事が茶化す。
 それも無視して丹念に遺体を調べた後、廃倉庫の中へ入っていく昂。

「あ、警部補…」

 山田の呼びかけに応じずズンズンと昂は倉庫内へ歩を進めた。

 まだ明かりの点いている倉庫内は既に捜査した後であったが昂にとってはどうでもいいことだった。辺りを捜索し始める。
「……」
 やがて昂は床に落ちていたタバコの吸殻を四本見つけ、拾ってハンカチにくるんでしまった。
「ここで強姦…やった連中は四,五人か…」
 独りごちる昂のもとへ間、山田両刑事がやって来た。
「こんなとこで何をお探しですか?」

「……」

 山田の問いに答えない昂。
「まさかアンタ、レイプ犯を捜してパクるつもりか?」
「そのつもりですが…」

 いともアッサリと答える昂に呆れる間刑事。
「何だってそんなことをする?いいか、これは自殺なんだ!何も余計なヤマ背負い込む必要はないんだよ!」
 間刑事の眼前に立って気持ちをぶつける昂。
「だとしても原因があります。自殺とはいえ間接的な殺人じゃないですか!だったらホシを捕まえるのが当然でしょう。」
「……」

 黙ってしまう両刑事。
「捜査をする気がないなら先に署に戻ってください。自分はもう少しこの辺りを調べますから。」
 現場検証を再開しようとする昂の肩を山田刑事がグイと掴んだ。
「待てよ、いくらキャリアだからって勝手な真似すんじゃねえよ!」
 振り返る昂。冷静だが厳しい口調で言った。
「事件にキャリアが関係あるんですか?そんな手抜き捜査ばかりやってるから簡単な事件一つ解決できないようになっちまうんですよ!」
 昂の言葉に山田刑事がキレた。
「てめぇ!」
「おい、よせ!」
 間刑事の制止を振り切り昂に殴りかかる山田刑事。
「サッ…」
 素早くパンチをかわす昂。山田刑事はバランスを崩し倒れた。運の悪いことにたまたまそこにあった古い鉄パイプに右腕をしたたか打ちつけてしまう。
「ゴヅッ!」

「い、痛ってぇーーーっ!」
「山田、大丈夫か?」
 間刑事は痛さで叫んでいる山田刑事を連れて倉庫を出た。昂は一瞥もせずに、何事もなかったかのように現場検証を再開し出した。

 しばらく時間が経ったある時、

「ウン……?」
 昂は屋上へと続く階段の辺りに何者かの気配を感じ、そこを凝視した。一瞬人影が映ったように感じた。
「………?」
 影は消えた。錯覚だったのだろうか?そこには誰もいないのに昂は話しかける。

「誰?」

「トントントン…」
 階段を2、3段上り、更に話しかける昂。
「もしかして君は川東チヒロちゃん?」
 反応はない。
「心配することはないよ。僕は刑事だ。君をひどい目に合わせた奴らはきっと捕まえてみせるから!」
 やはり反応はない。
「気のせいか…?」

 昂、再び捜索を始める、がタバコの吸殻のほかはこれといった手がかりもなく残念そうにその場を離れた。

 すると、

「……」

「フゥン!」
 昂が去った後、倉庫の隅に人影が現れた。それはあの女悪魔だった。
「…アイツ、面白いな…気づくとは…ハハハハッ!」

 

×××××××

 

 昂は現場検証を終えると報告のために真っ直ぐM県警捜査一課へと向かった。ドアを開けて課内に入った瞬間、昂は自分がのけ者にされたような何となく嫌な雰囲気を感じ取っていた。が、構わず

「ただいま戻りました…」

と声を発すると捜査一課長の黒田(くろだ)がそれを遮った。

「おい桐生、ちょっと来なさい。」
「はい?」
 昂、黒田課長の机に向かう。机の前には間、山田両刑事がいた。
「何でしょう?」
 昂の態度が気に入らなかったらしく語気を強める黒田。
「”何でしょう?”じゃないだろうが!お前、自分が何をしたか判ってるのか?」
「…?」
 状況が飲み込めていない風の昂に黒田は怒りを隠せない様子。
「現場検証中に山田君に怪我を負わせたそうじゃないか!」
 事実が湾曲されて黒田課長の耳に届いているようだった。昂はもちろん反論する、が、どこか冷めているようにも見えた。
「あれは山田さんが一人で…」

 黒田課長、昂を遮る。
「間君もお前がやったと言ってるが…」
 昂は両刑事をキッと見据えた。二人はしてやったりの表情昂を見ていた。刑事とは思えないドス黒いものを感じて軽い吐き気を覚えた。
「お二人がなんて言おうが私はやっていません。」
「フム…私もそうだとは思いたいのだが…」
 若干落ち着きを取り戻した様子の黒田課長は問題を急いで解決したがっているようだ。

「なあ桐生、知っての通りこの仕事はチームワーク第一だ。お前は確かに優秀なデカだが、個人プレーが多すぎるんだよ。このヤマにしたって自殺でケリがついているしそこから先は一課の領分じゃない。」
「…」

「それと、今の状況ってのは決して亡き桐生警視に自慢できるもんじゃない…」

「親父は関係ないでしょう!」

 昂は今までにない厳しい口調で黒田に食ってかかった。間、山田両名はたじろいだ様子だ。黒田も間違いに気づいたか必死に昂の機嫌を直そうとした。

「い、いや、そんなつもりで言ったんじゃないよ……なぁ、俺たちと違ってお前は将来のある男だ。ここらでこの仕事についてじっくり見つめ直すのも悪くないと思うが…」
「つまり……?」

 落ち着いた昂が口を挟む。
「一週間の謹慎を命ずる。」
 唐突だった。昂もさすがに驚いた。野卑な笑みを浮かべる間と山田が目に入った。

「お前のためを思ってのことなんだよ。」
 納得がいかなかった。が、二人の証言を覆せるだけの条件も持ち合わせてはいなかった。切り替えが早い昂は少し考えた後潔く警察手帳と手錠を机に置いた。
「……わかりました。一週間の謹慎をお受けいたします。」

「辞令は後で出しておく。」
 黒田課長は昂が思ったよりもゴネなかったのでホッとしているようだった。
「失礼します!」

 深々と礼をした昂。努めて冷静に振舞った。が、間と山田に対する抑えきれない感情を滲ませつつ一課を後にした。

「バッタァァン!」
 が、怒りは抑えきれるものではない。ドアを思い切り蹴飛ばして閉めた昂。その音に黒田課長以下一同驚いていた。

「タッタッタッ…」
 署を足早に出て行く昂。愛車であるオデッセイに乗ろうとした時、背後から声が聞こえてきた。
「桐生ーーっ!」
 昂が振り向くと、同じ捜査一課の里見(さとみ)刑事が走って来るのが見えた。
「里見さん…」

「すまない…お前のフォローをしてやれなくて…」
 息を切らせて詫びる里見を微笑んで見つめる昂。
「いいんですよ。あなたはその場にいなかったんだから。」
「桐生…」

「謹慎が明けたら飲みに行きましょう!」
「ああ!」

 里見も笑顔になる。
「じゃあ。」
 夜にも関わらず、車に乗り去っていく昂を里見は眩しそうに見送っていた。

 

 ×××××××

 

 ここは昂が住んでいる自宅。S市近郊のR市内にある1LDKマンションの2階の一室が彼の家だ。どうやら一人暮らしのようだ。

「……」 
 無言でキーを差し込む昂。鍵は開いていた。ドアを開けるとすぐに赤いミュールが飛び込んできた。
「また来てるのか…」
 昂はツカツカとリビングへ向かった。すると二人がけのソファーに寝そべって料理本を読んでいるワンピース姿の若い娘がいた。早瀬令(はやせ れい)、17歳。T女学院の2年生だ。

「おかえり~っ!」

 昂に気づくと令は跳ね起きて抱きついた。鬱陶しそうに令を振り払う昂。
「お前、明日学校じゃないのか?」
「明日土曜だよ…昂は曜日の感覚ないのねぇ…」
 今度は令が質問する。
「昂こそどうしたのよ?浮かない顔…何かやらかした?」

 隠し事ができない昂はあっさりと答える。
「……謹慎食らっちまったよ。」
「あら……ウン、昂はあんまり世渡り上手じゃないもんね。」
 遠慮のない発言に昂はムッとした。

「ガキがナマ言うんじゃないよ!もういい、お前帰れ!」

 昂の機嫌を損ねたことに気づいて子猫のように甘える令。
「ゴメ~ン…許して…ところで、これから別に用事ないんでしょ?」
「そりゃ…もう夜中だし…」

 昂の言葉が終わるか否かだった。
「じゃあ、デートしようよ!」

 

 

Part?へつづく

 

  

*この物語はフィクションです。

 

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×××××××

 

 それから数十分後、S市郊外のファミレスに昂と令の姿があった。既に食事は終盤らしくテーブルには令が注文したパフェと昂のコーヒーが並んでいた。

「ねぇ、昂の考えるデートってこういうこと…?」

 パフェを頬張りながら令が尋ねた。不満を口にしてはいたが表情は楽しそうだ。

「ん…?」

「まさかこれで終わりってわけじゃないよね…?」

 昂の顔を覗き込む令。

「うーん…」

 少し考え込んだ昂。コーヒーを一口すすると意を決したように言った。

「なぁ、令…」

「うん?」

「すまないが今日はもう帰ってくれないか?」

 驚いて荒れた口調になる令。

「何でよ!私といても面白くないってこと?」

「いや、そうじゃないんだ…そうじゃないけど…」

「何…?」

「今日は一人にしておいてほしいんだ…」

 令、黙ってしまう。

「…」

「…何ていうのかな…俺は自分で正しいことをしているつもりなんだ。けど、それは一課の中では評価されない。むしろ余計なことをしやがる、って敬遠されてしまう…」

「昂…」

「捜査をしている時は無我夢中さ。やりがいもあるしとことん刑事ってものにのめり込んでいる。けど、ふと冷静になって考えると自分の居場所が分からなくなる時があるんだ。」

「…」

「こんな状態で君と話していても君に迷惑をかけてしまうだけだから…」

 スプーンでパフェを突きながら令が言う。

「わかった、今日は帰るわ…けどね、昂…」

「ん…?」

「迷惑だなんて思わないで。昂はどこかで人に対して壁を作っちゃうようなところがあるみたいだけど…苦しかったら私じゃなくてもいい、誰かに苦しみを訴えた方がいいよ…じゃないと、壊れちゃうよ…」

「…ありがとう」

 何かに堪えるためのように昂はコーヒーを一気に飲み干した。

 

××××××× 

 

 帰りの車内にて。S市内の繁華街が両脇に広がっている。

「そういえば初めて会ったのこの辺りだったね。」

 令が話しかける。
「あぁ…」
「ウリやってた私を補導しないで見逃してくれた…あの時昂と出会ってなかったら今こうして普通に高校生なんてやってられない。」
「俺と会ったのはきっかけに過ぎない、全ては令の立ち直りたいって気持ちがそうさせたんだよ。」

 時折カーラジオから流れる音楽と昂の声が不思議に相まって令の耳を撫ぜる。

「ねぇ、昂ってさ、刑事らしくないよね。」

「何だ突然?そんなことはないだろう?」
「でもね、人の痛みが分かる刑事に会ったのって初めてだったの…」
 令、昂の腕に顔をうずめる。
 昂は照れくさいような所在無げな表情を浮かべた。

 

 それから数分後、車は令の家がある住宅街へ着いた。
「ありがとう、ここでいいわ。」

 車を停める昂。

「こっちこそありがとう。」
「昂…」

「ん…?」

「怒らないで聞いてね。昂、私にはあまり昔の話しないけど、何か秘密があるでしょ?何て言っていいか分からないけど、家族のことで暗い過去がある、みたいな…」
「………」
「私、昂の心の中を覗きたい。昂の傷を癒してあげたい…でも、昂が嫌って言うんならしょうがないけどね…」

「………」

「じゃあ、また今度!おやすみ!」

 無言のまま令を見送った昂は

(俺は何て馬鹿なんだ!)

と思わずにはいられないでいた。

 

×××××××

  

 昂が令と別れた頃、S市内の繁華街。そこから少し外れたところの雑居ビルの地下にいかにも危険そうな雰囲気で素人は入れそうにないクラブがあった。

「●□◎▲凸▽■凹○~~~♪」

 マリファナの臭いが充満したクラブ内では。壁に埋め込まれたスピーカーからとんでもない轟音でレイヴ・ミュージックが鳴り響いていた。

「フヘヘヘヘヘ…!」

「アヒャヒャヒャ…!」
 ダンススペースはトリップした状態でまるで狐憑きのように一心不乱に踊り狂う若者たちだらけだった。

 このクラブはダンススペースを三方から囲う形で5人掛けくらいの丸テーブルが並んでいたのだが、

「キャハハハハハハ!」

「ハァ、ハァ…」

「ンッ、ンッ…」

そこでは書くのもはばかられるような痴態、狂態を演じている連中もいた。

 クラブ全体を見渡せる一番奥のテーブルにはいかにも野卑そのものといったチンピラ風袋の5人が陣取っていた。テーブルの上には酒、ツマミ、マリファナ等が行儀悪く散乱していた。

 真ん中に座っていた唯一ダブルスーツ姿のリーダー格と思しき男は何もせずにただ一点を凝視している。リーダー格の様子など目に入らないのだろう、他の4人は獣のような態度でマリファナを吸い散らかしながら、酒を飲み狂い意味不明の会話を続けていた。

「ら・り・る・れ・ろぉって漢字で書けるぅ?」

「うるせぇよ、中卒!ローマ字でなら書けるぞ!」

「ゲハッ、何こんなとこで勉強の話してんの?だっせぇ!」

「そうだそうだ!ボクたちはそんな役に立たない学問なんかよりぃ、女体の神秘についてより深く探索しなけりゃいけないんだよぉん!!」

「バーカ、ヒャハハハハハハハ!」

「ところで光也(みつや)さぁん…」

 1人が光也と呼ばれたリーダー格風の男に話しかけた
「光也さん、こないだのT女のネェちゃんはヨカったっすねぇ!早いうちにまたヤリましょうよ!」
「………」

 光也は相変わらずどこかを凝視したままだった。
「おい、サブ!てめぇ、邪魔すんじゃねえよ!光也さんは今考え事してんだからよ!」
 サブと呼ばれた男の表情が変わった。

「ケッ、点数稼ぎかよ!」
「そういうの腰巾着ってんだぜ!バカにはわかんねえだろうけどな!」
「ケンよぉ、言って良いことと悪いことがあるぞこの野郎!」

 サブはそう言うと立ち上がりケンという男の胸倉を掴みにかかった。
 掴み返すケン。
「おぉ?やるのかてめえ!」
 すると光也が座ったままで両手をかざし始めた。

「ジュウゥゥゥ…」

 手からは黒い煙のようなものが出ている。サブとケンの顔がそれに覆われると二人は途端におとなしくなった。

「きゅう…」

「まったく下衆どもが!少しは考えて行動しろ!お前らの頭の中はヤる事と喧嘩だけか!」

「…」
 光也の恫喝に従順になる2人。残る2人もマリファナを止めてしょげかえっていた。恫喝しながらも光也は相変わらずどこかを凝視している。
「不愉快だな…」
「すいません!機嫌悪くしちまいましたか?」

 土下座せん勢いでサブが媚びる。
「お前らのことじゃない…不愉快な感覚がするのだ…」
「……」

光也の言うことが理解できずに黙り込む4人。
(動いている!こうしてはいられんな…)

「スクッ!」

「!!」
 突然立ち上がる光也に驚く4人。
「まだまだやってやるぞ!始まったばかりじゃねぇかっ!」
 4人に向けてなのか他の誰かに向けてなのか光也は語り出した。
「ほとぼりが冷めた1週間後にでも“例のイベント”を行なうぞ!いいかお前ら、手頃な女を品定めしておけよ!」

「……」
 光也のあまりの剣幕に4人は声も出せずに頷くのみだった。
「ハッハッハッハッハッーーーーーッ!」

 高笑いをする光也の口から牙が漏れ、異様な光を放っていた。

 

×××××××

 

 次の日、昂は暴行事件があったと思われる廃倉庫へ赴いて一日を現場検証に費やした。

 事件は女子高生、川東チヒロの自殺のみということで片付けられ捜査本部も即日解散、現場には立ち入り禁止のロープこそ張られていたものの全く検証されていないのと一緒の有様であった。

「ホンット、手抜きしやがるなぁ…」

 独り言をブツブツ呟きながら昂は丹念に現場を捜索した。とはいっても鑑識がいるわけではないし、謹慎中なので指紋採集の道具ひとつあるわけでない。昂がこだわっていたのはこの倉庫の使用感、つまり暴走を続ける若者集団のアジトとしての機能を果たしていたかということであった。

「ふむ…」

 たった一人の捜索活動の中で昂は遺留品こそ見つけることはできなかったが、机や床に付いた埃の残り具合やゴミとして落ちていたコンビニ弁当の容器の真新しさ、そして倉庫内の雰囲気などからここが集団のアジトとして日常的に使われていたという確信を持った。

(アジトはここだけとは限らねぇか…それに、もうここはバレちまってるし…)

 昂は考えながら何度も倉庫内を往復した。

(けど、奴らはまた動き出すはずだ、一旦陵辱の味を覚えたケダモノたちは衝動を抑えられないだろう…)

 ピタリと立ち止まる昂。

「そうなる前に叩き潰してやる!」

 だだっ広い倉庫内に昂の決意の声がこだました。

 

 その日の深夜。

「ン…ムゥゥゥーッ…」

 ベッドでうなされている昂。

 

 夢の中。昂はまた鬼に襲われる夢を見ていた。

 どこだか判断がつかない霧だらけの荒野に昂と鬼がいた。

「ヒィ、ハァ…」

「バサッ!」

 昂は必死に逃げていたが疲れ果てて地面に倒れてしまった。
「グアガァァァァァァーーーッ!」

 倒れた昂の下へ鬼が大口を開けたまま覆い被さろうとする。8本の巨大な牙が不気味に輝く。
 昂、必死に身をかわす。しかし鬼の牙が昂の左肩をかすめる。鬼は昂が背にしていた地面にに顔ごと突っ込んだ。
「ドゴドゴドゴォォォォォッ!」

「グウゥゥゥゥゥゥゥゥ…!」
 たちまち砂煙が巻き起こった。
「ウゥッ……!」
 痛みに堪らず肩を押さえる昂。

「ドシッ、ドシィッ!」

「グガァァァァァァァァ!」

 起き上がれないでいる鬼。

「しめた!」

 地面から顔を抜こうともがく鬼を尻目に昂はまた走り出した。
「グウウウゥゥゥーーッ!」

「ズンッ!」
 体勢を立て直した鬼が追いかける。身長と体力の差はいかんともし難い。すぐに追いつかれてしまった。
「チッ!」
 鬼が走りながら昂の背中を引っ掻く。

「ブゥゥンッ!」
「ジビリジビリィッ…!」

「アァァァァッ、ってぇぇぇぇぇ!!」
 昂の背中がスーツごと裂け、血が噴水のように溢れ出した。見様によっては花吹雪にも見えるほどの鮮血であった。

 

「フッ…!!」
 ハッと飛び起きた昂。

「また夢かよ…」

 この間とは違い、ちゃんとベッドで寝てたにも関わらず今度は状況把握が正確だった。

 ベッドの電灯を点ける昂、時計を見やると時間は深夜の2時近くを指していた。

 ゆっくりと起きて昂は冷蔵庫へと向かい、やや乱暴に扉を開けた。が、お目当てのアルコール類はなかった。

「しゃあねぇなぁ…」

 昂はタンスからシャツとGパンを取り出し、コンビニに買い物へ行く準備を始めた。
 昂は決してアルコールを積極的に欲するタイプではないし、ましてや仕事以外で深夜徘徊をするような人間ではない。

 が、この時はまるで運命に引きずられて行くが如くいつもとは真逆の行動を取っていた。

 

 黒いイラスト付きTシャツに程よく色が落ちたブルージーンズ、スニーカーというラフないでたちで昂は歩いて5、6分の所にあるコンビニへと向かっていた。

 6月特有の湿気を多く含んだ風が露出している顔を、腕を撫ぜる。それはどことなく不快な感じで昂の神経に伝わっていた。

 コンビニへ近づくと今度は昂の耳に怒声が飛び込んできた。

「…?」

 聞き耳を立てる昂。しかし、怒声はやがて自然と聞こえてくるようになった。

「すいませんでしたぁっ!お願いです、許してくださいぃっ!!」

 若い男の声だ。

「アタシをナメといてタダで済むと思ってるの!」

 今度は若い女の声だ。酒焼けしたようなハスキーな声だ。

「コイツを侮辱したってことは俺を侮辱したのと同じなんだよぉっ!」

 ドスの効いた男の声が響いた。

「むぅ…」

 困った事が起きているな、という表情で昂はコンビニへ歩を進める。一瞬帰ろうか、とも考えたが休職中とはいえ刑事である。一歩間違えれば大事件に繋がりそうな事態を見過ごすことはできなかった。

 買い物を二の次にすることにして小走りで現場へ向かう昂、刑事としての責任感なのか、はたまた人間としての倫理観なのか、いずれかの衝動が昂を突き動かした。

 現場が見えた。コンビニの駐車場前だった。

「すいませんでしたぁ!」

 ヤンキー風の若い男が懸命に土下座をしている。

「ゴメンじゃ済まないんだよ!」

 いかにもヤクザの情婦といった感じのケバイ女がハイヒールのでヤンキーの背中をグリグリ踏みつけた。

「ゴリッ、ゴリッ!」

「ア、アァァァァッッ!」

 ヒールで踏まれると痛い。ヤンキーは痛切な叫びを上げた。

「どうれ、いつまでもこんなことしてても意味ねぇや。オイッ、事務所で話つけるぞ!」

 女の後ろで不動だったヤクザと思しき中年男が二人を促した。

「ふぅ…」

 昂はため息をついた。おぼろげではあるが会話の内容で事態を把握した。どうやらヤンキー男が女にちょっかいを出したが、後からヤクザが出てきたので平謝りに転じた、という図式らしい。ヤンキー男の自業自得であることは明白のようだったが、だからといってヤクザの流儀で落とし前をつけさせたら男がどうなるかはわかったものではない。

(やっぱシカトできねぇか…)

 一瞬目を閉じる昂。次の瞬間にはカッと目を見開いて確かな足取りで現場へ向かった。

「なぁ、その辺で勘弁してあげたらどうだ?」

 昂は歩きながら声をかけた。女が振り向き応える。

「はぁ?何よアンタ?いきなり何言ってんのぉ?」

 女は極度に興奮しているようだった。

(コイツ、もしや…)

 昂はあることを思ったがまだ言わずにおいた。

「何だってのよ、アンタぁ!」

 女は矛先を完全に昂に向けていた。

「彼だって土下座しているじゃないか。君が面白くない気持ちはわかるけど許してあげなよ。」

 落ち着いて常識的な説得をする昂であったが、余計女の癇に障ったようだった。

「うぜぇ!何アンタ!」

 今にも殴りかからんばかりの勢いで女は昂に向かってきた。

「ガシッ!」

「キャア!」

 女を制止したのは意外にもヤクザであった。

「な、何でよ!」

「もう止めとけ。」

「だから何でよ?」

「しょっぴかれちまうぞ。」

「……」

 ヤクザの口調は穏やかだったが有無を言わせぬ迫力があった。

「アンタ、デカだな。前にウチの事務所に捜索に来たろ。」

「あぁ…」

 昂は以前捜査四課の応援で麻薬捜査をしたことを思い出した。

「刑事…」

 女は何故か身を固くした。

「俺っちは今デカさんと揉めるわけにはいかないんでね。そのクズはひとまずアンタに預けるよ。で、今度何かやらかしたら、な…?」

「そうか、ありがとう」

「…」

 ヤンキーは土下座の姿勢を崩さないでいた。表情は見えない。

「アンタも女にはまともな教育をした方が良いな…今日は何もしないけど今度は身体検査させてもらうぜ…」

 先般昂が思ったのはこの事だった。女はジャンキーだったのだ。

「あぁ、教訓にするよ。おい、行くぞ!」

「は、はい…」

 ヤクザはすっかりおとなしくなってしまった女に声をかけると駐車していた赤いアウディに乗り込み去っていった。それを見届けた昂は今だ土下座しているヤンキーに声をかけた。

「もう大丈夫だ。あまりイキがったことをす………」

 突然ヤンキーが跳ね起きた。

「シュッ!」

 ヤンキーの右手には光るものがあった。

「!?」

「グシュウッ!」

 昂の腹が不気味な光を放つナイフの刃を飲み込んだ。

「……」

「ぐ…がぁ…」

 強い痛みというよりは猛烈な痺れが昂の刺された腹部から全身へと広がっていた。

「がっ、ぐっ…」

「ズサッ…」

 何とか踏ん張って立っていようとする昂であったが、耐え切れずに両膝をついた。

「……!」

 昂を指したヤンキーは小刻みに身体を震わせていた。その姿は小心者そのものであったが、人間としての道徳の枠を飛び越えて精神が高揚している獣のようにも見えた。

「お、前…どうして…?」

 両膝立ちになったまま昂が問い詰める、がヤンキーは無言で昂の血で染まった両手を眺めていた。

「…」

 やがてヤンキーは幽霊のように立ち上がり、昂を一瞥することもなくその場から立ち去ってしまった。

「畜生!」

 激しい目眩がする中でその様を昂は見ていた。

「あぁっ!」

 両膝立ちの体勢は昂の下半身を容赦なく血で塗らした。その不快感と身体中の痺れで昂は仰向けに倒れた。

「ドサァッ…!」

「がっ、ぐぅ…!」

 腹部を見やる昂。まだナイフがめり込んでいる。

「ふっ、ふぅっ!」

 昂はナイフの柄の部分を両手で握り締め、一気に引き抜こうと気合を入れた。

「ズチュ…」

 しかし、ナイフは少し刃が浮いただけだった。

「ギィィィッ!」

 もう一度昂はありったけの力で柄を上へ引いた。

「ザク、ザクッ!」

 手が滑り、柄から刃まで触れてしまい昂の左手からもおびただしい出血が始まったがお構いなしだった。

「ヂュボォッ!」

 ナイフが抜けた。同時に昂の腹から地下水が湧き上がるかのような出血が始まり、それは脈の動きと共に緩急がついていた。

「ウワーッ!」

「大丈夫ですか?」

「おい、誰か警察呼べよぉ!」

「馬鹿!119番が先だろ!」

 ようやく騒ぎが大きくなってきたようで野次馬が集まってきた。助けが来た、という安堵感だろうかそれとも大量出血によるものなのかは定かではなかったが昂の意識は混濁していた。

「………」

 気を失う昂。

 何故かその直前に令のことを思った。

 

「シャーーーーーッ!」

 コンビニへ向かう疾風、それはあの女悪魔だった。もちろん女悪魔の姿は普通の人間には見えない。

「どけよ、このウスノロ!!」

 地を這うような低空飛行で飛んでいた女悪魔は通行人に向かってそう怒鳴った。もちろん触れられるわけではないから邪魔にはならないのであるが、ちょっと目を離した隙に起こった惨事に苛立ちを隠せないでいた。

「!!」

 現場が見えた。まだ救急車や警察は来ていないようだったが、コンビニ客や店員をはじめとする野次馬が10人程昂の周りを取り囲んでいた。

「チッ、面倒だな!」

 女悪魔は顔をしかめた。

「でも無用な殺生はするなとの命令だし…よし!」

「シャーーーーーーッ!」

 飛ぶスピードが更に速くなり、あっという間に昂が倒れている真上に着いた。

「結界!」

 宙に浮かんだままの女悪魔はそう叫ぶと昂の周りを四角で囲うように両手を動かした。

「ピキン!」

 野次馬から隔離するように昂の周りが黒鉄色のカーテンのようなもので覆われた。

「次はお前ら!」

 そう言うと女悪魔は野次馬たちを指差した。その人差し指から深緑色の光線のようなものが出た。

「ビィィィィ…!」

「ドザ、ドザァ…!」

 光線を浴びた野次馬たちは声も上げずに全員その場に倒れてしまった。

「もう一個結界!」

 さっきのように両手を動かすと今度は野次馬たちが囲われた。

「これで証拠隠滅と…さて」

 女悪魔は懐からソフトボール大の球体を取り出した。真下には昂がいる。

「間に合えよぉっ!」

 球体をポンポンと手で玩びながら女悪魔が言う。

「おりゃぁぁぁぁっ!」

 力いっぱい球体を投げた女悪魔。

「ビューーーーン!」

 球体は結界を透過して昂の傷口へ一直線。

「ビューーーーン!」

「ズッ、ズボォォォォッ!!」

 そしてそのまま勢い良く傷口から昂の体内へと入り込んでいった。

 女悪魔が投げた球体が昂の体内に入って数分。出血こそ止まったものの昂は気を失ったままでピクリとも動かなかった。

「……失敗かよぉ…?」

 女悪魔は宙に浮いたまま忸怩たる思いで様子を眺めていた。どうやら昂は蘇生することなく死んでしまったようだった。

「ふぅ…またイチからやり直しってか…」

 諦めて結界を解こうとした瞬間だった。

「ピクッ」

 昂の手指が少し動いた。

「…!」

 異変に気づいた女悪魔。結界を解くのを中断して、再び観察に戻った。

「おっ始まるかぁ…!」

「ビクッ、ビクッ…!」

 動き始めた手指はまるでオコリにでも遭ったかのように小刻みに激しく震え続けていた。

「カァ、何だって手出しできねぇんだろ!まどろっこしいなぁ!」

 女悪魔は”何か”を待ちきれずに舌なめずりをしながら独りわめいていた。

「バタッ、バタバタバタ…!」

 手指の震えはやがて全身へと波及し、身体全体がシャクトリムシのように激しくのたうっていた。

 やがて昂の身体の表面に異変が起こり始めた。

「サワサワサワサワ…」

 昂の体毛が伸び始めた。光沢のない黒い毛が昂の皮膚を覆っている。

「ミシッ、ミシッ…」

 昂の手の爪が一本残らず伸び始め、鋭利な状態になった。

「グッ、グググゥ…」

 昂の顔にも変化が現れた。顔中が髭で覆われ、鼻と口がグッとせり出してきたのだ。

「目覚めるか!」

 女悪魔が声を上げた瞬間だった。

「ビッカァァァァァ!」

 昂の身体から激しく黒い閃光が放たれた。

「ウッ…」

 その閃光の強烈さに思わず女悪魔も身をのけぞらせる。

 女悪魔が昂の方へ視線を移すと、

「すげぇ…ついに生まれやがったぜ…!」

 そこにはドーベルマンをふたまわりほど大きくしたような巨大な犬が立っていた。

 スラリとした黒光りする全身は犬というよりは黒豹を思わせる雄々しさだった。その目は凶暴そのもので一片の優しさも見られない。猛獣、いや怪物としか形容できない姿形であった。

 女悪魔が勢い良く叫ぶ。

「ヘルハウンド(地獄の番犬)!!」

「ガルルルルゥゥゥ…」

 唸り声を上げる口から覗く牙は鬼に勝るとも劣らない猛々しさがあった。

「へぇ…もう実体化できるんだ。あの桐生とかいう野郎、いいモン持ってたじゃんか。」

 女悪魔は目の前の猛獣の出来ばえにいたく満足している様子だ。

「血が欲しそうだな…あれだけやられたんだもんな…」

「ガルルルルゥゥゥ…」

「おいヘルハウンド、手始めにお前を殺そうとした奴を血祭りにしろ!お前にはこれから働いてもらわなきゃいけないんだ!」

「ウオオォォォォーーーッ!」

 女悪魔の命令に忠実に反応したらしい。ヘルハウンドと呼ばれた犬は、地面に2・3度鼻をつけると昂を刺したヤンキーが逃げた方向を嗅ぎつけたらしく咆哮した。

「ダダッ…!」

 すると凄まじいスピードで走り出した。当然ではあるが昂の面影などどこにも残してはいない。

「ヘヘッ、万々歳だな!」

「フゥッ!」

 女悪魔は笑みを浮かべながら結界を解くと宙を飛び、ヘルハウンドの後を追った。

 

「ハァハァ…」
 ヤンキーはまだ家に着いていないらしく通りをふらつきながら走っていた。深夜であり、店もこの辺りにはないのでさすがに人っ子一人いない。

「ダッダッダッダッ…!」

 後ろから地鳴りを伴う足音が聞こえてきた。興奮状態のヤンキーでもすぐに分かるほどのものであった。

「…?」

 振り返るヤンキー。

 自分めがけて突進してくる巨大な犬がそこにはいた。

「へ…?」

 疑問に思ったのもつかの間であった。

「ガアァァァァァァッ!!」

 咆哮しながらヤンキーに向かってヘルハウンドが飛びかかってきたのだ。

「シパァァッ!」

 ヘルハウンドは右前足を巧みに水平にすると、刀の要領でヤンキーの首を刈った。

「ビシュゥッ…!」

「が…?」

「ドサァッ…!」

 断末魔を上げる暇もなくヤンキーの首と胴体が分離された。首は西瓜のように無造作に地面に転がり、胴体は溶岩のように血を吹き上げながら何歩か進んだ後崩れ落ちた。

「馬鹿野郎、派手にやりすぎだろう!」

 一部始終を見ていた女悪魔はそう呟いたが、顔は笑っていた。

「まぁ、じゃなきゃ鬼には勝てねぇからな…」

「ウオオォォォォーーーッ!」

 ヤンキーの胴体を踏みつけながらヘルハウンドは月に向かって何度も咆哮を繰り返した。

×××××××

 

 再び昂の部屋にて。

「ハァッ、ハッ、ハァッ、ハッ…」

 ヤンキーを惨殺したヘルハウンドは勝手を知ったかのように昂の部屋へ戻っていた。

「ハァッ、ハッ、ハァッ、ハッ…」

 ヘルハウンドはフローリングの床に突っ伏したまま激しい息遣いを繰り返していた。苦しんでいるようにも見える。

「シュン…!」

 そこに女悪魔が現れた。どうやら空間移動をしてきたらしく、ドアの鍵はかかったままだ。

「何だよ、もう元に戻っちまうのか?」

 ヘルハウンドの状態を知り尽くしているかのように女悪魔は呟いた。しかし、事が思い通りに運んでいると見えて表情は実に明るく、笑みさえ浮かべていた。

「ハァッ、ハッ、ハァッ、ハッ…ヘッ!」

 ヘルハウンドは前足で頭を抱えた。

「シュル、シュシュル、シュル…」

 伸びていた毛がみるみるうちに毛穴に吸い込まれていく。

「ググ、ググゥッ!」

 せり出していた口の辺りも元に戻っていく。

 一連の動きが終わるとヘルハウンドは昂の姿に戻っていた。

「ヘヘヘッ、”使用前”かよ!」

 下品に笑う女悪魔は左の人差し指を昂に向けた

「スワッ…!」

 すると全裸の昂が鈍い光に包まれた。光が消えると元の黒Tシャツとブルージーンズ姿に戻っていた。

「お駄賃だよ…」

 そう言うと女悪魔はまだ目を覚まさない昂を尻目に部屋を物色し始めた。冷蔵庫を開けると、

「喉が渇いた!」

と、大声を上げてコーラが入っていると思しきペットボトルを取り出しラッパ飲みした。

「ぶえぇっ、まじぃっ!!」

 女悪魔はぞんざいにコーラを噴出した。

「こんな不味いもの飲むなんてやっぱり変わってやがる!」

「ん…うぅぅん…」

 昂が目を覚ますようで身悶えしている。

「おっと…!」

 女悪魔が慌てて昂の下へ向かい、昂を覗き込む。

「うぅぅぅむ…」

 寝返りを打って仰向けになる昂。やがてパチッと目を開けた。そこには見たこともない全身黒タイツのようなものに身を包んだ女が立っていた。

「……!?」

 昂は驚きの表情で女悪魔を眺める。まだ自分がどういう状況に置かれているのか判らない様子に見える。

「ようこそ桐生昂!いや、地獄の仲間ヘルハウンドよ!」

 女悪魔はそんな昂に痺れを切らしたようで勝手に、一方的に喋り出した。

「俺の名は停亜(ティーア)。この世界でのパートナーだ、よろしくな!」

「ティーア…?パートナー…?」

 昂の意識は混濁しているようだった。

「そん…なデリ呼んだ覚えねぇ…けど…」

 否、昂は事態をおぼろげながら把握しているようだ。が、それを認めることは彼にとってあまりにも恐ろしいことであったのだ。あえて場を茶化すことが昂のバランスの取り方だった。

「ケッ、現実逃避してんのかぁ?」

 停亜が苛立ちを見せる。

「腹に手ぇ当ててみろよ!」

「……」

 昂は自分が刺された辺りをまさぐってみた。それだけでは足りず起き上がって目で確認すらした。傷跡などどこにもなかった。

「俺に…何をしたんだ…?」

 恐れていたことが現実になっている、という恐怖感が昂を包んでいる。

「やっと話せる状態か…」

 

 停亜はまず自分が悪魔であることを話した。そして昂に彼が刺された後にヘルハウンドを体内に潜り込ませたこととヘルハウンドがヤンキーを惨殺した一連の出来事を伝えた。

 停亜の話はおよそ現実離れしていていつもの昂なら一笑に付すところであるが、傷が治っているこの状況下では信じないわけにはいかなかった。 

 昂は一番気にかかっている疑問を真っ先に停亜にぶつけた。

「で…その化け物はまだ俺の身体の中か…?」

「もちろん!」

「取り出せ!」

「何でだよ?」

「俺を助けてくれたことは感謝するけどなぁ、化け物と一心同体だなんて交換条件にしては重すぎるってことだよ!早く取り出せ!」

「ハハハハハッ!」

 怒りを表す昂の感情を逆撫でするように停亜が高い笑いをする。

「何がおかしい!」

「ハハハッ!いやぁ、俺がお前を助けたのは結果論であって…」

「…?」

「元々お前とヘルハウンドをくっつけるつもりだったんだよ!」

「!」

 昂はあまりの驚きに声も出せないでいた。

 停亜はそんなことお構いなしで続ける。

「お前のことはかなり前から目ぇつけてたんだ。S港で一瞬だが俺の存在に気づいただろ?」

「……」

 黙ったまま記憶を辿る昂。まだ2日前のことなのに何だか遠い昔のような気がする。

「あぁ…」

 昂は一番最初の現場検証の時に感じた奇妙な気配のことを思い出していた。

「昔、死にかけたことがあるだろ?そのせいでこっちの世界に通じている部分があるんだな…だから俺を感じられたんだよ。」

「……」

 今度は本当に遠い昔になってしまった数年前の記憶を辿る昂。同時に失った宝物を思い出して悲しくなり目を閉じてしまった。

「まぁ、そんなわけでヘルハウンドと一体になってもらうのにお前が適任だったっていうわけだ!」

「……」

「本当は機を見てさりげなく合体させるつもりだったんだけどよぉ、お前がまた死にそうになっちまったんで慌てて潜り込ませたってわけ。」

「……」

「あぁ、お前の質問に答えてなかったなぁ。ヘルハウンドは取り出せないぜ。普通にしのばせられれば取り出すのも可能だったけどな。けど、お前の深手を癒すのにヘルハウンドも大分力を貸してるし部分によっては互いの細胞が混じってるみたいだ。そうなったら取り出せねぇ。無理に取り出したらどっちもドボンだっ!つまりお前ら言葉本来の意味での一心同体ってことだなぁ、フハハハ!」

 黙って話を聞いていたが再びカッと目を開ける昂。ある意志を持って停亜に尋ねる。

「…俺と化け物を合体させなくちゃならない理由は何だ?」

「ふむ…」

 

 停亜は鬼の存在、鬼が日本人を滅ぼそうとしていることを話した。先般の河東チヒロの事件にも鬼が深く関わっていることも話した。

「解せないな…」

 単純な疑問が昂の頭をもたげる。

「ん…?」

「何で悪魔と鬼が争うんだよ…」

 昂の問いに停亜は一呼吸おいて答えた。

「それは…鬼を裏で操っているのが…”神”だからだよ!」 

 静寂が流れた。

「……」
 堪りかねて沈黙を破る昂。
「お、お前からかってるのか?神様が人間を滅ぼすって?それはお前らの領域と違うのか?」
 一転して真剣な表情を崩さない停亜。
「確かにな。けど、神が人間のやることに嫌気がさしてもう一度進化の過程をやり直そうとしたらどうだ?」
「え…?」

 表情が曇る昂に構わず停亜が追い討ちをかける。
「お前ら『私たちは無益な殺しはやりません、自然と共存共栄して生きています』って胸張って言えるか?」
 うつむいてしまう昂。
「それは……」

「”天国”でこういう流れが起こったんだよ。」

 停亜は語り始めた。

 

×××××××

 

 ここは天国、又は楽園と呼ばれる場所。白い雲がカムフラージュとなっているが、当然ながら人間が目にすることはない。

 

 その雲の中から神の住む宮殿が現れる。荘厳な雰囲気だ。

 宮殿の中は更に華やいでおりどこか現実離れした雰囲気が漂っている。
 中央の広間と思しき場所には大きな肘掛け椅子に座っている神がいた。けばけばしい装飾のテーブルがあり、上には水晶玉のようなものがある。
 肘掛に頬杖を付いて玉を見つめる神は白装束に白い髭面、我々が連想する神と同じスタイルといっていいだろう。
「……」
 水晶玉には下界の図が浮かび上がっている。
 中東らしき地区で起こっている戦争の図。戦闘機が町を空爆している。
「バゴォォォーーンッ!」
 空爆に逃げ惑う人々。
「ウワァァァァァッ!」
 炎が人々を包み、その中で燃え崩れる人々。
「ギャァァァァーーッ!」
 神は無表情で玉を見つめたまま不動だ。
「パチンッ」
 神が指を鳴らすと別の下界の図が映った。ニューヨークのダウンタウンの夜のようだ。

「カツ、カツ、カツ…」
 ハンドバッグを持った白人の老婆が暗がりを歩いている。

「ダダッ!」

 突如四人の若い白人男たちが老婆を背後から襲い、一人がナイフで老婆を刺す。
「ギャーーーッ!」
 叫びを上げて倒れる老婆を尻目にハンドバッグを奪う若者たち。一人が中を探り、財布を見つける。
「ヘヘッ!やったぜ!」
 嬉々としてその場を立ち去る四人。

「ま…」

「ガクッ!」

 老婆は何事かを叫ぼうとしたが力尽きてしまう。
「……」

 神はひたすら無言だ。

「パチンッ」
 水晶玉の画面が切り替わり今度は飢餓に苦しむ子供たちが映った。
「………」
 子供たちの下腹は栄養失調でポコリと突き出ており、顔には蝿がたかっている。
「ブーーン…」
「………」

 子供たちは抵抗できずにただ虚空を見つめるのみ。

「……」

 無言で目を閉じる神。眉間には深い皺が刻まれている。

「パチンッ」

 また指を鳴らした。画面が変わるとそこは日本の繁華街だった。
 携帯でしきりにメールをやっている女子高生がいる。

「こんばんは。」
 するとその女子高生にデップリとした中年紳士が近づいていく。なにやら小声で話しこむ二人。
「仕方ないねぇ…三万でいいよ!」

「ヒヒッ!」

 交渉が成立したらしく野卑な笑いを浮かべる中年男。
「行こう!」

 男に促されて雑踏の中に消えていく二人。


「もうたくさんだっ!」

 突然神が目をカッと見開いて叫んだ、と同時に立ち上がり水晶玉を掴んで投げる神。
「うおぉぉぉーーっ!」
壁に叩きつけられ激しく壊れる水晶玉。
「ガシャァァァーーーンッ」
「何事でございますか!」

 騒ぎを聞いて数人の従者たちが駆けつけた。全員白装束である。その中でも一番年老いた感じの一人が興奮している神の左横へ駆け寄った。2,3人の従者が割れた水晶玉の片付けを始め出した。何もかもがシステマティックに動いているように見えた。
「神よ、どうなされたというのです?」
 神が声をかけた老従者へ物凄い剣幕で語り出した。
「どうもこうもないぜ!何だっていうんだ、奴らはよぉ!」
 従者たちは怪訝な表情になった。
「……?」

「お前らも血の巡りが悪いなぁ!人間どもだよ、人間ども!何だあいつら!」
「人間が何か?」
 神は怒りに任せて老従者の顔を殴り飛ばした。
「ボゴォッ!」
「ギャァァッ!」
 吹っ飛んで壁に激突し、気を失う老従者に他の者が慌てた。一人が神に講義する。
「何をなされますか!」
 神は怒鳴り散らす。
「“何をなされますか?”だぁ?そのセリフそっくり人間どもにくれてやるわ!せっかく霊長として地球を育てていくよう計らったのに何だあのザマ?あれでは悪魔より始末が悪いじゃねぇかよぉ!」
「しかしながら進化の過程におりますものですから…」
 怒りを鎮めるべく説得を続ける従者を遮って神が続ける。
「ああいうのは進化って言わねぇんだよっ!それより…お前、馬鹿に人間の肩を持つじゃねぇか?人間と何か裏取引でもしてんのか?」
「めっそうもございません!神よ、あなた様は忠実な下僕である私たちが信用できないとでもおっしゃるのですか?」
 神の怒りは全く治まる気配を見せなかった。それどころか怒りは増幅されているようで長い白髪と白髭が逆立っている。
「俺に説教たれるんじゃねぇ!……もういい、もういい……」
 急に頭を垂れて独り言をつぶやき始める神。
「もういい…冗談じゃねぇぞ…神をナメんじゃねぇぞ…造物主はてめぇらを消すことだって造作もねぇ…ハハハッ!」

「……」
 その異様な様子を黙って見つめるだけの従者たち。
 突然顔を上げ、目を見開いた神。その顔は憎悪に満ちている。
「決めたぞ!俺は人間を滅ぼしてやる!」

「えっ!?」
 一様に驚く従者たち。
「何ということを!神よ、そのような無体なことは止めて下さいませ。自然の摂理に任せようではありませんか?」
 先般の従者が再び異を唱えた。
「この者の言うとおりでございますぞ。人間を滅ぼしたら世界をまとめる者がいなくなってしまいます!」
 もう一人抗議する従者が現れた。
「お前らまだそんな甘っちょろいことをぬかすか!いいか!その目でよーく下界を見てみろ!あいつらは勝手に自然を汚しやがる。あいつらは食いもしないのに勝手に他の動物を殺しやがる。あいつらは戦う必要もないのに互いに殺し合いをやりやがる。あいつらは産みたくもないのに勝手に子供を産んでは殺しやがる。」
 従者の意見など全く意に介さずに神はまくし立てた。
「いくら進化の過程ってお前らが弁護してもなぁ、もう取り返しのつかないとこまで来ちまってんだよ!出来損ないを消して何が悪いんだよ!」
「……」

 あまりに排他的な考えに声も出なくなった従者たち。
「地球滅ぼすわけにはいかねぇだろ?だったら邪魔でしょうがない出来損ないのクズども消しちまってもう一回やり直した方が良いとは思わねぇか、あぁん?」
「では神はどうあっても人間を滅ぼすとおっしゃるのですね?」

 先般の従者が神の眼前に立ちはだかる。見下した笑みを神が浮かべる。
「くどいんだよ…滅ぼすったら滅ぼすんだよ!お前みたいにな!」
 神が目を見開いた。
「ハァッ!」
 神は裏拳を打つように右腕を振った。その勢いでものすごい風圧が起きる。
「ゴォーーーッ!」
 たじろぐ従者。
「うわっー!」
 風圧はやがて竜巻となって従者に襲いかかった。
「ビュゥーーーーンッ!」
 竜巻はあっという間に従者の身体を覆った。その中で苦しそうな叫びを上げる従者。

「ギ…ア…ギャァァァーーーッ!」
 その様子を恐怖の表情で見つめる他の従者たち。
「ズバッ、ズバッ……」

 竜巻は刃となって従者に容赦なく襲い掛かり、切り刻まれて血塗れになっていく従者。その肉片が飛び散り、従者たちに当たる。
「べチャッ!」
「ヒィッ…!」
 やがて、叫びが断末魔へと変わっていった。
「ギャァァァーーーーーーーーーッ!」
 その様子をまるで悪魔のような表情で見つめる神。口元には笑みを湛えている。
「ククククク……いい声だ。」
「シュン…!」

 竜巻が止むとそこに転がっていたのは原形をとどめないほどバラバラになった従者の肉片であった。惨劇を目の当たりにして恐怖のあまり震えている他の従者たち。
「ブルブル……」
 それを横目に神が従者たちに命令した。
「いいか!お前らも俺に説教たれるような真似するなよ!俺はやると言ったらやるんだ!無論人間は滅ぼす。もう決めたからな!最初はあの忌々しい日本人からだ!」
「……」

「おいっ!この邪魔なゴミをさっさと片付けろ!早くしないとお前らもミンチにしちまうぞ!」
 神の恐ろしい言葉に残った従者たちが片付けを始めた。
「とはいえあまり派手にやると地獄が五月蝿いからな!ジックリ、ゆっくりといくかぁ!」
 神が椅子の後ろに掛けてあった杖を取り出し振り回しながら高笑いし出した。
「フハハハハハッ、やるぞーっ!」


 

×××××××

 

 停亜の話はここで一旦止まった。神が最後通告をするなど昂、いや日本人ひいては人類全体にとって悪夢の出来事でしかなかった。

「……」

 沈痛な表情を浮かべる昂に追い討ちをかけるかのように停亜は再び語り出した。

「まぁ、お前ら流に言えば神はキレちまったんだな。それで人間滅亡計画を実行した。その手始めが…日本人ってわけだ。」
 ここで昂が疑問を口にする。
「待てよ、何で日本からなんだ?日本人より悪いことやってる奴らなんか世界中にいっぱいいるじゃないか?」
 停亜、昂を指差し強い口調で言う。
「日本人は神が創った人間をモデルに地獄の大魔王様が創ったモノだからだよ!」
 昂は停亜の話が理解できなかった。一介の青年刑事が冷静になって聞くような話でないことは事実であった。
「バカ言うなよ!」

 こう返すのが精一杯だった。が、停亜は容赦なく事実を叩きつけてくる。
「日本語って何語から派生したものかわかるか?」

 急な質問に面食らう昂だが努めて冷静に答えた。
「…アルタイ語。」
「へぇ、さすがエリート刑事。頭良いな。ところでそのアルタイ語だが、あれはもともと俺たちの言語なんだよ。」
「!?」
 完全に昂を置き去りにして停亜は説明を続ける。
「この地球はな昂、プラスとマイナスの存在が均衡を保って成り立っているんだ。」
「……?」

「天国はプラスで地獄はマイナスだ。お互いがこの地球にそれぞれの存在を創り出してそれの相乗効果で地球は生きているんだよ。」

 さすがに面食らってる昂に多少の気遣いをみせて分かり易く話す停亜。

「例えば造形が可愛いパンダやコアラ、こういうのはあっちが創った。一方で蛇や蜘蛛みたいに見てくれだけで忌み嫌われるモノは地獄が創ったんだよ。」

「……」
「どっちが何を創ったなんて説明をこれ以上グダグダするつもりはない。つまり日本人ってのは地獄が創ったマイナスの存在なんだよ。けど、お前らがいることで地球の均衡が保たれているんだ。」
 愕然とする昂。
「……」
「で、地球に必要とはいえ神はこのマイナスの存在が気に入らない。その中でも人間はプラスの存在がマイナスに駆逐されつつある。向こうの論理で言うと進化を間違えたってことらしい。だから日本人を滅ぼし、更にはは人類も滅ぼそうとしているんだな。

けど、それはこっちには甚だ都合が悪いことなんだ。」
「ガラッ…」 

 停亜、部屋の窓を開け星空を見上げる。

「マイナスが減ってしまうと俺らの存在意義ってものが無くなっちまう。何よりも地球のパワーバランスが崩れてしまう。向こうもそれは熟知してるんでまどろっこしいようだがゆっくりと滅ぼしにかかってるわけだ。鬼を抱き込んで!」

「鬼…?」

 停亜が怒りの表情を見せる。

「大魔王様に創られた恩を忘れやがった奴らだ!神から鼻グスリでももらったんだろうな…元々奴ら人間が好きじゃないし。とにかく神の申し出に乗って日本人滅亡計画を実行しているのは鬼だ!で、その計画をたまたま天国をスパイしていた仲間がキャッチして大魔王様に知らせた。それで大魔王様の命を受けて下界に派遣されてきたのが俺ってわけ。」

「…」

「俺の使命はヘルハウンドの宿主になって鬼と戦う人間を選び、そいつのサポートをすること。その人間は体力のある人間、こっちの世界を感じられる、いうなら霊感の強い人間、そして…」

「…?」

「いや、これ以上はやめとこう。とにかく俺はここ何日かS市内をくまなく調査した。それでその条件を全て満たしたのが昂、お前だったんだよ!」

「へぇ…」

 昂の表情が心なしか怒気を含んでいることに停亜はまだ気づいていなかった。

 

 

Part?へつづく

 

*この物語はフィクションです。

 

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「お前は人類を守るために選ばれた人間なんだよ!」

 昂の表情、態度の変化などお構いなしに停亜は話し続けた。

「そこでだな……」

 昂が右手で停亜を制した。

「ん…どうした…?」

「もういいよ…」

 昂のただならぬ思い詰めた雰囲気に停亜もようやく気づいた。

「ん…?」

「つまり、俺は天国と地獄の勢力争いに巻き込まれたってことだよな…?」

「ウーン…誤魔化すつもりはないよ。そういう側面もあるだろう。でも、結局はお前らにも降りかかってくるんだぞ。」

「んなこたぁわかってるんだよっ!」

 昂の怒りが爆発した。

「俺は…俺は怪物になっちまった!」

「……」

 昂が続ける。

「停亜といったな。お前にもうひとつ訊きたい。」

「……?」

「怪物と一心同体になった俺は生物学上は一体何だっ?」

「それは…人間だろうが。」

「じゃあ、もうひとつ。俺と誰か女が結婚して子供ができたとする。生まれてくる子供は何だ?人間か?怪物か?」

「そんなのは前例がないんでわからん。その時になったら確認すりゃいいじゃないか、ハハハハハハッ!」

「ブゥゥンッ!」

 昂の右拳が唸りを上げた。

「ガシュゥッ!」

 拳は無防備だった停亜の左頬を的確に捉えた。停亜は痛みよりも人間に頬を張られたことに驚いた様子だった。

「…何だよ!?」

「こんな不条理受け入れられるわけないだろうっ!それに、俺はもう人殺しだっ!」

「あぁ、あの人間のクズのことか?あれはヘルハウンドがやったんであってお前の責任じゃないし、元々はお前を刺したんだぞ!報復を受けたってしょうがないじゃないか。」

 停亜の言葉は理に適っているようで適っていない印象を昂に与えた。やはり倫理観の差はいかんともしがたい。

 昂が踵を返した。

「俺は嫌だ!生きてても無駄だっ!」

 台所へダッシュする昂。素早く出刃包丁を取り出した。

 停亜も驚いて昂のもとへ向かう。

「おい、やめとけよ!」

「うるさいっ!」

 両の手で包丁をしっかりと握り締めた昂は思い切りそれを右の首筋に突き立てた。

「サクッ!」

「ピシューーーッ!」

 たちまち血の噴水が上がった。しかし、停亜は眉一つ動かさず、それどころか笑みすら浮かべてその様を見ていた。

「…!?」

「ボワッ、ボワッ…!」

 噴出したのもつかの間、血はあっという間に煙のように気化してやがて止まってしまった。更に何十センチもついた切り痕もみるみるうちに消えていた。

 ヘルハウンドが昂の生命の危機を感じて自療したのであろう。

「だからやめとけって言ったんだよ。」

 停亜は昂から包丁を取り上げ弄びながら呟いた。

「ク、クゥ…」

 昂は床に突っ伏した。ほどなくして嗚咽が漏れてきた。

「まったく、人間ってのは衝動的に何するかわからんな…」

 停亜が包丁を壁めがけて投げた。

「シュッ!グサッ!」

 包丁は勢いよく壁に突き刺さった。

「まぁ俺も昂のことを全然考えないで一方的に話したのは悪かった。誰だって混乱しちまうよな…今日のところはもういいや…けどな昂、残酷なようだがこうなったのは大魔王様の意思、昂からすれば運命なんだ。逆らうことができないことだけは忘れないでくれ。」

「スゥッ…」

 そう言い残すと停亜は来た時と同じようにドアをすり抜けて出て行った。

「ウッ、ウッ…」

 まだ昂は泣き止んでいなかった。

 

×××××××

 

「ギャッ、ギャッ…!」

「カァ、カァ、カァーッ…」

 朝。

 近所に生ゴミを貪りにやって来たカラスの群れがエサにありついて歓喜の鳴き声を上げていた。

「…ン…ムゥ…」

 その五月蝿さで昂は目を覚ました。あのまま泣き寝入りしてしまったらしく、TシャツにGパン姿だった。が、いつ移動したのであろうかちゃんとベッドの上で寝ていた。

「………」 

 ボンヤリとした意識の中で昂は昨晩のおぞましい出来事を何度も反芻した。自分が怪物ヘルハウンドになったという実感は未だなかったが、停亜と名乗った女悪魔の姿や何よりも自殺が失敗に終わったことなどは忘れようとも忘れられなかった。

「………」

 そうするうちに”夢であってほしい!”という祈りにも似た想いが心の底から湧き上がってきた。

「!!」

 抑えきれなくなったその想いを確認するべく昂は洗面所へ向かった。

 鏡をひたすら見つめ続ける昂。

「………」

 おもむろに洗面台の上に置いてあった安全カミソリを手に取る昂。

「………」

 昂は左手の手の甲に安全カミソリを突き立て、普段使うように縦に動かすのではなく、若干の力を込めて横に引いた。

「サクッ!」

 横に三の字に引かれた線から血が溢れ出てきた。

「………」

 その様子を凝視する昂。

 すると

「ジュブ、ジュブ、ジュブ…」

 急に溢れ出る血がまるで溶岩のように沸騰し出した。

「ボワッ、ボワァッ…!」

 見る間に気化してしまった。

 そして

「スゥ……!」

 くっきりと三筋に刻まれた傷がたちどころに消えてなくなってしまった。そう、逆回転で再生する映像の如く。

 目の前で繰り広げられる常識を超えた現象は昂と一心同体のヘルハウンドによる防衛本能であると認めずにはいられなかった。

「やっぱ夢じゃねぇのか…!」

 一連の試みが全くの徒労に終わってしまいこの日初めて昂は言葉を発した。

「クッ……」

 俯く昂。だが次の瞬間、

「ウオォォォォォッ…!」

「ブゥン!」

「グワッシャーーーン!」

「パラパラパラ…」

 これ以上ない怒声を上げながら昂は鏡を右拳で思い切り殴り飛ばした。怒声に負けないけたたましい音を立てて鏡は割れ、破片が四散した。

 また拳に傷がついたが結果は同じだった。痛みこそ拳に残っていた。にも拘らず昂の肉体は間もなく元通りになり、割れた鏡だけが復元できずに残った。

「チィッ!」

 唾棄せんばかりの勢いで昂は部屋へと戻った。何が何だかわけがわからず暴れたい衝動にかられた。

「うん…?」

 しかし、ふと壁に打ち付けてあるカレンダーが目に留まった。

「…あぁ、そうだったな…」

 何事かを思い出し冷静さを取り戻した昂。

 風もないのにカレンダーが揺れたような気がした。

 

×××××××

 

 ここはS市内郊外にある墓地。そこに昂はスーツ姿の正装で赴いていた。右手には菊をはじめとする彼岸花の束、左手には水桶を持ってある墓の前に立ち尽くしている。

 墓石には

[桐生家の墓]

と刻まれていた。どうやら亡くなった両親の墓のようだ。

 昂は月命日参りの為にこの墓地を訪れていた。

「………」

 無言で一心不乱に墓石や墓周りを掃除する昂。あまりの懸命さに額には汗が浮かんでいたが全く意に介さずに黙々と掃除を続けた。

 それは悪夢を忘れようと、忘れさせてもらおうと必死にもがいているようにも感じられた。

 ほどなくして墓は綺麗になり、花が飾られ、線香が与えられた。

 線香の独特の香りが立ち上る煙と共に昂の鼻腔を突く。

 曇り空であるのに心なしか喜んでいるかのように墓石が輝いていた。

「親父…お袋…」

 昂は真っ直ぐに墓石を見つめると静かに手を合わせて目を閉じた。

「ズブ、ズブ、ズブゥ…!」

 刹那に足元の方で何か変な音がした。だが、無心で合掌している昂は異音に気づかない。

「ズバァァァァッ…!」

 土が盛り上がり、土中からドス黒い一本の手が姿を現した。

「ズバァァァァァッ!」

 すぐさまもう一本の手が現れた。

「ズズズズズズズッ…!」

 二本の手がニョッキリと出た状態でより昂の下へ進む。まるでモグラが徘徊しているかのように手の後ろには土が盛り上がり道のようなものができていた。

「ガシッ」

 ドス黒い手が昂の両足首を捉えた。

「グッ…?」

 まったく予想外のところから何かが現れて、昂が驚く間もなく、

「ズダァァンッ」

 バランスを失って倒されてしまった。

「クッ…!」

 一旦離された。昂はすぐに立ち上がり、身構え、両手の方を見る。

「鬼か…?それとも神の回し者…?」

 昨日までの昂であればわけもわからず動揺したままだったろう。しかし、停亜から鬼の存在を聞かされていた今では冷静に考えることができた。

「……!?」

 昂が手を眺めていると実に不思議なことが起きた。

「ザズッ!ザズザズザズザズザズ…」

 墓地の土が盛り上がり手を押し上げていく。

「ザズザズザズザズザズザズザズザズ…」

「違う!こいつ…土人形なんだっ!」

「ザズザズザズザズザズザズザズザズ…」

 昂の言葉通り盛り上がった土は2メートル強の高さまでになり、人の形へと変貌を遂げた。それはドス黒い土人形であった。土が固まっただけのようで顔はのっぺらぼうの状態である。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥ…!」

 口もないのにどこからか声ともつかぬ音を上げて土人形は昂へ近づいてくる。

 昂は若干安堵の表情を浮かべた。単なる土なら倒せそうだし、もし倒せなくても逃げ切るのは容易だと考えたからだ。

 そして、逃げるのは昂の気性ではなかった。

「バサッ!」

 上着を乱暴に脱ぎ捨てる昂。

「ダダッ!」

 真っ直ぐに土人形へアタックをかける。

「ダァァァァッ!」

 身体ごと突っ込んで行き、跳び蹴りを食らわせた。

「ボスゥッ…!」

 しかし、土人形の身体を昂はすり抜けてしまった。

「…!?」

 何が何だか判らない状態の昂。

「ダァァァッ!」

 今度は右の拳を繰り出す。

「ボスゥッ…!」

 手応えはあった。が、それはあくまで砂に拳をめり込ませたようなものでしかなかった。

「マジかよ…!」

 土人形は攻撃を食らう時、砂になり攻撃を分散させる能力があるらしい。これでは昂がどんな攻撃をしても糠に釘状態である。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥ…!」

 土人形が意思を持っているかのように昂へ向かってくる。

「何てこった……」

 昂の額には止めどもない汗がつたっている。

 昂は急に恐怖と息苦しさを感じてネクタイを緩めた。

「!」

 踵を返した昂は墓地の出口へ向けて走り出した。

「タッタッタッタッ…」

 全速力で走る昂。

 やがて出口が見えてきた。

 しかし、

「ゴツンッ!」

「うわっ!」

「ズザッ!」

 突然目に見えない何かに昂は弾き飛ばされ倒れた。

「…?」

 奇妙な事に墓地の向こうの路地は見えるのにそこから一歩も踏み出すことができなかった。見えないバリヤーが張ってあるかのようだった。まるで墓地全体だけバリヤーで隔離されているような印象を昂は受けた。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥ…!」

 そうこうしているうちに土人形が追いついてしまった。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥ…!」

 両手を前に出して近づく様はリヴィング・デッドを彷彿させる。

「てめぇにやられてたまるかぁぁぁっ!」

 怒声と共に昂が回し蹴りを見舞う。

「ボスゥッ…!」

「フゥゥゥ…!」

「よしっ!」

 結果は同じであったが一瞬形が崩れるので逃げ出す時間を稼ぐのには充分だった。

「ダダッ…!」

 昂はまた走り出し、今度は墓地の管理を行っている寺へ向かった。そこには当然人がいるに違いなかったからだ。

「タッタッタッタッ…」

 昂は寺を探して走った。視界に寺が入って来た時は心からホッとした。実際は何百メートルしかない距離だったに違いないが、何百キロも走ったような感覚に陥っていた。

「すいません!!」

 昂は開けっ放しになっている本堂の玄関を勢い良く通り抜けると声の限りに叫んだ。

「土足ですいません!どなたかいませんかぁっ?」

 叫びながら昂は本堂を走る。

 だが、反応はなかった。

(おかしい…)

 昂は本尊へ辿り着いていた。

「ガラッ!」

 襖を開ける。

「うわぁぁっ!!」

 昂はハッと立ち止まり、中の様子を認めると驚き、声を上げた。

 そこには住職と思しき人物と小坊主の二人が仰向けになって絶命していた。窒息死らしく双方とも股間を汚物で濡らしていた。

「どうしたっていうんだよっ?」

 昂は住職の死体に近づき抱え起こした。

「!!」

「ズザァァァァァッ…」

 住職の口から大量のドス黒い砂が溢れ落ちてきた。

 口に砂を詰められて窒息死したのだ!

「まさか…!?」

 昂は瞬時に判断した。

 おそらく鬼が操っているのであろう土人形の目的は昂であること!

 その為に墓地全体を隔離したこと!

 邪魔者である寺の人間を事前に皆殺しにしたこと!

 絶望的な状況だった。

「…!?」

 すると、住職の口から流れ落ちた砂が突然一箇所に集まりだした。

「しまった!」

 昂は慌てて死体を置き、逃げようとした。

 が、遅かった。

「ザズザズザズザズザズザズザズザズ…」

 砂は固まり、土くれとなり昂の足にまとわりついた。

「チィッ!離せっ!」

「フゥゥゥゥゥゥゥゥ…!」

 昂が土くれともがいている間に土人形が追いついてしまった。

「がぁっ…」

「ザズザズザズザズザズザズザズザズ…」

「フゥゥゥゥゥゥゥゥ…!」

 土人形は土くれを取り込んで更に巨大化した。つまり昂は土人形に捕まってしまった。

「バタンッ!」

 土人形に足を取られ仰向けに倒されてしまう昂。

 土人形は驚くべき速さで昂をマウントポジションに捕らえた。

「ムゥゥゥッ!」

 土人形の体内への進入を防ぐべく口を真一文字に結ぶ昂。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥ…!」

 だが昂の眼前にはもう数センチの所まで土人形の頭部が迫っていた。

「ンンゥゥゥゥッ!」

 叫びにならない昂の声が本堂にこだました。

「フゥゥゥゥゥゥゥッ…!」

 土人形が昂の顔に向かってキスをする要領で頭部を近づけてくる。

「ンンゥゥゥゥゥゥッ!」

 砂を体内に進入させまいと昂は口を結んで必死に抵抗する。

 しかし、土人形の力は予想以上でマウントに取られた昂は身動き一つできないでいた。

「……!!」

 昂は生きながら蛇に飲まれる蛙の心境だった。嫌な汗が身体中を濡らしていてその不快感も恐怖を増大させていた。

「……ン…?」

 土人形の頭部の動きが止まった。

(何だ…?)

「フゥゥゥゥゥゥゥッ…!」

 奇妙な鳴き声ともに土人形の頭部から土でできた二本の触覚のようなものが出てきた。

「…?」

 昂の疑問も束の間。次の瞬間、

「シャァァァァァァァァァ…!」

 触覚は昂の鼻めがけて迫ってきた。

(しまった!!)

 昂は後悔したが遅かった。

「シャァァァァァァァァァ…!」

「スブスブスブスブ……!」

 二本の触覚が昂の鼻腔に到達するや否や土でできた触覚は砂へと変化し、非常にも昂の体内へと侵入を果たしたのだ。

「ングゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

 鼻の中に流れてくる砂による体験したことのない痛みで昂は悲痛な叫びを上げた。

「ガァァァァァァァァァァァッ!」

 ついに堪えきれず昂が口を開けた。

「フゥゥゥゥゥゥゥッ…!」

 次の瞬間土人形の頭部が崩れ出した。 

「スブスブスブスブ……!」

 昂の口に大量の砂が流れ込む。

「ンッ、ンゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 昂は鼻の時以上の苦しさに叫んだ。

 食道を伝う砂のザラついた感触が何ともいえない不快感となって昂を襲った。

(死んじまうっ!!)

 必死にもがく昂。

 ふと砂から逃れようと首を左に傾ける。

「!?」

 そこにはまだ未使用の卒塔婆が何本か転がっていた。どうやら住職らが殺された時に散乱したらしい。

(いけるか…?いや、いかなきゃ…)

 左手に力を込める昂。

「ンゥゥゥゥゥゥッ!」

 何とか手が届いた。

(よし!)

 昂はありったけの力を左手に込めた。

「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

「ボスウッ…」

 卒塔婆は上手く土人形の首根っこを捉えた。

「フゥゥゥゥゥゥゥッ…!」

 土人形の力が抜けた。

「バシィッ!」

 それを悟った昂は土人形を跳ね除け脱出に成功した。

 だが、まだ倒したわけではない。

 それに昂が受けたダメージは相当だった。

「ゲェッ…!」

 口に手を突っ込んで懸命に砂を吐き出す昂。

 時折砂ではなく湿った土が出ることもあった。

「ゲフッ…!」

 苦しさに身悶える昂だったが、

(ン…?)

 何かを思いついたようだ。

「スクッ…ダダッ…!」

 ある程度砂を吐き出しきった昂は再び走り出した。

 策を胸に秘めて。

(閃いた!今度こそ倒してやる!) 
「ハァハァ…」

 走り続ける昂。

 土人形を倒す策を思いついた昂は確かな意思を持って何かを探していた。

「ガラッ!」

 風呂場を調べる昂。

「ないか…」

「ダダッ!」

 素早く次の場所を目指す。

「タッタッタッ…!」

 砂を腹いっぱい食わされたダメージは少なからず残ってはいたが、生きるか死ぬかの

瀬戸際に追い込まれている昂にとっては大した問題ではなかった。

 台所に着いた。

「チッ!」

 目当てのものがなくて舌打ちをする昂。

「あとは外しかないな…」

 昂は身を翻して再び外へ向けて走り出した。

 すると

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

「!!」

 土人形がもうすぐ側まで迫っていた。

「ダァァァァァァッ!」

 ためらうことなく右足を繰り出す昂。

「ボスゥゥゥゥゥゥ…!」

 回し蹴りは綺麗に土人形の頭部を捕らえたが、結果は同じだった。

 怪物は蹴られた部分を砂にすることでダメージを無力化する。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 昂の目的はあくまで化け物の動きを止めることだった。

「ダダッ!」

 昂はまた走り出した。

「ハァハァ…」

 何故ヘルハウンドが現れないのか?という疑問すら彼の頭にはなかった。

 そうしているうちに庭、というより手入れの行き届いた庭園に辿り着いた昂。

「どこ…どこだぁっ…!?」

 叫びながら何かを探し続ける昂。

「!!!」

 昂は目当てのものを発見した。嬉しさのあまり声にならない叫びを上げた。

 昂が探していたもの。

 それは庭の手入れ用に設置されていた水道とホースだった。

「……!ありがてぇっ!散水ポンプまであらぁっ!」

 本能から出る乱暴な口調で昂が叫ぶ。

 昂は機関銃を持つ要領でホースを構えた。

「グイッ!」

 水道の元栓を捻る。

「カチッ!」

 散水ポンプのボタンを押す。

「ググッ!!」

 ホースを持つ手に強烈な水圧がかかる。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 立ち止まっている昂を認めた土人形が真一文字に歩を進める。

「まだ、まだだっ!」

 逸る気持ちを抑えられずにホースを握り締める昂。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 迫る土人形。

 2メートル…

 1メートル…

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 両者の距離が50センチを切った。

「くたばれぇっ!」

 手元のノブを開く昂。

「ブッシャァァァァァァァァーーーーッ!」

 散水ポンプにより凄まじい勢いで放水されている。

「ビシュゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 水は的確に土人形を捕らえる。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 さしものの土人形も強烈な水圧で動けない。

 そして身体も水が混じってどんどん砂が削げ落ちていく。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 声なき声は断末魔の様相を呈した。

「ダァァァァァァァァッーーー!」

 今度は昂が雄たけびを上げゆっくりと歩を進める。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 まるでチョコレートが熱で溶けるかのように土人形を覆っていた土は水によって完全になくなった。

「ゲッ…!」

 全ての土がなくなった後に残っていたもの。

 それは宙に浮いている心臓だった。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 声なき声の正体は心臓の音だったのだ。

 宙に浮く心臓はきちんと脈を打っていて、それが気味悪さを増大させていた。

「何だこりゃ…」

 水を止めた昂はボンヤリと心臓を眺めていた。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

「ビューーーーーッ!」

 突如、心臓が昂めがけて飛び込んできた。

「グッ…!?」

 不意を突かれた昂の顔面に心臓が張り付く。

「チ、チィッ!」

 が、攻撃はそれだけだった。

 冷静に右手で心臓を顔から引き離す昂。

 そして

「ブシュゥッ!!」

 そのまま力いっぱい握り潰した。

「やった…」

 ようやく昂に安堵の表情が見えた。

「ハァハァハァハァ…」

 疲れ果てた昂は濡れているのも気にせず芝生の上に座り込む。

「ハァハァハァハァ…」

 緊張の糸が切れた昂はそのまま気を失った。

 

×××××××

 

「ウ、ウーーン…」

 気分が良いのか悪いのか全く判断がつかないような状態で昂は悶えていた。

「ハッ…!?」

 その中で土人形との戦いが脳裏に浮かんで慌てて目を覚ました。

「………?」

 辺りを確認する昂。

 そこは先だって激闘を重ねた寺の庭園でもなければ本堂でも、ましてや墓地でもなかった。

 住み慣れた自分の部屋のベッドの上だった。

「…!…?」

 今度は自分の身なりを確認する。

 墓参りに着て行ったスーツではなく、黒のTシャツにスウェットという出で立ちであった。

「あの野郎…」

 昂は全てを察したようだった。そして怒鳴った。

「おいっ、悪魔!お前の仕業だろう?出て来い!」

「スッ…!」

「ようやくお目覚めかと思ったら無礼な呼びたてかよ…」

 どこからともなく停亜が姿を現した。

「せっかく証拠もすべて消してここまで運んでやったというのに…」

「訊きたいことがあるんだよ!」

 語気を荒げる昂の前に顔を近づけて停亜が

「わかった。だがな、俺にも便宜上とはいえ名前があるんだよ。ちゃんと呼んでくれ!」

と示すと昂も改まって問う。

「す、すまない…停亜。」

「うん。で、どうした?」

「俺を襲った化け物だが、あれは一体…?」

「お前の想像通り単なる土人形だ。」

 昂の疑問は消えない。

「鬼ではないのか…?」

「違うな、だが鬼が遠隔で操っていたのは間違いないな。」

「そうか…けど、あの心臓は…?」

 一つの疑問が解消されてもまた次なる疑問が噴出してくる。

「大方あの寺の人間の誰かじゃねぇの?あれだけデカイ寺で住んでるのがお前が見た二人だけのはずはないだろうからな。」

「……なるほどね…最後にもう一つだけ。」

「ん…?」

「何でヘルハウンドも停亜も現れなかったんだ…?」

「ハハハハハハハハッ!」

「…?」

 頓狂に停亜が笑い出したので昂は不機嫌な表情を見せた。

「質問は二つじゃないか!まぁ、いい。昂いいか、ここは下界、人間界だ。あくまで主体はお前だ。ヘルハウンドはお前に取り憑いている状態なんだ。となると出てくるのはお前の手に負えない相手が現れた時か、お前が生命の危機に瀕している時のどちらかってことになる。」

「……」

「あの土人形はお前でも充分倒せるってわけさ。だから出てこなかった。ヘルハウンドも俺もな。」

「やっぱりあそこにいたのか…」

「まぁな。助けなかったのは申し訳なかったがあの程度の奴に倒されてしまうようなタマじゃこっちとしても願い下げだったんでね。見守らせてもらったってわけだ。」

「……」

「スクッ!」

 一通り話し終えた停亜の前に突然触れんばかりの距離に昂が立ちはだかった。

「な、何だよ…?」

 思いがけない昂の行動に停亜は珍しくドギマギした。

「停亜、俺は鬼と戦うぜ。」

「!?」

「勘違いするなよ。悪魔のために戦うわけでも運命に殉ずるわけでもない。俺は今日化け物に襲われて初めて気づいた。『生きたい』ってな。」

「昂…」

「俺は怪物になっても心は人間のままで生きてみせる。いや、いつの日かこの身体の中にいる怪物を追い出して人間に戻ってみせる!俺は人間として生きて、死にたい。それを邪魔する奴は許さない。鬼だろうと、神だろうと!」

(…それだよ。お前が持っているモノって!)

 女悪魔・停亜は昂の瞳の奥に真っ赤に燃え盛る炎を見た。

 

 ×××××××

 

 翌日の昼過ぎ。昂が謹慎を命じられて3日目。

 昂は三度S港近くの廃工場に赴いていた。
 廃工場の前に佇む昂。モスグリーンのスーツ姿が梅雨の谷間に訪れた晴れ間に映えていた。
「謹慎中でよかったぜ…かえって自由に動けら。」

 一人なのに誰かに語りかけるかのような昂。

 いや、側らには停亜がいたのだ。

 ただ、普通の人間が見たら昂が独り言を言ってるようにしか見えないだろう。それほど奇妙な光景だったが、周りの環境などお構いなしの二人だった。
「もう警察は現場には来ないのか?」
「ああ。もう自殺でカタがついたと思ってるからな。わざわざ暴行犯を探そうとはしてないな…。」
「悪魔以下じゃん!」

「そうだな…でも、それがこの世界の現実だ…」

 少々おどけて憤る停亜に微笑んで昂が返す。

「カシュッ…」
 昂、タバコに火を点ける。
「さて停亜、俺を現場に連れてきた理由は?ここは一昨日も調べたがめぼしい物は何も残ってなかったぜ。」
「ヘヘヘッ!人間の能力だったらそこまでが限界だろうけどな!今の昂なら見えてくるモノがあるはずだぜ!」
 昂、煙草を咥えながら倉庫からまっすぐ伸びた道路を見る。

「……」

 不景気を反映した廃工場前には人一人いない。

「まったく…何が見えるってんだ…」

 少し目を凝らしたその時だった。

「!!」
 空中、とはいっても1メートル弱の高さなのであるが何かドス黒いものが街の方角へ向けて伸びていたのだ。

 例えるならミニサイズのオーロラのようなもの。ただ、色がドス黒いのでどこか邪悪な雰囲気を発散させていた。

「何だ、これ…?」

「鬼が残した轍だよ。」

「わだちぃ…?」

 驚く昂。

「俺ら悪魔もそうだし、神の世界の連中もそう。精霊と呼ばれる者が行動した後には残像っつうか、思念っつうかとにかくこうやって残るんだよ。」

「ふむ…俺がこれを見られるようになったのは…?」

「前にも言ったようにお前は重症の身だった。それを救ったヘルハウンドの影響はお前の身体にも及んでいるってことだ。」

 身の毛もよだつような停亜の説明も気持ちを固めた昂は冷静に受け止めることができた。
「なるほどね…で、これを足懸かりにして鬼を捜せってことか?」
「そうだ。」
 昂はタバコを携帯灰皿に捨てた。
「別に文句を言うわけじゃないけどさ、あっけなさ過ぎだよ。」
「は…?」
「いや、これは俺の力で見えるものじゃない。ヘルハウンドのおかげで見えるものだろ?俺は全く力を出してない。」
「昂に似合わない短絡的な思想だなぁ!」

 停亜がぞんざいにそう言うと昂も声を荒げた。
「何だと!事実を言ったまでじゃねえか!」
 停亜が昂の両肩をガッチリ掴む。

「ガシッ!」

「…?」
「お前は思い違いをしている。いいか昂、お前は、いやお前だけじゃねぇや。人間は元々俺らを感じる力を備えているんだよ。その証拠にお前は初めから俺の存在を感知してたろ?」
「……」
「大なり小なり持ってるんだよ!その力を人間は科学技術を進歩させていく過程で不要なものとして退化させちまったんだ。ヘルハウンドはお前の持っている能力を呼び覚ましただけに過ぎねぇんだよ。」
 昂は己の浅はかさを恥じるように俯いた。
「すまない…何だかアンタやヘルハウンドに操られてるみたいで…」
「まぁ、気持はわかる。けど、刹那的な考えは死を招くぞ…」

「…!」
 ”死”という言葉に戦慄する昂。
「死……」
「ヘヘッ、脅かし過ぎたな。わりぃっ!で…この轍を辿れば敵はもうすぐだ。どうする?」

「決まってるさ、先手必勝だ!」

 昂は拳を握り締めた。

「ほぉ…」
「見つけ出して倒す!行くぞ!」

 二人は車に乗り込み、現場を後にした。

 

×××××××

 

 ここは地獄と呼ばれる場所。天国が白雲でカモフラージュされているのとは対照的に黒煙のような雲で覆われ人の目を欺いている。

 そこには当然の如く大魔王の宮殿が存在している。

 宮殿は一切のものを寄せ付けない威厳を湛えてそびえ立っていた。
「ドスッ、ドスッ…!」

 その宮殿へ近付いてくる乱暴な足音。
「止まれ!この宮殿を何と心得てるのか!」

 宮殿を警護している二人の門番悪魔が足音の主を問い質す。
 更に二人は長刀を振りかざし、侵入者を威嚇した。

「………」
 クロスされた長刀の先にいたのは、何ということだろう、神が立っていた。

「………」
 白装束の神は小馬鹿にしたような表情で門番を睨み付ける。
「失せろよ…そうすれば今の無礼はなかったことにしといてやるよ。」
 侮辱されて門番たちが怒る。
「無礼はそっちだろうがぁーっ!」
 と同時に長刀を神に向かって振り下ろす門番たち。
「ビュウゥゥゥゥゥンッ!」
「パシッ!バキィィィィィッ!」

 神は身じろぎもせずに二本の長刀の刃を右手一本で掴んだ。

「!?」
 驚く門番たち。

 神の手からは一滴の血も流れていない。そもそも血が通ってるのかどうかも不明ではあるが。

 門番たちがどんなに力を込めてもそれ以上刀を動かすことはできなかった。
「何ぃっ!」

「あまり怒らすんじゃねぇぞ!」

「ベシッ!!」
 長刀の刃が二本とも折れた。

「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 神は折れた刃先を振り回し、

「ヒ、ヒィィッ…!」
「ガシッ…ズボォォッ!」

 恐れをなして逃げる門番たちを捕らえ、口の中に刃を押し込んだ。
「ウギャァァァァァァァァァァァーーーッ!」
 口の中を血塗れにして痛みに悲鳴を上げる門番たち。やがて悶え苦しんで倒れた。

「ケッ…!美味いだろう…?」

 その光景を満足そうに確認して歩を進める神。

「ドスッ、ドスッ…!」
 神は大魔王の部屋へと続く長い廊下を闊歩する。
「ズカズカズカズカ…!」

 すると従者と思しき悪魔たちが6人、神を食い止めるべく姿を現した。
「おいっ、必ずここで食い止めるぞ!絶対に大魔王様の所へ行かせてはならぬぞっ!」
「はっ!」
「面白えっ!止めてみろよ雑魚ども!」

「ザワザワザワ……」

 進路を妨害された神の白髪が怒りで逆立つ。

「ザワザワザワ……」

「ビキーーーンッ!」

 逆立った白髪が硬質の針になる。

「ダァァァァァァァッ!」

 神めがけて突進する悪魔たち。

 次の瞬間、

「シパァァァァァァァァァァッ…!」 
 神は無数の針と化した髪の毛を悪魔たちに向けて発射した。
「ブスゥゥゥゥゥゥッ!」

 無数の針は確実に悪魔たちの目を捉える。

「ブゲェェェェェェェェッ!!」
 視界を消され、痛みに悶えまくる悪魔たち。
「ムンッ!」

 神右手のみで合掌して、目を閉じ、何かを念じる。

「ビバーーーーーーッ!」
 すると、手刀の先から紫色の光線が出た。
「グアウアアウアウアァァァーーーーッ」

 その光線を浴びた悪魔たちが苦悶の表情を浮かべる。
「シュウウウウウウウウ…」
 六人の悪魔の身体がみるみる縮んでいく。
「シュウウウウウウウウ…」

「カサカサカサ……」
 その後に残ったのは目が見えずにあちこちぶつかって歩くゴキブリが6匹であった。
「お似合いだぜ!そうやって地べた這いつくばるのがよぉ!」
 憎々しげ笑みと共に神は歩を進めた。

 だが、

「ムッ…!」
 何者かの気配に気付いて立ち止まる。

「やっとお出ましかい!」
 神の視線の先には仁王立ちする大魔王の姿があった。

「いい度胸じゃねぇかよ、一人で来るなんてよ!」

 怒気を秘めながらどこか余裕の表情を見せる大魔王。やはりイレギュラーな出来事であっても自分の庭で起こっているからそういう状態でいられるのだろう。
「そっちこそ味な真似しやがってぇっ!」

「ビッシィィィィッ…!」

 挨拶など無駄だ、と言わんばかりに神は再び髪の毛を逆立たせる。
「ハァァァッ!」

 掛け声で気合を入れる。
「ビュウウゥゥゥゥゥゥン!」

 無数の針が大魔王めがけて飛んでいく。

「くだらんな!」
 表情を変えずに大魔王は目を閉じる。
「フンッ!」

 一念を入れる大魔王。

「ピタッ!」
 針弾丸が途中で止まる。
「パタパタパタ…」

 そのまま威力をなくして針弾丸は床へ落ちた。
「やるじゃねぇか!」

 神はプラスの存在とは思えない程邪悪な笑みを大魔王へ向けた。

 大魔王も目を開け、同じ笑みで返す。
「そっちこそ不意打ちなんてプラスらしくないやり方じゃねえの?」
 そういうと大魔王は神へ近づいて行った。

 神も近づいて行く。

 二人の距離が1メートル位の所まで縮まった。

 すると、互いが互いの殺気を感じ取ったようでそれ以上歩み寄ることはなく、間合いを取った。

「で、用件は何なの?ここまで俺のフィールドで好き勝手やってくれたんだからよっぽどのことだよねぇ…?」

 どこか小馬鹿にしたような口調に変わる大魔王。

 有利に立っていたいという感情が丸わかりだった。
「手下下界に下ろしてこっちの邪魔なんかするんじゃねぇよ!」

 神は威圧的に迫ることでやはり優位性を示す。
「黙って見物してろってか?ハハハッ、冗談じゃねぇぞ!そっちの魂胆は分かってんだ!」
「ほうっ!」
「てめぇ、人間滅ぼした後は俺たちが標的だな?」

 大魔王の問いに眉ひとつ動かさない神。
「まさか?切っても切れない関係なのに!」
「俺にゃあわかるんだよ!腹ん中じゃ俺も同じこと考えてからなっ!」
「へぇ…」

 このやり取りの間に両者は再び歩を進めていた。

 二人の距離は完全にくっつかんばかりになった。

 そして、

「ピタッ!」
 二人は鼻と鼻をつき合わせてメンチを切り合った。

「………」

 既に二人の周りを何人もの大魔王の手下たちが取り囲んでいたが、ただならぬ二人

が発散する怒りのオーラにどうすることもできないでいた。
「じゃあ、いっちょ戦争おっ始める?」

 メンチを切り合ったまま神がとんでもない提案をぶつける。
「それも悪くねぇが、いきなり大将同士じゃ面白くねぇからよ…」
「…?」
「てめぇが買収した鬼どもとこっちの番犬の勝負ってのはどうよ?どちらかが力尽きるまで!」
「フハハハハハッ!無い知恵振り絞って愉快なこと考えたもんだ!」

 神は堪えきれずに笑い出した。

「どっちにしろそういう雲行きだろうが!俺もよ、裏切り者の鬼ぃ許すわけにいかねぇし。そっちも人間憎しだ。ショーとしては悪くないだろうが…?」

「ヘヘヘッ!まぁ、退屈しのぎにはもってこいかぁ…」

 神が顔に力を入れ大魔王を威嚇する。

 頷いて顔に力を入れ返す大魔王。
「まずは下界でどっちが勝つかだ。こっちが血ぃ流すのはそれからでも遅くねぇ。」

「わかった。その話乗ったぜ。」

「そうと決まったらお引き取り願おうか…!」

 顔を離し、踵を返す神。
「邪魔したな……」

「今日の借りはいずれ払ってもらうからな!」
 去って行く神の背に大魔王は言葉を浴びせた。
(どうかな…?)

 神は笑っていた。

 黒い霧の中へと白装束の神が消えて行った。

 

×××××××

 

 昂は鬼を探索する準備を整えるために一旦部屋に戻ってきた。日は傾きかけていた。

「先制パンチ食らわすんじゃなかったのかよ…?」

 側で浮遊しながら昂の歩調に合わせている停亜が拍子抜けしたように呟く。

「あのな、いくら轍を追っていけば鬼に辿り着くっていっても、丸腰で相手に立ち向かうわけにはいかねぇだろ?それに…」

「うん…?」

「いくら怪物になった俺でもこうしている時は刑事なんだ。停亜からすりゃ悠長に感じるかもしれんが、刑事として人間として奴らの当たりを付けたいって気持ちもあるんだよ…」

「なるほどね…」

(その甘さが命取りになるんだぜ!)

 そう続けようと思った停亜だったが、口には出さなかった。何故口に出さなかったのか?その理由を考えようとはしなかった。 

 そうこうするうちにマンションに着いた。

 ドアの前。キーを差し込む昂。

「…!?」

「どうしたんだ…?」

 鍵は開いていた。

「停亜、今お前どんな状態だ?」

 昂の表情はどことなく青ざめている。

「どんなって…?」

「普通の人間でも見える状態かって訊いてる!」

「あぁ…一応姿は消してるぜ。けど、霊感強いとうっすらとは感じるだろうな。…って一体どうしたっていうんだ…?」

 停亜の問いには一切耳を貸さずに

「停亜、すまないがちょっとの間ここにいてくれないか…お前の存在を知られると困る事態になってるようだ…」

 昂は真摯な眼差しを停亜に向けて懇願した。

 昂の切羽詰った表情を察した停亜は

「わかったよ。後で何があったのかだけ話してくれ。」

 と、昂の願いを聞き入れることにした。

「ありがとう。」

 感謝の気持ちを伝えるや否や昂は意を決してドアを開けた。

「ギィ…」

 明かりが漏れる。

「…やっぱり・・・」

 昂の視線の先には濃いブルーのミュールがあった。

 自分の家にも関わらず昂は何故か息を殺し、足音を立てないようにリヴィングへ向かった。

「おかえり~~っ!」

 令が豊かな笑みを湛えて立っていた。

 アイボリーのブラウスに淡いブルージーンズというカジュアルな出で立ちが眩しい。

「何…やってんだ…?」

 令はヘルハウンドと同化したと悟って暴れた部屋を一生懸命に整理していたのだ。

 ちょうど洗面所の割れた鏡を片付けていた。

 昂は部屋をずっとそのままにしておいたことを激しく後悔した。

 

 

Part?へつづく

 

 

*この物語はフィクションです。

 

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 令の表情はいつもと変わらない飾りのない明るさを見せていたが、部屋の異常な散らかりように疑問を抱いている、自分のことを心から心配してくれている部分があるように昂には感じられた。

(どうする…?)

 昂は押し黙ったままひたすら思案した。

 自分が今どういう状況に置かれているのかを令に話すべきなのか?

(一人で苦しむのは嫌だ!)

 捨て去ったはずの弱さが急に頭をもたげてきた。

(……けど、洗いざらい話してどうなるというんだ!)

 もう一人の自分が現れたような気がした。

(こんなマンガみたいな話を令が信じてくれるわけないだろう!仮に信じてくれたとしたってその後に何が待っている、昂?お前は化け物だ!もはや女一人幸せにしてやれない悪魔の手先なんだぞ!そして、このまま彼女を側に置いていたら…)

(もういい、わかったよ!)

 自問自答に終止符を打った。

 昂はツカツカと令の元へ歩み寄った。

「昂…?どうしたの…?勝手に色々いじっちゃったから怒った…?」

 令は昂の思いが違う所にあると薄々感じながらも核心には触れられなかった。

「令……」

「ん…?」

「もうここには来るな。」

 意識して感情を押し殺して昂は言った。そこには今まで感じたことのない冷たさがあった。

「ちょ…マジでどうしちゃったのよぉ…?」

 令は硬直した。

「迷惑なんだよ…」

「!?」

「こうやって俺がいない間に勝手に部屋に入り込んで、おまけに俺がどういう状態でいるかも全く気遣わないでズカズカと色んなことされるのがもう沢山なんだよ!」

 今度は早口でまくし立てた。

「ご…昂…?わけわかんないよ…?」

「うるさい!今までお前に気ぃ遣って言えなかったけどな、俺はお前のことなんか好きでも何でもない!いや、大嫌いだっ!」

 硬直したままの令の頬を涙が伝った。

「わかったろ?俺はお前が考えているような男じゃない。だからさっさと出て行ってくれ!」

 更に早口になる昂。口調も完全に荒い。

「…………」

 令の全身がワナワナと震え出した。

「早く!出て行けぇぇぇっ!!」

 ついに怒鳴り声になった。

「ンヒッ、ンヒッ…!」

 令の口から嗚咽が漏れる。

「タタッ…バターンッ!」

 そのまま無言で令は部屋を後にした。

「フッ……」

 昂はフッと下を見た。

 鏡の破片に自分の姿が映っていた。

 何の変哲もない自分の姿だったが昂にはヘルハウンドの影が見えたような気がした。

(これで、よかった…んだ…)

 自分納得させるのに必死だった。

「よぉ、済んだのか…?」

 いつの間にか背後に停亜がいた。

「……」

 無言で振り向く昂。

「大体話はわかったからもう訊かねぇけど、これで本当によかったのか…?」

「うるせぇよ悪魔、お前に何がわかる…」

 昂は薄笑いを浮かべていた。

 何者にも本心を気取られたくない様子だ。

「もう失うものなんか何一つない…行こうぜ、鬼退治へ!」

 

×××××××

 

 その日の22時頃。

 ここはS市繁華街の外れにある雑居ビル。

 その入り口には[國龍商事]と明朝体で書かれた看板が掛かっている。

 明らかに暴力団の事務所といった佇まいだった。

「……」 

 事務所へと通じる階段付近では下っ端の組員が見張りをしていた。

「ツカッ、ツカッ…」

 事務所に近づいて来る影があった。

「!?」

 組員は驚いた。今夜来客の予定があるとは聞いてなかったからだ。

 しかし、ここで来訪者を上手く追い払えばのし上がる糸口にはなる。

(派手に暴れてやれ!)

 そう思い彼は近づいて来る人影の前に立ちはだかった。

「てめぇ!ここが國龍会の事務所だと知って……」

「ブゥゥゥゥンッ!」

 言い終わらないうちに影は左手で裏拳を繰り出した。

「バゴォォォォッ!」

「ブギャァ!!」

 的確に裏拳は組員の左側頭部を捉えた。組員は屠殺場の豚のような叫び声を上げ道路に倒れた。

「……」

 影は一瞥もせずにゆっくりとした足取りで階段を上って行った。

「コツコツコツ」

「バタァァァァンッ!」

 影は礼儀正しくノックをしたが、中の反応も確かめずに乱暴にドアを開けた。

「あぁ…?」

「何だコラァッ…!」

 たちまち組員たちの怒号が飛んだ。

「どこのモンだぁ?一人で来るとは酔狂な!!」

 一人の組員がそう言って影の胸倉を掴む。

「……」

 影の正体は昂だった。

「お前には用がない。若頭に会わせろ。」

 昂は射るような視線を組員に向ける。

「俺は鉄砲玉ではない。若頭とサシで話がしたいだけだ。」

「わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ!」

「グゥンッ!」

 組員は怒りを抑えきれずに拳を繰り出した。

「サッ…」

 昂がスウェイすると

「ボガァァァッ!」

 組員はバランスを崩して壁にパンチを当てた。

「ギャァァァァッッ…!」

 拳が砕けたようだ。醜怪な叫びを上げる・

「野郎!!」

 他の組員が臨戦態勢に入ろうとした時、

「やめとけ!」

 と制する声がした。

 声の主はコンビニで昂と悶着を起こしたあのヤクザだった。若頭とは彼のことであった。

「しかし、若頭!」

「堪えろ!!」

 ドスの効いた一喝に組員たちはシュンとなってしまった。

「どうも刑事さん、今日は何の用で…?」

 友好的な表情で語りかける。

「銃…いや、ショットガンを一丁売ってほしくてね…10万しか出せないから交渉に来たんだ。」

 昂は見たこともないようなカミソリのような目つきだ。

「……そうでしたか!では、奥で話をしましょう。おい、案内しろ!」

 若い者に促されて昂は応接室へと入って行った。

「若頭!何であんなデカ小僧をもてなすんで…?」

 組員の問いに若頭は、

「お前…わからないのか…?気づかなかったのか…?アイツの目…!アイツが本気で暴れたら俺たち残らず殺られちまうぞ…!ありゃあ人間じゃねぇ!こないだ会った時とまるで違う!俺はな…オヤジが留守の間に組潰すわけにはいかんのだ…」

 冷や汗を流しながら答えた。

 

×××××××

 

 同じ頃、昂のマンションから10分ほどの所にある公園にて。

「ウッ、ウッ……」

 ベンチで泣いている少女の影。

 令だった。

 あまりに突然に浴びせられた昂の言葉をまだ完全に理解することができずにただ泣いているだけだった。

 泣きながら右手を見やると昂の部屋の合鍵を握っていることに気づいた。

(これも返さなきゃ…)

 体温で温もっている鍵をジッと見つめた。

 昂がくれた合鍵、「欲しい」と言った時怒られはしたが決して拒絶されなかったというのに… 

「ウッ、ウッ……」

 そう思うとまた泣けてきた。

「フゥッ!」

 突然目の前に青白い光が現れた。

「……!?」

 不思議に思った令が光を凝視すると光の中に少女の顔が浮かんできた。

(この娘…確か…こないだ自殺した)

 少女は河東チヒロだった。

 霊体となったチヒロが何故令の前に?

「どう…したの…?」

 不思議と恐怖はなかった。

 ストレートな疑問をぶつけていく令。

「アナタ…あの刑事さんが好きなんでしょ…?」

「な…何…!?」

「彼は今一人じゃ背負いきれない運命と戦っているわ。支えがないと彼は死んでしまう…」

「!!」

「彼のことが好きなら支えになってあげて…そうすれば私も…旅立てる…」

「どういうこと…?」

「鍵は…部屋にある…」

「フゥッ!」

「ま、待って!」

 唐突にチヒロは消えてしまった。どうやら長い時間姿を出せないようだ。

 残された令はいつの間にか立ち上がっていた。

「鍵…?昂の…部屋…?」

 独りごちる令

「…・・・!!」

 令は昂の部屋の方角を見る。

 そして一目散に走り出した。

 

×××××××

 

 組事務所での出来事から約1時間後、昂の車はS市内を徘徊していた。

 もちろん助手席には停亜がいた。
 車からでもドス黒い轍はおぼろげではあるが見えていた。
「なあ、停亜。」

「ん…?どうした…?」

「俺にこの轍が見えるってことは、もしかして鬼もお前や俺の轍が…あるとすれば…見えるんだろうか…?」

「どうだろうなぁ…俺の轍は奴らにゃ見えない。が、ヘルハウンドのは見えるかもしれないな…」

「すっきりしない答えだな…」

「そもそも鬼とこういう関係になるなんて考えもしなかったからよぉ、悪魔だって万能ってわけじゃないぜ…」

「すまない…すると、最初に敵を見つけた方が優位に立てるってわけだな…」
「そうなるな…」
「………」

 昂は急に押し黙った。

「それと…」

「うん…?」

「河東チヒロちゃんの魂は今どうなってるんだ?」
「普段は俺が懐に保管しているが、いくら霊体とはいえ閉じ込めっぱなしだと参っちまうからたまに自由に解放してる。今は解放している。」
「そうか…もし…俺らがやられたら彼女は?」
「そうなると彼女の魂は土着してしまい永久に天国へは行けない…」
「責任重大だね。」

 そういうと再び昂は黙りこくった。
 轍を追って車は住宅街へ。さすがに深夜ということもあり人影はまばらだった。

「…!?」

 昂は道を歩いている人影を発見した。

 ポケットに手を突っ込んで歩いている。どうやら高校生と思しき少年のようであったが、

ジーンズをワザと落してだらしなく穿いている。一見して真面目さのかけらも見られなかった。

「!!」

 慌てて車を停める昂。

 轍が少年の背中に繋がっていたからだ。
「どういうことだ…?アイツが鬼…?それにしちゃ轍が薄い気が…」
「良い勘してんな!たぶん、アイツは鬼の手下だろう。鬼の支配力が強すぎるから奴にまで轍が及んでいるんだろうよ。」
「恐ろしいな、鬼め…」
「で、どうする気だ…?」
「先手必勝だろ!」

「ガオォォォンッ!」

 昂は意識的に乱暴にアクセルを踏み車を出した。

 少年の遥か前に停め、降りた。

「ダッ、ダッ、ダッ…!」

 そしてゆっくりとそれでいて力強く歩き少年の前に立ちはだかった。

 少年は光也の子分の一人、ケンであった。

「……」 

 昂は無言でケンを見据える。
 知らない男が突然ガンを飛ばしてきて露骨に不機嫌な顔になるケン。
「何だてめえ!ケンカ売ってんのか?」

 ケンは力いっぱい怒鳴って優位性をアピールした

「フッ…」
 昂、ニヤリと笑う。

「んだよぉっ!」

「ケンカ…?いや、そんな生優しいもんじゃねえぞ!」
「シュゥッ!!」

 昂は目にも止まらぬ速さで右ハイキックを放った。
「ドゴォォォォッ!」

「ブヘッ…!」
 右足はケンのこめかみを直撃した。

「ズサァァァァッ…」

 ケンはもんどりうって倒れた。どうやら失神してしまったらしい。

「ガオォォォンッ!」

 昂は素早くケンを車に乗せ立ち去った。

 他の通行人も2・3人いたのだがあっけに取られてその様をただ眺めるだけだった。
「ずいぶん無茶するじゃねぇか!」

 停亜が半ば呆れて言い放った。
「そう怒鳴るなって!お前譲りなんだからよ!」

「どこへ行くんだ?」
「あの倉庫だっ!」

 

×××××××

 

 廃倉庫の中。

「シュボッ…」

 明かりが点く。ロウソクの炎だった。

 炎の先には気絶したケンが後ろ手に縛られ転がっている。

 その様子を冷たい眼差しで見つめる昂がいた。

「どうするつもりだ…?」

 停亜がケンの周りをクルクル飛びながら尋ねた。

「こいつに親分を売ってもらう!」

 そういうと昂はバケツに用意していた水をおもむろにケンにぶちまけた。

「バッシャァァァァァッ!」

「ひぶっ…!?」

 目を覚ますケン。何のことか判らずに自由の利かない手足をひたすらバタバタさせている。
「クッ…チクショーッ!てめえ…一体何なんだよぉーっ!」
 昂、ケンの眼前にしゃがみこむ。

 停亜はちょっと両者から距離を置いた所でこの様子を見ることにしたようだ。
「懐かしい場所だろう…?お前らの元アジトだ…お前らここで女子高生に暴行したな?」
「何言ってんだよてめえ!いきなりおかしいんじゃねえか!証拠があってこんなことしてんのかよ!」
 ケンの言葉を全く無視して昂は続ける。
「彼女はお前らに暴行された後、自殺したんだ。」
「だから俺と何の関係があるってんだよぉっ!!」
「話は最後まで聞け。…彼女はお前らの帰り際にこの携帯のカメラで写真を撮ってたんだよ。そこにお前が写っていたから捕まえた。見るかい?」
 昂はそういうと立ち上がり、スーツの内ポケットから赤色の携帯を出してケンの前にチラつかせた。

「てめぇデカかぁ…?」

 急にケンの表情に狼狽の色が見えた。
「けどよぉ、そんなわけねぇんだ!俺らはアイツの携帯壊したんだ!写真なんて撮れるわけねえ!…!!」
 そう言った後ハッとするケン。
「引っかかったな…考える頭がないのか、バカが…!」

「ジャキッ!」

 してやったりの昂は立てかけてあったショットガンを持ち出しケンの胸倉を掴んだ。

「な…何しやがんだ…!?あぁ、確かに俺らはあのガキ犯したよ!けど、俺はまだ未成年だぜ!責任持って更生させるのが大人だろ…!!」

 ケンは一方的にまくし立てた。

「喋り過ぎなんだよ、餓鬼!」

「ピタッ!」

 昂はショットガンの銃口をケンの額に押し付けた。

「お、お…前…おかしいんじゃねぇか…?」

 顔中を汗まみれにしたケンがか細い声を上げる。

「お前の理屈は人間社会で通用する理屈だ。だが生憎俺は人間じゃないんでな!法律なんか関係ねぇ!俺の生理的嫌悪感に触れるアホどもは遠慮なく粛清するぜ!!」

「グリッ!」

 そう言うと昂は銃口に力を込めた。

「ヒィッ…!!」

 圧倒的な昂の凄みにケンは底知れぬ恐怖を覚えた。

(へぇ…やるじゃん…!)

 停亜はニコニコして状況を楽しんでいた。

「わ、わかったよ…何でも…何でもするからよ…助けてくれぇ!」

 だらしなく涙を浮かべてケンは哀願した。 
「俺が知りたいのはお前らのリーダーだ。奴の名前は?奴はどこにいる?」
「リー…ダーは光也さん。苗字は知らねぇ…俺らの溜まり場はK街のクラブ『ルーベン』だ…」

「フン…」

「なぁ、喋っただろ…助けてくれよぉ…」

「命は助けてやる…だが、痛みと苦しみはたっぷり味わってもらうぞ!」

 そう言うと昂はショットガンの引き金に手をかけた。

「ヒィィィィィッ…!!」

「ダゴオォォォォォン!!」

「ガガァァァッ!」

 昂はためらいなく引き金を引いた。ショットガンから発射された弾丸はケンの右頬をかすめ、床に凄まじい勢いでめり込んだ。

「…………!」

 経験したことのない轟音が耳元で響いたケンは失禁していた。

「手元が狂った…」

 昂は言い放つ。

「ウオォォォォーーーーッ!」

 昂は咆哮を上げた。それはヘルハウンドの姿を連想させるものだった。

「ビュウウウウウッ!」 

 叫びながらショットガンを振りかぶり柄の部分でケンの右膝にあらん限りの力で一撃を加えた。

「アギャァァァァァァァーーーッ!!」

「ゴボギッ!!」

 激痛にケンが叫び声を上げる。骨が折れたのは明らかでその叫びは止むことはなかった。

「苦しめ!彼女が負った痛みはそんなもんじゃない!…行くぞ、停亜!」

 そう言うと昂はロウソクを吹き消して倉庫を後にした。

「アギャァァァァァァァーーーッ!!」

 真っ暗になった倉庫の中でケンの叫びだけが響いていた。

 

    ×××××××


 

「タッタッタッタッ…」

 昂のマンションに戻ってきた令。

 一目散に部屋に行こうとエントランスに入ったその時、

「ボゴォッ!!」

 突然腹に激痛が走った。

「グフッ…」

「ズサァ…!」

 令は何が起こったのか判らずに気を失い倒れた。

「フヘヘヘッ…俺らをシカトするからこんな目に遭うんだぜぇ…フヒャヒャ…!」

 令を襲ったのはサブだった。

 

×××××××

 

「ここはどこ…?」

 見たこともない暗く、それでいてだだっ広い空間に令は放り出されていた。

「……!?」

 いつもならすぐに夜目が利いてくるのだが、漆黒の闇以外全く見えない。

「グッ…!」

「痛ぅ…!!」

 状況を確かめるべく起き上がろうとするが腹部の痛みで立ち上がることができなかった。

(どうしたっていうのよ…!?)

 令は乱れた生活をしていた頃の仲間たちが自分を襲ったのだろうと思っていた。自分だけ見切りをつけて普通の女子高生に戻ってしまったし、そのことを恨んでる人間もいるだろうな、という認識はあった。

(報復なんかに…負けない!)

 すぐに昂の顔が浮かんだ。

 昂の力になりたいという思いが令の生への執着を強くした。

「ゴトッ…」

「!?」

 突然闇の彼方から物音が聞こえ、令はハッと身体を硬くした。

「……」

「カッ…!」

 すると音がした方から光が現れた。

 二つの丸い光…

「何…なの…」

「ウガワァァァァァァッ…!」

「ヒッ、ヒィッ!!」

 二つの丸い光は眼光!

 令の前に身の丈3メートルの怪物、すなわち鬼が立っていた。

「ガガワァァァァァァァァァッ…!」

 地鳴りのような咆哮。

「キャアァァァァァァァァッ…!」

 恐ろしさに堪らず叫ぶ令。

「グワハァァァァ…」

 巨大な牙をギラつかせて獣の様に顔を令の元に近づける鬼。

 ムッと漂う草いきれの様な口臭が令の鼻を衝き、不快な気分にさせた。

 と、その時

「ガルルルルゥゥゥ…」

「ズバァァァァァッ…!」

「ガワァァァァッ…!!」

 別な方向から何かの生物が鬼に飛びかかった。

 顔を狙われて一撃を喰らったようだった鬼は堪らず仰け反り、視線を令から謎の生物にチェンジした。

「……」

 令は自分を助けたのであろう生物をジックリと眺めた。

「ガルルルルゥゥゥ…」

 見たこともない巨大な犬だった。

 実に凶暴そうな目つき、顔つきをしている。魔物のようにも見えた。

 だが、不思議と恐怖感や嫌悪感は湧いてこなかった。

「昂…?」

 令は何故かそこにいるはずもない愛しい人の名を呼んだ。

 

 

「ハッ…!?」

 令は腹部の苦痛で目を覚ました。

「夢…だったの…?」

 とりあえずはホッと胸を撫で下ろしたが、状況は喜ぶべきものではないとすぐに悟った。

 令は両手を後ろ手に縛られ、足も縛られて床に転がされていた。

「……」

 周りを注意深く観察する。

 応接用のテーブルを挟んでそれぞれ置かれたソファー、事務用の机、神棚、ロッカー…

「………♪」

 ドアの向こうからレイヴミュージックが結構な音量で聴こえる。

 どうやらどこかのクラブの事務室のようであった。

 そして…

「やっと目ェ覚ましたかぁ…フヘへ…!」

 ジャンキー然としたチンピラ男が3人、パイプ椅子に座って下品な笑みを浮かべて令を舐め回すように見ていた。

「クッ…!」

 令は逃げ出そうと反射的に後ろ手と両足に力を込めた。が、その努力も空しかった。固く縛られた麻縄はビクともしなかった。

「てめぇら、動くんじゃねぇぞぉ!一番手はボクだぁ!光也さんにだって譲らないよぉ…!」

 サブは脇の二人にそう言うと立ち上がった。

「令ちゃーん…ボクのこと覚えてるぅ…?」

 サブがフラフラとした足取りで、ろれつも回らない口調で令に近寄ってきた。

 その様子は一見してジャンキーと判るものであり、更に酒も入っているように令には見えた。

「……?」

 令はサブをまじまじと見つめた。どこかで会ったこともあるような気がしたが思い出せなかった。売春していた頃の客なのかな?くらいの認識しかなかった。

「覚えてねぇのぉ…?悲しいなぁ…ボクはいつもキミを側で見守ってたってのに…」

「あぁ…」

 やっと思い出した。売春グループに所属してた時、令や他の子を送迎していた男だ。送迎と同時に客と女の子がトラブった時などの問題解決人の役目も担っていた。

 令には問題を起こすような客はいなかったし、売春している自分を嫌悪している部分もあったので、グループの人間とは自然と距離を置いていた。だから大して印象に残っていなかったのだ。

「ボクはねぇ…ずっとキミのことが好きだったんだよぉ…いや、今でもだぁ…キミのことばかり考えてるんだぁ…」

 そう言うとサブは令の眼前に顔を近づけてきた。

 肌が触れ合いそうになって令は嫌悪で顔を仰け反らせた。

 予想通りアルコールとタバコとマリファナと汗が入り混じった悪臭が口から漂い、令は露骨に顔をしかめた。

 それは自分がキッパリと決別した世界からの悪しき誘惑のようであった。

「それなのに…キミはグループを勝手に辞めて、マジメになっちまって…あんなオジンと!あんな男のどこが良いってんだ!?」

「ゾゾッ…!」

 令は自分がストーカーされていたと悟り背筋に冷たいものを感じた。

「でも、それも今日で終わりだぁ…!ボクはもうあの頃の運転手じゃない!ボクには力があるんだぁ!言うことを聞かない娘も言いなりにできるパワーがあるんだぁ!パワー…フヘヘヘヘヘ…!」

 一人で勝手に気分を盛り上げているサブに令は吐き気を覚えた。

「何言ってんのよ…?」

 我慢できずに令は厳しい調子で口を開いた。

「…ヘ…!?」

「こうやって女縛ってしか欲望を果たせないアンタのどこに力があるのよ!」

「ヘ…フヘ…?」

「アンタは私をモノにしたと思っているだろうけど、決してそんなことはないから!死んだってケダモノに魂はやれないっ!」

 キッとサブを見据えた令の言葉には確かな説得力があった。

「ヘェ…そういう気の強いトコロ好きだよぉ…けど…いつまで続くかなぁ…その虚勢…?」

 野卑に言い放つとサブはジーンズ越しに令の太股を弄り始めた。

「……!」

 全身総毛立つ思いの令は身体を硬くした。

「サワサワサワ…」

 サブは身動きの取れない令の太股を弄り続ける。

「グッ…!」

 手が動く度に令はまるでムカデやサソリのような毒虫が這っているような感覚に陥り、不快な気分になった。

「ヘハハハッ…令ちゃん、令ちゃん…!」

 気分が出てきたようでサブは乱暴に令の唇を奪おうとする。

「ンッ…」

 令は口を真一文字に結び、歯を食いしばって抵抗する。

 本当なら思い切り「助けて!」と叫びたかった。

 だが、叫んでしまうと少しでもこの外道たちに弱みを見せてしまうようでその方が令には耐えられなかった。

(助けてぇっ!)

 心の中でそう叫び続ける令。

 すると、

「ボガァッ…!」

「グエェッ!!」

「ドサッ!」

 けたたましい衝撃音とともにもんどりうってサブが令の上に圧し掛かってきた。しかし、サブの力は抜け切っていた。

「……?」

 令は即座にサブから逃れ、芋虫のように這い出した。

 どうやら何者かがサブの後頭部に一撃を加えたようだった。

「っつう…テメエ、何しやが……」

 お楽しみを邪魔された怒りをぶつけるべくサブが振り向いた先には光也が冷たい表情で仁王立ちしていた。

 そのあまりの冷酷さを目の当たりにしてサブは言葉を飲み込まずにはいられなかった。

「…光也さん…」

 酒とドラッグで呆けた脳が一気にシャキッとなったようだった。

「本当に腰振るだけの雄だな…下種が!」

 光也の声には抑揚が全くなかった。

(こいつ、人間じゃない…!?) 

 令は光也の能面のような顔を見て何故かそう思った。

「あ、あれぇ…他の奴らはどうしたんすかぁ…?」

 必死に話題を逸らそうとするサブ。

 どこまでも姑息な感じがする。

「外に出した。見張りが必要になってな…」

「あ、あぁ…そうっすかぁ…んじゃ、俺も見張…」

 サブの言葉が終らないうちだった。

「ジュゥゥゥゥゥッ!!」

 空気を切り裂く音。

 光也の右拳が作り出した音だったが令はおろかサブにさえその動きは見えなかった。

「ギジュゥゥゥッ…!」

 右拳は硬質化した棒状になっていた。

 的確にサブの左頬を捕らえる。

「ギギャァァァァァァァッ…!」

 ウシガエルのような叫びを上げて吹っ飛ぶサブ。

「ボドォ、ボドォッ!」

 2回床にバウンドして倒れた。

「ガァ…!痛ぇぇっ!ガァ…!」

 焼けるような痛みの左頬を擦るサブ。

「ボタ、ボタァッ…」

 すると頬肉はザクリと削げ落ち、頬骨が完全に露出しているのが触覚でも判った。止め処もなく流れ続ける鮮血に床が汚れた。

 光也の右手は元に戻っていたが拳にサブの肉片がビッシリとこびり付いていた。

「!」

 突如訪れた惨劇に令は目を背けるしかなかった。

「み…つや…さぁん…?」

「あれほど一週間後って言ったろうが!恨むなら我慢できない貴様の下半身を恨め!」

 眉一つ動かさずに言ってのける光也。 

「ガッ…ガァ…!」

 顎もズレたらしくまともに喋るのも困難になっているサブ。

「まぁ、この娘を連れて来たのは怪我の巧妙だったようだがな…」

「…?」

 令は光也の言葉が何を意味しているのか全くわからなかった。
「痛ぇっ!痛ぇよぉっ!!」

 両足をバタつかせてうずくまるサブ。

「フン…命だけは助けてやったというのに何という体たらくだ!」

「ボガッ!!」

 光也は憎々しげにそう吐き捨てるとサブの臀部を勢い良く蹴り上げた。

「ギャッ!!」

 サブは頬と臀部の二重の痛みで再び叫んだ。

 骨が露出している頬の方は痛みよりもまるで熱ゴテを押し付けられたかのような熱さに変化していた。

「いいか、それ以上騒ぐなら頬骨ブチ壊して脳をエグリ出してやるからな!我慢するんだぞ!」

「ハ…ハイッ…!」

「つうかお前、この部屋から出てホールにでもいろ!うざったい!」

「ハイィッ!」

 光也の理不尽な命令にサブは従うしかなかった。光也が妥協を一切しない人間いや、人間ではないモノであることは分かり過ぎるほどであった。サブは脱兎の如く事務所を後にした。

「……」

 この異常な主従のやり取りに令は言葉も出てこない。

 蹂躙されそうになったところを救ってくれた光也への感謝の思いも吹っ飛ぶほどだった。

 ただ目の前で行われている理不尽な状況劇場を眺めているしか術はなかった。

「さて…」

 サブが出て行ったのを認めた上で光也は踵を返し、令の方へツカツカと歩み寄って来た。

「はじめまして…」

 縛られている令の前にしゃがみ込む光也。

「…!」

 令はサブの時のように蹂躙される恐怖感というのはなかったが、心の底から別種の恐怖が湧き上がってきていた。

 そう、さっき感じた”人間ではないモノ”への恐怖が…

「挨拶を返してくれない事は不愉快だがあの下種が君にしたことがまだわだかまっているからだ、と解釈しておこう。で…君の名前は?」

「………」

 答えない令。答えられるはずもないのだが。

「…まぁいい。ところで私は”君”というよりも”君の身近にいる何者か”の方に関心があってねぇ…」

「…?」

 怪訝な表情を浮かべる令を無視して光也は続ける。

「君の近しい者の中に、とてつもなく大きい”気”を放出しているのがいるんだな…あまりにも大きい”気”なんで君にまで影響が及んでいるんだよ。」

「”気”…?」

 ようやく令が言葉を発した。

 令に”気”の意味が分かるわけがないのであるが、光也の言う”気”とは停亜が言うところの”轍”と同義であろう。やはり、こちら側でも昂が放つ強大な”轍”をキャッチし、尚且つ昂の存在も掴んでいたのだ。

 光也がサブに「怪我の功名」と言ったのはこの偶然を指していたのだ。

「私の予想ではその”気”の持ち主は同じようにこちらの存在を感知していずれここへ乗り込んでくるだろう。それは2・3日後かもしれないし、今この時かもしれない」

「………」

「どちらにしろ互いの存在を把握しているのだから遭遇は時間の問題だろう。ただ、こちらには向こうが気づいていない素晴らしい切り札があるんだ…言うなればジョーカー…」

「!!」

 令が驚きで目を見開く。

「ホウ、察しが良いな。そうだ、君がジョーカーなのだよ…」

 すると突然、

「キャァァァァッーーー!!」

「ウワァーーーッ!!」

 ホールの方から客の叫び声が聞こえてきた。

 気づかなかったが音楽もとうに鳴り止んでいる。

「ダゴッ!ダゴッ!!」

「ガシャアァァァーンッ!!」

 壁に何かが叩きつけられた音やガラスの割れる音が防音の効いたこの事務所にもハッキリと飛び込んできた。

「どうやらおいでなすったようだな…」

 騒音のする方を鋭い目で睨む光也は舌なめずりをした。

「ゾォッ……」

 令はこれまで体験した中で一番の寒気を背筋に感じていた。

 

×××××××

 

 令が悪夢のような現実を味合わされている少し前のこと。

 昂は猛スピードで車をクラブ「ルーベン」へ向けて走らせていた。

「おーい、飛ばし過ぎじゃねぇか?お巡り来ちまうぞぉ!」

 停亜がおどけた調子で言った。

「俺がそのお巡りなんだけどな…謹慎中だけどよ…」

 昂も同じような口調で返す。

「怖くねぇのかぁ…?」

 停亜が真面目になった。

「怖いに決まってんだろ。」

 昂は笑みを浮かべたままだ。

「なぁ、昂…」

「ウン…?」

「悪魔の俺が言うのも何だけどよ、お前凄ぇ奴だな。」

「何でよ…?」

「並みの神経の人間だったらとっくにおかしくなってるぜ。俺が引きずり込んだ運命を受け入れて乗り越えようとしてる。マジ凄いと思うわ…」

「惚れたか…?」

「バ、バァカ!誇り高き悪魔が人間に惚れるわきゃないだろ!」

「キィ…」

 車のスピードが急に落ちた。

「着いた…」

 「ルーベン」が入っている雑居ビルの前。

 煌々とケバケバしいネオンが輝いている。

「野郎が二人立ってるな、どうするんだ、昂?」

「もちろん一気にケリつけてやるよ!」 

「ヒュウ!」

「停亜、あの店全体に結界張ってくれ。あいつらまで覆えるか?」

「余裕!」

「そうか、頼んだぞ」

「あいよ。」

 ショットガンを持ち、ドアを開け車を降りようとする昂。

 突然、助手席の停亜の方を見た。

「停亜…」

「何だ…?」

「ありがとう、ワザとふざけてくれて…おかげで気持ちが楽なまま戦えそうだ。」

「フッ…死ぬんじゃないぞ、ヘルハウンドも昂も…」

「オウッ!行くぞ!」

「バタンッ!」

 昂が勢い良く戦いへの一歩を踏み出した。

「スワァァァァァァ……」

 飛んで行った停亜が結界を張った。

「ガシャッ!」

 それを見届けた昂はショットガンの安全装置を外しながらツカツカと歩き出す。

「……」

 死地になるかもしれない場所へ赴くにしては冷静な気持ちだった。

 「ルーベン」の前に立ちはだかっている二人のチンピラの様子が手に取るようにわかる。

 彼らはこのあまりにも堂々とした来訪者に気づき、明らかな敵意を抱いて歩み寄って来た。

「何だテメェ、コラァッ!!」

「ここから先は会員意外は立ち入り禁止なんだよぉっ!」

 威勢良くハッタリをかます二人。

「ズッ!ズッ!」

 しかし、昂は表情一つ変えず無言で店に入ろうと二人をかき分けた。

「テメェ!!」

 一人が昂の肩をグイと掴み殴りかかろうとしたその時、

「ダゴァァァァン!!」

 昂のショットガンが火を噴いた。

「ゲェッ!!」

 二人はあまりの轟音に慄いた。特に殴りかかろうとした男は弾が髪の毛をかすめたらしく、タンパク質が焦げた異臭が漂ってきた。

 よほどの恐怖だったらしく、涙と鼻水で顔がグシャグシャになっていた。

「お…前…何なんだよぉ…?こんなことしてタダで済むと思ってんのかよぉ…?」

 もう一人のチンピラが口を開く

「そっちこそ話も訊かずにいきなり食ってかかるとはどういう了見だ?これがおもちゃに見えたのか?」

「へ…?」

 昂が歩みを止め二人の下へ近づく。

「俺はお前らの親分に話があるだけだ。おとなしくしてりゃ命までは獲らない。その代わり親分に忠誠を尽くすようでありゃあ遠慮なくコイツでドタマ吹っ飛ばしてやるからな!」

 そう言うと昂は「ルーベン」のドアを開け、侵入して行った。

「……」

 まだ二人の震えは止まらなかった。

 すると

「クゥ…」

 紫色の煙が二人を覆った。

「ブ…ブゲゲェェェ…ゲェ…」

 苦しさに身悶えるチンピラたち。

「ブ…ブゲゲェェェ…ゲェ…」

「バタッ…」

 その煙であっという間に二人は意識を失った。というより絶命したようだった。

「昂はああ言ったけどよ、こっちとしては一人でも地獄送りにしたいんだよねぇ…」

 停亜の仕業であった。

「どうせお前らみたいなクズ生きててもしゃあないしな…!」

 二人を亡き者にした停亜は昂の後を追い、店内へ向かった。

 

 

 時間は元へ戻る。

 

 「ルーベン」の事務所の中。

 ホールでのけたたましい物音がより大きくなった。

「派手に暴れやがる!」

 光也が苦々しく呟いた。

「…!」

 光也の視線がこちらへ向いて令はまた驚いた。

「ジョーカーはクライマックスで切るものだ…」

「……?」

 近づいて来る光也。

 令を起こした。

「少し眠ってもらうとしよう…!」

「ボカッ!!」

「グブ……」

 光也の右拳が的確に令のみぞおちを捕らえた。

 令はたちまち失神した。

「ガチャ…ドスッ…バタンッ!!」

 事務所の端にあったロッカーに乱暴に令を入れると閉じ込めた。

「クックックックッ…!さぁ、来い悪魔め!!」

 光也は牙を隠そうともせずにゆっくりと舌なめずりをした。

 

 

Part?へつづく

 

 

*この物語はフィクションです。

 

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「バタァァァァァンッ!!」

 事務所のドアが乱暴に開けられた。

「ようこそ!」

 光也は机の表面を指で弄びながら昂を出迎えた。

 悪魔の使いと鬼の初対面の瞬間だった。

「すごい気だなぁ!戦う前から弱気で何だが貴様は相当手強そうだ。」

 冷たい、刺すような視線を昂へ向ける光也。

「……」

 昂も視線を返す。無言であったがその視線は光也に対抗するかのようにギラついた熱い視線だった。

「本来なら自己紹介をさせてもらうところだがお互いいらないだろう…?どうせ死に行く身で無意味な敵の情報を知っても仕様があるまい…?」

 「カチャ…!」

 目にも留まらぬ速さで昂はショットガンを構えた。

 そして、

「ダゴァァァァン!!」

 全く間髪を入れずにショットガンの引き金を引いた。

「ズボゴォッ!!!」

 鈍くくぐもった轟音と共に弾丸は光也の頬を的確に捉えた。

「クックックッ……!」

 ショットガンの弾丸を浴びたにも拘らず光也は不動のままだった。不気味な笑い声だけを立てて、弾丸がメリ込んだ顔は火薬の煙で表情がつかめなかった。

「なぁ貴様、いきなり銃をブッ放すとはいい度胸してるじゃないか!俺が鬼じゃなかったらどうするつもりだったんだ?」

「てめぇの身体から薄汚ぇオーラがビンビン出てんだよ!例えてめぇが鬼じゃなかったとしても生かしておけない程にな!」

「そうか、クックックッ……!だが仕返しされる覚悟はできてるんだ…」

「ダゴァァァァン!!」

 光也の言葉をまるで無視して昂はもう一発打った。

「ズボゴォッ!!!」

 今度は光也のドテッ腹を捉えた。

「馬鹿か?無駄だって言ってるのがわからんのか!?」

「うるせぇよ、鬼!これでお前を倒せたら儲けもんだろうが!無駄な汗はかきたくねぇんだよ…それより…」

 昂は歩を進める。

「我慢できないようだな…牙が見えてるぜ!あと角も!!」

「ダダッ…!」

「ダゴァァァァン!!」

「ズボゴォッ!!!」

 走り出す昂。

 更にもう一発打った。

 二発目同様腹部を捉えたようだった。

 だが、弾丸がどこを貫いたかは昂にとって無意味なようだった。

「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 走りながらショットガンを木刀のように持ち替えた昂。

「ボガァァァァッ!」

 勢い良く振り回し一撃を加えた。

 確実に光也の頭部にヒットした。

「ズザァ!」

 さしものの光也も床に倒れた。

「ダァァァァァァァァッ!!」

 雄たけびを上げる昂。

「ボガァァァァッ!」

「ボガァァァァッ!」

「ボガァァァァッ!」

 何度も何度も攻撃を加える。

 倒れた光也の頭蓋骨を粉砕せんとばかりに渾身の力を込めていた。

 しかし、

「ガシィッ!!」

 下からショットガンを掴む手。

「!?」

 その力の強さに焦りの表情を見せる昂。

「遊びは…終わりだぁ…!」

 それまでの光也の声とはまるで違う、地鳴りのような野太い声が事務所内に響き渡った。

「っるせぇよぉ、鬼!その手ぇ離しやがれ!」

 昂はショットガンを取り返さんとばかりにありったけの力を込めて引っ張った。

「ギシ、ギシッ…!」

 だが、ショットガンはビクともしなかった。

 頑丈な作りであるはずのショットガンの軋んだ音が事務所内に響いた。

「ギシ、ギシッ…!」

「!?」

 ショットガンの異常に気づく昂。

「くれてやらぁ!!」

 不意に力を抜いた昂。

「ドゴォッ!」

 離れ際に光也の腹に蹴りを加えた。

「…!!」

 しかし、光也は微動だにしない。

 すると、

「ダゴッ!ダゴァァァァン!!」

 ショットガンが何かの拍子に暴発した。

 暴発と言うより小爆発と言った方が良いほど意外な衝撃が建物内に走った。

「ビチッ!」

 勢いで飛んできたショットガンの破片が昂の身体にも当たる。

 火薬の臭いが同時に漂ってきた。

「……?」

 それとは別の異臭が昂の鼻を突いた。

 肉が焦げ、タンパク質が燃える何ともいえない臭い。

「……」

 昂は臭いの先を凝視した。煙で光也の影しか見えない。

 いや、

「何だありゃあ…!?」

 影は光也のものではなかった。軽く3?はありそうな影がそびえ立っていた。

「グガァァァァァァァァァァッ…!!」

 地鳴りのような咆哮が聞こえる。

「ドガッ、ドガガガガガガガッ!!」 

 首が天井を突き抜ける。

「バラバラバラ…!」

 天井が落ちてくる。

「ぐあっ!」

 昂は反射的に身を伏せる。

「バラバラバラ…!」

 どんなに身を固くしても落ちてくる天井の破片は背中に当たる。

「!!」

 意外な痛みに昂は驚きを隠せなかった。

「……」

 治まったようだ。

「ハッ……」

 昂は危険を感じ飛び起きた。

 床にはおびただしい数の天井の破片が落ちている。

「…!?」

「ググググググググググッグググゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…」

 目の前には怪物が立っていた。

「……」

 昂の頬を嫌な汗が伝った。

 何度も悪夢の中で遭遇した鬼と全く同じ姿形をしていた。

 自らが鬼であることを誇示する二本の角!

 黒目がないつり上がった邪悪そのものの目!

 巨大な八本の牙!

 毛むくじゃらの全身!

「こんなのと戦うのかよ…」

 無意識に昂の口から本音が漏れた。

「………」

 昂は息を飲んだ。

 目の前に立ちはだかっている怪物をマジマジと凝視するとそれまで必死に押し殺してきた恐怖感が頭をもたげてきたのだ。

「ググガァァァァググググググググッグググゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…」

 鬼は唸り声を上げながら昂を威嚇するべく両手を前に出して構えた。

「………」

 間合いが深過ぎてなかなか踏み出せないでいる昂。

 いや、それよりも一向にヘルハウンドが出てくる気配がないことに焦りを覚えていた。

「クッ……」

 その気持ちが口に出てしまう。

「我が名は刺…貴様は…?いや、それよりどうしたというのだ…?何故向かって来ないのだ…?こうやって睨み合いに来ただけではあるまい…?」

「!!」 

 刺の一言に昂はカチンときた。

(やってやらぁ!どうせ死ぬんなら暴れまくって死んでやる!)

 そう思い昂が一歩を踏み出そうとした時、

「そこの悪魔!戦いの邪魔をするでないぞ!もし戦いたいのならこやつを潰してから相手をしてやる!」

 という刺の怒号が聞こえた。

「!?」

 昂が視線を移すと事務所の入り口の所で浮遊している停亜がいた。

「手出しなんかしねぇよ!俺ぁホールで騒いでいた連中を地獄送りにするので疲れちまったからな…もしこっちが負けたら今日はシッポ巻いて帰るぜ!」

 ニヤニヤしながら応える停亜。

「無責任なこと言ってんじゃねぇぞ…!」

 やはり悪魔は悪魔でしかない。昂が怒りを露わにした。

「早いとこやってくれ!」

 そう言うと停亜は浮遊したまま横になった。

(すまねぇな昂、でもよ…追い込まれないとヘルハウンドは出てこないんだぜ…)

「で、そこの人間は何に変身す…」

「ダァァァァァァァァッ!!」

 刺の発言を遮らんばかりの気合の入った雄叫びを上げ、昂が突進する。

「ビュンッ!!」

 勢い良くジャンプする。

「シュゥゥゥゥッ…!」

「ダゴォッ!!」

 跳び蹴りが的確に刺にアゴを捕らえる。

「!!」

 着地した昂は刺の状態を確認した。

 手応えはあった。

 それに自分の中に知らないうちに人間の領域を超えた能力が備わっていることも自覚していた。

「…!!」

 しかし、刺は平然として立ち尽くしていた。

「今のは冗談か…?いつまでも遊ぶ気はないんだがな…」

 自分の精一杯の攻撃が全く通じないと悟らされる刺の一言だった。

「まぁ…一回は一回だ。遠慮なく行くぞ!」

 その言葉も終わらないうちに、

「グガァァァァァァァァァァッ…!!」

 物凄いスピードで刺が突進してきた。

「!!!」

 昂はその巨体に似合わぬ刺の素早さに狼狽する暇もなく

「バゴォォォォォォッ…!!」

「ぐへっ!!」

 刺のタックルで吹っ飛ばされ

「ダァァァァァァン!!」

 背面の壁に思い切り叩きつけられた。

「がぁぁぁっ…」

 背中に感じる激痛に思わず昂が叫んだ。

「ズンズンズン…!」

 刺が近づいてくる。けたたましい足音と共に地響きが起こり、昂の下半身にも共鳴した。

「まったくもって手応えがないのはどういう訳だぁ!?」

 しゃがんで巨体を縮ませる刺。

 怪訝な調子で昂の顔を覗き込んだ。

「あ?何故だ?しょってるのかぁ?貴様からはただの人間では感じられない凄まじい気が漂っているというのにぃっ!!」

「グラグラッ…!」

 刺は叫びながら昂の胸倉を右手一本で掴み激しく揺さぶった。

「ゴドッ、ゴドッ!!」

 揺さぶられる度に昂の後頭部が壁にぶつかる。

「が、がぁ…」

 昂が力なく痛みを訴える。

(夢よりひでぇ目に遭ってるじゃねぇかよ、俺…)

「もういいわい!いつまでも貴様と戯れてる暇などないっ!!」

「グイッ!」

 刺は昂の抵抗を諦めたように立ち上がった。

 同時に右手一本のままで昂を持ち上げる怪力を見せた。

「あ、あぁ…」

 昂はただ呻くのみで糸が切れたマリオネットのように四肢をバタつかせた。

「お前は死ね!そして後はそこで高みの見物を決めこんでいる女悪魔だ!」

「へ…俺…?」

 刺の言葉に停亜は本当に驚いたようだった。

「てめぇに俺が倒せると思ってるのかぁ…?」

 空中に横たわっていた停亜が起き上がり胡坐をかき、一笑に付した。

「精神攻撃ばかりでしばらく女の肉を喰ってないのだ!悪魔の肉は筋張っていて美味くないだろうが相応の扱いをしてやるぞ…ハッハッハァァァッ!!」

「ダラッ…ボタボタァ…!」

 刺が下品な舌なめずりをすると大量の唾液が床にこぼれ落ちた。

(昂、まだなのか…!?)

 さしものの停亜にも焦りの色が窺える。

「ググガァァァァァァァァァァァァッ!!」

 地の底から湧き上がるような咆哮を上げて

「ビュンッ!!」

 刺が右手一本で昂を振り回しブン投げた。

「ギュゥゥゥゥーーーッ!!」

 空気を切り裂く音と共に昂が壁に向かって一直線に飛んで行く。

 壁にぶつからんとするまさにその時だった。

「ビッカァァァァァ!」

 昂の身体から激しく黒い閃光が放たれた。

「グ…?」

 閃光の強烈さは刺をものけぞらせる。
「来たか!!」

 思わず停亜が飛び跳ねた。

「ピタッ!」

 激しい閃光は昂を包み込み、巨大な球体となった。

 驚くべきことに勢い良く壁にぶつかる寸前で球体は壁に張り付いてしまった。

「グガ…?」

 刺は言葉を発することも忘れ、野獣的本能で黒い光を放ち続ける球体に近づいた。

 すると

「ガアァァァァァァッ!!」

 咆哮に導かれて何かが飛び出す。

「???」

「シパァァッ!」

 その何かの一部分がキラリと光り、妖しく刺を襲った。

「グゲッ…?」

 突然のことに驚く刺。

「ビシュゥッ…!」

「ボドッ・・・!」

 気が付くと刺の左手が手首の所から切断されていた。

 無残にも床に転がり落ちる毛むくじゃらの手。

「ガガァ…?」

 刺が狼狽しながら何かを目で追うと

「ガルルルルゥゥゥ…」

 そこには美しい黒光沢を湛えた巨大な犬、ヘルハウンドが猛っていた。

「ガルルルルゥゥゥ…」

 ヘルハウンドは眼光も鋭く猛っている。

 シャープな背中のラインから全身にかけて小刻みに震えていた。

 それは怒りからくるものなのであろうか…?

「ケッ…気ぃ持たせやがってよぉ…!」

 停亜の表情にも心なしか安堵の様子が見えた。

「ガガァァァァァァァァァッ…!!」

 左手を削ぎ落とされた刺が痛みに悶え苦しんでいる。

「ボタボタボタボタ…」

 切断部から止めどもなく流れ落ちる真っ赤な血が精霊とはいえ鬼も生物の一種でしかないということを如実に証明している。

「バダン!バダン!」

 刺がのた打ち回る度に地震にも似た振動が起きた。

「ガルルルルゥゥゥ!!」

「ダダッ!」

 休む間も与えない、といった様子でヘルハウンドが再び飛び出した。

「シパァァッ!」

 ヘルハウンドの前脚が刃状になった。

 これが刺の手首を切り裂いたヤツの能力だったのだ。

「グガァ…!!」

 猛スピードで突っ込んで来るヘルハウンドの気配を察知した刺。

「スッ!」

 突進をかわす。

「ザクッ!!」

 だが、かわし切れずに右肩が切り裂かれる。

「ガガァァァァァッ…!!」

 やはり痛むのだろう。刺が叫び声を上げる。

「!!」

 驚く刺。

「ドガッ!!」

 すぐさまヘルハウンドが襲ってきた。

「グゥッ…?」

「ドサァァァッ!!」

 体重をかけられて刺が倒れた。

 ヘルハウンドがマウントポジションを取った格好になった。

「グガガガガガガガガァァッ…!」

 口をカッと開けるヘルハウンド。

 刺のノドもとを噛み千切らんばかりに喰らいつこうと試みる。

「ガシッ!」

 右手一本で刺はヘルハウンドをノド輪の要領で押さえつけ堪えている。

「……!!」

 それまでヘルハウンドの攻勢を頼もしく見ていた停亜がハッとなった。

 刺の表情をジッと見つめている。

「おかしい…先手を取られたとはいえあまりにも一方的過ぎる…コイツ何か隠してるんじゃねぇか…?」

 停亜の不安は数分後に現実となって具現化されてしまう…
「ガガッ、ガハハハハハハッ!!」

 マウントに組み伏せられた状態の刺が突然高笑いを始めた。

「グルルルルル…??」

 組み伏せた力を緩めることはなかったがヘルハウンドも身を固くしたように見えた。

「トドメを躊躇するとは獣にしては思慮深いのぉ…!」

 そう刺が呟いた瞬間だった。

「フンッ!!!」

 刺が気合を入れた。

「バガァァァッ!!」

 気合もろとも刺が起き上がるといとも簡単にヘルハウンドが弾き飛ばされた。

「ボゴァッ!!」

「ギャン!!」

「ズサァッ!!」

 ヘルハウンドは無残にも壊れた天井部分に身体を叩きつけられた。

 痛みの叫びを上げ、一度ベッタリと張り付いた魔獣は、すぐに重力に導かれてだらしなく床に落ちた。

「ガハハハハハハハッ!」

 その様子を下卑た態度で見届けた刺が先刻以上の高笑いを上げた。

 明らかに侮蔑の様子が垣間見られる。

「貴様ごとき獣が誇り高き鬼を倒せるとでも思ったのかぁ!?」

 自信に満ちた刺の言葉だった。

 すると、刺が自分の切り取られた左手をおもむろに拾い上げた。

「ムンッ!」

 攻撃の時とは別な気合の入れ方だ。

「ガツッ!」

 左手と手首を切り口で繋いだ。

「コォォォォォォォォォ…ッ!」

 空気を飲み込むような呼吸音。

「ニジャ、ニジャニジャ…!」

 グリグリと切り口を擦り出すと血粘液が混ざり合う嫌な音が響いた。 

「コォォォォォォォォォ…ッ!」

「ニジャ、ニジャニジャ…!」

 その行為を繰り返すうちに左手がピッタリとくっついてしまった。

「ハハハハハハハハハハッ!」

 刺が嬉しそうに笑う。

(ゲェ…自己再生能力かよ!結構身分高いヤツだったんじゃん!)

 停亜は不安が的中したことに少なからず動揺していた。

「グル……」

 痛む身体を引きずるようにしてヘルハウンドが起き上がった。

「ふむ…そう来なくちゃ面白くないな…」

 治った左手の動きを確認していた刺が魔獣を一瞥した。

「戦いというものは…」

「…?」

 この状態で尚も何かを語ろうとする刺に言いようのない疑問を抱く停亜。

「ガァァァァッ!」

「ビュンッ!」

 そんなことはお構いなしに刺に飛び掛っていくヘルハウンドだったが、

「ブゥンッ!」

「バゴッ!」

「ギャン!」

「ドサッ!」

 刺の鋭いフックの餌食になってしまった。

「聞け!!戦いというものはな勝たないと意味がない。わかるな、獣!」

「グルルルルル…??」

 ヘルハウンドは攻撃態勢を取っている。

「今現在見えているもの全てが戦いの要素だと思っていては決して勝つことなどできん!」

(何だ…?アイツ何言ってんだ…?)

 停亜の疑念は膨らむばかりだ。

「そして、目に見えないものを悟られずに戦いに活かせる者が勝利するのだ!」

 刺が端の方へ歩み寄った。

 そして、天井が崩れてもなお倒れずに残っていたロッカーの扉に手をかけた。

「ガラッ!」

「グル…?」

(!?)

 ロッカーの中から出て来たのは気絶した令だった。

(何であの娘が…?)

「このようにジョーカーを活かした者がな!」

 誇らしげな刺が活を入れると

「ン…ウーン…」

 令が目を覚ました。

「ハッ…!?」

 ボンヤリとした意識の混濁の中で令は自分が鬼に掴まれているのを悟った。

 そして…

「!?」

 黒衣に身を包んだ女が見えた。

「…!!」 

 更に夢の中で見た巨大な魔獣が見えた。

「昂…?」

 そこにいるはずのない愛しい人の名を呟いた。

「そして、勝利のためにジョーカーを使うのは今!」

 刺はそう吐き捨てると

「ブンッ!!」

 令を抱え上げて前方へ投げ捨てた。

「キャアァァァァァァァァァッ!!」

「危ねぇっ!!」

 停亜が身を翻し猛スピードで令の下へ向かう。

「ズジュゥゥゥゥゥッ…!!」

 

×××××××

 

 私は誰…?

 

 わたしはだれ…?

 

 ワタシ ハ ダレ…?

 

 

 ワタシ ハ ハヤセ レイ…

 

 わたしははやせれい…

 

 私は早瀬令…

 

  

 T女学院に通う高校2年生…

 

 両親と中学2年になる弟との4人家族…

 

 両親とも学校の先生をやっている…

 

 何不自由なく育ててもらったけれど…

 

 ある時から「教育熱心」という言葉を隠れ蓑に2人は私をがんじがらめにした…

 

 行動を縛られると心までこんがらがりそうになったので…

 

 15歳の時に初めて家出した…

 

 夜のS市を彷徨ううちに…

 

 「男」という名の獣が「性欲」という名の牙を磨いてたくさん私に近づいてきた…

 

 その中の一人が執拗に言い寄ってきた…

 

 何処にでもいるチャラ男で、ヤクザにアゴで使われるような男だったけど…

 

 独りでいるのに疲れた私はソイツの誘われるがままになった…

 

 一旦坂道を転がると、猛スピードで堕ちて行く…

 

 いつの間にか私は夜の街が放つ毒から抜け出せなくなり…

 

 親が必死になって入れてくれた学校へはほとんど行かず…

 

 身体を酷使して遊ぶ金を稼いでいた…

 

 もちろんそれが良くないことだとは解っていたけど…

 

 「自分の存在意義」が見出せなくて日々を浪費していた…

 

 

 

 そんな時彼が現れた…

 

 彼は捜査一課の刑事だった…

 

 彼は私が加入していた売春組織の一斉摘発の手伝いに来ていた…

  

 客を装い私に近づいてきた彼は…

 

 ホテルに着くや突然…

 

 『僕は刑事だ。本来なら君を補導しなければいけないんだけど、なかったことにしよう。

 早く部屋を出なさい』と言った…

 

 呆気に取られた私は騙されたことすら忘れて…

 

 『どうして…?』と尋ねたら、彼は…

 

 『君の居場所がここじゃないからさ…君ならきっとやり直せる』と笑って答えた…

 

 それが損得抜きで動く人間を初めて見た瞬間だった…

 

 

 私は「自分の存在意義」を見つけた…

 

 それは彼、桐生昂の為に生きること…

 

 ホテルでの一件以後私は闇の世界から足を洗った…

 

 必死になって勉強した…

 

 昂に喜んでほしかったからだ…

 

 警察署に挨拶しに行った時の昂の驚きの表情は忘れられない…

 

 それから私は昂の「押しかけ女房」になった…

 

 昂は嬉しそうな迷惑そうな複雑な態度だったがちゃんと勉強することとちゃんと家に帰ることを条件に私に合鍵をくれた…

 

 昂は正直で正義感が強すぎる人、そして潔癖な人、そのことで随分損をしているようだった…

 

 けど、私にはそんなことはどうでもよかった…

 

 昂と一緒にいられればそれでよかった…

 

 子供っぽいとは感じていたけど私にはそういう愛情表現しかできなかった…

 

 これからもずっと昂のそばにいたい…

 

 

 

 でも…それはもう不可能…?

 

 よく人は死ぬ前に昔の思い出がフラッシュバックするって言うけどそれって本当だったんだ…?

 

 だから今こうして昔を振り返って懐かしんでいるんだ、私…?

 

 私の生命は尽きようとしているんだ… 

 

 アイツが…

 

 突然現れた鬼が私の身体を貫いたから…

 

×××××××

 

「ボドボドボドボド…!!」

 滝のように流れ落ちる血。

 たちまち床が真っ赤になった。

 刺、光也、サブの血で既に事務所内は血生ぐさい臭いが充満していたが、更に非日常で異様な空間に拍車をかける状態となった。

「ウグァ…」

 壁際で停亜が悶絶している。

 出血はしていないようだが肩の辺りを痛そうに押さえている。

「何…で、鬼ごと…きにスピードで…負けた…?」

「ガクッ!」

 停亜は気を失ってしまった。

「ハハハハハハハハハハァッ!」

 入れ替わりに刺の高笑いがこだました。

「ボドボドボドボド…!!」

 血が止まらない。

 出血先は刺の右腕。

「ボドボドボドボド…!!」

 いや、右腕からは血が滴っているだけで刺は全くの無傷だった。

 刺の右手の先には令がいた。

 令の身体はちょうど心臓の辺りから刺の貫き手で貫かれていた。

「………」

 全く身動きをしない令。

 致命傷であることは明らかだった。

「ボドボドボドボド…!!」

 生命が尽きているのにも拘らず血は止め処なく流れ落ちている。

 よく見ると血溜りの中にトマトが潰れたような物体があった。

 それは貫き手の凄まじいスピードで散らばった令の肉体の一部だった。

「ハハハハハハハハハハァッ!このクソったれ悪魔がぁ!驕るから我らに勝てんのだぁっ!」

「ドボゴッ!」

 刺は憎々しげな笑みを湛えて気絶した停亜を蹴飛ばし、

「ブンッ!」

「ドガァッ…ボドォッ…!」

 令の屍をぞんざいに投げ捨てた。

 屍は床に2、3度バウンドして虚しく床に転がった。

「グルルルルルルルル……」

 ここまでの一連の様をヘルハウンドは何故かただ唸り声を上げて眺めているばかりだった。

 その表情にはどことなく鬼に対する怖れの色が見えた。

 そしてそれ以上に一心に令の亡骸を見つめているヘルハウンドからは言いようのない悲しみのオーラが感じられた。

「思った通りだわぁっ!貴様人間が混じっている!」

 刺がズカズカとヘルハウンドに近づいてくる。

「グルッ…!!」

 ヘルハウンドは身構えるが、先般のように攻撃を加える様子は全くない。

「そう思ってジョーカーを用意したのだ!貴様にもし少しでも憑いた人間の影が見えるようであれば付け入る隙はそこだ!人間の大事にしているものを蹂躙し、踏みにじる!そうすることで人間の精神にダメージを与えればいくら悪魔の手先とはいえ思うような動きは出来んとな!見ろ!予想は当たりだっ!この娘子を殺したことによって貴様の宿主は腑抜けになってしまったわ!!今から貴様を倒すのなど赤子の手を捻るが如し!ハハハハハハハッハァッ…!!」

 一気に捲くし立てる刺。

「死ねぇ!!」

「ブゥン!!」

 刺の右足が飛ぶ。

「ボゴォッ!!」

「ギャンッ…!」

 キックは的確にヘルハウンドの腹部を捕らえ、痛みでヘルハウンドは飛び上がり、倒れた。

「!!」

 一瞬痙攣したかのように身を固くしたヘルハウンド。

「……」

 そしてそのまま沈黙してしまった。

 それは気を失ったというよりもまるで機械が故障したかのような動きであった。

 

×××××××

 

「…………」

 このあまりにも凄惨な現場に浮遊する一つの影があった。

 その影はよく見ると少女のような形をしていた。

「………」

 浮遊する影の正体は令だった。

「………」

 生命は尽きてしまったが、霊体は行き場所を失ったかのように彷徨っている。

「………」

 虚ろな目で下を見つめると、

(あぁ…あれは…)

 まず、無残な骸と化した自分の肉体が目に留まった。

 霊体である自分が亡骸と同じ服装をしてることを少し疑問に思ったが、そんなことよりも、

(私…やっぱり…死んじゃ…った…のね…)

 霊体になってしまったので涙は出ないが例えようもなく胸がこみ上げてくるような悲しみが令を襲った。

 更に目を凝らすと無残に床に倒れているものが見えた。

(!!)

 それは巨大な犬型の魔獣と黒衣に身を包んだ女だった。

 そして…

(鬼!!)

 その周りを闊歩する強大な怪物、鬼を認めた。

「………」

 自分の命を奪った鬼が慇懃な態度でいるのを見ると言い様のない憤怒の感情が湧き上がってきた。

「………」

 しかしながら自分には鬼を倒す術などあろうはずもない。

 すぐそばにいながら何もできないでいる…

 令は身悶えした。

 すると…

「フゥッ!」

 突然目の前に青白い光が現れた。

 そう、あの時のように…

「あなた…!?」

 驚く令。

 光の主は河東チヒロだった。

「…霊体になったのね…私と同じ…」

「シュウ…!」

 チヒロの言葉が終わらないうちに令が彼女の眼前に立った。

「何が『霊体になった』よ!元はと言えばアナタが私を昂の家に行くように促したから!促したからぁっ…!」

 令はどうすることもできない怒りの矛先をチヒロに向け一気にまくし立てた。

「私…私…まだまだ死にたくない!いや、死ねない!」

 チヒロの肩を掴んで叫び続ける令。

「落ち着いてちょうだい…」

 チヒロは優しく令の手に触れる。

「…!?何よ…?」

 思いがけないチヒロの態度に令も平静さを取り戻す。

「結果的にこうなってしまったことについては悲しいことだと思う…でもね、私はあなたにあの刑事さんの力になってほしくて現れたの…それだけは信じてほしい…」

「……」

「もう話しても仕方のないことだけど、刑事さんの部屋のパソコンにはあの鬼に関する情報が入ってたの…」

「!!」

「それを見てほしかったんだ…私はあの鬼とその手下に肉体的にも精神的にもいたぶられて自殺した…」

「……」

 予想だにしない告白に令が固まる。

「私、死に切れなくて…そこにあの悪魔さんが来て、私は地獄行きを条件に鬼を倒してくれるように頼んだ…悪魔さんもそうしたかったみたいだし…」

(あの女の人は悪魔だったんだ…!)

「その悪魔さんが選んだのが刑事さん、あそこで倒れているヘルハウンドがそう…」

「!!」

 令にとっては衝撃の言葉だった。

(やっぱり…昂なのね…)

 だが、不思議と安堵の気持ちもあった。

 あのヘルハウンドの中に昂の影が見えた自分の目に狂いがなかったことがわかったからだ。

「私も及ばずながら力になりたくてあなたの前に出たんだけど…こんなことになって…」

 チヒロが俯いた。

 が、再び顔を上げ、令を見つめた。

「でも、これは運命…運命だけど…このままではあの鬼が勝ってしまう…私の望みもあなたの望みも決して叶うことはない…変えないと、運命を!」

「運命を…変える…!?」

「私はあの鬼が倒されるところを見ればもうこの世に未練はないわ。でも、あなたは違う!あなた死にたくないでしょう…?あの刑事さんと一緒にいたいんでしょう…?」

「それは……でも、肉体が…」

「イチかバチかの方法があるわ」

 二人の少女の霊体が見つめ合っていた。

 奇跡を起こすべく…

「方法…?」

 もしかしたら昂を助けられるばかりかまた彼のそばにいられるかもしれない。

 それが出来る方法を知りたくて令の言葉は上ずった。

「方法そのものは難しくないの。身体を見つけてあなたが入り込めばいいの。でも、あなたの身体は鬼に引き裂かれてしまったのでもう使いものにならない…」

「……」

「更にこのクラブの中に客としていた人たちは全部悪魔さんが殺した上に身体ごと地獄に送られてしまった…子分たちもね…」

「…?」

「今、まともな肉体を持っていてあなたが入り込める肉体はヘルハウンドを除いてたった一つ…」

「!!」

 ここまで話を聞けばわかる。

 それでも令は驚かずにはいられなかった。

「そう、あなたはあの悪魔さんの身体に入り込むのよ…それが唯一の方法…」

「私が悪魔に…でも…」

 令の疑問を察したチヒロは言葉を遮った。

「うん、悪魔さんは死んでないわ。あなたが入り込んだらおそらくは二つの精神が戦うことになる…そして、あなたが勝つ可能性はゼロに近い…」

「……」

 息を飲む令。

 霊体であるがそれ以上に血の気が引いているように見えた。

「それでも他に方法はない…しかも悪魔さんが気を失っている今しか!そして悪魔さんの身体を得たらそこからテレパシーで刑事さんに呼びかければいい…」

「テレパシー…?」

「簡単なこと、刑事さんに向けて念じればいいの。動いてしまえば鬼に気取られてしまうからテレパシーを使うの…そうやってヘルハウンドの中の刑事さんを呼び覚ましてあげるのよ。鬼の言う通りヘルハウンドの中には刑事さんが確かにいる。だから刑事さんが目覚めれば相乗効果で勝てるはず…もちろんあなたにも悪魔の能力が備わるだろうし…」

「どうしてその方法を知ったの…?」

 一介の霊体から浮かんだ考えだとは到底思えなかったので令は疑問をぶつけた。

「わたしは精神の中を鬼に荒らされたの…その時に鬼や悪魔のような精霊が人の精神に入り込めるなら霊でもできるんだなって思った…まさかこういう事態になるとは思わなかったんだけど…」

「そう…」

「あっ!!」

 チヒロが頓狂な叫びを上げた。

「…!?」

 驚いた令も視線を移す。

「ガァァァァァァァッ!」

「ボゴッ!バゴッ!!」

 余裕の態度を見せていた刺が気絶したヘルハウンドをいたぶり始めた。

「時間がないわ!」

「うん…!」

 令は停亜の下へと飛び込むべき身構えた。

 と、令はチヒロの方を見た。

「…?」

 今度はチヒロが不思議そうな顔をした。

「変えてみせる、運命…!」

「うん!」

「初めて笑ったね…」

「あ…」

 年頃の少女同士らしいやり取りがほんの僅かだが行われた。

「じゃあ!」

「頑張って!」

 令が向きを変え、勢い良く飛び出した。

「シャアーーーッ」

 物凄いスピードで飛ぶ令

 そして

「シュゥゥゥゥゥンッ…!!」

 刺に気付かれることなく停亜の身体に進入した。

 

×××××××

 

 見渡す限り漆黒の闇の中。

「……」

 令は注意深く目を凝らしながら歩を進める。

 すると

「人間の霊体が成仏できずに悪魔に憑いただとぉっ!タダで済むとは思ってねぇだろうなぁ!」

 停亜の怒声が上方から響いてきた。

 一切姿は見えない。

「私は…死ねない!!」

 負けじと腹の底から令が叫んだ。

「私、死ねないっ!!」

 

 

Part?へつづく

 

 

*この物語はフィクションです。

 

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「てめぇ、マジで俺の身体乗っ取ろうってかぁ…!?」

 暗闇の中で停亜の怒声が響き渡った。

「もちろん!」

 令は力強くそう言うと突然その場に座り込んだ。

「…!?」

 姿は見えないが停亜は相当驚いたようだ。

「………」

 胡坐をかいた令は手を段にして腹部に置き、ゆっくりと目を閉じた。

 座禅を組んだのだった。

「何やってやがる!!そんなことしたって無駄だぜっ!」

 停亜の口調が元の人を見下すような飄々とした態度に戻った。

「ムンッ!!」

 何かを念じる停亜。

 すると

「ゴガガガガガガガガガァァァァァッ…!」

 突如地面から無数の何かが浮き上がってきた。

 暗闇なので詳しく判別は出来ないが石の礫のようだった。

「ハァッ!!」

 今度は気合を入れる停亜。

「ビッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ…!!」

 何万もの礫が一気に令めがけて飛んでいった。

 しかしながら令は全く避ける気配を見せない。

「ビツビツビツビツビツビツッ…」

 令の顔と言わず胴体と言わず身体中を礫が貫く。

 礫が貫いた後はまるで月面のクレーターのような穴ぼこが令の身体中に残り、そこから血がダラダラと流れている。

「………」

 不動の令。

「な…何…?」

 令の精神力の強さにたじろぐ停亜。

(それで終わりなの…?)

 突如停亜の精神に令の挑発の声が飛び込んできた。

「て…めぇ、何でそんな…どこでそんな芸当覚えたぁっ…?」

 停亜は明らかに狼狽している。

(わからないわ…ここに飛び込んだ瞬間に気持ちを強く持たなきゃ…って思った。そしたら無意識でこの体勢になってた…)

(何だとぉ…そんな簡単な理由で…悪魔と対等な立場につけるわきゃねぇ!!)

 停亜のイライラは頂点に達した。

「ほぉ!それならその強い気持ちとやらがどこまで通じるか試させてもらうぞぉっ!」

「ピカッ……ゴガァァァァァァァァンッ!」

 停亜が叫ぶと突然強大な稲妻が轟いた。

「モゾモゾッ…モソモソッ…!!」

 稲妻の号令を受けて再び地中から無数の何かが這い出てきた。

「モゾモゾッ…モソモソッ…!!」

 それは無数の蛇!

「モゾモゾッ…モソモソッ…!!」

 それは無数のゴキブリ!

「モゾモゾッ…モソモソッ…!!」

 それは無数の蜘蛛!

「モゾモゾッ…モソモソッ…!!」

 それは無数のネズミ!

「モゾモゾッ…モソモソッ…!!」

 それは無数のムカデやヤスデ!

 その他およそ考えうる限りの種類の害虫、害獣が実に夥しい大群で令に迫っていった。

「モゾモゾッ…モソモソッ…!!」

 座禅を組んでいる令の下に次々と忍び寄る毒虫たち。

「モソモソモソモソモソ……」

 ゴキブリやムカデが令の脚部を登って行く。

「………」

 目を閉じたまま全く不動の令。

 顔からはまだ血が伝っている。その様はどことなく血の涙を流しているように見えた。

「ホラァッ!てめぇらが嫌いな虫が登って行くぞ!身体の中喰い散らすぞ!」

 停亜の声が聞こえた。

 しかし、令は動じない。

「モゾモゾッ…モソモソッ…!!」

「モソモソモソモソモソ……」

 令の服の中に潜り込む毒虫たち。

 更に別の毒虫たちが体内への進入口を見つけたようだ。

「モソモソモソモソモソ……」

 令の顔をつたって鼻の穴や耳の穴から次々と無数の害虫が突入していく。

「モソモソモソモソモソ……」

 皮膚の外側といい内側といい虫たちが這いずり回っている。

 この上ない不快さだと思われるが令は動じない。

「カリカリコリコリカリカリコリコリ…」

 ネズミが令の腕を齧り出した。

「モソモソモソモソモソ……」

「カリカリコリコリカリカリコリコリ…」

「モソモソモソモソモソ……」

「カリカリコリコリカリカリコリコリ…」

 あっという間に毒虫と害獣たちに令の身体は覆われてしまった。

 体内ももちろん喰い散らかされていることだろう。

「ヒッヒッヒィ…!さぁ、さっさと負けを認めて天国にでも行っちまえ!」

 停亜の侮蔑を含んだ高笑いが響き渡る。

(あなたの力はこんなもの…?)

「な、何…!?」

 再び脳裏に令の声が聞こえてきて停亜は驚きを隠せない。

(あなたの力は『壊す』ことしかできないの…?)

「う、うるせぇよ!霊体が何をほざく!」

(こんなことをされたって私は負けない!一刻も早く昂を助けなきゃいけないから!だからこんな飯事にいつまでもつきあってられない!)

「何だと…?」

「バッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 令が目を開くと煌びやかな光が放たれた。

「ブッギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 その光に飲み込まれ瞬く間に害虫たちは滅してしまった。

「グワァッ!」

 暗闇の天の方から何かが叫びながら落ちてきた。

「ドッサァッ!」

 落ちてきたのは等身大の停亜だった。

「………」

 痛みなのかどうかは不明だがうずくまって震えている。

「!?」

 その肩に令が手を乗せた。

 驚いて顔を上げる停亜。

「お前…何なんだ…?どうして…?」

「生きたいだけ…そして昂を守りたい…それだけよ…」

「って言ったってよぉ…それだけで…こんな…」

 その口をそっと手で塞ぐ令。

「あなただって実はそうでしょう?一緒になろう…そして戦おう…」

「一緒…」

 停亜の瞳から大粒の涙が溢れ出した。

 令は停亜を優しく抱く。

「そう…一緒…それが運命…」

 穏やかなオレンジの光が二人を包み込む。

 その中で二人の身体が溶け合うように見えた。

 

×××××××

 

「ボゴッ!バゴッ!!」

 意識のないヘルハウンドは刺に容赦なく痛めつけられていた。

 そのヘルハウンドの耳元で、

「昂!昂!起きて!!」

 必死にテレパシーで叫ぶ少女の声が聞こえてきた。

「パチッ!」

「ヒャーハッハッハァーッ!!」

 刺が勝利を確信したかのように高笑いを上げている。

 まるで気がふれてしまったようにも見える。

 そのくらい精神が高揚しているのであろう。

「ヒャーハッハッハァーッ!!」

「ボゴッ!バゴッ!!」

 笑いながら気を失っているヘルハウンドの身体を蹴り続けている刺。

 先刻ヘルハウンドに起こった異変には全く気付いていないようであった。

 もし、この時点で刺が気付いていたらその後の戦いの展開は大きく変わっていたかもしれない。

 それが【運命】というものなのだろう。

「ボゴッ!ボゴッ!」

 攻撃は止まない。

 いや、

「オラァッ!!」

 刺がそれまで以上の重たい蹴りを加えようとした瞬間だった。

「ガシィィィッ!」

 勢い良く飛んできた刺の右足が何かに遮られた。

「……??」

 何が起こったのか状況が飲み込めないでいる刺。

 すると

「グイッ!」

 足元から何かに掬われた。

「おわっ…!」

「ドッシィィィィンッ!」

 刺がバランスを崩して倒れた。

「バ…カな…!何で…掴めるのだ…!?」

 そう、刺は右足を掴まれてそのまま倒されたのだ。

「そんな…」

 起き上がる刺。

 だが、その表情は呆然としていた。

「怪物を乗っ取って…目覚めた…?」

 さっきまでの余裕に満ちた表情は微塵もない。

 まるで叱られて口ごもる子供のように刺はブツブツと独り言を呟いていた。

 そして呆けた目で倒れているヘルハウンドを見つめている。

「……」

「ビクンッ!」

 横たわっているヘルハウンドの身体が脈を打った。

「グルルルルルルルルルルルルル…」

 刹那にヘルハウンドの口から咆哮が漏れ出した。

「グルルルルルルルルルルルルル…!!」

 咆哮音は次第に大きくなる。

「ガアァァァァァァァァァァァァァァァッ…!!」

 激しい雄叫びと共にヘルハウンドが飛び起きた!

「ビュウンッ!!」

 強力なバネのように弾け飛んだヘルハウンドは、

「グウゥンッ…!」

「ドゴォッ!!」

 右の前足で座り込んでいる刺の顔面に鋭いパンチを見舞った。

 パンチは恐ろしいまで的確に刺の左頬を捕らえた。

「ブギャァァァッ!!」

 醜怪な叫び声を上げる刺。

「ブギャ、ブギャッ!!」

 痛みに打ち震えながら頬に手をやると、

「ボタァ、ボタァ……」

 左の頬肉がゴッソリと削げ落ちてしまっており、止め処もない出血状態であった。

 光也であった刺がサブにそうしたように。

「痛ぇっ!!」

 やはりサブがそうであったように刺が痛みでのたうっている。

 その様子を眼光鋭く睨んでいるヘルハウンド。

「グルルルルルルルルルルルルルル…」

 咆哮を上げているヘルハウンドに変化が起きようとしていた。

「ムク!ムクムク…!!」

 後ろ脚が段々と太く、長くなってきた。

「ムクッ…!!」

 同時に前足が短くなってきた。

「ムクムクムクムクムクムク…!!」

 姿形も明らかに変わってきている。

「グルルルルルルルルルルルルル…!!」

 咆哮と共に二本足で立ち上がるヘルハウンド。

「ググッ、グググッ…!」

 首が垂直に伸びている。

「グ…ググググッ…!」

 前足の指も伸びている。

「グルルルルルル…!刺、てめぇはもうお終いだ!!」    

 人間の言葉を話し出した。

 人間体に変身したヘルハウンドが刺の息の根を止めるべく仁王立ちしていた。

(やった…!)

 気絶した振りをしていた停亜、いや令が生まれ変わったヘルハウンドを見て嬉しそうに微笑んだ。

「タッ…!」 

 力なく座り込んでいる刺の前にヘルハウンドが立ちはだかった。

 二本足で立っていても3mある刺には及ばないが2mは楽に越している体躯。

 それでいてシェパード的なスラッとしたフォルムは失われていない。

 人間の身体に知性と凶悪さ、更に相反する慈愛の色を秘めた眼を持つ犬の顔が乗っかっている。尾も存在している。

 どこから見てもその姿は”獣人”であった。

「……」

 無残にえぐられた左頬を庇いながら刺は震えていた。

 それは自分が取り返しのつかないスイッチを押してしまったことからくる後悔の念によって生じているようだった。

「何で…何で人間の精神が勝ったんだ…?」

 刺は振り絞るような声で疑問を口にした。

「勝った…?その発想がそもそも間違ってらぁっ!」

 そう語るヘルハウンドの表情が微笑んでいるように見えた。

「俺はコイツの身体を乗っ取ったわけじゃねぇぞ!俺とヘルハウンドは完全に混じったんだ…!」

「…!?」

「戦ったんじゃねぇよ、俺たちは互いを理解したんだ。互いの存在意義を、そして互いが一つになる意味を…」

「何…!?」

「わかんねぇだろうな!お前らみたいに精神に入り込んで壊すことしか思いつかない連中にはよぉ!」

 ヘルハウンド、いや昂の語気が次第に熱を帯びてきた。

「お前ら、そして天国の連中から見りゃ確かに俺たち人間ってのはどうしようもない存在だと思うぜ。それは否定しない。けどな、そのどうしようもない人間にも”互いを理解する”って心が備わってるんだ!人間同士でもこの世の他の動物たちとも、精霊とだって解り合える!それがある限りは間違った進化をしたって引き返せる!」

 昂が一歩踏み出しより近い所で鋭い視線を刺に対して向けた。

「今のはマクロの話だ。次はミクロの話!」

 いつの間にか昂の隣には停亜、いや令がピッタリと寄り添っていた。

「俺には守るべき人がいる。令に牙を剥く奴らは誰であろうと八つ裂きにしてやるっ!」

 最後通告を突きつけるべく昂が刺を指さした。

「てめぇの息の根止めてやる!!」

「グウゥゥゥゥッ…」

 一撃を喰らってうなだれていた刺が突然立ち上がった。

「たかが…たかが人間に誇り…高き鬼がぁぁぁぁぁっ!」

「ブワンッ!」

 再び自らを鼓舞するが如く刺は大声を上げて勢い良くワンツーを繰り出した。

「スッ、スッ…!」

 しかし、それはどこか虚しい勢いのように感じられた。

 案の定こともなげに交わすヘルハウンド。

「まだわかんねぇのか!?どっちが上でどっちが下かって話じゃねぇんだよ!」

 昂が諭すように言葉をぶつける。

 そして、

「ビュン!!」

 眩いばかりのスピードで袈裟切りの手刀を放った。

「ズブジュ…!」

 手刀は正確に刺の左肩の辺りを捕らえた。

「ギエェェェェェェッ…!」

 醜悪な悲鳴を上げる刺。

「ジワリジワリ追い詰めるのは趣味じゃねぇけどよ…」

 間髪入れずにヘルハウンドが間合いを詰める。

「てめぇをアッサリ死なすわけにはいかない!」

「シュッ!」

 右の回し蹴りを放つヘルハウンド。

「ボガァッ!」

 削げ落ちた頬骨の部分にヒットした。

「………!!」

 叫び声さえ上げることも出来ずに 

「ドダァァァァァァンッ!!」

 もんどりうって刺が崩れ落ちた。

「今のはお前が蹂躙したチヒロちゃんの分だ!そして…」

「ビシュッ、ビシュウッ!!」

 左、右のコンビネーションで凄まじい蹴りをヘルハウンドが放った。

「アギャァァァァァァ!!」 

 蹴る瞬間に足が硬質化するらしく刺の顔肉が血飛沫と共に飛び散る。

 その度に激痛にあえぐ刺。

「こいつは令の分だ!!」

「アギャ…アギャ…アギャァァァァァァァッ!!」

 完全に追い詰められた刺が再び立ち上がる。

「ダダダッ!」

 そして立ちはだかるヘルハウンドに向かって突進してきた。

 それは断末魔を迎えようとしている鬼の必死の抵抗に見えた。

「トドメだぁっ!!」

 そう昂が叫ぶとヘルハウンドは再び袈裟切り手刀を振り抜いた。

「ビュゥゥゥゥゥゥゥンッ!!」

「ダダダダダダダダッ!!」

「ガッチィィィィィィィィィィンッ!!!」 

 ヘルハウンドの手刀と刺の頭が真っ向からぶつかった。

「グググググゥゥゥゥゥ…!」

 刺の唸り声が聞こえる。

 勝ったのは刺なのか?

 いや…

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ…!!」

 刺の声を遥かに凌駕する昂の咆哮が聞こえてきた。

「ジュブジュブジュブジュブ…!」

 手刀が刺の頭部にズンズン食い込んでいく。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ…!!」

 更に気合いを入れる昂。

「ジュブジュブジュブジュブジュブジュブ…!」

「ブッ…ギャアァァァァァァァァァァァァァァ……!!」

 頭から手刀で切り裂かれている刺が建物ごと揺るがすような叫び声を上げた。

 それはまさに鬼の断末魔であった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ…!!」

 昂の気合いも頂点に達した。

「ジュブジュブジュブジュブジュブジュブ…!」

 ついに刺は頭から真っ二つに切り裂かれた。

「ビチャ、ビチャ…!」

 凄まじい血飛沫が建物内に飛び散った。

「……」

 その先には真っ二つにされた巨大な鬼の骸がぞんざいに転がっていた。

 

「ハァハァハァハァ……」

 激闘を制した昂の息遣いが荒くなる。

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ……」

 息遣いは次第にゆっくりとなり…

「ドサァッ…!!」

 疲労度が限界を超えたヘルハウンドがその場に倒れた。

 そこへ…

「スッ…!」

 停亜、いや令が歩み寄った。

 そしてそこに座り込んでヘルハウンドの頭を優しく抱き抱えた。

「…昂…」

 ヘルハウンドを膝枕した令が微笑みながら語りかける。

 それに昂も気付く。

「…令…」

「ん…?」

「まだ、終わらねぇぞ…なぁ…?」

「ウン…行こう…!でも…」

「ン…?」

「もう少し…こうしていようよ…」

「あぁ…」 

 

 地獄の番犬を膝枕する女悪魔。

 その風景の中に同じ状態の昂と令の姿が確かに見えた。

 

×××××××

 

 再び天国にて。

 白い雲に包まれた神の宮殿は相変わらず荘厳な雰囲気を醸し出しており、更にはかぐわしい香りまで漂っていた。

 生前善い行いをした者のみがやって来れる聖なる場所。

 が、しかし…

「ガハハハハハハハハハハハァッ…!!」

 宮殿の中は決してそうではなかった。

 突如広間から漏れてきた笑い声は野卑で邪悪な雰囲気に満ちていた。

「やった!やったぞぉ!見たかぁっ!地獄が勝ったわい!!さすが俺が送り込んだ停亜だっ!!」

 声の主は地獄の大魔王だった。

 全身黒衣、黒髪の長髪、黒髭に覆われた顔からは詳しい表情を窺い知ることはできないが、ギラついた悪そのものといった目が下品に歪んでいた。

「フオォォォォォッ!!」

 大魔王について来た従者たちも歓喜の叫びを上げた。

「クソッ、鬼のド畜生め!俺の前で『お任せください!』なんて自慢げに言ってたのは演技だったのかぁっ!!」

 続いて、全身白づくめの神が怒声をあげた。

「ウオォォォォォォッ…!」

「グイッ!ビュウゥン!」

 おもむろに下界の様子が映っていた水晶玉を取り上げ、いつかのように力いっぱい壁に向かって投げた。

「グワシャァァァァァァンッ!!」

 無残にも水晶玉は砕け散ってしまった。

「……」

 無体を続ける神に天国の従者たちも何も言えずに固まっている。

「まだ…まだ始まったばかりだぞぉっ!今度はもっと強い鬼出してやるからよ!」

 神が大魔王の前に近づいてまくし立てた。

「それは結構だが…第1ラウンドはこっちの勝ちだぜ!」

 大魔王も負けじと顔を寄せてくる。

「だから…何だ…?」

「相応の賞品があってもイイんじゃねぇかい…?」

「おぉっ、それはそうだ。俺は約束を守るからな、お前と違って…で、何が欲しいんだ?」

 神とは思えない小ズルイ態度が鼻につく。

「天使を2、3人くれや。雌のな…」

「天使ィッ…?何に使うんだ…!?」

「答える必要などないんだがな…ま、いいや。たーっぷり楽しんで最後は喰うぜ。一度活きのイイ天使を引き裂いてみたくてしょうがなかったんだよ…」

 大魔王らしい吐き気のする要求だった。

「今こっちじゃ天使不足なんだよ…ことに雌を持っていかれるのはチト…」

「約束守るんじゃなかったのか?それとも何か不都合が起きないと守れないのかぁ?オイ、ちょっとこの神殿で遊んでやろうぜ!!」

 神の煮え切らない態度に大魔王が憤慨した。

「わ、わかったよ…やるよ…でも二人までが限界だ。それ以上は差し出せねぇ…」

「結構!!」

 大魔王がニタリと笑った。

「連れて来い… 」

 神の命令に素早く従者たちが反応した。

 ほどなくして二人の美しい女天使が連れてこられたのだが、

「イヤ!離して!」

「主よ、何故私たちが地獄送りになるのですか?お慈悲を!」

 女天使たちは必死に懇願した。

 あまりにも理不尽な命令であり、それは止むを得ないことといえた。

「うるせぇっ!お前ら主人に口ごたえするたぁ良い度胸してるじゃねぇか!それなら地獄へ行っても少しは生きていられるだろう!主人を敬わない奴らなど悪魔に喰われてしまえ!!」

 とても神の言葉とは思えなかった。

 自分が創ったとはいえ意思を持った下僕に対してあまりに無慈悲な仕打ちであった。

「スッ…スッ、スッ……」

 女天使たちのすすり泣きが聞こえてきた。

「ヘヘッ、小芝居は終わりか?それじゃあ暇させてもらうぜ!」

 大魔王は勝ち誇った様子で肩で風を切り、

「グイッ!」

「キャッ!!」

 女天使たちの羽を片手でムンズと掴むと帰ろうと歩を進めた。

 すると突然、

「ブッギャァァァァァァァァ…!!!」

「ビューーーーンッ!!」

 天国の従者が一人吹っ飛ばされてきた。

「グワッシャーーーンッ!!」

 そしてそのまま壁にしたたか身体を叩きつけられ失神した。

「…?」

「何だ…??」

 神はもちろん大魔王も驚きの表情を見せる。

 一同は従者が吹っ飛んできた方向を凝視した。

「カツカツカツ…」

 足音と共に二つの影が見えた。

「……!」

「てめぇ…!」

 神も大魔王もその存在を認めた。

 神が憎々しげに呟く。

「ヘルハウンドぉっ…!?」

「Yes,I am!!」

 ”Yes”と答えたのはヘルハウンド。

 傍らには停亜がピッタリと寄り添っていた。

「コツッ…!」

 神側の従者を吹っ飛ばして来たヘルハウンドと停亜が立ち止まった。

 ヘルハウンドは二本足の状態だ。

 二人とも表情には穏やかな笑みを浮かべていた。

 それは刺との激闘を終えたばかりの怪物とは思えなかった。

「貴様っ!神の宮殿と心得ての振る舞いかぁっ!?」

 神側の従者の一人が血気盛んにヘルハウンドの前に立ちはだかった。

 それは神の眼前で問題を解決してみせ、神に認められようとする魂胆が丸判りだった。

 ヘルハウンド、昂は見透かしている。

「俺とお前で勝負になると思うか…?」

「……?」

 その疑問が従者の最後の思考だった。

「シュッ…!シパッ、シパァァァァッ」

 ヘルハウンドが右手を十文字に切ると。

「が…」

「ポロッ…ズダンッ…」

 従者の身体は腰の辺りから切断され、上半身が鈍い音を立てて落ちた。

「ワーーーーッ!!」

 この惨劇を見て神側の者たちが騒ぎ始めた。

「うるせぇよ…!」

 決して大声ではないのだが威圧に満ちた昂の言葉だった。

「……」

 神側はおろか悪魔側の者までも圧倒されていた。

「暴れに来たんじゃねぇ…!そこでデカイ面してる奴に言いたいことがあるんだ!」

 昂が神を睨みつけた。

 その視線はこれまでにない程の憎しみに満ちた凄みを漂わせている。

「てめぇ…!」

「何だ?下賎の化け物が私に何の用だ…?」

「勝手に壊すんじゃねぇよ…!」

「ン…!?」

「てめぇは確かにこの地球を創った造物主かも知れねぇけどな、気に入らねぇからって人間を滅ぼす権利なんかてめぇにゃねぇんだよ…!」

「随分都合の良い話じゃないか…それではお前らを誰が裁くというんだ…?出来損ないを!」

「………ただ滅ぼされるわけにはいかねぇ!だから俺たちは戦う!鬼でも何でも連れて来い!返り討ちにしてやるからよ!」

「勇ましいことだなぁ…!」

「俺は怪物に身体を乗っ取られて初めて判ったんだ。人間は進歩できる、他の動物や精霊たちとも判り合って共存できるってな!この思いを時間がかかってでもみんなに伝えていくのが俺の生きる道、そして…」

 昂が停亜、いや令の肩を抱き寄せる。

「守るべきものを守るために生きる!」

 神の視線を避けることなく言い切った昂。

「お前の思う通りにはいかんぞ…!」

 神が卑屈な調子で毒づいた。

「……」

 昂が踵を返した。

「カツカツッ…」

 今度は大魔王の前に立った。

「人間の精神が残るとは誤算だったな…」

 大魔王はニヤニヤしながら呟いた。

「そうでもないぜ…なかなかの気分だ…」

 昂が返す。

「フム…」

「アンタには一応感謝してるんだ。アンタの考えがなければ俺たちはこういう道を進むこともなかったろうからな…けど…」

 昂の瞳と口調が熱を帯びる。

「神と高みの見物とはね…俺たちの真剣な戦いもアンタにとっちゃあゲームでしかないんだな…」

「……」

「一応立場的にはアンタの側に立ってるけどよ…」

「ジャキッ!!」

 右腕を硬質・刃物化させる昂。

「いつまでもアンタがふざけた気持ちでいるんなら…」

「スゥ…」

 昂が刃先を大魔王の首に素早く近づけた。

「その薄汚ねぇ首カッ切ってやる!!」

「できると思っているのか…?」

「あぁ!」

 昂はそう言いながら手を引っ込めた。

「停亜、お前も主人を裏切る気か?」

「はい…私は停亜でありますが同時に令でもあります。その私が信じるのは昂だけです…」

「よかろう…今はお前らの様子を見るが場合によってはこっちからも追っ手を出すからな」

「………」

 無言の昂と令。

 しかし、それは”了解”の意思表示だった。

「令…行くぞ…」

「ウン…」

 宮殿を去って行く二人。

「………」

「………」

 神も大魔王も無言で見送っていた。

 二人とも何故この時昂と令を殺せなかったのかを理解できないでいた。

 その心に残った小さいシコリが天国と地獄を脅かす存在になることを予測できたにも拘らずに…

 

×××××××

 

「ウーーーン…」

「パチッ!!」

 昂が目を覚ました。

「……!?」

 薄らぼやぁっとした意識の中で昂は辺りを見渡した。

「…」

 見慣れた自分の部屋だった。

「…あ…今までのは…?」

 まだ状況判断がつかないようだった。

「夢…!?」

 昂は慌ててテーブル上の携帯を取り、カレンダーを確認した。

「今日か…」

 いつの間にか謹慎明けの日付になっていた。

 まだ謹慎三日目のはずだったのに…

「全部…夢…?馬鹿な!!」

 そう言いながら時計を確認すると出勤時間が近づいていた。

「やべぇっ!」

 昂は跳ね起きた。

 

「……」

 洗面室の鏡も元通りだった。

「夢なわきゃねぇ…そんなわけ…」

 昂は安全カミソリを取り出した。

 そして以前やったようにカミソリを力いっぱい横に引いた。

「サクッ…!」

「痛!」

 三本の血筋がみるみる現れる。

「……」

 昂は傷口を凝視した。

 すると…

「ジュブ、ジュブ、ジュブ…」

 血が沸騰し出した。

「ボワッ、ボワァッ…!」

 見る間に気化して、

「スゥ……!」

 傷が消えてなくなった。

「やっぱり現実だったんだ…!」

 昂はホッと胸を撫で下ろした。

「シュッ!!」 

 何かの気配を感じた昂が鏡を見るとそこには河東チヒロの霊体が映っていた。

「やぁ…!」

「刑事さん、ありがとう!」

 霊体のチヒロは憑き物が落ちたようで穏やかな少女らしい微笑を浮かべていた。

「いや…何だか礼を言われると恥ずかしいや…」

「クスッ…」

 チヒロが声を立てて笑った。

「君はこれからどうするんだい?」

「女悪魔さんとの約束通り地獄へ行くわ」

「けど、令はもう君を連れて行かないだろう…?」

「ウン…でもね、天国がロクな所じゃないってわかったから地獄へ行くことにしたの…!そして…」

「…!?」

「私も魔女になって刑事さんみたいな素敵な人見つけるの!じゃあね!!」

「フッ…」

 言いたいことだけ言うとチヒロは姿を消した。

「……」

 何故だか昂は爽やかな気分になった。

 

「アーーーッ!!」

 出勤するべく外に出た昂は予想外の太陽の眩しさに目を細め大きく伸びをした。

「おはよ!!」

「!!」

 背後からの声に昂は驚いて振り向いた。

 そこには笑顔の令がいた。

「いたのか…だったら何で入って来なかったんだ…?」

「謹慎明けの昂を驚かせたかったの!」

「……」

 黙る昂を不安そうに令が覗き込む。

「怒ったの…?」

 パッと顔を上げる昂。

「!!」

 驚く令。

「そんなに器小さくないぜ…!」

「ひどぉい!!」

 顔を膨らませる令。

「怒るなよ、乗せていくからさ!」

「ホント…!?」

「あぁ、早く乗れよ」

「ウン!!」

「グワォォォォッ…!」

 二人を乗せた昂の車が勢い良く飛び出した。

 

×××××××

 

 その日の深夜。

 S市のビジネス街は人気もまばらだった。

「ググググググググググ…」

 そこを唸り声と共に千鳥足で歩いているスーツ姿の男がいた。

 手にはダイバーナイフ。

 刃先は濡れていた。おそらくは血であろう。

 誰かが男の毒牙にかかったのだ。

「ググググググググググ…」

 夢遊病者のように歩き続ける男。

 そこへ…

「ドゴォッッッ!!」

 男の後頭部を思い切り蹴りつける影があった。

「グググ…」

 振り向く男。

「グググ…お前…ヘルハウンドかぁ…!?」

 振り向いた男の顔は人間ではなかった。

 そう、鬼だった。

 そしてその視線の先にはヘルハウンドと停亜が立ちはだかっていた。

「Yes,I am!!」

 

 

 

*この物語はフィクションです。

 

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 ども!

 

 単なるブログ小説に「あとがき」なんて偉そうだけども、ちと語らせて。

 

 もちろん内容はあれで終わってるんで付け足すことなんか何もない。

 

 軽く舞台裏について。。。

 

 

 以前にも書いたけどこの「HELLHOUND,GO!」はとあるマンガ雑誌の原作賞に応募するべくシナリオ形式で書いたものを小説形式に書き直したものだ。(結果はもちろん落選!!)

 実はリライトするにあたって二つのシナリオを合体させることを思いついた。二つとも原作賞に応募したもので一つは「HELLHOUND~」でもう一つは「鬼の棲む街」という話だった。お気づきの方もいるだろうが話の本筋は「鬼~」の方であった。ただ、「鬼~」をそのまま使うと主人公のキャラが弱かった(主人公の青年に穏健派の鬼が取り憑くというもの)ので「HELLHOUND~」のキャラを持ってくることで問題の解決を図った。

 

 主人公のキャラ立ちは解決したが、今度は二つの異なったドラマを組み合わせることによって起こる歪みが問題になった。

 その問題を解決する方法はたった一つ。「完全に新しく書き直す」ことだった。一応筋立ては「鬼~」の方に沿ってのことだったが新たなアイディアを捻り出すのが結構シンドかった。

 具体的に言うと7回目からは完全に書き下ろし。(途中19、20回目はリライト部分も存在する。)

 

 この話を書くにあたり、インスピレーションを受けた作品がある。

 それは手塚治虫の短編シリーズ「メタモルフォーゼ」の中の一編「すべていつわりの家」という話である。

 

 大まかなあらすじは、核戦争でたった一人生き残った少年が悪魔によって作られた人間世界で悪魔たちが演じる家族との生活を描いたものである。やがて少年は自分がいる場所が地獄であると気づき、下界へ脱走して天国に救いを求める。しかし、天国に拒絶されて絶望の中にいるところを悪魔の父母が救いにくる、というものである。

 

 あらすじでお分かりのように内容を借りたわけではない。

 

 俺が衝撃を受けたのは次の部分。

 

 少年が天国に救いを求めた時に現れた神は少年にこう語る。

 

「(少年が地獄にいたので)するとお前は汚れてることになる。」

「バカ!迷惑だ!お前などさっさと死んじまえ!」

「今回は救わんと決めたんよ、じゃあな。」

 

 この言葉に打ちひしがれている少年に母親に扮した女悪魔がこう言う。

 

「母さんは悪魔よ。でもほんとの母さんとどこがちがって?」

 

 

 何という内容だろうか!!

 

 今回物語を創っていく上で「すべていつわりの家」は俺にとって大きい雛形になった。

 

 

 「HELLHOUND~」の中で語りたかった大きなテーマというのはいくつかあるのだが以前も書いたようにそれは言わずにおきたい。

 凄惨な描写もあったけどホラーやスプラッターを書いたつもりはないしそれが目的でもない、そこは理解してもらえたんじゃないかと思う。

 テーマに関しては皆様が読んだ後の感想そのものがテーマになるんじゃないかな?って思うし物語の中で描ききったのでここでツラツラと言うもんでもないから!

 

 まぁ、とにかく

 

 こんなに長くなるとは思わなかった!

 

 そんな長い話を最後まで読んでくれた皆様に感謝します!

 

 ありがとうございました!

 

 

 P.S:「HELLHOUND~」は読みやすくするために1回目から順に直したものを12月16日(金)にアップします。それに伴い今までのものは秘密記事にしますので予めご了承ください。

 

 

 

 さて、次回作だけれども。。。

 

 予告通り”屈折した恋愛もの”を書いてみたいと思う。

 

 「HELLHOUND~」とは180°違ったものになるだろう。

 

 タイトルは 「涙は煌く虹の如く」

 

 2006年1月3日から毎週火曜日更新で展開していきたい。

 

 よろしく!!

 

 

 ではまた次回^^

 

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